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三十話「行商人と修道女」

「ささ、早く早く」


 シャマルは手にあるシスター服を片手にかけ、もう片方の手で私の手を取り仮眠小屋に向けて歩きだすと、耳に馴染みのあるファンタジーらしからぬ単語を口にする。


「そういえばですけど、チョコバナナは誰から受け取ったんですか?」

「チョコバナナ?」

「月詠さんが手にしている弓ですよ。 それ確か、クララさんが前にアルテミスの練習用にって作られたやつですよね?」


 チョコバナナとはアルテミスのレプリカのことらしい。

 当然のように呼ばれている感じからして、そう呼んでいるのはおそらくシャマルだけではないだろう。

 確かにこのレプリカは茶褐色だし、形状もまあわからなくもない。そうなると本家アルテミスは熟成バナナってことになるのだろうか。

 本質としては武器なのに、チョコバナナとは物の例えが実に女の子らしい。


「あ~、なんかそうみたいだね。 これはエリス様から受け取ったんだけど、シャマルさんも知ってるの?」

「チョコバナナはわりと有名ですよ? 金色でなくともそんなに大きい弓ってそうそうないですし」

「それもそっか」

「クララさんも以前は随分と気にされていたようですけど、こうして活躍の場ができたとなれば嬉しいでしょうね」


 シャマルの言葉はどことなくクララの過去を匂わせていた。

 エリス様から軽く聞いていただけでも、経緯やら色々と気になっていたのだ。

 聞いて良いのか少し迷ったけども、隠すつもりだったらそもそもこれに触れないと思うし、ちょこっとだけつついてみよう。


「以前って……。 何かあったの? いや、クララが武器の練習をするって、なんとなくイメージに合わないな~って」

「う~ん。 クララさんってさ、なんていうか……こう、見た目以上に雰囲気だけは大人なんですけど、それ以上に中身が見た目通り、って言ってることわかりますか?」

「うん。 すごくよくわかる」


 つまるところ、クララが意図的に背伸びしていたのはナイチンゲールだけでなくシャマルも気付いていたということか。たぶんシャマルだけじゃないんだろうけど。

 シャマルは変わらず私の手を引いて先導し続けて顔を振り向かせなせないけども、雰囲気でなんとなく今の話題が微妙な感じなのだとわかる。

 これはきっとクララにとってはあまり良くない方面の話なのだろうか。


「クララさんって教養や学問は非常に長けているのですけど、その……」

「まあ、クララは運動は得意な方じゃないかもね」

「それもそうなんですけど、それよりも自分が結局アルテミスを扱いきれないことを気にされていたんですよ」

「う~ん。 人間誰しも得意不得意はあるからね~」

「そういう話ではないんですよ。 アルテミスは……神器という物は、人選びにもっと即動的なはずなんです」


 しかしシャマルの口から出てきたのは、クララのことではなくアルテミスを含めた特定の武具のことのようだった。

 それは『神器』と呼ばれ、いつだったかクララも似たようなことを口にしていたきがする。


「どういうこと?」

「つまりですね、選ばれし者意外に対しては、露骨に嫌がってビリビリとするはずなんですが……クララさんが触れるとその中間と言いますか、怒りもしないし喜びもしないんですよね」


 確かにクララは私がアルテミスに愛されていると言っていた。

 そして確かにルーン・ベアはビリビリしてたし、今こうして話しているシャマルも以前、自身が触れると同様にビリビリすると話していた。

 言われて見れば不思議かもしれない。この手の神話にありそうな武具と言うのは、特定の持ち主意外は毛嫌いする気がある。

 

「でもまあ、それも月詠さんの影響なんでしょうけど」

「え? 私?」

「認められし所有者を召喚できるからこそ、そうした中間の反応なんじゃないですか?」

「そういうものかな~」

「実際どうなんです? 召喚後もクララさんがアルテミスに触れることはありました?」

「それはもう間違いなく。 今は洞窟内の岩に飾って吹き抜けの大穴から毎晩のように月光浴させてるけど、設置したのはクララだよ」

「じゃあやっぱり。 魂約者が所有者なのをアルテミスも予見してたんですよ」

「え~、そんな都合の良い話あるかな~」

「だって、そうでもないと神器のあんな微妙な反応は説明つきませんもん」


 そういうものなのだろうか。

 僅かに違和感が残るけども他に説明のしようもないので頷くしかない。

 空を見上げながら考え込むも結局答えは見つからなかった。




   ☆   ☆   ☆




 二度目の入室となる仮眠部屋だが、今の私にとっては更衣室だ。

 シャマルに言われるままローブを脱いでシスター服に着替える。理由はなんとなくだけどわかっている。


「前にもお話ししましたとおり、入国に際してはシスター職って便利なんですよ」

「その言い方だけだと、微妙にバチ当たりだよね」


 思っていたとおりだ。

 私達は顔を会わせると、互いに含み笑いをする。

 ボディラインを強調するタイトなラインの衣服に胸元の黄色いリボンが可愛らしい。後はひらひらふわふわしたヴェールや外套を着用すれば完了だ。

 後は外にいるアテナと合流して出発するだけ。


「月詠さん、外ではヴェールは取らないでくださいね」

「え? どうして?」

「黒髪って珍しいんです。 っていうか異世界者かその血縁者なのがバレバレなんですけど、場所や地域によっては異門審判にかけられてしまいますので!」

「うへぇ~。 そんなのもあるんだ」

「逆に黒髪が綺麗だからって理由だけで、奴隷市場では付加価値が付いてますけど……とにかく気を付けてくださいね」


 外ってやっぱり結構物騒な感じなのだろうか。

 奴隷とか今時映画でも聞きなれない。どちらかと言うとニュースでよく聞く言葉にちょっと驚く。

 やがてシャマルが背後から座っている私にヴェールを被せると、いよいよ私もシスターである。見た目だけ。

 

「準備完了です! お似合いじゃないですか。 あ、でもアマゾネスの方が似合いますよ。 たぶんですけど」

「あはは、微妙なお世辞ありがと」

「お世辞じゃなくて営業ですけどね! あ~でも私的にはせっかくの綺麗な黒髪を隠すのは勿体無いと思います」

「ん、とりあえず覚えとくよ」


 仲良く笑っていると、シャマルは思い出したように言葉を付け足した。 


「んー! こうして見ると、黒髪は隠せても黒い瞳が目立つ……気がする」

「まずいかな?」

「う~ん。 もっと深く被って顔を隠しましょう。 何か言われたら傷とか火傷とがあるって突っぱねてくださいね」

「りょ~かい!」

「よし、それでは外にいるアテナさんと合流しましょうか」




   ☆   ☆   ☆




 仮眠小屋の外に出ると、そっちはそっちで準備が完了して私達を待っていたようだった。

 馬にはアテナが既に騎乗しており、彼女とヴィヴィアンとギブリが三人で話し込んでいる。


「ギブリ、そっちは終わった?」

「こっちは大丈夫だよ。 月詠さんの着付けも終わったみたいだね」


 ギブリの言葉を聞いて私とシャマルは馬のいる場所へと小走りに駆け寄る。

 近付いた私にアテナが手を差し伸べたので、その手を掴むと優しく引き寄せられて馬に乗り込んだ。

 手綱をアテナに任せて私は彼女の後に座って、バイクの二人乗りみたいな感じになる。


「さて月詠さん。 それじゃ詳細は行きながら話すとしようか」

「そうしましょう。 私もアテナさんに聞きたいことがありますので」


 意味深気な笑みで私がアテナを見つめると、察しているのか彼女は吹き出し笑いをする。

 そのままアテナが手綱を引くと、馬は動き出してゆっくりと進み始めた。

 すると後から足早にヴィヴィアンが追いかけてくる。


「二人共、あなた達は行商人と修道女って設定だから。 アテナ、月詠さんは初めてだからエスコートきちんとね」

「大丈夫だよ。 予定通り行けば片道二日で現地二日、合わせて六日間だけど遅れそうな時は伝書を出すから」


 商人と修道女か。どこかで聞いたような組み合わせだけど、きっと気のせいだろう。

 馬に括りつけた左右の革鞄には、片方は野菜やら果物やらの収穫物を詰め込み、もう片方は万一の敵襲に備えて多種な矢や刃物、バーブの瓶詰めが入っている。

 まるで商人や旅人というよりも冒険者と言った方がしっくりくるような感じだ。


「「いってらっしゃ~い!」」


 シャマルとギブリの二人から揃って送りの挨拶をされると、次いでヴィヴィアンも続く。


「それではお二人とも、お気を付けて! 月詠さん、クララさんの為にも頑張ってね」


 ありがたい声援を受け、私とアテナも揃って「「行ってきまーす」」と手を振って答えた。

 正面門をくぐって進むと、木が並ぶ森が徐々に近付いてくる。

 予定通りに行けば数日後には森を抜け、その時はいよいよ私も外世界に足を踏み入れる時を迎えるのだ。

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