三十一話「過去の掘り起し」
不揃いに群れる木々の隙間には獣道があり、そこを進みだして然程時は経っていないのだが、既に四方八方は緑に囲まれ仄かに漂う霧に包まれていた。
最早私に方向感覚はなく、アテナの土地勘だけが頼りだった。
時折見かける可愛らしい動物が、私達の姿を見るなり足早に駆け出して霧の中に消えてゆく。
ウサギとキツネにシカやリス。いずれも乙女心を夢中にさせるには十分な愛らしさだったが、残念なことにそれはこちらからの一方通行ある。
動物達が去る度、露骨に落ち込むような反応をしていると、前で手綱を握るアテナが話し出す。
「月詠さんは動物とか好きなの?」
「好きですよ。 可愛い子限定ですけど、クマとかはちょっとご遠慮したいですかね」
「へぇ~、ちなみに馬は好き? さっき準備してる時、ちょっとそわそわしてたよね?」
「そう見えましたか? 実は私、元の世界では馬を飼ってたんです。 彦星って名前の男の子。 もちろんお馬さんは大好きですよ」
「ヒコボシ? 変わった名前だけと、どことなく優しい響きをしているね。 ひょっとして白馬だったりする?」
「当たりです。 名前の由来は夜空に浮かぶお星様なんですけど、それがまた切ない恋の昔話と縁がありまして」
「なるほどね~。 夜空に輝くお星様か~、女の子ってやっぱりロマンティックなのが好きなんだね」
その言い方だとアテナ自身は女の子に含まれないような言い方に聞こえる。
雰囲気からして別に自虐してる訳でもなさそうだけど、不意に口にするとなればちょっとは気にしているのかもしれない。
「月詠さんとかクララさんみたいにそういう発想が無いのも、私が王子様だと間違われる材料なのかな」
「す、すみませんでした」
「気にしないで、責めるつもりじゃないんだ。 ただ私自身の感性や容姿の問題だから」
「アテナさんはお世辞無しに美人ですよ。 顔はもちろんスタイスも良いですし。 ただそれらから導き出される最終的な感想が『かっこういい』なんですよ」
「凛としてるとか、大人びているとかじゃなくて?」
「それもそうなんですけど、質がちょっと異なると言いますか」
「はぁ~。 私もヴィヴィアンみたいだったら間違われることはないんだろうなあ」
「さっき言いました凛然とか大人びているとか、まさにヴィヴィアンさんですよね。 あ、そうですよ!」
「何? どうしたの?」
「私がアテナさんと始めて会った時、ヴィヴィアンさんと一緒だったから勘違いしたんですよ! お似合いのカップリングだって!」
「そ、そういうことね」
アテナは余計に落ち込んでしまった。
言ってから気付いたけど、この言い方では余計に王子様だと言っているようなものだ。
私も口下手なので余計なフォローはしない方が良さそうだ。ここは普通にアドバイスをした方が懸命だろう。
「で、でもほら、さっきヴィヴィアンさんにも言ってましたけど、髪伸ばすんですよね?」
「そうだね。 今までは狩りの邪魔だからってショートヘアにしてたけど、手間を惜しまないならポニテにすれば良いんだし」
「そうですよ! やっぱり髪は女の命ですから! 美人なのは間違いありませんし、仮にも王子様なん褒め言葉、女の子達もそうそう使いません!」
「そうかい? それじゃやっぱり伸ばそうかな」
アテナが髪を伸ばせばそれはもう間違いなく似合うだろう。
ただ心配なのが、髪を伸ばしたところでこれまでのイメージが払拭できるかは、正直言って難しい。
支○令が髪を伸ばせばオス○ルになるのは明白ではなかろうか。乙女達は大喜びだろうけど。
そんな私の心配をよそに、明るく笑顔になるアテナ。
「こんなお話し、みんなの前じゃできないな。 月詠さん、君は不思議な子だね。 なぜか君の前だと心が裸にされちゃうよ」
こちらに振り向いてにこやかに微笑むアテナはやっぱり超絶イケメンの王子だった。
枝の隙間から注がれる陽光に笑顔が照らされ、微風に前髪をさらりと揺らされる。薄い霧と相まって、まるで童話の絵本に出てくる王子様そのものだ、本人には言えないけど。
ちょっと坊有名歌劇団にのめり込む方々の気持ちがわかった気がする。
「ところでアテナさん。 みんなの前ではちょっと、微妙に聞きづらいことがあったんですけど」
「うん、わかってる。 話はエリス様から聞いてるよ。 私がフリューゲルの人間ってことだよね?」
「そうなんです。 アテナさんも教会にいる以上、訳ありなのは理解しているんですが……」
「訳なんて無いよ」
「え?」
アテナの纏う空気が一変した。
これまでの和気あいあいとした雰囲気は変わり、辺りが僅かだけ熱くなった気がする。
「私が黄昏の教会にいる理由はあるけど、いわゆる『訳あり』というのは私に当てはまらない。 名乗るに際してフルネームなのも、自身が隠さねばならないような身分だとは思わないからだ」
強い執念が込められた言葉に気圧される。
言葉を失って黙り込んでいると、空気を察したアテナは我に戻って苦笑いを浮かべた。
「ごめんごめん。 家のことになると、つい熱くなっちゃうんだ」
「アテナさん、家族のことが大好きなんですね」
「うん。 私は家族のことが大好きだ。 まあそんな訳で、私が隠すことは何もないから遠慮しないでね」
照れることも無く、恥らうことも無く、堂々とアテナは答えた。
私と同じような年齢なのに、この辺りの年齢でそういうのが歯切れ良く言えるのは珍しい。それはアテナが純粋というよりも、ひとえに彼女が大物だからだろう。
私だってお爺ちゃんが大好きだけど、アテナみたいにここまで素直にはなれないと思う。
「それじゃ話を始めようか。 まず早速だけど、私の父『ゼーレ・フリューゲル』と月詠さんの祖父『天乃神朧』さんは召喚者と契約者の関係だよ」
そしてそのまま淡々と、アテナはまず真っ先に肝心なことを私に切り出した。




