十七話「シスター始めました」
昨晩お茶会で決めたとおりに、今日の午前から早速クラス体験をすることになった。
もちろん先に選んだのはシスター。クララと相部屋なので当然だろう。
そんな訳で今は教会内にある『調合室』という部屋に来ている。
部屋の中にはむせ返りそうな程の緑の香りで満たされ、そこかしこに置かれた木箱の中にはたくさんの空き瓶があった。
「皆さん良いですか~! 今日からしばらくの間、私の魂約者である月詠さんがクラスアップの為にセミ・シスターをはじめま~す! 皆仲良くしてね~!」
幼稚園の新しいお友達を紹介するような緩い雰囲気に包まれながら、クララが並んでいるシスター達の前に出て紹介をしてくれた。
シスター達はパチパチと拍手を鳴らしながら「よろしく~!」とあっちこっちから叫んでいる。
既に私の名は知られているので自己紹介は省き、軽く会釈をして「宜しく願いします」とだけ短く述べた。
「それじゃ~今週は『ハーブの瓶詰め』を頑張りましょう。 アマゾネスさん達によると残りが少なくなってきたそうです」
そしてさらりと今週の流れまで決めてしまった。
一体この子は何の権限があって段取りまで仕切っているのだろうか。
やる気のある委員長みたいなクララが可愛くて微笑ましい。並んでいるシスター達も文句を言わずにクララの言葉に頷いている。
「誰か質問がある人はいますかー?」
クララが皆に問いかける。
すると、一人のシスターが手を挙げた。
「シスター長クララ、一ついいですか? 月詠さんは何処の作業を手伝っていただきましょうか?」
その言葉の中に信じられない事実がまじっていた。
なんということだろうか。
「ク、クララがシスター長っ!? マスコットの間違いじゃないの!?」
あんまり驚いたものだから口から出てしまった。それも結構大きな声でだ。
私の叫びに部屋中の空気が静まり返り――
しばらくすると、どっと笑い声が漏れた。
ついさっきまで礼儀正しく背筋を伸ばしていたシスター達が、お腹を抱えて大爆笑している。
「うぅ~! 月詠さんのバカ~!」
「え? いや、だって……ビックリしたから!」
「ナンバーワンでオンリーワンって言ったじゃん!」
「え、えぇ~! そんな意味が込められてたの!?」
クララが半泣きの目をしながら私を睨んでいた。でも正直、私は悪くないと思うのだが。
すっかり乱れた列からは、
「ま~クララさんは確かにマスコットって感じかも」
「アテナさんとはまたタイプが違いますからね~」
「さっすが魂約者だけあって的確なことを仰りますね」
と、思い思いの感想をつぶやいている。どうやらシスター達は私の言葉に結構同意しているようだ。
威厳は無いけど人気だけは抜群のクララだった。
しかしクララがシスターのリーダーだったとは、でも思い返せば確かに勉強の教え方も上手だし、言語だって多様に操る。他にも通常の乙女達では知らないような魔法やアルテミス等に関する知識も豊富だ。
体力はちょっと足りないかもしれないが、体捌きだってルーン・ベアの囮をこなせる程上手いのだから、確かにクララはリーダーに相応しい。
「んも~! 月詠さんは今日はずっとハーブの擦り潰しやってもらうから!」
この流れからすると、きっとハーブの擦り潰しというのはさぞ過酷な労働だと思われる。
苦笑いを浮かべて「頑張ります」と答えると、午前の作業が始まった。
ハーブの擦り潰しは予想を裏切らずに随分とハードだった。
石の鉢に緑色のハーブを何枚も入れて、先端の丸まった木の棒で磨り潰すだけの簡単な作業なのだが、始めて僅か数分で腕が辛くなってきた。
もちろん私以外にも何人かいるのだが、机に山のように盛られた今日のノルマを見ると目眩を覚える。
溜め息を吐くと、隣のシスターが話しかけてきた。
「頑張ってくださいね。 これだけだと少なく見えますが、グリーンハーブの後は、レッドハーブとブルーハーブがありますから」
どうやら目先の山をクリアしても、まだ山が二つも控えているらしい。
そういえば弓道活の後輩にお菓子作りが好きな子がいたのを思い出した。自動ハンドミキサーを使わないで自力の泡立てに拘ってた所為か、か弱い見た目に反して腕相撲が強かった。
きっとシスター達もこういう積み重ねで体力が作られたりするんだろう。介護職は体力的にハードって聞くし。
あまりの辛さに気を紛らわそうと思い、返事をしながら話題を広げる。
「このハーブって薬みたいな感じなの? 緑に赤に青って効能は別々でしょ?」
「そうですよ、それぞれのハーブの特徴は――」
シスターは擦る速度を落とすことなく、余裕たっぷりに教えてくれた。
グリーンハーブは森のそこら中に生えている薬草のことで、切り傷、火傷、打撲、と様々な怪我に効果があるらしい。ちなみに塗り薬だ。
レッドハーブは主に山岳に生えている薬草で、滋養強壮の効果がある飲み薬。というよりも栄養ドリンクみたいなものか。
ブルーハーブは稀少なので、麓の菜園で栽培しており、体内の毒や悪玉を解消する効果があるという。もちろん飲み薬。
すり潰したこれらを調合して空き瓶に注げば、晴れて『○○ハーブの瓶詰め』の完成である。
「――と言った感じです」
「あ、ありがとう」
「具合大丈夫ですか? 顔色悪いですよ? 変な汗かいてるみたいですし」
「大丈夫……」
「まあ一気に説明しても覚えきれないと思いますので、一週間かけてゆっくりと覚えて下さいね」
こうして私は、昼食後もひたすらハーブをすり潰してなんとか夕方までにノルマを終えた。
ペースはあきらかに他のシスター達より遅かったけど、気のせいということにしておこう。
さて、明日は別の分業を担当する為にも今夜はうんとクララを褒めちぎらなきゃ。




