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四十二話「お仕置きフラグ」

 激闘のあった広間を越えるとアテナの言う通りに大河が見え始め、脇には沿うように狭い側道がある。

 この大河まで来れば出口は近いらしいのでもう一踏ん張りだ。

 互いにボス戦前の通常装備に戻してダンジョン散策を再開すると、私は早速新しいモンスターを見つけ、カンテラを持って先導するアテナに並ぶ。


(アテナさん。 あれ、ゴブリンだよね?)

(うん? あぁ、そうだよ。 よくわかったね)

(クララとサイサリスさんから聞いてた通りの特徴だったから)


 傍目には熟睡中のゴブリン。もふもふした毛並に覆われた手足を大の字に広げ、だらしなく洞窟の壁にもたれさせている。

 鼻にある透明な風船を、スゥスゥと心地良さそうな寝息に合わせて大小させているのがちょっと可愛らしい。

 足元には血とネバネバに塗れた石器が置いてあり、きっと地底人を狩ったのだろうと思われる。

 その地底人の方がインパクトありまくりだったので初ゴブリンを見てもそんなに衝撃はないが。


(ちょうど良いね。 疲れて寝てるみたいだから、ちゃちゃっと殺っとく?)


 アテナは歩きながら剣を鞘に戻すと、親指を自身の首元でクイッとさせてゴブリン抹殺を提案してきた。

 まるでアイスやクレープを買い食いするような気軽な物言いだが、手馴れたサインは完全に熟達の狩人である。恐るべしアマゾネス長。

 もちろん私はこの提案を却下しようと思うのだが。


(いやいやいやいや。 アテナさん、それじゃ殺戮者だよ)

(いや、だって月詠さん)


 そう言ってアテナは振り向くと、背後をのんびり歩いているブラッドムーンを指差す。

 真紅の長髪を揺らしながら頬を少し赤くさせ金色の瞳は爛漫に輝き、にやにやとした表情は見るからにご機嫌である。

 初めはアテナにブラッドムーンを仲間にするのを反対されたが、最終的には合意してくれた。

 アテナが反対していた理由は一時的な同情は互いの為にならないこと。

 それから万一、人前でブラッドムーンの正体が発覚してしまった場合、彼女は指名手配される可能性が高い。今のご時勢だと吸血鬼は貴重種なので様々な機関が彼女を欲するからだ。主に研究対象的な意味で。もちろん審問や迫害だって言うまでもなくあるが。

 だがどちらの問題もエリス様に頼んで教会の乙女になれば解決するだろう(それ以前に本人の意思にもよるが)という私の提案に納得してくれた訳だ。


(どういうこと? ブラッドムーンちゃんとゴブリンにどんな関係が?)

(んーとさ。 吸血鬼には生き血が不可欠でしょ?)

(へ~、別に人間の血じゃなくても良いんだ。 それなら確かに良い……のかな? ゴブリンさんが可哀そうな気もするけど)

(あれで獰猛なんだよ……って足元の石器とか見えるでしょ? きっとあのゴブリン、地底人を丸食いした後だよ)

(うへぇ~)

(それに生き血云々は置いとくとしても、私達の生活費もあるしね)

(……え?)

(戦利品を集めて村で換金して宿代にしなきゃ。 夕飯はさっきの鮎があるにしても寝床位はきちんとしたいよね。 女の子同士の旅だし、ここだけはちょっとケチれないからなあ)


 なんとも切実な現実がここにあった。

 いかにファンタジーな世界といっても現実からは逃げられない。

 確かにその金銭的な面に関しては、教会で暮らしてた頃は殆ど自給自足だったので無縁だった。

 早く言えば勉強不足だ。ヴィエルジュの世界を渡る通貨単位や数桁等、知識がまるでない。金銭概念に関して赤子も当然である。

 これはまずい。私の良識が警告サインを出している。村に着いたらきちんとアテナから聞いておこう。

 まあそこはともかく、ブラッドムーンを仲間にしたことに関してはアテナに感謝せねばならない。


(アテナさん、ありがとね)

(うん?)

(その、ブラッドムーンちゃんのこと。 教会で暮らすにしても、言い出した私がちゃんと面倒見るからさ)

(まあエリス様は来る者拒まず受け入れるからね。 吸血鬼でも害さえ無ければ大丈夫だろうから、そんな気にしないで)

(え? 前例でもあるの?)

(まあそれなりにね。 いずれ月詠さんにもわかってくるよ)

(ふ~ん)

 

 話を終えて寝ているゴブリンの前を通過する。

 多少の緊張はあったのだが、そんな私の心配を気にする様子も無く、アテナは慣れた足取りで先を進む。

 突然、頭上から音もたてずにスライムが振ってきた――

 が、それすらもアテナは無表情、無拍子、無音、で切り捨てる。そういえばアテナは剣に戻した鞘をそのままにしていたはずだ。そうなると今放ったのは居合い抜きの一種なのだろうか。

 お爺ちゃんが育てただけあって和の技術すらも無意識に扱うとは、まるで和製アマゾネスだ。


(今のって居合い抜き?)

(え? 朧さんから聞いたことはあるけど、あんな感じなの?)

(私も弓専門で詳しくは知らないけど、たぶん今みたいな感じだよ)

(へぇ~。 剣をしまったまま忘れてたんだけど、ふと体が無意識に反応したんだよね。 確かに今までの斬撃と違う手応えだったな)


 無意識に反応して無拍子で無音とか、それもう無の境地だよ。むしろ無の極地だよ。私と同じ17歳の女の子が到達する領域じゃないと思う。絶対に。

 辺りのモンスター達に聞こえないよう小声で話していると、ブラッドムーンがそれに気付かず大きな声で話しかけてきた。


「クックック……人間共よ、何をさっきからヒソヒソと話し込んでいる? 心配せずとも、わらわがその気であれば背後から襲うまでも無く――」


 当然私はすぐに振り返ってブラッドムーンへ近寄ると、彼女の唇にピンと立てた人差し指を押し当てた。

 片手でスピアを立てつつ、もう片手でブラッドムーンの口を塞ぐ。お姉さんが妹に注意するような「めっ!」の構図だ。

 ブラッドムーンは驚いた顔で私の指を見ている。まあ片目は眼帯で隠れてるけど。


(声おっきいよ! ゴブリンが起きちゃうから小さい声で話して!)


 ブラッドムーンの耳元で囁いた後に正面から見つめ直すと、彼女は上目遣いで私を見て小さくコクリと頷く。

 どうやらわかってくれたようである。互いに激闘を終えたばかりなので、余計な戦闘は避けて体力は温存したいところだ。

 そろ~っと後ろにいるゴブリンを確認してみると――


 ――はぁ~、良かった。


 幸いな事にゴブリンは起きる気配が微塵も無かった。

 私とブラッドムーンが安堵の息を漏らすが、アテナだけは特に気にした風もない。

 アテナはさすが体力的にも問題無い様である。ボス戦の後、満身創痍に見えたのは気のせいだったようだ。

 気を取り直して前を向き、スピアを両手で持ち直す。

 すると――


「ぐぅぅぅぅう!」


 背後から、もといブラッドムーンから悲鳴が聞こえてきた。

 今までみたいなふざけた感じの中二病とは違う、正に悲鳴といった感じの叫び声だ。

 まさか寝ていたと思われたゴブリンが? ゴブリン如きに人を欺く程の知恵が? 私達を騙すだけの演技力が?

 背後を振り向くまでの僅かコンマ数秒間、様々な憶測が広がっていたがその中でも特に気になることがあった。


 ――そんな、ブラッドムーンちゃん!


 今のブラッドムーンの再生力は皆無に等しい。

 ロリ状態のブラッドムーンは、見たまんまの通りで普通の少女とそんなに変わらないだろう。リボンの無い野○原姫子ちゃんみたいなものだ。

 元気と威勢の良さだけで生きていける訳がない。野○原姫子ちゃんにリボンがないと物語が始まらないように、血液が無いとブラッドムーンも何も始まらないのである。

 ましてや獰猛なゴブリンから不意打ちなんて浴びたりしようものなら――


「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

「「…………」」


 しかし振り返った私とアテナは言葉を失っていた。

 そこには眼帯に手を添えてのたうちまわっているブラッドムーンがいる。

 ゴブリンは変わらず熟睡していた。私達ですら騙された迫真の中二病スクリームで起きないゴブリンも大概だが、この中二病娘を仲間にしようと提案した私はもっと大概かもしれない。


「目が! 目がぁぁぁぁあ!」


 どこぞの大佐みたいな残念極まる醜態を晒すブラッドムーンに目を奪われ、かける言葉すらも浮かばずに呆然としていると、パチンッと大きな音が鳴った。

 まるで風船が破裂したような、陳腐ながらも意識を戻されるような大きな音だった。気のせいか他にも何やらドタバタとした音が聞こえてくる。

 音の聞こえた方を見ると、目を覚ましたゴブリンが石器を手にして何事かとキョロキョロ辺りを見渡していた。


(ん? アテナさん、何か物音が聞こえない?)

(って言うか地鳴りだよね、これ)


 聞こえてきた物音が少しずつ大きくなるにつれ、地面も合わせてるように少しずつ揺れ始めてきた。

 これはもしかしてあれだろうか? 嫌な予感がしてくる。

 ゴブリンの向こう側に広がる闇に目を凝らし、迎撃体勢に入るべくチョコバナナに手を伸ばすと、アテナは私の前に出てお決まりの陣形を取る。


「えいっ」


 と、思っていたのだが。

 アテナはあたふたするゴブリンに一閃を浴びせ、一撃で首を切り捨てた。

 突然の奇行に言葉を失ってしまい、唖然と立ち尽くすしかない私がいる。うつ伏せに倒れたゴブリンの切り口からはドバドバとトマトジュースが零れるばかり。

 次にアテナは転がっているゴブリンの首を剣で串刺しにし、それをカンテラの火で着火させて大きな火の玉にした。

 目先の惨たらしい光景に卒倒しそうになるが、アテナがその火の玉を掲げる姿たるや堂々なことこの上ない。

 不思議と不快感は無く、アテナがやるとまるで何処かの秘境民族が行う神聖な儀式みたいに思われた。見も蓋もない言い方をすると、戦利品を誇るワイルドな戦士である。

 ゴブリンには申し訳ないけど、私は今のアテナがやたらとかっこよく見えた。


「それっ!」


 そしてアテナは向こう側に広がる闇へ目掛けて剣を振ると、火の玉は剣から抜けて勢いよく投げ出される。

 物が物だけに不徳で冒涜な気がするけど、今は気のせいとしておこう。

 投げたされた火の玉が辺りを照らしながら、みるみる遠くへ飛んでいく。

 その先には――スライムとコウモリに地底人と、たくさんのモンスターが雪崩のような勢いでこっちへ押し寄せて来るのが見える。

 やはりブラッドムーンの大声がモンスター達を引き寄せてしまったようだ。

 こうなればブラッドムーンにはお仕置きが必要だろう。後でお尻叩きの刑だ。

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