十七話「乙女は誰に恋をする?」
セミ・シスター二日目が始まった。
今日の作業は昨日すり潰したハーブの瓶詰め作業とのこと。
「それじゃ私はちょっと用事があるので外します。 皆さん月詠さんのことよろしく~!」
クララが開始の掛け声をすると、そのまま調合室を出て何処かへ行ってしまった。
シスター長ともなると、他にもやることが山積みなのだろう。アマゾネス長のアテナさんも忙しいみたいだし。
作業が始まると昨日と同じテーブルに着いてシスター達に作業の内容を確認する。
「今日も宜しくお願いします。 瓶詰めって、そのままやっちゃって良いんですか?」
「こちらこそ宜しくお願いします。 では今日もまず説明から始めましょう」
先日お世話になったシスターがそう答えると、彼女は隣のシスターと見合わせて頷くと机の下に上半身を潜らせた。
そして二人は声を揃えて「「よいしょっ!」」と何かを一緒に持ち出し、机に置いたのは大きな樽だった。よく海賊映画とかで見るワイン樽みたいなやつだ。
シスターは樽の蓋を開けると、中からはやはりむせ返るような緑の香りが漂っている。
「これって昨日私達がすり潰したやつ?」
「そうですね。 すり鉢で個別に潰したのをこうして纏めておいたんです。 グリーン、レッド、ブルー、それぞれ樽一個ずつあります」
「いつの間に……っていうかあれだけあったハーブがたったの樽一個分になっちゃうんだ」
「本来ならば今日行う作業だったのですが、結構な重労働なので昨日夕食後にアマゾネス達が手伝ってくれたんですよ」
「なるほど~、それは感謝しないと! シャマルさんやギブリさんも手伝ってくれたのかな」
「シャマルさんは大活躍でしたね。 ギブリさんは足の小指を角にぶつけて悶絶してました」
「そ、そうなの」
ギブリの意外な一面を垣間見た気がする。いや、むしろ実はギブリの本質はこういうキャラなのかもしれない。お茶会の時もやたらテンション高かったし。
他のシスターは、部屋の端に積み重ねられている空き瓶が入った木箱を運んでいるので、私もそっちを手伝った。
「後は瓶にいれていけば良いのかな?」
「そうなんですけど、一緒に混ぜるものがあるので分量に注意してください」
「何を入れるの?」
「グリーンハーブは塗り薬なのでアルコールを、他二つは飲み薬なので酢をそれぞれ混ぜるの。 ようは防腐処置ね」
「おー、なるほど!」
「ちなみに割合は、ハーブ3に対してアルコールが2ですから」
「3:2で混ぜるのね。 了解!」
こうして説明を聞いた後に各色のハーブごとに別れて作業が始まる。
瓶担当が瓶を渡す→ハーブ担当が入れる→アルコール担当が入れて混ぜる→瓶担当が受け取ってコルクで蓋をする。一つの机で三人一組による流れ作業だ。
私は初めてということで時間経過事に担当を変えてもらい、一通りの作業を経験させてもらった。
作業自体はお菓子作りの軽量をやってるみたいで面白かったし、慣れてきたら二人と話す余裕ができて楽しかった。しまいには他の卓のシスター達とも話し、今日一日でシスター達との親睦が結構深まった気がする。話の大半はクララとの結魂生活のことだったので、やはりクララは人気者のようだった。
昼食を知らせる鐘が鳴ると、午前の作業が終了する。
「ロイスさん、メルセデスさん、二人共ありがと。 楽しかったよ!」
「こちらこそ楽しかったです。 どうもお疲れ様でした」
「あの……もし良かったらなんですけど、昼食は三人でご一緒しませんか?」
ロイスが嬉しい提案をしてきた。この提案に三人揃って頷くと、私達は食堂へと足を運んだ。
☆ ☆ ☆
食事中の話の中で明日の作業を聞いた私は、一足先に食卓を離れて地下貯蔵庫へと足を向けていた。
明日の作業というのは、調合ハーブをいれた瓶を地下貯蔵庫にて保管することである。そんな訳で昼間の明るい内に下見をしておこうと思い立った訳だ。
本当はクララと一緒に行きたかったのだが、どうにも忙しいようで食堂にも姿を見せないので、仕方なしに一人で行くことにした。
長い渡り廊下を歩き終えて、大きな正面扉の脇にある小さな木の扉を開けると外に出る。
澄んだ青空に吹き付ける風が気持ち良い。
午後の鐘が鳴る前にと、足早に外壁をつたいながら小走りに崖道を走り抜けると、柵で閉められた地下への入り口が見えてきた。
子供を阻止するだけの申し訳程度な造りなので、上の方に付いている取っ手を捻れば鍵を開けられる。
柵の向こうへ入ると、真っ暗な石造りの螺旋階段が下へと続き、ホラー映画みたいな不気味さを漂わせながら口を開いていた。
点在する蝋燭の灯りを頼りに階段を下っていくと、狭い地下通路に出た。
すると――
「あははははっ! んもう、くすぐったいよ~!」
可愛らしい声が通路一杯にこだまする。
耳に溶けるように入ってくる声の主が誰なのかはすぐにわかった。クララだ。
途端――胸がざわついた。
こんな時に、こんな場所で、人目を避ける様に、まるで秘密の逢瀬でもしているような言葉、慣れ親しんだ者同士の甘い声。
私の胸の鼓動が一気に加速する。
――なんで、クララちゃんが誰かと両想いなら応援するべきなのに、なんで……私ってば。
不思議と炎が燃え上がるような苦しさが胸に込み上げる。この感情がなんなのかは知っている。
“嫉妬”だ。私は同性のクララがこんなにも楽しそうに話すことに、自分以外の誰かに甘い声を聞かせていることに、無性に苦しくなった。
音をたてぬように小走りに通路を進むに連れて話し声が大きくなる。
「だからダメだってば~」
照れるように笑う声がとても可愛い。そしてその相手が自分でないことが悔しい。
クララが言っていた用事とは、まさか秘密の逢瀬のことなのか。クララは一般的に考えれば美少女と言って良い女の子だ。そんな子に相手がいるのは、何もおかしいことではない。
ただただ――私が苦しいだけなのだ。
やがて一つの部屋の前に着いた。この扉の向こうにはきっとクララがいる。
私は息を潜めて足音をたてぬよう細心注意を払い、嫉妬と背徳に包まれながら――そっと僅かだけ扉を開けた。
隙間から中を覗き込むと、そこではヴィヴィアンがクララを背後から抱き締めていた。




