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三十五話「武器選びとプラクティス」

「「ごちそうさまでした」」


 二人で肩を並べて焚き火の前に座り、ゆっくりとだらけながら午後の流れについて確認をする。


「アテナさん、これからどうするの?」

「滝の奥に洞窟があるんだけど、そこを越えてしばらくすると村があるから、今日はそこが目標かな」

「目的の国はソフィアだっけ? そこにはどれくらいで到着できそう?」

「村からは平坦な道のりだから、特に何も無ければ二日位で着くんじゃない?」

「となると合わせて三日間か、意外と早く着くんだね。 教会が辺境の地にあるものだから、一週間とかすると思ってた」

「普通に行けばその位かかるんじゃないかな? 洞窟を抜けるのは近道だからね。 その分危険も伴うけど、クララさんの体調もあるからそこは頑張ってもらうよ?」

「そういうことなら御遠慮なく! 今日のノルマが洞窟なら暗くなる前にちゃちゃっと行っちゃおう!」

「そもそも洞窟の中が暗いからそこはあんまり関係無いかな。 月詠さんは初めてだし多少時間がかかってもいいから安全に進んでいこう。 それでも普通の道のりより十分時間短縮できるから焦らないで」

「了解。 そっか、教会の山岳洞窟ですっかりイメージが固まっちゃったけど、普通に洞窟って言えば暗いのが当たり前だもんね」

「そうそう。 ここの洞窟は地底内だからお日様の明かりはまず届かないよ。 おまけに魔物とかも出るし、片手はカンテラ持ってなきゃいけないから……そうだ、月詠さんは武器変えなきゃ」

「武器?」

「弓は遠距離用だし矢数も限られるでしょ? カンテラは私が持って先導するし警戒も怠らないけどさ、それでも背後から襲われることもあるし、護身程度に気軽に振り回せる武器が良いかなって」


 確かにその通りだ。弓矢なら速射にも精度にも自信はあるけど、矢数だけはどうしようもない。

 洞窟を出てもしばらく旅が続くのであれば矢は節約した方が無難だし、ここはアテナの意見に従うところだろう。


「どういった物が良いかな?」

「まず一つ、取り回しが簡単で振り回しても味方を巻き込まないのは短剣……いわゆるナイフだね」

「確かにナイフなら元の世界でも比較的触ってたし、然程苦労しないと思う」

「だけど射程があまりに短いし、魔物には威嚇なんて効かないからちょっと頼りないんだよね」

「むぅ」

「次に二つ目、定番だけど剣。 今私が持ってるのは片手剣だけど、説明いらないよね? 長所も短所も目立たない無難なチョイスかな。 月詠さんは運動神経良いみたいだし、洞窟を出る頃にはそれなりに物にできてるんじゃない?」

「でもそれってアテナさんの脇差だよね? そうなるとアテナさんの武器が無くならない?」

「私はナイフ一本でも洞窟をクリアできる自信があるけど、でも確かに時間は随分かかっちゃうかもね。 それと最後に三つ目、槍があるよ」

「槍? 槍なんて持ってきたっけ? せいぜい物干し竿みたいなのがあった程度で……」

「あっははは! 物押し竿か! 良い発想だね! その案は是非とも利用させてもらおう!」


 私の口から出た戯言にアテナは笑いながら感心していた。

 だって長めの樹棒なんて、物干し程度にしか使えないだろう。漫画とかであるような、旅人が洗った衣類を干している光景が思い浮かぶばかりだ。

 首を傾げて考えていると、アテナが立ち上がって樹棒を荷物から持ち出して来て答えを示した。


「月詠さん、この樹枝の棒切れはこう使うんだよ」


 そう言ってアテナが脇差から剣を抜き、次にそれを樹棒の端に付けると槍になった。

 槍にしたって随分と刃渡りが長く、見た感じは薙刀みたいな感じの武器である。


「それなら扱える……かもしれない。 高校入学したての頃、薙刀部の体験入部で……ってそれじゃやっぱりアテナさんの武器が無いよ!」

「あ~、これは見本だからね。 ナイフに換装すれば普通のスピアみたいになるから大丈夫」

「へぇ、それにしてもそんな武器があるなんて驚きだなぁ」

「いやいや、驚いたのはこっちだから! 弓だけじゃなくて長槍まで使えるなんて……えーと、コウコウ? ナギナタ?」

「それはなんて言うか……元の世界ではそんな感じの薙刀って武器があってさ。 高校というのは学舎なんだけど、そこで一週間だけ薙刀を体験として習ったの」

「そういうことね。 まあ例え一週間でも、まったくの素人よりは良いでしょ? それじゃこれナイフに変えて使う?」

「うん。 そうしよう」


 話が纏まるとアテナは腰に忍ばせているナイフを取り出し、長槍をスピアに換装して私に貸してくれた。

 両手で受け取ったそれを立てかけると、刃先を僅かに見上げる程度の長さで樹棒自体は私の身長と然程変わらない。そうなるとこのスピアは約165センチ+刃渡りの長さということになる。

 先端のナイフだけ鉄製の為か重量バランスが先寄りで、想像とちょっと違って少し戸惑ってしまう。

 私の顔を見て戸惑いに気付いたのか、アテナがフォローを入れる。


「すぐ慣れると思うから大丈夫だよ。 そういう重量配分にすると斬撃の威力に重さが加わるし、なんだかんだで総重量も軽いから女の子でも扱いやすいんだ」

「へぇ~」


 ヴィエルジュの世界に来て何回「へぇ」と言ったか正直わからない。これからもまだまだしばらく使うことが多いだろう。

 戯れのつもりでちょっと振り回してみる。体験入部で使った事のある薙刀とは一味も二味も勝手が使うけど、唯一射程に関してだけは培った感覚が役立ちそうだ。


「いきなり本番ってのも難だし、ちょっとだけ練習しようか」

「うん? 素振りとか?」

「もちろんそれもあるけど、とりあえずは距離感と重量移動の把握かな。 先ずは自分と周りを巻き込まないようにしなきゃ」


 そうして私のスピア修練(?)が始まった。

 とはいっても今回は魔物を仕留める云々ではなく、とりあえず自衛としてである。初めは狩る為の突きや斬り込みよりも扱い方からだ。

 身近な例だと、リンゴの皮を剥くにはナイフの握り方とリンゴの掴み方からってところだろうか。さもなくば大方自分が怪我をする羽目になる。

 今回でいえば私自身はもちろんだが、先導するアテナを怪我させてしまったら間違いでは済まされない。

 そんな訳でちょっとした修行の始まりだ。

 透明なカーテンみたいにゆっくり流れる滝に槍の先端を合わせ、その場に立ってスピアを振り回し、距離感を体に叩き込む。まさか薙刀部の体験が役立つ日がこようとは。

 ただ重量は先端に集中しているので、振り回せば反作用でついつい体が引っ張られて前のめりになってしまう。確かにこの挙動を本番で味わえば面食らっていただろう。刃先を動かすアクションに対して自分の体重移動が胆になり、回数をこなして慣れる頃にはすっかり汗だくになってしまった。

 だが息を乱して肩を上下させるも、気が抜ける時は無い。

 泉周辺を歩くアテナが気まぐれに私目掛けて遠くから軽い枝を投げ、それを撥ね退けて不意打ちの撃退法も練習する。


「おー、良い感じ良い感じ」

「はぁはぁ……ちょっとだけ休ませて~」

「そうだね、ちょっとこっち来る?」

「んーん、ほんとにちょっとだけ。 息が整うまで」


 言って顔を水で流し、水を掬ってゴクゴクと飲んだ。


「よし、次っ!」

「それじゃ今度は水面をあまり揺らさないように立ち回ってみようか?」

「えーと、つまり足音を立てない訓練ってこと?」

「そうそう! 洞窟内の生物は目が退化してるからカンテラの明かりには気付かないだろうけど、その変わり音には敏感だからね。 足音に釣られてどんどん集まってきちゃうんだ」


 確かに狩る為の修練ではないけど、だからと言って簡単な内容ではなかった。

 これがゲームならば範囲攻撃を習得したりするんだろうけど、現実はそんなに易しくない。群がる敵を撃退するよりも、そもそもとしてエンカウトしないに越したことは無いのだ。


「それじゃ月詠さん、これ切り落としてくれる? えいっ!」


 そう言ってアテナが投げてきたのは、葉がたくさん生い茂っている木の枝だった。

 言われた通りに私はそれを遠慮無くスピアを薙いで切り落とすと、葉は散り散りと舞い落ちて水面に浮かぶ。 


「お見事! とりあえず鮎十匹お願い!」

「はい?」

「干物にして旅の保存食にするの。 ちなみに斬撃と突きの訓練も兼ねてるから、手掴みと投擲は禁止ね」

「音をたてない戦闘訓練か。 よし、やってみる!」

「それと十匹捕まえるまでに浮かんでいる葉っぱが陸辺に着いたらやり直しだから」

「やり直し?」

「捕まえた鮎を森の動物達にあげちゃう。 つまり振り出しってこと」

「え……えぇ~! 葉っぱにそんな恐るべき伏線が設定されていたなんて」


 こうして洞窟というダンジョンに入る前の修練という名目のチュートリアルが始まった。

 ただそれはあまりにも地味で華やかさも無く、その割りに神経と体力を多大に消耗する汗水の絶えない内容だった。

 昼下がりいっぱいまで続けたが結局私は十匹どころか、半分の五匹目を捕まえたところでアテナが終了の旨を促した。この後は洞窟を越えるので仕方が無いだろう。

 それとこれは自慢でもなんでもないが捕まえた累計数は十二匹である。ただ、やり直した回数はもっと多いが。

 陸辺に腰を下ろして足だけ泉に浸けて休んでいると、近くにいるアテナは捕まえた鮎を見てとても喜んでいた。


「すごいすごい! 月詠さん本当にたいしたものだよ!」

「はぁはぁ……疲れた~。 結局半分だけでごめん」

「いやいや、普通はあのルールで五匹も捕れないよ? 初心者は普通に槍で捕まえるだけでも難しいのに」

「そうなの?」

「だから月詠さんの成果は余裕で満点だから安心して」

「え~! それなら最初からそう言ってくれれば良いのに~!」

「大きな壁があろうとも、それを越えようとする気概が大事なの」

「アテナさん……本当にお爺ちゃんの教え子だね」

「やっぱりそう思う? でもそれを半分とはいえクリアした月詠さんも、さすが朧さんのお孫だよね」

「あはははは……あれ? でも保存食は?」

「残りは私が捕まえるから大丈夫!」

「葉っぱのルールを無くして私が続けるのはダメ?」

「え?」

「足運びはなんとなくコツを掴んだんだけど、結局槍の斬撃で波紋が拡がっちゃうからダメだったんだよね。 だからもう少し続けたいんだけど」

「ん~。 また今度にしょう、休むのも大事だよ。 今日中に洞窟を越えるんだから疲労困憊になられても困るし」

「むぅ」

「月詠さんそれじゃあさ、私が同じルールで鮎を捕まえるってのはどう? 見るのも役立つと思うし」


 そうして今度は同じルールでアテナが滝の前に立った。

 私がさっきのアテナと同し様に葉っぱのついた枝を投げると、アテナはそれを優雅に切り捨てる。


「アテナさん思いっきりやってね! 私に見やすいようにとか気を遣わなくて良いから!」

「りょ~かい! それじゃ遠慮無く行くよ!」


 言ってアテナが目線を動かしそこへ向けてスピアを突く。水面を貫いた刃渡りはうねるような奇妙な軌跡を描くが、不思議と水飛沫は殆ど散らさず波紋も拡がらない。やがてゆっくりと彼女が槍を上げるとそこには三匹の鮎が突き刺さっていた。

 この間、僅か一秒にも満たない。

 私はさっそく口をポカンと開けて言葉を失っていた。


「月詠さん、お願いっ!」


 アテナが片手で素振りをすると、三匹の鮎は刃から抜けてこちら目掛けて飛んできて、足元にチャポンと音を立てて沈む。

 鮎はそのまま浅瀬でビチビチと悶えていたが、やがて動かなくなった。

 続けてアテナがスピアを振るう度に数匹纏めて鮎を仕留め、計三回の突きだけで十匹捕らえて見せた。

 ちなみにそもそもとして、アテナは一歩も動いていない。


「どう? 良いお手本になったかな? 少しでも勉強になれば良いんだけど」


 格が違いすぎて少しも参考にならないということが勉強になった。

 しかもよくよく考えてみれば既に五匹いるのに、アテナはしっかりと十匹捕まえている。


「それじゃ月詠さん。 鮎の下処理を済ませたら、地底洞窟に行こうか」

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