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二十六話「黒歴史の末裔」

 クララが私に抱きついた後、大人しく休むよう伝えるとクララは頷いて直ぐにベッドに入った。

 日頃から疲労を積もらせて慢性的な睡眠不足だったようで、まだ夕方前の昼下がりにも関わらずあっと言う間に寝入ってしまった。

 枕元に腰を下ろしてクララの寝顔を見つめる。

 さっきまではあんなに辛そうな顔をしていたのに、今ではとてもやすらかな寝顔をしている。

 はたしてクララがどんな夢を見ているのか。さっきから時折、顔を百面相させているのが可愛くて仕方がない。

 ここまで百面相なのは、世界広しといえどもクララとさくらも○こちゃんだけだろう。福沢○巳ちゃんも良い勝負かもしれないが。

 立ち上がってウッドテーブルにあるイスに座ると、ナイチンゲールが私に紅茶を出してくれた。

 食卓にあるのと同じ木製のカップからは、芳醇な香りをした湯気が出ている。


「ありがとうございます」

「クララ君は眠ったようだね」

「ええ、こんなにぐっすり寝ちゃうなんて、日頃から無理してたのかな」

「無理というよりは、浮かれてたんだろうね」

「え?」

「君は知らないと思うけど、クララ君は元々こんなに感情を表に出すような子じゃなかったんだよ」

「そうなんですか?」


 それは意外だった。私と森の中で初めて会った時もクララは顔を赤く染めて喜んでいたのに。

 知り合ってからのクララといえばもう百面相のイメージしかない。ちょっとしたことでもすぐに顔にも口にも出す。それが私の知っているクララだ。


「君がクララ君のことを何処まで知っているからわからないけど、以前の彼女はなんていうか、マスコットみたいな外見とは違って凛然としていたかな」

「クララちゃんが?」

「そうだよ。 きっと自分を作ってたんだろうね。 偽るんじゃなくて作るの、これがポイント」

「どういうことですか?」

「さっきの反応を見てのとおり、クララ君は自分の幼い容姿にコンプレックスがあるのは明白でしょ? つまり背伸びして大人に見せたかったんだと思うな」

「なるほど、言われてみればそうかも」

「でも外面だけじゃなくて中身も伴わせようとしたのは偉いよ。 体が弱いのを言い訳にしないで、それならとばかりに勉学に励んだでたらすっかり教会一の博識者だからね」

「教会一ですか!?」

「あくまで総合的に、だけどね。 さすがに医学方面では私の方が知識あるし。 あーでも、ハーブの効能を見出して瓶詰めを定着させたのはクララ君だよ」

「本当ですか。 ど、どんだけ……」

「ハーブの知識だけならまだしも、アルコールや酢と混ぜて防腐処理なんてのは多方面に知識が無いと思いつかないよ。 私は医学と薬学の心得はあるけど他の方面は守備外だったからね。 だから世間に出てもハーブの瓶詰めなんて誰も知らないと思うよ」

「じゃあ……やっぱりシスター長って、クララちゃんにとっては――」

「うん。 彼女にとっての誇りなんだよ。 シスター長にしろアマゾネス長にしろ、やる気や人気だけじゃなくて、確かな実力がないとエリス様は認めないからさ」


 確かに、あのエリス様が甘やかすなんてのは少しも想像がつかない。そのエリス様が認めたとなれば、クララのシスターとしての素質は本物だろう。素質というよりむしろ努力だろうか。

 お互いに紅茶を一口嗜んで一息吐く。


「そういえば月詠君。 エリス様がまだ来ないし、ここでとっておきの話しをしよう」

「とっておき? なんでしょう?」

「ここに来て一ヶ月と少しのようだけど、君は『歴史の末裔』って言葉を聞いた事はあるかい?」

「いえ、ありません。 ヴィエルジュでの生活に慣れる為、まずは基礎から優先的に習っていますので」

「それは良い心がけだね。 じゃあ少しだけ寄り道をしよう。 歴史の末裔って言うのは、随分と大層な言い方をしてるけど、つまりは偉人の子孫ってことなんだ」

「確かにそれっぽい言い方ですね」

「で、それと表裏を成す言葉として『黒歴史の末裔』っていうのがあるんだけどさ」

「黒歴史の末裔? それは何ですか?」

「ヒントを上げよう。 わざわざこうして異世界から召喚された君にお話しをしていることかな」

「――! つまりそれって……異世界者達の子孫、ってことですか!?」

「ご名答! さらにここからもう一つ、なんで私がこんな話を君にしていると思う?」

「ま、まさか……」

「そう、そのまさか。 何代も前から私の血統には異世界者の血が流れているのさ」


 確かにクララから聞いたことがある。異世界からの召喚者というのは、決して前例が無い訳ではないと。

 そして今私の目の前にいる女性。彼女のセカンドネームはナイチンゲール。

 これはもしかして、もしかするのだろうか。


「あの……もしかしてですけど、その異世界者の方って看護の母として有名な『白衣の天使ナイチンゲール』という女性では?」

「!!」

「あはは……当たっちゃったみたいですね」

「となると、私の血縁者は月詠君と同じ世界の住人ってことになるのか」

「そうなりますね」

 

 クララは以前、私のお爺ちゃんの日記に挟まっていたレシートを見た時、日本語は知っているけど英語は知らない様子だったから海外からの召喚者なんて想像もしていなかった。

 だが実際にこうして子孫が目の前にいるのだ。授業で習ったナイチンゲールの情報と少し違うのが気にはなるが。

 私の記憶に間違いがなければ、確かナイチンゲールは結婚したり子孫を残したりという事実は無い。それに晩年はベッドに臥せて執筆に勤しんでいたはずだ。

 でもまあ目の前の女性が嘘を言っている風には見えない。

 ここはとりあえず、目先の事実を優先して信じるとしよう。

 しかしこうなると、今後外に出た時にも黒歴史の末裔とやらに会う機会があるのだろうか。もっときちんと歴史を学んでおけば良かった。

 すっかり二人で茶の間を暖めていると――扉をノックする音がした。


「セイラ、入るよ」

「どうぞ」


 扉を開けて入ってきたエリス様は手に弓を持っていた。

 三日月状の弓幹をした大きくて長い二メートル程ありそうな弓だ。

 とても見覚えのある形状だが、その色は茶褐色でアルテミスではない。


「エ、エリス様! それは一体!」

「月詠君、クララ君が寝ているから声を落として」

「は、はい。 すみません」


 エリス様はクスクスと幽霊を思わせる不気味な笑いを浮かべながらこちらに来ると、手に持つ弓を私へ差し出した。

 受け取ったその弓は木で作られた物で、アルテミス程ではないがよくしなる上等な弓だった。


「それはクララが使っていたアルテミスのレプリカだよ」

「レプリカ?」

「複製品と言った方がわかり易いか」

「え? なんでそんな物が?」

「アルテミスには月光浴が必要なのは、さすがにもう知っているだろう?」

「はい、存じ上げておりますが」

「クララが『月光浴を妨げないでアルテミスの練習をしたい』と言って作られたのがこれさ」

「クララが弓の練習!?」

「月詠を召喚するまで、アルテミスにまともに触れるのはクララだけだったからな」

「あー……」

「だが体力がご存知のとおりでね。 弓として使おうにも長すぎる形状が特異すぎて誰も扱えない」

「でしょうね。 つまり、しばらくの間はこれが私の武器になると」

「そうだよ。 弓は上手いんだろ? とにかく即戦力になってもらう必要があってな。 もっとも弓だけじゃなくて他の武器も色々覚える必要があるが。 矢は残数もあるし、白兵戦では使い物にならん」

「それもそうですね。 まあ明日の朝からはこの弓で早速自主練を――」

「自主練も結構だがな、月詠には明日から物資の補給に出て貰う」

「はい?」

「即戦力になってもらう必要があると言ったじゃないか」


 弓を両手で持ちながら、慣れない言葉に耳を疑い首を傾げる。

 物資の補給だなんてまるで軍隊みたいな言葉だけど、そもそも自給自足が成立しているこの教会でそんな必要があるのだろうか。

 それとも教会には実は支部みたいなのがあるんだろうか。


「正確には、この教会で育てた野菜や果物を外の国に行って交換してくるのさ」

「物々交換ですか」

「まあ概ねそうだな。 アテナとペアで『理の国ソフィア』へ行ってもらう」


 そういえばさっきヴィヴィアンを言伝としてアテナに指示を出していた。

 確か本来の予定より早めるみたいなことを言っていたと思う。

 噂に名高いアテナだが、一体どんな人物なのか。これまで人伝に入ってきた情報からするに、マスコットのクララと違っていかにもなリーダー格で、アマゾネスの長となるとシャマルやギブリよりも体育会系のイメージになる。

 なぜかふと、とある霊長類最強女子のお姿が頭に浮かんだ。まさかそんな楽しいフィーバーにはならないだろうけど。


「私が行ってお役に立てるんですか?」

「立ってもらうさ。 月詠にはクララの為に一働きしてもらう」

「そういうことでしたら何なりと!」

「私の戦友であるシエルという女医にクララの病の打開策を聞いて来い」

「あれ?」


 エリス様の言葉に疑問を抱き、反射的にナイチンゲールを見る。

 女医ならここにいるのに。

 私の顔を見て察したのか、ナイチンゲールが笑いながら答えた。


「あー、私は怪我とか傷を治す分野なんだ。 病気とか体内のことはそんなに詳しくなくてね」


 つまりナイチンゲールは外科医で、シエルという方は内科医みたいな感じだろうか。

 確かに辺境の地にある教会ならば怪我に繋がる事は多そうだし、そうなると外科医の方が活躍の場は多いだろう。内科も多少のことならナイチンゲールやクララの知識で解決しそうだ。


「何処に行けば会えるんですか? 酒場とか?」

「月詠、お前は何を言っているんだ? 相手は女医だぞ?」

「……で、ですよねー」


 こういう時、ゲームとかでは大抵酒場なのがお決まりだけど、さすがにそうはいかないようだ。

 しかしエリス様から出てきた言葉はもっととんでもない場所だった。


「シエルはブラックマーケットにいる。 あいつは闇医者だからな、闇医者らしく闇市場にいるよ」

「んなっ!?」

「全身真っ黒な黒ずくめだから直ぐにわかる。 私の名前を出して『戦慄のシエル』と呼べば応じるはずだ」


 戦慄のシエルとはまた物騒な通り名だ。

 エリス様の戦友って言葉からして、きっと戦争時代のご友人なのだろう。


「え……そもそも闇市場とやらにはどうやって入るんですか?」

「その辺りはアテナが知っている。 それじゃ明日から頼んだぞ」


 言い終わるとエリス様はそそくさと静養室を後にした。

 そんなに長時間話し込んだ訳でもないのに、どっと気疲れが出てきた。エリス様の迫力はちょっと心臓に良くない。

 私の顔色を見て考えを読んだのか、ナイチンゲールは笑いながら――


「ははは、お疲れさん。 とりあえず話は纏まったから、月詠君もシスター達と合流して作業をしておいで。 そうそう、急だし今夜だけ一緒に寝るのは構わないよ。 ベッドも空いてるしね」

「ありがとうございます!!」

「はい、静にねー」


 私は苦笑いを浮かべながら立ち上がり、寝ているクララのおでこを撫でると静養室を後にしてシスター達のいる麓へ向かった。

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