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四十七話「ステラ・ピリオド」

 体がなんだか無性に火照った感じがする。

 時折体が鞭が打たれたように体がピクリと反応し、気のせいか全身から汗が溢れたように体に湿気が走る。


「ん……」

「――気付いたのか? これが現アルテミス所有者とはな……」


 重々しい口調で語るステラの言葉で意識を戻し始めた頃、熱を帯びた私の体に一際熱が込められた部位がある。

 目の前には陽光を背に私と視線を絡ませるアテナ。彼女の唇が私の唇に重なっていた。

 って、なんで私がアテナとキスしてんの!?

 まるで素敵な王子様が寝ているお姫様を長い悪夢から起こすように――私の胸辺りに手を乗せて、何度も強くこの胸を攻め立ててきた。

 つまり人工呼吸な訳だけど。

 ゆっくりと体を起こすと唇に両手を添えて隠す。


「起きた? 月詠さん大丈夫?」

「う、うん……」

「ちょ、そんな顔赤くしないでよ。 人工呼吸しただけなのに、こっちまで恥ずかしくなるじゃない」

「禁断のマウス・トゥ・マウス……しちゃった」

「しなきゃ今頃どうなってたか、ってか禁断って月詠さん何言ってるの?」

「ん、初めてだったから」

「そうなの? シスターは知らないけど、アマゾネスは狩りでモンスターにやられて気絶すること珍しくないから、割と多いよ?」

「え? 本当に?」

「うん。 マウス・トゥ・マウスをする度にお恵みを頂いてたら、今頃大金持ちだね」


 止む無しの状況だったとは言え、クララとヴィヴィアンに続き、またキスをしてしまった。向こうはそう思ってないみたいだけど。それがまたちょっと悔しい。

 アテナは気にしていないが、私は恥ずかしいのと妙な悔しさを感じて頬をリスのように膨らませると、アテナへジト目を向ける。

 女の子同士とはいえ、キスをしたと言うのに今のアテナってばやたら爽やかだ。私はクララと結魂してるのだから、少しは申し訳無さそうにして欲しい。それとも女の子同士でそんなことを気にする私がおかしいのだろうか。

 なんとも言えない複雑な感じである。そもそもヴィヴィアンに唇を奪われた私がごねるのもあれだが。


「目覚めたか。 どうやら間に合ったようだな」


 私とアテナのぎこちない会話が一段落したところで、アテナの後ろからステラが現れた。

 ステラは身丈に合わないブカブカのローブに身を包み、深く被ったフードの隙間からは銀髪が覗き見える。それは私が着替えとして用意しておいたローブだ。

 身包みの変わったステラを見て、異変に気付いた私は今更ながらに現状確認をすることとなった。


「あれ? そういえば――ここ、何処?」


 首を振って辺りを見渡すと、体は緑茂る草村の上、足元の先には焚き火、その上にはスピアを物干し竿にして濡れた衣類を乾かしていた。

 どうやら私が失神している最中に出口に着き、近くの滝つぼの近くで暖を取っていたようである。

 そうなればステラが着替えていた理由は簡単だ。顔を上げれば明るいオレンジ色の太陽が、もうじき夜であることを示唆していた。

 ステラの肉体はブラッドムーンの物。つまりヴァンパイアの肉体なので、それが例え夕暮れであろうとも照らされるのは厳禁。陽光は月に反射されて月光となるまでは浴びる訳にはいかない。


「後ろを見ての通り出口だよ」

「後ろ?」


 アテナに言われて背後を見れば、遠めには穏やかに流れる滝とそれを受ける滝壺があり、そこにボートのようにステラの頭蓋骨がプカプカ鎮座している。

 大河を抜けるまではかなりの冒険だったようで、頭蓋骨のそこかしこに亀裂が生じているのが遠目にもはっきりと映っていた。

 向き直るとステラは何かを悟ったような表情で見つめている。


「ステラちゃん、ありがとう」

「星霊竜たる我をちゃん付けするな。 いいから話すぞ、終わりの刻が近い」

「終わりの刻?」

「今は一体何年だ?」

「……え? 暦?」


 まるでタイムトラベラーが現代人に尋ねるような内容だ。

 でも今のステラは浦島状態も当然なので、生前の時代とは異なる現代を把握しておきたいのだろう。

 私がアテナに視線を向けると、彼女は快諾して現代の説明を始める。


「今はヴィエルジュ暦1700年だよ。 でも考古学者達はそれよりずっと昔の、今から約2000年前の歴史まで掘り返したって言われてる」

「そうか、やはり倒せなかったか。 だがヴィエルジュとなると血統だけは耐えていないようだが……しかし、最早手遅れか」

「待って。 その言い方だと、ヴィエルジュって家名か何かなの? それにさっき月詠さん見ながらアルテミスがどうの言ってたけど、どういうこと?」

「ヴィエルジュは我が魂約者たる聖母の名前だ。 それと神器については、私が誕生に関わっていただけの話」

「神器って、もしかしてアポロンも!?」

「アルテミスとアポロンだけではなく、全ての神器がだ。 話を戻すぞ、時間がない」


 ステラのいう時間が無いというのは、もしかして夜のことだろうか?

 夜になれば吸血鬼の時間である。月光を受けて回復したブラッドムーンが自我を戻すのだろうか?

 たぶんそんなところだろう。

 アテナも夕焼け色の空を見上げると、私と顔を合わせて頷いた。アテナも私同様の見解を抱いてるようだ。


「世界は何度かリセットされている。 この世界に生きる黒幕によってな。 今も昔も、そしてそれは未来永劫これからも繰り返されるであろう」

「リセット? 黒幕? あなたは何を言ってるの?」

「そうだな。 今更もうどうにもならぬ。 我自身既に絶命し、亡骸になった後は山に埋もれ、蓄積した魔力も大半が世界に吸い上げられ、やがて生物はモンスターと化し、亡骸に残された僅かなおりも今日使い切った」

「それって……このダンジョン、元はステラの、あなたの魔力だけで誕生したって言うの!?」

「少し違うな。 正確にはこの星の中心に秘匿された核こそが私の溜め込んだ魔力源だ。 この山は私の亡骸が墜落したことにより中心核の魔力が引き寄せられ、今では天然の溶光炉として形成されている」


 ステラの途方も無い話を聞いていたアテナは、口を開けたままポカンと立ち尽くしていた。

 恐らく理解が及んでいないのだろう。この世界の文明は日本に比べ、まだ発展途上って感じだ。

 偉そうに言ってる私もステラの話を全て理解できた訳ではないが。それでもステラが語っているのが『惑星』その物の存在を示唆していること位はわかる。

 問題は星の中心核を以ってしても、ステラが倒せなかったと言う黒幕とやらなのだが。しかしそんな問題は完全に私の手に余るので、私は早々にクララを救い、お爺ちゃんを捜し出したら皆で仲良く日本に戻るとしよう。


「心ここにあらずか。 仕方ない、月詠、これを受け取って欲しい」

「ん?」


 ステラが差し出した手に握っていた物は砕けた牙の先端だった。自分の頭蓋骨からもぎ取ったらしい。

 両手で受け取ったそれは、見た目とはそぐわずにとても牙とは思えないような質感だった。


「見た目と手触りでわかるとおもうが、その牙はもうボロボロだ。 微生物に中は穿られ、外は既に見てとれよう? うら若き乙女でも、強く握れば粉々になろう」

「……これをどうすれば?」

「もう一度だけ空を羽ばたきたい。 しかし最早それは叶わぬ夢。 だからせめて、世界で最も高い場所からその牙を粉々に砕き、空に撒いて欲しい」

「それがステラの願い?」

「そう。 それこそが我が悲願なり。 最後まで付き合ってくれて感謝する。 後にこの吸血鬼の娘にも礼を伝えといて欲しい」

「了解。 それにしても、まさかブラッドムーンちゃんのごっこ遊びが求道に役立つ時が来るなんてなあ」

「ごっこ遊び? それは違うな。 この娘に流れる血と頭蓋骨に残る魔力が引き寄せあい、我が思念体は目を覚ました」

「ん? それって……つまり、どういうこと?」

「この娘は吸血鬼ではある、だがこの体に流れる血は――」


 ステラが言いかけたところで、背後から何かが崩壊するような音が聞こえてきた。

 驚いて反射的に背後を振り返ると――ステラの頭蓋骨はバラバラに砕け、ブクブクと泡を吹きながら滝に打たれると、何処かに流されて消えてしまった。

 ふと胸に嫌な予感が走り正面を向き直ると、目の前には黒銀ではなく真紅色の髪を覗かせる女の子が立っていた。

 女の子は眠たそうな顔で目をとろんとさせていると、やがて糸が切れた操り人形のようにその場へ倒れこんでしまう。


「っと! ブラッドムーンちゃん! ……で、あってるよね?」


 我に返ったアテナがすかさず寄り添い、フードの隙間を覗き見ると彼女は私を見て一度だけ頷く。

 ステラ――その名の示す通り、星が輝くような火を操る星霊竜は、自身の壮大すぎる物語のピリオドを私に託すと、その果てしない生涯に幕を閉じた。

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