二十一話「ストロベリーでパニック!」
ヴィヴィアンの仲裁でとりあえずよりを戻した私とクララは、そのまま三人でゆっくりと泉に浸かっていた。
和解したとは言え変な打ち解け方だったので微妙に恥ずかしい。
二人して黙り込んでいたが、まるで初々しい新婚みたいな空気を打ち消すようにクララが話し出した。
「ここ数日のシスター、どんな感じ?」
「ん……まだ薬作りだけだし、野外訓練をしてないからなんとも」
「そっか。 そうだよね」
「うん」
「クララさん、今日の午後は私もエリス様に用事があるから、数日振りに皆の前に顔を出したら?」
「ふぇ? あ、はい」
「ヴィヴィアンさん、ご丁寧にどうも」
「気にしないで」
「それじゃあ、今日の午後からはハーブ集めに森に行くから、一緒に行こうか」
「うん」
互いに頬を染めて視線をえっちらおっちらさせてると、ヴィヴィアンが優しげに笑んで見ている。なんだこの雰囲気は。
気を取り直して、私は前から気になっていたことをクララに聞いてみる。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なーに?」
「いや、そうそう都合の良い話はないってわかってるんだけどさ」
「うん?」
「私を召喚したように、お爺ちゃん呼び出せたりするのかなーって」
「あー、今こっちの世界にいるんだもんね。 でも結論から言うと無理だよ」
「そうだよね~。 やっぱ無理か~」
両手を伸ばして空を見上げる。
霧が気持ち薄まり徐々に朝焼けが空に広がり始めていた。
「日記を見る限りだとお爺さん……朧さんはもう契約してるみたいだからね。 そうなるともう無理」
「そっか」
「それにそもそもとして、さして顔も知らない個人を特定して呼び出すのは相当の技術が無いと」
「そうなの? 私の時みたいに異世界から呼び出すのと、どっちがきつい?」
「んーと、今私達がいるこの泉で例えるとね。 一人で泉全体に獲り網を仕掛けて、その中からろくに知らない新種のお魚だけを捕まえる感じかな」
「それは重労働だね……」
「重労働もそうだけど、経験による知識と判断力が大事なの。 月詠さんの場合は、生態系の異なる別の泉を見つけたから、ちょっと手を入れてみたって感じになるのかな」
「つまり個人を特定して召喚するのはベテラン向きで、異世界の場合はとりあえず魔力さえあればって感じ?」
「そうそう。 私の場合、魔力だけはあったからそこは大丈夫だったの。 でも細やかな扱いはちょっと無理かなあ」
なるほど、なんとなくダメ元で聞いてみたんだけど、そんな理由があったのか。
ヴィヴィアンも初耳のようでまじまじと聞き入っている。
雰囲気がすっかり戻って元の私達に戻ったところで、ついでにもう一つ聞いてみよう。
「それと気になるって程じゃないんだけど、興味本位で一つ良いかな?」
「なーに?」
「召喚者と魂約者が結魂すると魔力がハイブリットされるって話だけど、あれってさすがに、そのまま私が魔法を使えたりはしないよね?」
「んー、どうかな。 私が魔力をまだ回復仕切れてないだけかもしれないし。 ちょっと試しに簡単なのやってみるね」
「……え?」
クララがそういうと、瞼を閉じて両手を胸の上に合わせる。
この感じだともしかしたら、私が魔法を使えちゃったりする日もそう遠くないのだろうか。
そんなことを考えていると、クララがすらすらと流れるように言葉を呟き始め、背中にあるルーンが輝く。おそらく呪文だ。
「世界に息吹く生より、大地に芽吹く命より、あなた達の秘めたる脈動を我が為に、甘美なる鮮紅と新緑の魔力をこの身に授けたまえ」
言い終えるとクララの手元が一瞬だけ赤色に光る。
クララが目を開けて胸元にある両手の平を開くと、そこにはイチゴの実が三つあった。
「これって……一体何?」
「何ってイチゴだよ? ただのストロベリー。 月詠さんも朝食でよく食べてるじゃん。 はい、皆で一つずつね」
クララがさも当然のように私とヴィヴィアンにイチゴを配る。
ヴィヴィアンも当然のように受け取ると、短く「いただきます」と言ってつまんだイチゴを口に頬張る。そんな仕草さえも無駄に妖艶なのがヴィヴィアンらしい。
とりあえずパニック気味の私も口に入れるが、はたしてこれは突っ込むところだろうか。
クララを見ると口をモグモグさせながら何かブツブツ呟いている。
「召喚はとりあえず成功してるから、そうなると……う~ん」
「ちょっとクララちゃん」
「なーに?」
「召喚って生き物だけじゃないの?」
「何言ってるの? 果物だって生物じゃん」
「……え? それじゃ植物とかも?」
「召喚できるよ」
「もしかしてグリーンハーブとか、薬草の類も?」
「“ハーブ”って括りならできるよ。 さっき言ったとおりに、細かい指定は経験を積まないと無理だけど」
これはなんてことだろうか。どうりで誰も私とクララの旅路を心配こそすれ、反対しない訳だ。
クララといれば食べ物に困ることはない。しかもそれが薬草込みとなれば、これは旅をする上では完全にインチキだろう。もちろん良い意味で。
しかし植物召喚って、ファンタジー的にはどうなんだろうか。ファンタジーというかメルヘンに近い気がする。
「クララちゃん……これは良い自給自足ですね」
ご都合主義極まる展開にジト目をせずにはいられない。
ゲームで言えば、これから旅に出ようって時に回復アイテムだけはフルカンストしているようなものだろうか。
いやもっと酷いかもしれない。魔力を使って体力と魔力を一緒に回復できる無尽蔵機関なのだから。
しかしクララから返ってきたのは意外な返事だった。
「ん? そうでもないよ?」
「そうなの?」
「確かに食べ物に備わる魔力量は未知だけど、大前提として自分より魔力が高い相手は呼び出せないからね。 あくまで飢えとは無縁なだけ」
聞いてみると意外と地味だった。でも旅人が飢えとは無縁って……やっぱりインチキ級だ。
クララの素晴らしすぎる魔法に話が脱線していたが、ヴィヴィアンがクララに近付くとそのまま抱きつく。
「ちょ…・・・ヴィヴィアンさん?」
「動かないでクララちゃん。 今確かめてみるから」
「ふぇっ!?」
そしてヴィヴィアンがクララに突然キスをする。待ったなしの、あっと言う間だ。
口を塞がれたクララは「ん……」と変な声を漏らしている。
目先の光景に胸のざわつきを覚えた私は、つい大声で叫んでしまう。
「私のクララちゃんに何するのよーっ!!」
クララちゃんに何するのよー……
何するのよー……
泉一体に私の声が響いたところで、ようやくヴィヴィアンがクララから口を離した。
悪びれた様子もなく、いつもの無表情だった。
「ごめんなさいね。 魂約者とは言え女同士だし、まさかそんなに気を悪くするとは思わなくて」
ヴィヴィアンが私に向き直って素直に謝る。
それももちろんそうだけど、もっと根本的な問題がある。
「な、なんで今私のクララちゃんにキスをしたんですか!?」
「魔力がわかるからよ。 少しだけね」
「な、なんでキスするとわかるんですか?」
「乙女の秘密よ」
また乙女の秘密ときました。
実際に話すのはまだ二回目だけども、それとは無関係にヴィヴィアンの性格がいまいち掴めない。
「で、クララちゃんの魔力はどう――」
私がちょっと機嫌悪そうにそっぽを向いている時だった。
ヴィヴィアンが今度は私を正面から抱き締めてキスをしてきた。
「ちょっとヴィヴィアンさん……ん! ん!」
体に力を入れて抵抗するも、乙女らしからぬ怪力に絡め取られる。更にヴィヴィアンは舌を絡ませて強引に黙らせてきた。これは酷いヴィヴィアンですね。
クララともここまで濃厚なのはしたことないのに。っていうかこれセカンドキスなのに。
ヴィヴィアンの背後にいるクララは頬を染めながら俯くばかりだった。
なんだか妙な感覚を覚えてしまい、このまま新しい世界に目覚めてしまいそうな――
「うん、だいたいわかったわ」
こともなく無事に帰ってきました。お蔭様(?)でヴィヴィアンは何かがわかったらしい。
私の体からはすっかり力が抜けてしまい泉に身を沈ませた。
ヴィヴィアンはテイスティングをするソムリエールみたいな顔をしている。
「月詠さんに魔法が使えない理由、わかりましたよ」
……そうですか。せめて一言でいいから説明してから行動して欲しい。物静かな性格も良し悪しなものだ。
あきれながら黙って頷くと、ヴィヴィアンがクスクスと微笑みながら話し出した。
「クララちゃんの魔力が濃厚なハチミツだとすると、月詠さんのはシロップまみれのパンケーキね」
「なるほど!」
「クララちゃん、どういうこと?」
「まだ染み込んでないの。 つまりまだ時間がかかるってこと」
「え? じゃあ時間さえ経てば魔法が?」
私は好奇心たっぷりの目で二人に問いかけるも、「「う~ん」」と揃って微妙な反応が返ってきた。
やっぱりそうそう都合の良い話はないということか。
「月詠さんはクララさんと違って、まだこの世界に来て時間が短いから」
「そうそう。 今まで魔法とは無縁の世界で暮らしていたから、まだまだかかると思うな。 それに魔法の開眼は窮地による願望だから、教会にいる内は厳しいかも」
「そっか~。 ま、それもそうだよね」
「それでは、そろそろ私はお先に失礼するわ。 月詠さんとクララさんはごゆっくりどうぞ」
「もう上がるんですか? 月詠さん、それじゃ私達も――」
「いえ! 私とクララちゃんはもう少ししてから出ますので!」
クララが揃って出ようとしたので、私はクララを背後から抱き締めて全力で阻止した。
この後ヴィヴィアンは例の王子様と逢瀬をすると思うので、邪魔にならないようにタイミングをずらさねば。
ヴィヴィアンが背を向けて泉の向こう側へ歩いて行く。そういえば向こうから来たので着替えがあっちにあるのだろう。
歩き出したヴィヴィアンに向けて、私は冗談まじりの質問をしてみた。
「ヴィヴィアンさーん、あなたって何者ですかー?」
ヴィヴィアンは上半身だけこちらに向けるとクスリと微笑む。
水が滴りストレートに流れる白銀のロングヘアは水面を思わせ、サファイア色の瞳と雪のような肌がとても幻想的だ。
「乙女の秘密よ」
小さく答えるとヴィヴィアンは淡い霧の向こうに溶けていく。
その様はやはり泉の妖精なのかと思えるような神々しさだった。




