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四十一話「ブラッドムーン」

「ふんぎゃー!」


 ブラッドムーンはアテナの繰り出す乱撃を浴びるのを最後に、悲鳴を上げると大きく後方へ吹き飛ばされる。

 あまりの激闘だったのか地底に住まうモンスター達はいつの間にか近寄って来なくなっていた。

 この戦いで死力を尽くした全員が傷だらけの満身創痍であり、特に一番酷いのはブラットムーンだ。

 幾度と無く身体をファイアブランド・スピアで貫かれ、私の放った矢の嵐に身を打たれ、並みの生物ならばとうに果てている。だが彼女は倒れようどもその度に肉体を再生させて立ち上がってきた。

 そして今もブラッドムーンは四肢を震わせながら懸命に立ち上がろうとしている。


「おのれ……! まさか無限の血戦すらも打ち破るなんて……。 神眼の血龍の滅殺・ブラッドストリームをあんな手で阻止してくるとは……」


 が、ご自慢の再生も失われてしまい、ついに底が見えた。その場に突っ伏すとアザラシみたいに横になっている。

 アテナの言っていた吸血鬼のルールというやつだろう。それがどんな規則なのかは知らないが、結局は何事にも限界があるのだ。

 ブラッドムーンが起き上がらないのを確認すると、私とアテナも息荒げながらその場に座り込む。

 随分と長い戦いになったので、今や私もアテナもすっかりボロボロ。

 アテナのスピアはすっかり鎮火して刃渡りは黒ずみ、私のチョコバナナだって最後の方は隙あらば打撃武器になっていた。

 衣服は土や返り血で汚れ穴が開いて解れたり、体には擦り傷やあざもたくさんある。


「ハァハァ。 まさか最後の最後で本当に強いのが出てくるなんてね。 あそこで月詠さんの後方射撃が無かったら間違いなく私は死んでいたよ」

「あ~疲れた。 いやいや、そもそもアテナさんがあの攻撃をしてなかったら私こそダメだったよ。 さすがアテナさん」

「ははは。 あれはただの偶然だって! まさかあのタイミングであんな攻撃をされるなんて、思ってもなかったから」

「確かにね~! まさかあそこであんな攻撃をされるなんてね~! 危ない危ない」


 私達は互いの健闘を称え合うと、そんな爽やかな一コマを忌々しそうにブラッドムーンが遠目に眺めていた。

 涙をポロポロ流しながら握り拳を何度も地面に叩き付け、メソメソと泣き声を漏らす口からは吸血鬼らしい牙が見える。


「うぅ~! 悔しいですお父様! まさか人間の小娘、たった二人に負けてしまうなんて!」


 小娘って言われても、見た目だけならブラッドムーンの方がよっぽど年下に見えるのだが。

 あれ? そういえば、いつの間にブラッドムーンはこんなロリータな姿になったのか。最初の女性の姿は実に妖艶で、峰不○子ちゃんみたいな美魔女だった筈だ。それが今じゃクララと同じくらいに見える。

 ブラッドムーンを眺めていると、私の疑問に気付いたようにアテナが話し出す。


「吸血鬼は血を吸って育つからね。 いかに再生や魔術に長けようとも、血を流し続ければご覧の有様さ」

「それじゃ誰かの血を吸うと?」

「また力を取り戻すよ。 最も失血するほど元の姿に近付くはずだから、今の彼女が本来の姿だと思うけど」


 つまり今のブラッドムーンは見た目通りの小さな女の子も当然という訳か。それならばもう警戒する必要もないだろう。

 安心してそのまま休んでいると、こちらの会話を聞いていたようでブラッドムーンは強い眼差しで睨みつけてくる。


「クックック……いい気になるなよ? 私はお父様の創りし月乙女の中では唯一の未完成故に失態をさらしたが――」

「ちょっと待って!」


 ブラッドムーンがあからさまな言い訳を口にすると、アテナが強く食い付いた。


「な、なんだ? 話している時に騒々しい」

「今創ったって言ったよね? 一説には絶滅したはずの吸血鬼だけど、君は生き残りとか末裔じゃなくて……創られたって!?」

「クックック……お父様こそは遍く異世界を渡り歩き、全ての吸血鬼達の頂点にして始祖たる……って教えてたまるか~!」


 一人でノリ突っ込みする滑稽なブラッドムーンをよそに、アテナは心底驚いた表情をしていた。あまり聞き慣れない言葉をぶつぶつとぼやいている。


(そんな……生命を創り自我を与えることができるなんて、そんな芸当まるで――)

「アテナさん、どうしたの?」

「あ、あぁ……。 ごめんごめん、なんでもない。 さて月詠さん。 あの子、どうしよっか?」

「ブラッドムーンちゃん? んー……」

「ちゃん付けするな! こう見えてわたしは十四歳なんだぞ!」

「「ふーん」」

「『ふーん』って何よ! 何で驚かないのよ!」

「月詠さん、そういう話しなら絶対クララさんの勝ちだよね?」

「アテナさん、それ絶対クララに言わないでね」


 しかもブラッドムーンは今さりげなく自分を『わたし』と言っていた。わらわと自称していたのはキャラ作りだったのか。

 知れば知るほど残念なボスキャラである。

 しかしアテナの言うとおり、あの子は一体どうすれば良いのだろうか。

 言葉が通じる以上、なんだか変に情が湧いてしまい滅ぼすのは気が引けてしまう。


「吸血鬼となると浄化させるのも一苦労だからね。 ニンニクや十字架じゃ苦しむ程度だし、銀の杭は高すぎて手が出ない」

「ひぃっ!!」


 さすがアマゾネス長、容赦が無い。その言葉にブラッドムーンは露骨に怖がり、身体を起こすと後ずさった。

 アテナは私と違った理由でブラッドムーンの処遇に困っていたようだ。


「ちょ、ちょっと待ってアテナさん。 何もそんな物騒なことをしなくても」

「え? なんで? 確かに見た目は可愛い少女だけど吸血鬼だよ? 今まで何人が犠牲になったんだかわかったものじゃない」

「それは……確かにそうだけど」


 私がばつが悪そうに困っていると、離れている場所から申し訳無さそうに弱々しい言葉が囁かれた。


「今までは、その……零人です」

「「……はい?」」


 まさかの言葉だった。

 吸血鬼としてあるまじき数字である。が、さすがにこのタイミングで言われても都合が良すぎる。

 私とアテナは揃って訝しむ目線をブラッドムーンへ向けた。


「違うの! その、夜中に出歩いてるのは汚い不潔そうな大人の男達しかいなくて……」

「え? 昼間は?」

「月詠さん、吸血鬼に昼間は無理でしょ」

「あ、そっか」

「でも選り好みしないで襲えば良かったじゃない。 君、容姿は良いんだから向こうから寄って来るでしょ?」


 アテナのその言葉を聞くと、ブラッドムーンは自らの肩を抱くとおぞましそうに身を震わせた。

 そして目線を逸らしてジト目で思い出すように呟く。


「やっ! あいつら気持ち悪い。 私も最初は我慢して襲おうとしたんだけど、あいつら私を見るなり目を輝かせて涎を垂らしながら追いかけて来るんだもん」

「「あー……」」

「また『あー……』ですか、そうですか」


 ブラッドムーンはいじけているが、こんなに可愛い女の子が夜中にふらふら歩いていたら男の人は大半が目の色を変えるだろう。さっきの妖艶美魔女状態なら尚更だ。

 もちろん変態ばかりじゃなくて彼女の身を案じる紳士もそれなりにいたと思うが、やはり結果として男性が彼女を追いかける絵ができあがってしまう。

 

「私が心を許している男性は、この世でたった一人、お父様だけなのよ」

「で――その結果君は吸血鬼にあるまじき戦績を有している訳か」


 ずばりアテナが言うと、ブラッドムーンはそれを認めて素直に頷いた。

 ブラッドムーンに腹芸ができそうな感じはしないので、これはおそらく真実なのだろう。

 しばらく沈黙が続くと、アテナが溜め息を吐いて切り出す。


「仕方ない、脅威は無さそうだからこのまま見逃そう」

「アテナさん! ですよねー!」

「さっきも言ったけど私は何も殺戮者じゃないんだ。 無用な殺生はしないよ」


 その言葉に安心したのか、ブラッドムーンは溜め息を吐くと額を流れる汗を拭った。


「じゃ月詠さん、私達はこのまま先を急ごう。 すっかり時間がかかってしまったけど、この先の大河を越えれば出口はすぐだよ。 今日中に最寄の村まで行けるはずさ」

「そうだね。 それじゃブラッドムーンちゃん、これからも人を襲っちゃだめだよ?」

「…………」


 立ち上がって歩き出した私達をブラッドムーンは寂しげな眼差しで見ていた。

 確かにこんな場所で一人暮らすのは可哀想だが、かと言って吸血鬼を人間社会に連れ出す訳には行かない。ここから先はブラッドムーン自身が考えることだろう。

 先を歩くアテナがカンテラを拾い、広間から大河に繋がるだろう通路に差し掛かった時だった。

 くいっと――後ろから私のシスター服のひらひらが引っ張っられる。

 振り返って見ると、そこにいるのは当然ブラッドムーンだ。

 ブラッドムーンは口を尖らせそっぽを向いてるが、目線は逸らさず私を見上げたまま頬をにわかだけ朱に染めていた。


「あなた達冒険者でしょ? そんなボロボロじゃ心配だし付いてってあげる。 その変わりわたしが昼間も歩けるよう、あなたと同じ服貸しなさいよね。 わたし知ってるんだから、それシスター服って言って頭もスッポリ隠せるやつでしょ?」


 ブラッドムーンは仲間になりたそうにこちらを見ている。

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