二十四話「皆は一人の為に」
「――という訳ですので、どうか皆さんのお知恵を貸してください!」
シスター達の間にどよめきが走る。
麓に降りた私は、集合場所であるブルーハーブ園に着いてシスター達を見つけるなり、ありのままを伝えると頭を下げて協力を申し出た。
教会という場所で共同生活をしている環境ならば、これまでにも今回みたいなことはあったかも知れない。だったら何かしらの経験や助言を聞ける可能性はある。
「月詠さん、とりあえず頭を上げてください」
まず先に答えてくれたのはロイスだった。
ロイスはざわめく列から前に出てると、私の肩に手を添えて並ぶシスター達に向き直る。
「皆さんはどうお考えになりますか? 私としては協力するのはもちろんですが、やたらに騒ぎ立てるのはクララさんの望むところではないと思います」
頭を上げてシスター達を見ると、みんなそれぞれ顔を見合わせながら相談を始めた。
誰もが真剣な表情で案を出し合い、聞いた人達はそれを聞いてあーでもないこーでもないと話し合っている。
いくら私が頭を下げたといっても、こんな真っ黒な髪をした場違いな人間だし、教会に来てからまだ一ヶ月と少しの付き合いでしかないのに。それにも関わらずきちんと話を聞いてくれたのはとても嬉しい。もちろん私というよりクララの人徳なのは理解しているけど、それでもやっぱり嬉しい。
気付けば私とロイスもみんなの輪に入り話し合っていた。そうして意見を纏めると答えは導かれた。
皆に確認するようにロイスが声を出す。
「それじゃ月詠さんとメルセデスさんに私を含めた三人が、エリス様かヴィヴィアンさんに相談する為に教会まで行きます。 残りのシスター達はブルーハーブを摘み次第、アマゾネス達に協力を仰いでから森へ行って無理のない範囲でハーブ採集。 これで良いですか?」
全員一致で頷く。
ことがことなので自分達の手に負えないと判断したシスター達は、エリス様かヴィヴィアンさんへの相談を提案した。
ただ大人数で押しかけても仕方がないし、これからしばらくクララに安心して休んで貰う為にも、きちんとやるべきことはやるべきだという結論になった。
私一人ではこんな理想的かつ合理的な答えにはならなかったと思う。みんなに相談して本当に良かった。
安心すると緊張が僅かに緩んだのか、少しだけ涙腺が熱くなる。
すっかり良い空気になったが、メルセデスがみんなを駆り立てるように声を上げた。
「月詠さん! 今泣くとこじゃないですよ! ほらほら、早くエリス様の下へ行きましょう!」
「ち、違うわよ! 泣いてないんだから! これは汗!」
お決まりのような言葉を返すと、ロイスとメルセデスを含めた私達三人はシスター達に会釈を済ませて教会へと足を速めた。
☆ ☆ ☆
「エリス様、ヴィヴィアンさん、どうすればクララちゃんの病を治せるでしょうか?」
私達三人は教会に着くなり手分けして探すと、それ程苦労せずしてエリス様を見つけた。
なんのことはない。名指しで叫んで走り回っていたら、向こうから気付いて来てくれたのだ。ヴィヴィアンは朝言っていたとおりにエリス様と同伴していた。
そんな訳で現在は聖堂に五人で集まって話し込んでいる。
「クララはまったく、本当に世話が焼けますね」
「エリス様、クララさんを治せる心当たりはございますか?」
「そうだな、まずロイスとメルセデス」
「「はい!」」
「お前達は今すぐに静養室へ。 しばらくクララを寝かせるとナイチンゲールに伝えなさい」
「「はい! ただちに!」」
「ナ、ナイチンゲールですって……」
「月詠、どうしました?」
「いえ、なんでもありません」
二人はエリス様の指示に従ってすぐさま駆け出していった。
しかしナイチンゲールとは、こんな異世界にきてまさかのナイチンゲール。しかも静養室にいるとなると看護師っぽい。静養室にはお世話になったことがないので、当然その人とは会ったことはないが。
意外な名前に少々驚いている私を知ってか知らずか、エリス様は私とヴィヴィアンにも指示を下した。
「月詠はクララを静養室まで連れて行きなさい」
「は、はい!」
「ヴィヴィアン、今日はもういいので変わりにアテナへ伝言を。 『週末に予定していた遠征を早める。 明日の朝、午前の鐘が鳴るまでに旅支度を整えて門前に』と伝えてください」
「わかりました」
「私は探し物をしに倉庫へ行きます。 月詠、後ほど静養室で会いましょう」
「わかりました!」
☆ ☆ ☆
「んもう~! 月詠さんのバカ! なんで言っちゃうのよ!」
「言うよ! 私とクララちゃんだけじゃ解決できないもん!」
部屋に戻ってクララに話すと枕を全力で投げてきた。キャッチしたけど。
そして今度は有無を言わさず近付いて不躾に毛布を剥ぐ。
「ちょっと何するの!」
「だってエリス様の指示だし、クララちゃんは今日からしばらく静養室よ」
「え~!」
「え~じゃないでしょ。 体悪いんだから」
「でもそれじゃ……」
「それじゃ?」
「ほら、あれよ。 ア、アルテミスの様子観察が」
「アルテミスのことは私に任せて。 アルテミスに認められたこの私に!」
「む~! あれ? それじゃもしかして月詠さんはこの部屋に残るの?」
「もしかしなくても残るわよ。 静養室を健全な人が使う訳にもいかないでしょ」
「でも別々に寝てたら一緒に思い出作れないじゃない」
「ちょ……もう、その言葉だけ聞くと色々と誤解を招くから外では絶対言わないでよね?」
そうこう他愛のない言葉を交わしながらも、なんだかんだとクララは立ち上がる。
私がクララの手を取って歩きだすと、クララはなんだか楽しそうに「あははっ」と無邪気に微笑んでいた。
これで良い。いや、むしろこれが良い。
こんな当たり前の日常でも、私達にとっては新しい思い出の一つなのだ。




