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十四話「月下に交わされし、侠気の契り」

 パラパラと日記帳をめくっていると他のページより幾分か書き込まれているページに気付き、そこが目的の日付だった。

 手書きの筆跡は当然日本語で書かれているが、久しぶりに見るのでなんだか懐かしく感じる。


「クララが読む? 私が読む?」

「月詠さん読んでくれる? ニホン語の勉強はしてるけど、さすがに月詠さんの方が良いでしょ」

「エリス様、それでは私が――」

「頼む」


 ページを見ると文字がすんなりと頭に入り、溶けるように翻訳されてゆく。

 ここ一ヶ月ほど日本語から離れていたので少々不安はあったが、さすがに十数年間も馴染んでいただけある。

 指で文字をなぞりながら、二人にも聞き取りやすいようにゆっくりと読み上げ始めた。




「今日も桜が綺麗な日だった。 およそ七分咲きだろうか。 もう数日もすれば満開になるだろう。と、思っていたのだが――

 ――私は食パンを買って帰る途中、いつの間にか知らない道を歩いていることに気が付いた。そこでまず始めに自分の認知を疑った。六十歳ともなればいよいよ老人の仲間入り。自分でも気付かぬ内にボケ始めているかも知れない。

 まあ歩いていれば交番でもあるだろうと、軽い気持ちでさして気にもせずに、散歩でもする気持ちで歩き続けていた。


 そうしていると妙な街に着いた。街と言うか舞台セットの中だろうか。まるで西洋の時代劇のような場所だった。何かの撮影だろうか。

 そこですれ違う人々が外国人ばかりだったので、道を尋ねようにも気が進まない。そもそも英語なんて習っているのは孫の世代だ。

 歩き続けていると撮影が始まってしまったようで、向こうからたくさんの外国人がすごい勢いで走ってくる。皆とても差し迫った表情をしており、とても熱心で結構なことだと思っていた。

 すると今度は、向こうから翼の生えた大きなトカゲが飛んできた。私の知っているゴ○ラとは違うが、新しい怪獣映画でも撮っているのだろうか。

 そのトカゲが人波に向けて大きく吼えると、それがまた大層な迫力でびっくりしたものだが、本当にびっくりしたのはその後だった。

 トカゲが口から火を吹いたのだ。

 次々と焼かれていく人達から聞かれる断末魔。そこから発ち昇る嫌な臭い。私はお国と天皇陛下様の為に徴兵された戦争を思い出した。

 嫌な記憶が掘り起こされ、戦慄が走る体を強張らせていると、突然空から何かが振ってきた。始めはそれが瓦礫か何かだと思ったのだが。

 足元に転がっているのは、金色の大きな弓だった。

 腕に覚えがある私はそれを手に取ると、なんだかとても体に力が湧いてきた。なんだか現役の兵隊だった頃に戻ったみたいだ。

 ちょうど足元には長くて真っ直ぐな枝があり、人々を救いたい一心で無我夢中だった私は、それを拾って弓に備えると力一杯に弦を引いてトカゲに放った。

 すると――放たれた枝は流れ星の如く綺麗な直線を描き、戦闘機が突撃するような凄まじい轟音を響かせながらトカゲに直撃した。

 そしたら途端に大爆発を起こしてしまい、辺りを爆風で吹き飛ばしてなおさら酷い惨状にさせてしまった。爆心地にはキノコみたいな煙が見える。

 その後は罪悪感と後悔に襲われ、ただただ愕然としていた。


 ずっと座り込んいたら夜になり、空に浮かぶ満月を眺めていると見知らぬ男性に声をかけられた。もちろん知らない言葉でだ。

 何も答えることができずにうろたえていたが、その男は私の手にある弓を見るなり、私がトカゲを退治したのだとわかったのだろう。私の両手を強く握りとても喜んだ顔をしていた。

 救うことのできた命があった。二次災害を引き起こしてしまった張本人としては、これ以上に嬉しいことはなった。

 彼が半ば強引に私の手を引いて歩き出すと、なにやら半壊している屋根の無いお館に着いた。親指を立てて私を中へ誘っている。

 中に入るとたくさんの人がいた。自分の行為が間違いでなかったのだと思うと自然と涙が零れてきた。

 彼がグラスを持ってきて乾杯の空気を醸したので、もちろん私は快く承諾した。すると彼は私に腕を絡め、腕組みをしながら私達は酒を飲み交わした。

 ついつい感情が高ぶったせいか、体が焦げたように熱くなる。

 そして彼は「その猛る力と清き心に血潮が燃えた。 我がみことが尽きるまで共に侠気きょうきを結んで欲しい」と言ってきた。

 突然の言葉に驚いていると、そのまま彼はゼーレ・フリューゲルと名乗り――

 ――私は外国では馴染みが無いであろう自分の名前を『月の龍』と改めて彼に名乗った」




 一ページにギッシリと書かれた文字を読み終えると、溜め息を吐く。

 どうやら月の龍さんもこちらにきて随分と混乱していたようだ。彼の気持ちはとてもよくわかる。

 余韻に任せて後の日付を数ページだけ見ると、以降は全てヴィエルジュの文字に変わっていた。

 隣にいるクララを見ると、疲れているようですっかり可愛い寝息をたてている。


「ごくろうさん。 クララが寝たから続きはまた今度にするか」

「そうですね……」

「どうだ、何か収穫はあったのか?」


 エリス様の言葉でもう一度見直すも特に収穫は無い。

 この日付のページは僅か数行で日本からヴィエルジュに移っている。まあ私が書いてもきっと似たような冒頭になるだろう。

 おそらく実のある情報はもっと前か後に書かれているかも知れない。


「いえ、これと言っては特に。 文面からするに、いきなり飛ばされてさぞ驚いたのでしょうね」

「はは、それもそうか」


 日記帳を閉じると、部屋を出ようと思って寝ているクララを肘で小突く。

 だがクララは気持ち良さそうに口をムニャ~とさせるばかりで起きる気配が見えない。


「まったく、仕方の無い奴だ」


 エリス様はそう言いながら腰を起こして窓側へ向かうと、空気を入れ替える為に勢いよく窓を開けた。

 入り込む風は季節のわりに少しばかり冷たくて、クララが瞼を擦って目を覚ます。


「ん~……」

「クララちゃんおはよう。 もう帰るよ?」

「ふぁ~い」


 

 欠伸をするクララを尻目に、日記帳をエリス様へ返そうと手を近づけた時だった。

 部屋に入る風が強くなり、パラパラと日記帳のページがめくられると、何かをひらひらと舞い上がらせた。大きさからしてレシートではない。

 やがて床に落ちたそれを拾うと、手にしたのは年季の入った写真だった。

 見覚えのある景色を背に、満面に笑む男性が赤ちゃんを抱えている。

 既視感と違和感の混ざる妙なざわつきを覚え、裏側にしてみると――


 『朧と月詠、境内にて――平成十年四月一日』と書かれていた。


 月の龍と書いて朧と記す。

 写真の中で笑っていたのは、十七年前の天乃神朧と天乃神月詠。

 つまりお爺ちゃんと私だった。

 今この瞬間から私は、お爺ちゃんが旅するヴィエルジュの世界に残ることに決めた。

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