二十八話「夜の囁き」
前触れも無くいきなりクララが脱ぎ始める。何がどうしてこうなったのか。
下着姿になったクララがローブを抱いて体を隠している。隠すならなぜ脱いだのかと。しかも何故かとても恥ずかしそうな表情をしていた。そんな顔をされるとこっちまで恥ずかしくなってしまう。
最近ではクララの脱ぎっぷりにすっかり慣れていたのに、久しぶりにドキドキ感が込み上げてきた。
「ちょっと……なんで急に脱ぎ始めるのよ!」
動揺せずいられなかった。
今は静養中のはずだが、最早そんな雰囲気ではない。かといってもちろん私達は体を重ねるような関係でもない。
クララに詰め寄って俯かせている顔を覗き込むと、変わらずリンゴみたいに真っ赤なままだった。
「だって、月詠さんが私のこと知りたいって……私の体のこと知りたいって言ったから」
「いやいやいや。 それは病気とか体調とか、もっと言えば生い立ちとかそういう意味よ。 少なくとも私は別に……今みたいなそっちの趣味は無いんだから」
あの言葉をどう解釈すればこんなになるのか。しかもなんで受け入れてしまうのか。おかげですっかり頬が熱くなってしまった。
クララの手を解いて掴んでいたローブを取ると、そのままクララの顔目掛けて軽く投げる。
「ふぎゃっ!」
ローブを顔に受けたクララが小さい怪獣みたいな声を出す。
すぐさまそれを掴んで「えへへ」と誤魔化すように微笑み、そそくさとローブを着直すと小さな溜め息を吐いた。
「そうだよね。 ちょっとビックリしちゃった。 そんな訳無いのに」
だからなんでそこで寂しそうな表情をするのか。このままでは私の方こそ勘違いしてしまいそうだ。
この変に甘い空気が宜しくないと察知した私は、話の中にジョークを少しだけ混ぜてみた。
「そりゃそんな訳無いよー。 でももし……私にそっちの趣味があったら……クララちゃんはどうする?」
「ふぇっ!? 月詠さんは女の子同士が良いの!?」
「いやだから、もしもの話よ」
「あぁ、そっか」
恥じらいの顔から瞬時に驚きの表情に切り替え、最後は安堵の素顔を見せる。
魂約者の私がいうのもあれだが、クララが思ったとおりに百面相を見せるので楽しくなってきた。
よし、いつか何も言わず後ろから抱き付いてみよう。きっと良い反応が返ってくるはず。
「あはは! クララちゃんってばそんなに百面相をして、可愛い子供みたい」
「こ、子供じゃないよ! 月詠さんのバカ!」
結構素で怒らせてしまったようだ。子ども扱いされると途端に怒り出すのがまた可愛い。
ご機嫌を取ろうと思い、クララの頭に手を乗せて優しく撫で始めると、パシッと手を撥ね退けられた。
「だから子供じゃないの! だいたい前から言いたかったんだけど、クララちゃんって何よ! 同い年なのに私の方が年下みたいじゃない!」
「え、えー! そこ怒るとこなの!? クララちゃんそれは気にしすぎだよ」
「…………」
「クララちゃん? んもう、そんなに怒ることないのに。 クララちゃんってば!」
「…………」
クララは毛布にくるまってベッドに潜り込んでしまった。完全にご立腹のようである。
仕方なしに黙って見守っていると、ちょこんと頭を出してプイッと向こう側を向きながら妙なことを言い出した。
「私決めたから」
「え? 何を?」
「クララちゃんって呼ばれても無視するから」
「へ、へえ……」
苦笑いを浮かべながら視線をクララに注ぐ。
彼女のあだ名と容姿は正にクララなのだが、性格だけはアルプスに住んでいそうな少女である。まあそこがチャームポイントだとは思っているけど。
――仄かに沈黙が続いた後に、ぼそっとクララが呟いた。
「……クララって呼んでよ」
「え? 何だって?」
どうせそんなことだろうと思っていたので、ちょっとだけ意地悪な返事をする。
わざと聞こえていないような素振りを見せると、クララは毛布から起き上がって私に詰め寄ってきた。
「んも~! だからクララって呼んでよ月詠さん!」
「私決めたから」
「ふぇっ!? な、何を?」
「月詠さんって呼ばれても無視するから」
「え……えぇ~!」
「だいたい前から思ってたのよねー。 同い年なのに私の方が年上みたいじゃない」
笑いながら茶化すように言葉を返すと、クララがぐぬぬと唸るような顔をしている。
なんて言うか思い通りすぎてやばい。クララが超可愛い。
そのまま睨めっこを続けていると、クララは根負けを認めたのか視線を落として頬を膨らませながらぼやいた。
「月詠……」
「クララ~♪ 呼んだ?」
正反対のノリで返すと、クララは膨らませたままの頬を朱に染めて私を睨みつけてくる。
そしてまた毛布にくるまって何も言わずにベッドに潜り込んでしまった。
一息吐いた後に窓から外を覗くと、いつの間にかすっかり真っ暗になっている。
明日は早いのでそろそろ寝ようと思った私は、クララの寝ている隣のベッドに潜り込み、小さくそっと「クララ、おやすみ」と声をかけた。
すると少しだけ間を挟み、向こう側のベッドから「おやすみ……月詠」と恥ずかしそうな声が聞こえてきた。
☆ ☆ ☆
「――きて。 ねえ、起きてよ」
意識を夢の中に漂わせていると、クララの呼び声が聞こえてきた。
うっすらとした意識の中、目を擦りながら外を見るとまだ真っ暗な真夜中だった。
「ん~もう~何よ~。 まだ夜中じゃない」
傍らには下着姿のクララが立っている。
ローブは寝ている時に暑くなって脱いだのだろう。これまでにも下着姿で寝ることはあったし、別にクララは風邪をひいてる訳でもないので気にする必要もない。
クララは両手の指先を合わせてもじもじさせながら俯いている。
「ねえ……」
「な~に~?」
「一緒に……寝ても良いかな?」
睡魔に襲われている私は黙って頷くと、毛布をめくって了承の意を示す。
ベッドに入ってきたクララは「ありがとう」と小声でお礼を言って、体を小さく丸めると私の懐で眠り始めた。
眠気で朦朧とする意識の中に、クララのすやすやとした寝息と安らかな寝顔が留まる。
「早く元気になぁ~れ……♪」
願いを込めてクララの耳元で囁く。
そのままクララの手を握り、たゆたう意識を夢の中に戻した。




