『第二固有血海、血王滅殺赤龍破』
朱眼、彼女、改めブラッドムーンは決めセリフのような戯言を言い終えると、俯きながら「ハァァァァアッ!!」とやたら気合の入った威声を叫びだした。
左手の指先を眼帯に添え、右手を震わせながら高く掲げている姿なのだが。しかし遠目から眺める分にはちょっと間抜けである。
「クックック……亡者達の足掻く血海の底より禁忌なる召喚は闇の歓喜となり――」
なんだかよくわからない事を言っているので途中から聞くのを止めた。
いくら相手が人間のような姿をしていると言っても結局は別種族の生物。悲しいかな、言葉の壁は思っていたよりも大きいのだと思わざるを得ない。
しばし様子を窺っていたが、謳い文句の長さに痺れを切らしたアテナが暇潰しとばかりに石を拾ってブラッドムーンへ投げた。
飛ばされた石は弧を描くような軌道でゆるやかにブラッドムーンへ近付くと、彼女はそれを見て含み笑いひらりと避ける。
「クックック……慌てるでない、か弱きにんげふぅっ!」
そしてまたも仰々しい言葉で返そうとしていたブラッドムーンだが、言い終わることなく悲鳴に変わる。アテナがファイアブランド・スピアで彼女を突き刺したのだ。
ブラッドムーンの胸の谷間から鋭利な矛先が血飛沫と共に飛び出しており、それでもなお刀身は燃え盛り続けている。
実に呆気の無い顛末ではなかろうか。
アテナは投石に視線を取らせ、その隙に背後からアタックを仕掛けた。それだけのことなのだ。
しかしなんだろうか、ブラッドムーンが血飛沫塗れなのに妙な違和感を覚える。
「悪いんだけど、私達は急いでるからさ。 君のお話をゆっくり聞いてる暇はないんだ」
「グッ……賢しき人間どもめ!!」
「!!」
言葉の応酬を僅かに済ませるとアテナは何かを察したようで、ブラッドムーンからファイアブランド・スピアを抜いてすぐに彼女から離れて構え直す。
私達はブラッドムーンを挟み込むような形で彼女と対面していると、ついに疑惑の正体にアテナが迫った。
「ねえブラッドムーン。 あなたが人間じゃないのはわかってるけどさ……もしかして、そもそも生物じゃないとか?」
「クックック……これより我が糧と成り果てる貴様らに知る必要など無い」
「そう、答えないなら別に良いけど? 心臓を貫いても死なないからといって、仮にもし君が吸血鬼だったとして、私達が負ける理由なんて無いもの」
「クックッ……なん……だとっ!? なぜわらわの正体がわかった!?」
「月詠さん、どうやら彼女は本当に吸血鬼らしいよ」
「あー……」
吸血鬼がどんな種族なのかは映画で見たような知識しかないが、なんとなく理解できる。
ただ残念ながら私達の持っている荷物には聖水もニンニクも無いし、銀弾に至ってはそもそもヴィエルジュの世界に銃火器があるのかすら怪しい。
それと心臓に一撃入れるなら杭じゃなきゃダメだった気がする。
記憶を辿るように考え込んでいると、ブラッドムーンが悔しさを滲ませながら私を睨みつけて叫びだす。
「ちょっとあなた! 『あー……』って何よ! どーしてそんな微妙な反応なワケ!? 吸血鬼よ! あの吸血鬼なんだから! もっと驚いても良いじゃない!」
「えー……」
「今度は『えー……』ですか! そうですか! んーもう!!」
今度はプイッと顔を逸らして逆切れされた。ちょっと面倒臭い。
しかも涙腺が緩んで半泣き状態である。
見た目は大人なのに中身は子供なんて、彼女は一度どこぞの名探偵の爪を煎じて飲んだ方が良いかも知れない。
そういえば妖艶だと思っていた彼女のスタイルだが、思っていたより抜群でない気がする。初めて見た時はボインボインだったと思うのだが、よく見れば私とそんなに変わらないかもしれない。
かもしれない? いや余計なことは後回しにしよう。
しかし言ってしまえば今更吸血鬼とか言われても微妙だ。そんなに驚くことはないから困ってしまう。少なくともインパクトだけなら今のところ不動のトップスリーもいるし。
三位は地底人。あれはやっぱりとにかくグロい。
二位はルーン・ベア。初戦だったのもあり、あの迫力と戦慄はトラウマものである。
そして栄えある一位はエリス様。超怖い。とにかく超怖い。
もちろん朱眼状態のブラッドムーンはそれなりに不気味だったが、なんというかあの間の抜けた「ふんぎゃー!」の悲鳴が緊張を欠く最大の要因だったのだろう。
私とブラッドムーンが下らないやり取りをしていたら、アテナが鼻で溜め息を吐くと――
「それで? なんたらケッカイ、うんたらリュウハってのはまだなの? やらないなら――」
「クックック……! ならば望み通り……天獄へ堕ちるが良い!」
言われたブラッドムーンはすぐさまアテナに向き直って戦意を露にする。
さっきの間抜けなポーズを再会して「ハァァァァアッ」と叫び、右手をやや大袈裟に震わせると――彼女の足元には真紅の魔方陣が現れ、そこから発ち昇る赤黒い炎がオーラのように体を覆い始めた。
次にブラッドムーンを中心として地面が揺れると、大地や岩盤はめくれて砕けて浮き上がる。
その迫力はボスクラスとして遜色無く威厳があり、さっきまでの間抜けな姿が嘘のようだ。
「ちょ、ちょっとアテナさん。 これマズくない? 大丈夫?」
「心配しないで月詠さん。 人間にも命があるように、吸血鬼にもルールがあるんだ」
「クックック……育んでいた希望は絶望として芽吹き、やがて成長すると憎悪となる!」
ブラッドムーンの掲げた右手の平には真っ赤な球体状の何かがあった。
両手でその球体を優しく包むみながら天井を見上げると、まるで抱えた小鳥を飛び立たせるような仕草でそれを放った。
「クックックッ……受けよ、ブラックホープ・バスター!」
目にも止まらぬ速さで頂点に達したブラックホープ・バスターは、赤黒く明滅すると破裂して目新しい景色を創り上げる。
さっきの血環の理のように私達は見たことも無い場所に立っていた。
闇の帳が広がる世界を舞台に、夜空高くにはブラックホープ・バスターが正に血染めの月の如く怪しく光っている。
亡者達の亡骸が打ちひしがれて足場となり、一際高く山のように積み上げられた場所にブラッドムーンは立ち、私達を見下ろしていた。
「クックック……すぐ楽にしてやろう。 遊びは終わりじゃ、あの世で月を見る度思い出せ!」
すると――ブラッドムーンの掛け声を合図とし、足場で眠る亡者達が蠢きだした。
いずれもが朽ちて腐敗した肉体だったり、白骨化していたり、肉体の一部を欠損していたりと、地獄の次は悪夢のような場所だった。
「クックック……天獄の底より、蠢け、這いずれ、喰らえ、亡者達よ!」
死者の軍勢が団結して私達に向かってくる。
これはさすがに想定外だった。私の知っている吸血鬼物では、ここまでバッドエンド級な仕上がりの映画はなかった。
アテナと顔を見合わせると、揃って私達は頷く。アテナも考えは同じようだ。
「とにかく撃破していこう。 矢数大丈夫?」
「全然大丈夫だよ。 二人分持ってきてるし。 アテナさんこそ、そのスピア燃え続けてるけど熱くないの?」
「まだまだこれから。 もっと燃え続けて刀身が赤く染まれば、その時がこれの真価だよ」
まずはとにかくぶつかって行く。これはお爺ちゃんからの教訓だ。
アテナが切り込みしながらブラッドムーンを目指し、私は援護射撃をしながら少しでも多くの敵を引き付ける。
それだけのことを阿吽の呼吸で互いに把握し、すぐさま実行に移した。
多くの敵がいるので因果桜砲で蹴散らそうと、纏めて矢を放つ。
すると――
「あれ?」
矢を受けた敵は特に抵抗する様子も無くバタバタと倒れ始めた。
続けてアテナが敵群集の中に飛び込んでファイアブランド・スピアを振り回すと、同じように亡者達はバラバラに砕け散った。
見た目が立派なだけのプラモデルのように粉砕され続け、アテナは無双をしながら微笑を浮かべて突き進む。
「月詠さん、このモンスター達は見た目だけだよ! すごく脆い!」
しかも脆いだけじゃなくて動きも鈍い。
のらりくらりと歩いているスケルトンに向けてチョコバナナを両手で握って思い切り振ると、打たれたガイコツは見事にホームランとなり、それは遠くで余裕の笑みを浮かべるブラッドムーンの頭に当たる。
「ふんぎゃー!」
主にヘッドバッドを決めたガイコツは申し訳無さそうに砕けて消えた。
ブラッドムーンは当たるまで気付かなかったのか、直撃を受けた頭を両手で撫でるとその場にしゃがみ込んで表情を歪ませる。
彼女はそのままジッと身を固まらせていると、やがて頬には涙が伝い流れ始めた。
「うぅ……」
涙を羽衣で拭くとブラットムーンは立ち上がり、泣きべそをかきながら大きな声で叫んだ。
その姿はボスとしてはちょっと痛々しい。
「クーックック! よもや人間如きが夜乙女の姿になった私をここまで追い詰めるとはな……このままでは終わらんぞ! 血王滅殺赤龍波の封印を解く!」
さっきから見た目や出だしの迫力は申し分ないのだが、結果が伴わないのでその言葉も正直怪しいと思えて仕方が無い。
もっとも、ブラッドムーン本人は至って本気のようだが、それともひょっとして彼女は十分に強いのだがそれ以上にアテナが強すぎるだけなのだろうか。
派手さだけならブラッドムーンだろうが、アテナの持つ地力の高さは教会の中でも群を抜いている。
「我が仮初の姿を生贄に捧げる。 最狂の血王よ、我が願望を聞き届け、彼奴等に絶望を与え、希望を摘み取れ! 血王滅殺赤龍波の儀、ここに!」
ブラッドムーンが言い終えるとブラックポープ・バスターが彼女の胸元に舞い戻り、それに彼女が触れると一帯は眩い光に包まれる。
やがて閃光が晴れ、闇の夜空に固有血海の主たるブラッドムーンの声が響く。
「クックック……召喚の儀、ここに極まり。 『神眼の血龍』の降臨により、この世界は間もなく滅ぼされるであろう。 さあ……『最終固有血海、無限の血戦』の開幕だ」




