二十二話「にやにや」
食堂で昼食を摂っている時である。
今朝方泉で和解したクララと一緒に食事をしていると、そこかしこにいる乙女達から視線を感じる。
辺りを見回すと彼女達は私達を見てにやにやと顔を緩ませ、暖かく見守るような笑みを浮かべていた。
いったい私達がなんだというのか。
「クララちゃん何か今日のみんな、ちょっと変わってない? 何か知ってる?」
「ん? そうかな?」
クララは何も気付かないのか、いつものように昼食をもぐもぐと食べてるばかり。
今日はずっとこんな具合だ。こんなとは具体的に朝食からだ。
訳も解らずに首を傾げていると、優しくぽんっと肩を叩かれる。
振り返ると、そこに立っているのはギブリだった。彼女がなんだかとても意味深な眼差しで私を見ると、親指を立てて何も言わずに去って行った。
ギブリは私とクララを応援でもするような素振りを見せたがなぜなのか。そのままギブリを見届けていると彼女はシャマルの座っている卓に着き、二人で微笑みながら私達に手を振っている。
だから一体なんなのか。
雰囲気としては何か祝われているような感じだけど、もちろんそんな心当たりはない。
そのまま食事を続けていると、たまたま通りかかったロイスと目が合った。彼女は頬をほんのりと赤く染めて「ごきげんよう」と照れるような様子で去って行った。
本当に今朝から皆の様子がおかしい。っていうか何で皆、私達から距離を置いているのか。普段ならもっと気さくな感じで一緒に食事を摂っているのに。
なんだか気を遣って遠慮しているみたいだ。
理由が皆目見当も付かない。少し離れた場所に食事中のメルセデスがいるで彼女に聞いてみることにした。
「ねえメルセデスさん、ちょっと良い?」
「ん? 何?」
「さっきから……というより今朝からなんだけど、私とクララちゃんにさ、妙な視線ていうか変な気配りっていうか、とにかくそういうのを感じるんだけど。 何か知ってる?」
「え? もしかして月詠さん自覚ないの?」
「自覚?」
「朝早くから麓でラブラブパワー全開だったでしょ?」
「ラブラブパワー?」
「朝早くから痴話喧嘩してると思ってたら、いきなり『私のクララちゃんに何するのよー!』って。 今日はもうずっとその話題一色ですよ?」
メルセデスからの言葉を聞くと、隣にいるクララが派手にむせた。胸をさすりながらミルクを一気飲みしている。本当にわかりやすい子だ。
もっとも言われて自覚した私も全身を茹でダコみたいにさせているのでクララのことは言えないが。
確かに思っていたより泉に響いていたけど、まさか中腹にある洞窟部屋や教会にまで声が届いているとは思わなかった。
「そ、そそそういうことなのね。 ほらララちゃん動揺しないで、こういう時こそ慌てずに。 そんなミルクを一気飲みしないの」
「う~、ケホッ……」
「ほらもう、私のシチューあげるから一気に飲んじゃないなよ」
「シチューが飲み物ですか。 クララさんもだけど、月詠さんも相当に動揺してますね」
クララの背中をさすっていると、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
これは恥ずかしい。
しかし今朝方の絶叫合戦とその後ヴィヴィアンに叫んでしまった言葉が聞かれていたなんて。
途端に料理の味がわからなくなる。おまけに周りの乙女達はそんな私の反応を見て尚更にやにやしているではないか。
クララも食事の手がすっかり止まってしまい、黙ってパンを眺めるばかり。
「クララちゃん、ちょっと外の空気吸いに行こう」
「……うん」
私はクララの手を取って速やかに立ち上がると、速やかに出口へと向かう。照れている私達を乙女達は黄色い声で送り出した。
☆ ☆ ☆
外に行こうとか言っておきながら結局落ち着いたのは自分達の部屋だった。
ベッドに一緒に腰掛けたは良いが変な沈黙が流れる。互いの指先が触れると恥ずかしくて双方引っ込めてしまう。
どちらとも何の話題で紛らわそうか迷ってしまい、言葉を詰まらせていた。
「…………」
「…………」
こういう時は年上の私がリードしなくては。
とりあえず午後から行うシスター業の話しでもして空気を変えよう。
「そういえば、今日の午後からは野外活動だよね?」
「……うん」
「私初めてなんだけど、大丈夫かな?」
「……うん」
「今までみたいに、皆の話を聞きながらやれば良いよね?」
「……うん」
「クララちゃん? 聞いてる?」
「……うん」
だめだこりゃ。
なんとか話を振るもクララが同じ返事をするばかり。こうされてしまうと、かえってこの空気に飲まれそうになる。
まったく顔を赤く染めたままのクララの初々しさといったらなんなのか。
もう誰もいない自室に来ているというのに、クララの純粋さというか単純さというか、とにかくこんな顔をされたままでは私まで変な気になってしまう。
「んもう、クララちゃんってば!」
クララの肩を掴んで前後に揺さぶったところでようやくクララが正気になった。
「ふぇっ!? 何々!? 何なの月詠さん!」
「んーと、だからね。 今日の午後は野外でしょ? 具体的に何をするの?」
「あ、あー。 森に行ってハーブ採集をするの。 それで明日からまたすり潰して瓶詰め」
「森って……またクマが出るんじゃない?」
「大丈夫。 クマは基本人里にはこないし、あえて音を出したり纏まって行動してればそうそう近付いて来ないよ」
確かにそんな話は聞いたことがある気がする。クマの出る地域では意図的に鈴を鳴らして歩く風習があるのもなんかの漫画で読んだと思う。
ただそれはあくまで普通のクマの場合だ。
森には以前、私達を襲ってきたルーン・ベアがいるはずである。
「でもルーン・ベアもいたし、正直あれが人を避けるとは思えないんだけど」
「ルーン・ベアは確かにそうかも。 より強くなった生物は獲物の守備範囲が広まるからね」
「でしょ? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! それもあるから私が一緒に行くんだもの」
「そういうことなのね。 それじゃアルテミス持って行く?」
「んーん。 召喚の儀でもないし、アルテミスの月光力を使うのは勿体無いかな」
「え? アルテミスが召喚に関係あるの?」
「直接は無いんだけど、あの時持ってたのは、アルテミスを持ってれば認められし者が召喚できるかな~って」
「一種のおまじないみたいな感じ?」
「そうそう。 アルテミスは当分あのまま岩に飾って月光浴させてればいいよ」
クララはそう答えるけど、それじゃルーン・ベアと出くわしたらどうするんだろうか。
いくらクララに囮が勤まるといっても長時間は無理だったんだし、かといって華奢な身体つきのシスター達が多勢に集まったところで退治できるとは思えない。
「それじゃ遭遇したらどうやって退治するの? アマゾネス達から協力を仰ぐの?」
「んーん。 きちんと戦闘体制を整えて行くから大丈夫だよ」
「戦闘って私が?」
「いやいや。 月詠さんはアルテミス無いし戦闘しなくていいよ。 私とシスター達で!」
「……本気?」
思わずクララにジト目を向ける。
そりゃここ数日の屋内作業も地味ながら結構きつかったし、シスター達も見た目以上には鍛えられているだろうけど、それと戦闘は別だ。
「月詠さん、その目は信じてないでしょ!」
「だってー、あのメルセデスさんやロイスさんがルーン・ベアと戦う姿なんて想像できないもん」
「そりゃそうかもしれないけど、何も倒す訳じゃないんだから。 身の安全を第一に考えて濁すだけだよ?」
「んーでもイメージしづらいなあ。 シスター達全員がクララちゃんみたいな身のこなしって訳でもないんでしょ?」
この言葉を聞いたクララが急に神妙な顔付きになる。
悩んでいるような眼差をすると、軽く握った片手を口元へ添えながら私を見上げる。
「月詠さん、今から言うことだけど……皆に内緒にしてくれる?」
「え? そんなに改まってどうしたの?」
「いいから! とにかく内緒にしてくれる?」
「……うん」
クララらしからぬ雰囲気に気圧される。
決意を固めた瞳は強く開かれ、逸らすことなく真っ直ぐと私を見つめていた。
そして表情を僅かに曇らせると、小さく消え入りそうな声で切り出した――
「私……実はね、先天性の病を患ってるの」




