十二話「サクッ。 ふわ~」
この世界に来ておよそ一ヶ月が経った。
勢いのまま教会に入ったけどクララとの結魂生活も大分慣れてきた。
つい先日なんかは、クララの講義の最中に送還魔法の存在を聞き、この不思議なファンタジー世界へのさよならフラグが立ったのでちょっとご機嫌だ。
「ふわぁ~あ」
今は朝の食堂である。
隣に座るクララが眠たそうに欠伸をしながら、バスケットにあるパンを一つ手にとって一口サイズに千切っている。
ここのパンはフランスパン程ではないけどちょっと硬い。だから千切ってミルクやスープに浸してから食べるのが主流なのだ。
「クララさん、月詠さん、ごきげんよう」
「月詠さん、もう教会の生活には慣れた?」
向かい側の席に来たシャマルとギブリが、それぞれ朝食を机に置いてイスを引くと食卓に着く。
食卓は中世の映画セットとかにありそうな長方形のテーブルだ。木製の長机は手造り感溢れており、なんともノスタルジックな雰囲気である。
「シャマルさん、ギブリさん、ごきげんよう。 おかげさまでここの生活には慣れてきたよ」
「二人共おはよ~」
クララが地声で短く返す。クララは朝に弱い。まあクララみたいな子は朝から元気か、逆に朝は弱いかのどちらかだろう。
もちろんクララとの結魂生活にも大分慣れてきたので、私の一日の最初の仕事はクララを起こすことだと理解している。
私が来るまでは一体どうしていたというのか。まさかシャマルやギブリが毎朝クララを起こしに訪ねてた訳でもあるまい。
朝食の手を進めながら二人の様子を見る。
向こう側のメニューは、シャマルはボウルに砕いたクラッカーを入れてミルクを注いでいる。なんだかまるでケ○ッグのコーンフ○スティみたいだ。
ギブリはパンの中央に切れ目を入れベーコンと野菜を挟んでおり、見るからに王道のサンドウィッチスタイル。
基本的に食事はビュッフェスタイルなので、皆それぞれ好きな物を好きなように好きなだけ食べている。
私は元々ご飯派なのだが、ここに来てからというものパンばかりでちょっと物足りなさを感じてしまう。
個人的にはパンをミルクやスープに浸すよりも、ご飯にお味噌汁をかけたいところだ。デラックスに盛られたユメピ○カなんて贅沢は言わないけど、せめてブレンド米で良いからライスが食べたい。
「あれ? クララさんちょっとご機嫌斜めだったりする?」
ギブリがいきなり突っ込んできた。隣のシャマルも同様に感じていたのか頷いている。
さすがに私より前からクララと知り合っているだけあって空気の読み取りが鋭い。
私は観念したように嘆息気味に答える。
「実はね、昨日のことなんだけど――」
「月詠さんってばね、私が『送還の魔法使い』が見つかれば元の世界に帰れるって教えた途端、万歳して超喜んでるんだよ!」
クララは私の言葉を遮って昨日の出来事を話した。プンプンである。
聞いていたシャマルとギブリは互いを見合わせると、口元を手で隠しながら笑い出した。
「クララさん。 さすがにそれは仕方無いんじゃないかな。 ねぇギブリ?」
「そうそう。 十年前みたいに殺伐とした戦時中ならともかく、今はそれなりに平和だからね。 魂約者は『相棒』っていうより『友達』に近いんじゃない?」
「むぅ~。 シャマルさんやギブリさんまで月詠さんの味方して~!」
「そう怒らないでよクララさん。 私は……例えばシャマルが教会を出て都で頑張るって言えば応援するよ?」
「私だって、ギブリがアマゾネスの経験を生かしてハンターで稼いでいくって言ったら、周りがどう反応しても私は背中を押すかな。 そもそも月詠さんの場合は、急に見ず知らずの場所に呼ばれてビックリだろうし」
アマゾネスの二人組みは大人だった。さすがに私は二人みたいに相手のことを考える余裕までは無かったかな。
クララは二人に諭されるように話を聞くも、面白く無さそうに口をへの字にしている。
でも今にして思えばもう少しささやかに喜ぶべきだったかもしれない。私だって、もし愛馬の彦星が生まれた牧場へ帰るってなった時、あの子が喜ぶばかりで振り返りもしなかったら悲しい。
「まあでも私も悪かったよ。 確かにいつかは元の世界に帰りたいのは本心だけど、誤解しないで? クララちゃんやここの皆との生活が嫌な訳じゃないんだから。 ただ私にだって家族が――」
言いかけて止まった。
家族、そう家族だ。私にはいて当然の家族。でも隣にいるクララはもちろん、向かいの二人にだって、そもそもこの教会で暮らしている人々には――家族なんていない。身寄りがないんだ。
クララが書庫で呟いていた「淋しかったの。 人肌が恋しくて」という言葉は、純粋にその通りだったのだろう。変なことを考えてしまった自分が恥ずかしい。
気付くのが少し遅れてしまい、微妙に自己嫌悪に陥る。やってしまった感が半端ない。
一人どんよりとした空気を放っていると、
「気にしないで月詠さん」
励ましてくれたのは意外にもクララだった。さっきまでの機嫌の悪さは一体どこへやら。
クララは私の両手を包むように握り締めると、聖母のように安らぐ表情で私を見つめている。慈愛めいた瞳がきらきらと輝いてるのは気のせいだろうか。
「良いんだよ? 私達には確かに家族がいないけど、だからこそ月詠さんみたいに家族がいる人には家族を大切にして欲しいの!」
「そ、そう……ありがとう」
ちょっと戸惑う。
こう言っては失礼だけど、あどけなさの残るクララからそんな達観したような言葉が聞けるとは思ってもいなかった。
もしかして過去に何かあったのだろうか? いや、ここにいるのは誰しも過去に何かあった人達ばかりか。
しかし、向かいのアマゾネス二人組も困ったように苦笑いをしているので、私同様にちょっと意外だと思ったようだ。
「あ、あの……クララさん?」
「なーに?」
ギブリが苦笑いしたままクララに話しかけた。
「そう思うなら、初めから怒らなければ良いのに」
「う……」
ギブリのナイス突っ込みにうろたえるクララ。
クララは私から手を離すと朝食に向き直って千切ったパンをつまむ。
よそよそしい笑顔で鼻歌う姿は、私にも突っ込んで欲しいとの合図なのだろうか。
「そ、そういえば月詠さん」
「なーに? 私の可愛いクララちゃん?」
どうやら今度は話題を逸らす作戦のようだ。
私は肘で頬を支えながらわざと撫でるような声でクララに返事をすると、クララは気まずそうに目を逸らしながら取って付けた様に話し出す。
「月詠さんの国では、パン……柔らかくてふわふわなんでしょ?」
「んー、そうだけど?」
教会に来る途中に森で話していたのを思い出す。そういえば、あの時クララはそんなの信じられないみたいなこと言ってた気がする。
なんてことのない話なのだが、その話題に切り替わった途端に意外なところが反応した。
「「パ、パンがふわふわ!?」」
向かいのアマゾネス二人組が物凄い勢いで食いついてきた。
二人共揃って立ち上がると、机に両手をつきながら結構な迫力で私を見つめている。
クララも二人程ではないが興味深そうにしていた。
「え? シャマルさん? ギブリさん? ……どうしちゃったの?」
「どうしたもなにもないですよ!」
「そうですよ月詠さん! そんな夢みたいな食べ物、本当にあるんですか!?」
「え、えぇ……確かにあるわよ。 私の国にだけど」
答えると二人はヘナヘナとしながら背後にあるイスへ音をたてて同時に座り込んだ。
そういえば、外国では日本の食パンが大人気でお土産としても不動の地位を築いているとテレビで見たことがある。
日本のトップ企業が開発したあの食パン、外国ではあの食感のパンが無いので初めて食べる外国人は心底感動するそうだ。
「え~と、表面だけ軽く焼き上げると外がサクッてして、左右に裂くと中がふわ~ってしてるの」
「「「サクッ。 ふわ~」」」
私の説明を聞いた三人が揃って擬音を口にすると、白昼夢に囚われたような締まらない表情をしていた。
なんだこの空気は。
「三人ともそんなにヤ○ザキのダブルソ○トが食べたいの?」
呆気にとられてしまい、ついつい固有名詞が口から出てしまった。そんな時だった。
突然――クララが勢いよく立ち上がると、何か思い当たる節でもありそうな、わかりやすく言えば大分びっくりした顔をしていた。




