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二十三話「ごめんね」

 クララの言葉は時を止めた。

 言葉が見つからずに黙り込んでいると、クララが苦笑いをしながら言葉を続ける。空元気のクララは空気を落ち込ませまいとどうにか笑んでいるのだろう。

 そんな顔は止めて欲しい。まだ何も病のことは聞いていない。だからそんな自分の先を示唆するような表情は見たくない。


「いきなりで驚かせちゃったよね? ごめんなさい。 でも、いつかはきちんと伝えなきゃって思ってたから」

「…………」


 クララの顔を直視できずに俯くばかりだった。

 これまでのクララを思い返してみても思い当たる節は無い。

 クララはいつも元気に動き回って百面相の感情豊かな女の子だった。


「月詠さんさ、森の中で私を抱っこしてくれたよね?」

「ルーン・ベアから逃げようとした時?」

「そうそう。 あの時点で気付かれちゃったかなって、ちょっと不安だったんだ」


 あれは確か、クララが自分を見捨てて私に逃げてと言っていた時だ。

 クララを抱き上げた時は確かに見た目以上に軽すぎると思っていたが、さすがにクマに追われる不測の事態だったのでそんなに深くは考えなかった。

 今更ながらに思い返してみれば確かに軽すぎる。あれ以降クララを抱き上げることなんてなかったし、ヴィヴィアンが持ち上げたと言った時はそもそもヴィヴィアンが怪力だったから気にも留めなかった。


「ごめん……気付かなかった」

「なんで月詠さんが謝るの? そもそも私が黙ってたんだし」


 そうは言っても気付くべきだった。私はクララの魂約者なのだから。

 膝に置いた手をギュッと強く握り締めると、隣にいるクララの手がそっと優しく包み込む。


「それで、私の病なんだけど」

「うん」

「心臓の鼓動に波があるって言うか、バラつきがあるって言うか――」


 不整脈だ。

 動悸が途端に激しくなったり、急な息切れに襲われたりして、酷い場合だと最悪のことも起こりうるとテレビでやっていた。

 続けて語られた内容がさらに問題だった。幼い頃は不整脈により外出や運動を控えていたら免疫の弱い体になってしまい、今では多少無理をすると体はすぐに参ってしまうのだという。

 なんとか体を丈夫にしようと思い、食事は欠かさずに摂り、時折シスター業で外出を重ねて少しずつ慣らしているのだが、残念ながら成果は見られないようだ。

 ここ数日すぐに寝てしまうのも過労では無く、たんに体力が落ちているだからだとクララは言うが、実際は違うだろう。

 クララは数日前、私を召喚すべく真夜中に森へ行ったからその代償だ。そして弱々しい自分を見られないようにと思って適当に理由を並べて一人で行ったんだ。

 

「――って訳なの。 実はね、食事をしても吐いちゃうことも珍しくないの。 体もすっかり軽くなっちゃった」

「…………」


 食事も確かにそうだった。ミルクやスープと流動性のある胃腸に優しいものばかりで、固形物はパンとフルーツくらいだ。パンに至っては絶対にヒタヒタに浸してから食べていた。

 はっきり言ってしまえば、クララの摂っていた食事は毎回が病人食みたいだったのだ。


「だからね、私があの時ルーン・ベアの攻撃を避け続けていたのは修練でも技術でもないのよ。 ただ巻き起こる風圧に体を任せていただけ」

「そんな……」


 そんな馬鹿な話があるものか。それじゃまるで、本当に――散りゆく木の葉ではないか。

 クララは顔を曇らせたまま私の手を包むだけだった。

 返す言葉がない。


「わかってくれた? 皆には言わないで、お願いだから。 迷惑かけちゃうもの」

「それはわかったけど、いつ頃治るの?」


 そうだ。いくら先天的とはいえ治らない訳ではない。現に元の世界でも不整脈を抱えた様々な人々が克服していったはずだ。

 ただ、ヴィエルジュと元の世界はあくまで異世界。こんな辺境の地だし、医療に関する知識や見聞も同レベルだなんて都合の良い話はないだろう。

 でも、だからこそ、このファンタジー世界ならではの治し方があるはずだ。


「治せる見込みは薄いかな……」

「何でよ!? 魔法とかどうなの? 回復魔法みたいなさ、呪文唱えてあっと言う間に治しちゃうとか!」

「魔法使い自体が稀少だからなー。 そもそも回復魔法で治るのは怪我だけだよ。 さっきも言ったとおり、私のは先天的な病だから回復魔法じゃ無理なの」

「そんな……それじゃどうすれば」

「だから言ってるじゃん。 見込みは期待できないのよ。 この先はきっと、体力も体重も少しずつ落ちていって、次第にもっと痩せ細って……だからごめん」

「クララ……ちゃん?」

「そんなに遠くない未来、きっと私は月詠さんを一人ぼっちにしちゃう。 だから……ごめんね」


 言葉を詰まらせたクララがやっとの思いで口にしたのは別れを思わせるものだった。

 いつの間にかクララの瞳は潤んでおり、溢れた涙が頬を伝って流れている。


 長い沈黙が流れている時だった。

 こんな最悪のタイミングで、無常にも午後の作業開始の予鈴が鳴る。


「鐘が鳴ったね。 もうそろそろ行かなくちゃ、遅刻しちゃう」


 反射的に立ち上がったクララの手を掴んだ。

 言葉が出てこないけど、だからと言ってこのままっていうのは嫌だ。


「月詠さん、この話はまた今夜しよ? それにほら、今私達が遅刻したら、余計に私達がそういう仲だと思われちゃうよ?」


 重たい空気を誤魔化すようにクララは微笑む。

 そんなのは今となってはどうでもいい。

 周りから私達がどう見られようが、女の子同士で恋人と思われようが、秘め事をしていると思われようが、どうでもいい。


「いいよそんなの!」

「……手、離してよ」

「いや! これから森に行くんでしょ? 今のクララちゃんが行ったら余計に体調崩すじゃない!」

「だからって、ハーブ薬作らないと……」

「だめ!」


 クララを背後から強引に抱き締めると、そのまま力任せにベッドへ押し倒した。

 ジタバタと抵抗をしているクララだが元々力が弱いので難なく押さえ込むと、すぐに抵抗は止んだ。

 そのまま互いの額を合わせて見詰め合う。


「クララちゃんはこのまま寝てること! 私がきちんとみんなと一緒にハーブ集めをするから!」

「で、でもそれじゃ、シスター長としての責任が」

「皆には体調崩して寝てるって言っとく! 嘘じゃないし!」

「ルーン・ベアが出るかもしれないし」

「アマゾネス達に頼む! なんだったらエリス様かヴィヴィアンさんにお願いする!」

「で、でも……」

「でも何? まだ何かあるの?」

「私無しで、月詠さんに何かがあったら……」


 視線を逸らしてぼそっとクララが呟く。

 絶妙なタイミングで殺し文句を言ってくるとは、クララも中々の策士だ。

 可愛い顔をしながらいじらしい事を言われると、思わずぐらっと――


「バカ言ってないで大人しく寝てるの!」


 してしまうが、そこは我慢。こんなに可愛いクララだからこそ、しっかりと休ませなければならない。

 毛布をクララにかけ、念の為にクララが起きない様にと言葉を添えておく。


「これで起きてきたら、私とクララちゃんは結魂とは別に愛し合ってるって皆に言っちゃうから!」

「ふぇっ!?」

「毎晩のようにちゅっちゅっしながら裸で抱き合って寝てるって言い触らす!」

「そこまで捏造しちゃうの!?」

「女は目的の為なら手段を選ばないのよ」

「そんな言葉初めて聞いたよ! 大体それじゃ月詠さんだって困るんじゃ……」

「困らないよ」

「えー、どうしてよ」

「だって……無理して刹那的に生き急ぐよりも、ゆっくりで良いからクララちゃんのことをもっともっと知りたいの。 一緒に思い出を作りたいの。 わかってよ」

「はい……」


 視線を合わせずに私とクララは言葉を交わした。

 なんだか結構恥ずかしいことを言った気がする。

 聞いたクララも毛布を鼻まで被って照れ笑いを隠している。

 クララを笑顔にさせたことにとりあえず満足すると、私は扉を開けて部屋を出て行った。




   ☆   ☆   ☆




「さてと――」


 これからどうしたらいいのだろう。

 扉に背を預けると、全身から力が抜けてその場に座り込んだ。

 胸に切ない感情が津波のように押し寄せると、ぶわっと涙腺が緩み始める。


 ――だめだ。泣いちゃいけない、一番苦しいのはクララちゃん自身なんだから。それに結果や未来なんてものは努力次第でなんとでもなる。とにかくまずは行動だ。


 滲みだした涙腺をローブで拭い、立ち上がると同時に駆け出した。

 走りながら頭の中を整理する。

 はっきりしているのは――

 クララが病気だという事、魔法では治らないという事、この世界の医療レベルでは厳しいと思われること。

 そして私自身が無力だといこうこと。

 これらの材料から導き出された答えは一つだけだった。


 ――クララちゃんごめん。 約束、破るから!


 私はシスター達が集っている麓に向かいながら、彼女達に全てを打ち明けて協力を求めることにした。

 一人でダメなら、みんなで考えるまで。

 女は目的の為なら手段は選ばないのだ。

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