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三十六話「地底ダンジョン」

 支度を済ませた私達は、これからいよいよ地底ダンジョンへと入ることになる。

 アテナは馬の装具を背負ってそこに下処理を施した鮎を釣るし、左手でカンテラを持つと右手で剣を握り、いかにも手練な冒険者みたいな雰囲気だ。

 私もシスター服を着直してチョコバナナと矢筒を背負うと、両手でスピアを持てば準備完了だ。ヴェールだけは視野を確保するので結局被ってない。もうこれは人目に触れる時だけで良いんじゃないだろうか。

 滝に向かってゆっくり歩いていくと、横にいるアテナが神妙な面持ちで口を開いた。


「月詠さん、さっきの狼でのことなんだけどさ」

「何?」

「ちょっと厳しいこと言っちゃうけど、クララさんと旅に出るんだったら容赦無く敵を切り捨てる気持ちは大事だよ?」

「うん、頭ではわかってるんだけど」


 言われるまでもないことなのだが、さっきはイヌ科の動物ということもあって躊躇いが生まれてしまった。

 旅に出ればそういった甘えが取り返しのつかないことになるのは当然のことなのに。


「誤解しないでね? 何も殺戮者になれって訳じゃないの。 でも、少しずつで良いから慣れていかないと」

「そうだよね。 クララに何かあってからじゃ遅いし」


 少なくとも狼の時は私の我侭でアテナに余計な気を遣わせてしまった。

 アマゾネスの中でも優秀なアテナだったから良かったようなものの、彼女でなかったらどうなっていたかわからない。

 それに狼だって馬鹿じゃない。一度撃退されれば学習して更に手強くなり、次に襲うのが私達のような武装した人間だとは限らないのだ。


「博愛の精神は確かに素晴らしいけども、それも月詠さんの身体があってこそだからさ」

「そうだね……よし! 当面の目標は獣狩りをしてお肉を食べることにしよう! クマ鍋イノシシ鍋ウサギ鍋!」

「あはは。 まあ月詠さんの気持ちにも身体にも無理のない程度に頑張ってね」


 意気揚々とスピアを強く握り直し、徐々に滝へ近付くにつれて私達は自然と陣形を組んだ。

 基本はカンテラを持つ前衛担当のアテナが先陣し、スピアで応戦して緊急時の弓矢を備える私が後陣なのだが。ただ四方八方から襲われる可能性がある以上、前後が逆転してしまう可能性も念頭に入れておく必要がある。

 やがて滝の端を通り抜けると、水のカーテンの向こう側は一転して不気味な雰囲気となり、じんめりとした湿った空気が肌に纏わり付く。そのまま岩壁を沿うように歩き続けていると、ぽっかりと口を開けたような洞穴が見えてきた。


「さて、ここからが本番。 月詠さん、準備は良い?」

「大丈夫! クマでもイノシシでも何でも来い!」

「冷たい洞窟だしクマもイノシシもいないと思うよ……。 コウモリとかスライムが専らだから、でも地底人には気をつけてね」

「地底人? 何それ?」

「亜人の一種なんだろうけど、ゴブリンでもないしゾンビでもないのよ。 一説には類人猿が地底で進化を遂げた姿だって言われてるけど」

「ゴブリン!? ゾンビ!? 斧とか持ってるの!? 噛まれたりしたら自分もゾンビの仲間入りしちゃうの!?」

「え? 月詠さん何言ってるのよ……。 ゴブリンが斧なんて文明品持ってる訳ないでしょ? 精々打撃系の石器が良い所。 それとゾンビに噛まれたら確かに毒や菌は消毒しないとダメだけど、なんでゾンビになっちゃうのよ」

「ち、違うの?」

「むしろ月詠さんのいた世界の方が恐ろしいくらいよ。 モンスター達が文明と伝染病を備えているとか、人間絶滅必須じゃない。 よく生きてるわね」

「あは……あはははは!」


 まさかこの歳で本や映画といった創作話を引き合いに出す訳にもいくまい。ここは笑ってごまかそう。

 視線を泳がせていると、アテナは溜め息を吐いて苦笑いを浮かべると正面へ向き直った。


「それじゃ月詠さん」

「うん。 地底の世界にお邪魔させて貰おうか」






 洞穴から入った世界は暗がりに包まれて視界の悪い場所だった。カンテラの明かりがぼんやりと周囲を照らすだけで、これが無ければ何も見えないだろう。

 それでも雫が滴り落ちる音がそこらで反響しているものだから雰囲気は抜群だ。

 入る前の打ち合わせ通りに、ここでは音や話し声が命取りになるので、極力口パクや仕草のサインで意思を疎通することとなる。

 数歩だけ先を行くアテナが様子を窺いながら時折こちらを振り返って付いて来るよう合図を出す。それを見た私は頷き、足音を立てずにゆっくりとアテナを目指す。その繰り返しだ。

 時折、近くのスライムがこちらに気付いたりコウモリが襲ってくることもあったが、アテナの繰り出した電光石火の如き素早い斬撃で被害は皆無である。


 ――スライムって切れるんだ。


 こんな下らないことを考えてしまえる程に余裕があった。

 傍目には切り捨てられたスライムが、でろ~んと小さな水溜りみたいになっていた。緑色のゲル状なので抹茶わらび餅に見える。


(月詠さん、どうしたの?)

(何でもない、スライムって見るの初めてだったから)

(そっか、スライムは目が弱点だから覚えといて)

(りょ~かい)


 口パクと仕草でやり取りを済ませる。

 しかしスライムの目って、表面積の割に小さいと思うんだけどな。

 その後もアテナは飛び掛るスライムを切り捨てたり、時には不意打ちして未然に防いだりと、一閃で必殺する姿は仕事人である。

 コウモリに関しては普通の動物なので、アテナにとっては敵ですらないだろう。

 今の私ではこんな芸当みたいな真似はできないだろう。弓矢なら負けないけどね!

 危な気無く歩を重ねていると、途端に足首が急に冷たくなり足が上がらなくなった。

 スライムだろうかと思い、じっと目を凝らして見ると――


「ヒィッ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 私の足首を掴んでいたのはスライムではなった。低く四つんに這う灰色の全身には糸引くヌメリを纏い、後退した眼は白く虚ろで、首にはエラらしきものが見える。

 そのグロい姿を見てすぐに正体がわかった。地底人だ。地底人と言うか半漁人と言った方がしっくりくるが。

 声を出してしまったので、近くにいたであろう他の地底人やスライムにコウモリが姿を現すと、一斉にこちらへ近寄ってくる。

 それでも私にできることは、足首を掴む地底人の手をスピアで突くことだけである。


「このっ! 離しなさいよ!」


 混乱している為か、突きの殆どは当たらずに地面を抉るばかりである。時折当たることもあるが、ヌメリのおかげで決定打にはならない。

 顔を上げれば徐々に迫り来るモンスター達に焦りが駆り立てられる。

 すると気付いたアテナが颯爽とこちらに駆け寄り、私の唇に人差し指を当てて黙するように表情で伝えてきた。

 そしてモンスター達に向き直り、アテナは先頭にいる地底人に強烈な一撃を浴びせると、彼女得意のボウリングスラッシュでモンスターの波を押し返して見せた。


 ――アテナさん、さすがすぎる。


 一安心して足元に視線を戻すと、なんと地底人は口を大きく開けて私の足首にかぶりつこうとしている。その口はピラニアみたいな鋭利な歯が並び、噛まれれば食いちぎられること間違い無しだろう。

 あまりのおぞましさに、またも悲鳴を上げそうになったがなんとか堪える。が、反射的に開いてる口の中にスピアをブチ込んでしまった。

 嫌な手応えが全身を駆け巡ると、そのまま地底人は断末魔を上げて絶命した。

 槍を引き抜くと、地底人の口からはドピューっと噴水みたいに血が吹き出し、そんな様を私はただただ見届ける他なかった。

 すると、背後からアテナの手がポンッと肩を叩き、振り返ると彼女は親指を立ててウィンクをしていた。


(月詠さん、グッジョブ!)

(あんまり怖かったから、反射的にやっちゃった)

(何言ってるの。 反撃しなかったら今頃は片足無くなってたんだよ?)


 ともあれこれで初のモンスター撃破である。

 緊張から解放され、一息吐いて胸を撫でると徐々に動悸が落ち着きを取り戻し始めた。

 一方アテナは地底人の亡骸を調べているようだが、一体どうしたのだろうか?

 その後、ペースを戻した私達は、気を取り直して道無き道を進み始める。

 地底人を一度見たのでその後は慌てることもなく対応し、スライムやコウモリが背後から忍び寄っても難無くあしらうことができた。

 スライムの目を突くのは思っていたより簡単だった。的こそ確かに小さいがスライムという特性上、全身が透けているので逆に何処から見ても弱点が丸見えなのである。目玉がゲル状の体内を動こうとも、水中を素早く泳ぐ鮎に比べれば止まって見える。

 そんな訳である程度の技術さえあれば取り立ててハードルの高いものではない。

 気付けば息の詰まるような閉塞感は無くなり、私は正にダンジョンを攻略する冒険者みたいな気分になっていた。 


(月詠さん、ちょっとストップ)


 先行くアテナが待機のサインを出して足を止めると、その場にしゃがみ込む。

 私達の目の前には、人がちょうど通れる位の小さな洞穴があった。そして通り道には獣の抜け毛や鳥類の羽毛が散乱している。

 しゃがんでいるアテナそれらを手に取ると、何かがわかったように小さく頷いていた。


(月詠さん、この穴を通り抜けるとちょっとした広間に出るんだけどさ)

(うん)

(この獣を食い散らかした後からして、たぶん大きなルーン・バットがいると思う。 地底人まで喰い散らかすとなると中々獰猛かもね)

(大丈夫なの? 逃げ切れる?)


 散らかっている抜け毛や羽毛の中をよく見れば、動物の骨や背びれと思しき物も交じっていた。

 悲惨な光景に背筋に寒気が走る。


(大丈夫。 ちょっとスピア貸してくれる?)


 頷きアテナにスピアを渡すと、手早く剣に換装してロングスピアにした。片手だけで振り回すその姿は歴戦の勇者みたいで非常に頼もしい。

 もう片手にはカンテラがあるというのに、どれだけ派手に動いても体軸や重心がぶれのない身のこなしはさすがの一言である。


(私が囮をするから、月詠さんはルーン・バットに矢を放ってくれる?)

(……え?)

(背後からズブズブっとやっちゃって良いから。 頼りにしてるからね)


 アテナはやんわりと微笑んだ表情をしているが、言っていることは物騒極まりない。

 いや、きっと狩りの達人たるアマゾネスからすれば至極自然なことなのかもしれないが。

 立ち尽くしている私にアテナが耳元でそっと作戦の概要を説明すると、私は驚かずにはいられなかった。


 ――倒すの? 避けるんじゃなくて?


 内心突っ込んでいる私を気に留める様子もなく、アテナは正面を向き直ると洞穴に入ってどんどん先に進んで行った。

 明かりを持っているアテナから離れる訳にも行かず、私も仕方なしに彼女を追いかけて行った。

 この小さなトンネルを抜ければ、いよいよボスモンスターと御対面である。

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