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48話「外世界へ行く前に」

「さて、それじゃ出発しようか?」


 アテナが悲しさを滲ませた声色でブラッドムーンを抱えたまま私に促す。

 ステラとは僅か数時間の付き合いとはいえ、ついさっきまで話していたから私だって悲しい。

 手にした牙を胸元で優しく握り締めながら、私はアテナの言葉に頷き同意を示した。


「ここから村まではそう遠くないから、月詠さんはそろそろヴェールを被った方が良いかも。 それと傷口にグリーンハーブ薬も塗っときなよ」

「了解。 ねえ、黒髪ってやっぱり目立つ?」

「んー。 何で?」

「教会でシャマルさんから念を押されてて。 なんか色々あるんでしょ? 審問とか奴隷市場とか」

「あー、なるほどね。 隠しとくに越したことはないけど、隠し続けるのは大変じゃない?」

「髪切った方が良いかな~」

「えー! 綺麗な黒髪なのに勿体無いって。 今みたいにサラサラさせてないで、纏めて結ってヴェール被れば大丈夫じゃない?」


 そして私は傷口にグリーンハーブ薬を塗った後、アテナの手によってイメチェンすることとなった。

 色々な髪型を試してみたが、結局は三つ編みを後頭部で輪状円形に纏める女騎士のテンプレートみたいなヘアスタイルで落ち着く。

 泉へ行って水面に自分の姿を映してみると、そこには大和撫子な武人列女がいた。

 はっきりいって我ながらちっとも可愛くない。凛々しすぎて逞しい事この上ないではないか。傷口に塗ったグリーンハーブが体から匂う(典型的なミント系の香り)のもあり実にワイルド。

 日を増すごとに戦闘力も増しているが、変わりに女子力が犠牲になってると思うと嘆かわしい。せめて薬草の匂いじゃなくてコロンの香りならな……。

 アテナはそんな私の心配をよそに、今の私のヘアスタイルを見てとても興奮していた。


「月詠さん、ハァハァ……ちょぉぉぉお似合うよ!」

「そ、そう?」

「うん! すっごくカッコイイ!! さいこぉぉぉぉぉにクゥゥゥゥルだよ!」

「あはは……ありがと」


 素直に褒められているのがこれまた困る。

 アテナの感性で褒められるのには抵抗があるし、というかそもそもカッコイイとかいわれちゃってるしね。

 こめかみを伝う汗を拭いつつアテナから視線を逸らして嘆息を吐く。


 ――ま、しかたないか。 流鏑馬の声援も「かっこいい」だらけだもんなあ。


 ヴェールを被って再度水面に映る自分を確認すると、見事に黒髪は見えなくなったのでこれならば大丈夫そうだ。

 微妙に不本意だけど。


「月詠さん良い感じだね! それじゃそろそろ出発しようか?」

「ブラッドムーンちゃんまだ寝てるけど?」


 私とアテナは草村へ横にさせたブラッドムーンへ視線を注ぐと、フード内の暗がりからはンゴォ~とした少々品の無いイビキが聞こえてきた。

 ロリ吸血鬼のイメージが台無しな感じはあるが、元気いっぱいの女の子っぽくて個人的には可愛いと思う。


「え? 担げば良いじゃん」

「…………」


 わかっていたことだ。これが、これこそがアテナだ。

 そうですね。聞いた私が愚かでしたとも。仰るとおりです。寝ているなら担げば良いじゃない。

 ……そんな訳あるかー!


「月詠さんはどっちが良い?」

「え?」

「背荷物とブラッドムーンちゃん。 担ぐなら――」

「ブラッドムーンちゃん!」


 私はアテナが言い終わるより前に即答した。

 理由なんて簡単。アテナの背負ってる荷物よりブラッドムーンちゃんの方が軽いからだ。他に理由なんて無い。

 両手を握りこんで強く言い切るとアテナは感心した様子で頷いている。


「うんうん。 そうだよね、さっき自分で言い出しっぺだから責任取るって言ってたもんね。 ……感動した!」


 そういえばそんなことも言ったなあ。

 すみません、ただ私の体力的な理由からなんです。本当に申し訳ありませんが一身上の都合なだけなんです、はい。

 私の握り拳に手を被せたアテナは瞳を輝かせており、心底心打たれたようで一抹の申し訳なさが残ってしまう。


「あ! それとこれあげるよ!」


 なにやらアテナはゴソゴソと背荷物を漁ると、何かを握り締めて私に差し出してきた。

 アテナがくれたのは、長い紐で結ばれた小さな革袋だった。


「これにステラの牙を入れて首から下げときなよ」

「うん。 ありがとう」


 これは素直に嬉しい。

 アテナからそれを受け取った私は早速使わせて頂いたが、某賢狼が携帯する小麦袋が思い出されたのは気のせいとしておこう。

 チョコバナナと矢筒をアテナに預けるとブラッドムーンをお姫様抱っこで抱き上げ、私達は森の向こうにある村へ向けて歩き出した。




   ☆   ☆   ☆



 

 森の中は地底ダンジョンに入る前の景色と比べても特に変化はない。

 念の為にアテナが先導するが、モンスターの出る場所では前後左右の全てにおいて警戒しなければならないので前後も何もあったものではない。

 ただ、時折すれ違うのはやはり可愛い小動物ばかりで狼やクマみたいな猛獣とは遭遇することがなかった。

 アテナも特に気を張った様子も無く、荷物を背負いながらハキハキと元気に話し続けている。


「でさ、外社会では男装してるのよ、私」

「へえ。 女の子じゃダメなの?」

「んー、私ってば亡国のお姫様だから、これでも指名手配されてる身だしね」


 私達は話の続きをしていた。

 ダンジョン突入前に遭遇した狼によって中断された、私のお爺ちゃんとアテナのお父さんのお話しの続きである。

 話していたら自然と内容は彼女の生い立ちになり、それから例の十年前に起きた戦争とその後について少々の説明を受ける。


「当時は私も七歳で子供だったからそんなに覚えてないんだけど、英雄たる朧さんと父さんは戦後用済みになると、ていよく処分されちゃったみたいなの」

「処分!?」

「あー、安心して。 父さんは幽閉されてるから生きてるし、朧さんは流浪という名の逃亡旅に出てるから」

「そっか……」

「大丈夫、朧さんは生きてるよ。 仮に捕まってるとしたら、とっくに噂が広がってるはずだから」

「うん。 そうだよね! あれ? でも……んーん、なんでもない」


 ちょっと気になったことがある。

 それはアテナの父、ゼーレ・フリューゲルのことだ。幽閉されている理由がわからない。

 戦時中は頼もしいが、国民の支持を得た英雄の凱旋なんて国からすれば鬱陶しいのは確かだろう。そこは理解できる。

 だからそれだけに、生かしておく理由が私にはわからない。

 考えていることが顔に出てしまったのか、アテナが悟ったように話を再開する。


「いいのよ、気を使わなくて」

「……え?」

「父さんのことでしょ? なぜ生かされてるかって」

「う、うん」

「答えは簡単よ。 フリューゲルの残党を炙り出して根絶やしにする為なの」


 疑問の答えは実にシンプルだった。

 確かにそれなら考えられる。そうなると見えてくるものもあるが。


「でもソフィア国はフリューゲルの残党を全て相手取っても平気なの? 戦英雄の名家なのに?」

「戦英雄の名家ってだけだと、少々認識不足かな。 月詠さん、フリューゲルとはね――」


 アテナは体ごと私に振り返ると、片手を口元に添えてコホンとわざとらしく咳払いをした後、実に得意げな顔で言った。


「フリューゲルとは家名だけでなく国名でもあるんだよ。 戦時中、姑息な智将ソフィアによって領土を奪わてしまったが、そんなのは私が取り戻せば問題無い!」


 スケールでかっ!

 さっきのステラの話は途方も無さ過ぎたけど、アテナのは亡国の復興を目指すお姫様の物語だ。まあアテナはお姫様とうより女勇者って感じだけど。

 言ってスッキリしたのか、アテナは再度進行方向を向いて歩き出す。


「つまりソフィア国は、旧名フリューゲル国だったの?」

「そういうこと。 父さんは元国王だったけど、戦後の療養中に現国王にアポロンを奪われてね。 そしたらもう後の祭りさ」

「ゼーレさんと現国王の間で何かあったの?」

「う~ん。 私は当時まだ子供だったから知らないんだ」

「それもそうか」

「そこは置いとくとして、そんな理由で私はソフィア国から指名手配を受けているの」

「で、それを騙す為に男装してるのね……」


 ネタじゃなくてガチだったのか。

 でも正直似合い過ぎているから困る。確かに今のアテナの服装は露出も無いし、ボディラインもローブで隠されてるし、重い荷物背負ってるから完全に男性である。

 それもかなりイケメンの。身なりと顔立ちを合わせると旅する吟遊詩人に見える。


「そういうことだ。 俺のことは流浪の吟遊詩人と思ってくれ」


 アテナは外社会における自身の生き方を、低くて透るイケヴォイスの声色に変えて私に告げる。

 顔だけを振り向かせて強気に微笑む姿はとても堂々としており、指名手配者でも吟遊詩人でもない豪胆な英雄の影を存分に匂わせていた。


「あ、そうだ。 月詠さん」


 と、急に素に戻るアテナ。

 私はアテナの話しを聞いてて気付いたことがある。アテナもそれを指摘したのだろう。

 天乃神月詠――ヴィエルジュでは風変わりなこの名前も髪色同様に異世界者のタグになってしまいそうなのだ。


「何? もしかして名前? 月詠って、やっぱ違和感ある?」

「あまのがみ、つくよみ。 んー、ファミリーネームだけ伏せれば大丈夫でしょ。 書く時に月詠じゃなくてツクヨミって記せば良いんじゃない?」

「そうなると後はブラッドムーンちゃんの名前だねぇ」

「さすがにブラッドムーンって名前じゃねぇ……。 吸血鬼だから本名だろうけど、さすがにブラッドムーンじゃなあ」


 するとアテナは小難しそうにブツブツとぼやきながら歩き続けた。漏れる言葉からしてブラッドムーンの俗名を考えているようだ。

 これはまずいんじゃないだろうか。正直アテナの感性だと凄くなりそうな気がする。男性名みたいなのを提案されそうだ。


「わ、私はブラッドムーンちゃんの名前はハーマ……」

「可愛い名前はお勧めできないかな」

「えー、なんでよー! 最後まで聞いてくれたって良いのに」

「可愛い女の子の名前じゃ、外で呼ばれたら皆が振り向くよ? 特に男!」

「……危ない?」

「んー。 如何にもな感じの可愛い名前だと、ギルドとかで男から舐められちゃうこともあるんだよね」

「ん? ギルド? 何それ?」

「モンスターから集めた戦利品あるでしょ? 要はそれの換金所。 依頼の要請や請負も承ってて、ようは冒険者たるハンター達のサポーターだね」


 これはザ・テンプレートなやつだ。

 これから長らくお世話になるだろうから、後で落ち着いたら詳しく聞いとこう。お金の件もあるし当分は頭が痛くなりそうだ。

 しかしそもそもとしてロリ吸血鬼がギルドに行く機会があるのかは疑問だが。


「ん~、いくつか名前の候補出てきたよ」

「はぁ……どうせ男みたいな名前なんでしょ?」

「まあまあ、何処の業界も舐められたらお仕舞いだからね」

「で? アテナさんの考えた名前ってどんなの?」


 尋ねるとアテナは待ってましたとばかりに、こちらを振り向くと目を光らせて生きいきと話し出した。


「ヘレン・イェーガー! 小生意気な女の子みたいだし彼女には似合うでしょ?」

「モンスターを手当たり次第に駆逐しそうだから却下」

「クルルミ・スザク! 神獣の名前を借りるのは縁起が良いんじゃない?」

「やたら超人的な体捌きが期待されそうだから却下」

「ヒーロー・ユイ! 英雄少女っぽくどうかな?」

「荒野で爆発して閃光に散りそうだから却下」


 さっきから何処かで聞いたような逞しい名前ばかりだ。

 あまりコテコテな女の子の名前がお勧めじゃないからって、なにもそこまでナイスガイな感じのネーミングにしなくても……。

 要は男性から舐められなきゃ良いんだから、エリザベスみたいな少々お堅い感じの名前で大丈夫だと思うんだけど。


「えー、さっきから月詠さんダメ出しばっかりじゃない。 それじゃ月詠さんも何か提案してよ」

「私としてはやっぱり女性らしい名前が良いから、んーと……」

「あっ、ほら見て! 案内図が見えてきたよ!」


 こう見えてアテナはちょっとマイペースなところがある。今がまさにそうだ。

 先導するアテナが指差しながら小走りに向かう先には、木で造られた案内標識がある。

 背の高い木の杭に貼り付けられた矢印形状の四枚板が東西南北の行く先を示しており、コケや日焼けが年季を感じさせてノスタルジックな感じだ。

 分岐点である案内標識へ近付くにつれて、板に彫り刻まれた文字が目に入ってくる。



 北:ここより↑ 1キロ先 ウィード荒野 『理の国 ソフィア』方面

 東:ここより→ 2キロ先 『花畑の村ブルーム』

 西:ここより← 5キロ先 森の中に天然の温泉あり

 南:ここより↓ 8キロ先 天蓋山脈の滝壷 ※滝奥の洞窟はダンジョンにつき進入禁止!


 これを見たところ、アテナが言っていた村はブルームという所だろう。

 しかし滝壺からの道中、ブラッドムーンをお姫様抱っこしていたのでさすがに疲れた。

 もちろん途中で休憩を何度か挟んできたが、標識を見て気が緩んだのかどっと体が重くなった気がする。


「アテナさん、少し休憩~!」


 ブラッドムーンをそっと下ろして私もその場で寝転ぶと、アテナは背荷物を下ろして柔軟ストレッチを始めた。

 疲れを感じさせない逞しすぎるアテナをよそに、私は手足を大の字に広げて大きく伸びをし、一息吐いたところで瞼を閉じる。

 冷たい草の絨毯が火照った体から熱を取り除き、ひんやりとした心地良さが体に伝わると眠気が私を襲った。

 ………………。


 ギュル~っ!


 どうやら誰かさんのお腹が抗議の声をあげているようだ。もちろん私じゃない。

 しかし危ない、ほんの数秒だけど今寝てた気がする。

 こんな道端で寝ていたら悪漢や野盗どころか肉食獣に襲われかねないのに。

 余力を絞って体を起こしながら目を開けると、そこには私に手を差し伸べるブラッドムーンがいた。

 お腹の虫で私を起こしたのはこの子か。


「クックック……。 まどろみを捨て目覚めよ。 そして宴を催してわらわを楽しませてくれ! そしたら母なる温もりの安らぎでまどろむとしようぞ!」

「言葉が変だよ。 ってかブラッドムーンちゃん、もう大丈夫なの?」

「世は事も無し案ずるでない。 それよりもわわらは今飢えている、それと忘れられし時の彼方にて久遠の――」

「はいはい。 ブラッドムーンちゃんは、ごはんとおねむでちゅねー。 ブラッドムーンちゃんが無事ならお姉さんは安心でちゅよー」

「んもぉ~! 月詠のバカ~!」


 駄々っ子のように足をジタバタさせながら騒ぐブラッドムーンが可愛らしい。

 今サラッと呼び捨てにされたけど、まあ私はこの子のお姉さんみたいなものだから別に良いか。

 空は見ればもう紫色で夜が近い。アテナも荷物を背負って準備万端のようだし、さっさと村に行って夕食を済ませて寝てしまおう。

 ……でも温泉は入りたいかも。

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