二十七話「ベッド・イン・ワンダーランド」
麓に降りて菜園を走り抜けると、やがて敷地の端にある門へと辿り着く。
守衛をしているアマゾネスにシスター達の行き先を尋ねると、森の中へハーブを採りに行っているとのこと。ちなみに夜間の守衛は居眠り防止と万一に備えてペアを組むが、日中は基本的に一人である。
どうやらトラブルも無く予定通りに作業は進んでいるみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。
森の中はクララと何回か歩いた程度で、まだ脳内マップが形成されていないのでこのまま門前で待たせてもらうことにした。
走り疲れたのでアルテミスのレプリカを杖のように立て、片手で膝を支えて息を整える。そして緑色の外壁に背を預けようとすると――
「ああ! ちょっと待ってください!」
「え?」
守衛をしているアマゾネスに呼び止められた。
まさかペンキ塗りたてとかだろうか。そんな訳がないだろうと後ろを振り返ると、緑色の外壁をよく見れば茨の壁だった。
これまで外壁をまじまじと見たことがないので気付かなかった。天然の城壁が見える限りに横へ広がっている。
「これはすごいね~!」
「遠めに見てもここが教会だと気付かれないので、迷彩としての機能もあるんですよ」
「そうなんだ。 それじゃ薔薇のお花を咲かせる訳にいかないね」
「色彩豊かな薔薇が咲けばそれはもう綺麗でしょうが、ちょっと人目を引いてしまいますから」
ここは訳ありの乙女達が集う場所、人目から隠れてひっそりと暮らす為に派手事は避けねばならない。
走って来た影響で体が熱くなり全身から汗が溢れる。
ちょっとはしたないけど、草で緑一色になっているその場にぺたんと座り込むと、ローブの袖でおでこを撫でた。
アマゾネスは事情を聞いていたようで、気を遣っているのかあえて何も聞いてこなかった。
「あの、お疲れのようですし、仮眠小屋で休憩されては?」
「んーん、いいの。 ありがとね。 このままここで待たせてくれるかな? シスターのみんなに少しでも早く会いたいから」
それからも少々の雑談をしていると、やがて森についての話になった。
予備知識はまだ殆ど無かったのでちょうどいい。
アマゾネスである彼女は野外で活動することが珍しくない。森に住まう魔物にはじまり危険な魔獣に関することまで色々と知っていた。
「まず森の魔物で一番定番なのがルーン・ラビット。 通称ルビットって呼ばれてるの。 魔物と言ってもこっちから手を出さなければまず大丈夫だから」
「定番って……そんなに数が多いの?」
「ルビットには『森の主』って呼ばれてる大きな親がいるらしいんだけど、そこから産まれてくるのがルビットって説よ。 あくまで伝説だけどね」
「へぇ~。 魔力保存の法則と魔法の基本は習ったんだけどさ、動物達は人間よりルーンの発現率が高いの?」
「というよりも体の大きさかな。 ウサギは体が小さいから魔力の器が元々小さいって話よ」
「じゃあ私とクララちゃんが出会ったルーン・ベアって……」
「うん、超希少種だと思う。 それくらいになるともう『魔獣』よね」
他にも魔狼や魔鹿と多様にいるが、つまりは森の定番である動物に魔の字を付けたような生物がいるようだ。
話に夢中になっていると、森の中からぽつぽつと人影が見え始める。
「月詠さん、どうやらシスター達が戻ってきたようですね」
「うん……って、え? なんで私の名前知ってるの?」
「だってあなたは有名人ですもの」
「え~! その、ええと……」
「気にしないで、私はサイサリス。 動物と獣のことだったらなんでも私に聞いて」
「サイサリスさん、ありがとう!」
立ち上がって駆け出しながら背後を振り返る。
サイサリスは柔らかな表情で私を見届けながら手を振ってくれた。
☆ ☆ ☆
「みんな、今日はどうもありがとう!」
シスター達と合流した私は、何よりもまず頭を下げてお礼を述べた。
「だから頭は下げないでください。 皆さんだって迷惑だなんて思っていませんよ」
ロイスの言葉に顔を上げると、みんな揃って微笑みながら頷くばかりだった。
シスター達の中には数人のアマゾネス達もいて、そこにはやはりシャマルとギブリがいた。
ギブリが私に気を利かせたのか、空気を変えようと全員に語りだす。
「ねえみんな、ハーブの採集もノルマをきちんと越えたし、別にお二人が不在でも大丈夫だよね?」
この言葉に全員が頷く。
今度は隣にいるシャマルが声を出した。
「だから当分の間、クララさんは休んでいただき、月詠さんには寄り添っていただいても全然余裕ですよね?」
「シャマル、寄り添ってじゃなくて付き添っての間違いじゃない?」
「うっ……」
珍しくシャマルが言い間違えるとすかざずギブリが拾い上げた。
乙女達は二人を見てくすくすと微笑むと、そこかしこから「大丈夫ですよ~」とのありがたい言葉が聞かれた。
みんなの気遣いに胸に感謝の気持ちが込み上げてくる。
「みんな……みんな、ありがとう!」
半泣き状態の私がみんなに囲まれると、それぞれ背中や方を優しく撫でてくれた。
そんなにことをされると余計に目頭が熱くなってしまう。
「それで、クララさんはどうなんですか?」
メルセデスが人波を割って現れると心配そうに尋ねてきた。
そうだ。それを伝えずしてどうする。
「ええと、クララちゃんのことなんだけど――」
私は乙女達にこれからのことを伝えた。
クララは今夜から静養室で過ごすこと。
私は明日からアテナと、理の国ソフィアへ行って病を治す方法を聞いてくること。
しばらくの間はみんなに迷惑をかけることが続くかもしれないこと。
全てを伝えると、みんな快く承諾してくれ、不安な顔をしていた私の背中を押してくれた。
☆ ☆ ☆
その後は作業切り上げの鐘が鳴って教会へ戻ると食堂へ向かった。
みんなと一緒に食事を摂ろうと思っていたが、周りが気を利かせてくれたので私はクララと二人で静養室で済ませた。
食事が終わる頃、多くの人は水浴びの為に泉へ向かうので教会から人の気配は薄まる。静養室ではベッドに座るクララと傍のイスに座る私だけ。
「明日からしばらく会えなくなっちゃうね」
「うん……」
切り出したのはクララだった。
知り合ってからは毎日顔を合わせていたので、寂しいと思うのは当然だろう。
私だって寂しい。イスから立ち上がってクララの隣に座ると、その小さな手を握り締める。
私達は明日から完全に別行動になるのだ。
でも、その前に。
私はクララのことがもっと知りたいと思っていた。ずっと一緒にすごしているのに、私はクララのことを知らなさすぎる。
ナイチンゲールの問診の時、それを痛感してしまった。これだけ長く時間を共にしながら年齢すらも知らなかったのだから。
「ねえ、クララちゃん」
「なーに?」
「私、クララちゃんのこと……もっと知りたい」
「ふぇっ!? 月詠さん、そんな急にどうしたの!?」
「だって、私ってば今日までクララちゃんの体のこととか何も知らなかったんだよ?」
「で、でも……そんな、本気で言ってるの?」
「本気だよ!」
力を込めて言葉を放つと同時に、クララの両肩を強く握り締めた。
するとクララは顔をリンゴのように真っ赤に染めて目を逸らす。
「そんなに知りたいの? そ、その……私のこと」
「知りたい」
私の揺るがない即答に観念するように、クララは両手の平を胸元に添えると目を閉じて俯く。
そして消え入りそうな声で小さく「わかった」と答えてくれた。
「月詠さん、えーと……あんまり強引なのは嫌だよ?」
「うん。 約束する」
「みんなにもナイショだよ?」
「大丈夫。 絶対に言わないよ」
するとクララは――
目を閉じたまま恥らいの表情で真っ白なローブを脱ぎ始めた。




