十話「黄昏の大修道女」
聖堂奥の一段高い場所にある祈祷所に彼女はいた。
簡素だが清涼感のある真っ白い壁を背に、左右の窓にあるステンドグラスから注がれる七色の光を浴びながら立ち尽くしている。
これまでに何度か聞いてきた貫禄と畏怖たっぷりの声の印象を大きく裏切り、その声色からはとても想像のつかない外見だ。
窓風に吹かれてひらひらと波打つ金色で縁取られた白いヴェールはどう見ても彼女自身より長い。白金のさらりとした長髪も同様に微風に踊らされているが、顔だけは生地に覆い隠されて見取ることは叶わない。
純白の羽衣をうなじから羽織って上半身に巻き付けるように着こなし、晒される両肩からは細長い手先が伸び、のど元や胸元も同様に開放的にされている。
その下にはひらひらと波打つスカートを穿いているが、床ぎりぎりにまで垂らされており足元は確認できない。
包む衣類も見える肌も聖堂の壁に溶けこみそうな程に白い。文字通りに全身が真っ白なのだ。
「ああ、人に言う前にまずはこちらから名乗るべきだな」
まるで天使か幽霊でも思わせる外見と物の怪のような声色はとても相反しており、厳かさと不気味さと併せ持っていてはっきり言うとすごく怖い。
脇目にはカタカタと震えるクララがいて、さっきまでのお祝いムードは微塵もなく、結魂報告と言うよりも公開処刑みたいな雰囲気に包まれている。
さっき外では説教フラグが立ったと思っていたが、どうやら処刑フラグの間違いだったらしい。
「ごきげんよう、私はエリス・パージモンド。 黄昏の教会で大修道女をしている者だ」
改めて聞く声はやはりとても迫力があり、寒気を感じて背筋が凍りつく。
周りにいるはずの乙女達もすっかり存在を消し、まるで聖堂には最初から私達二人とラスボスだけしかいないように感じられた。
「クララ、そんなに怯えてどうした? 早く魂約者の紹介を頼む」
大修道女様に促されるも、クララは萎縮してしまい「あ~」とか「う~」などといった泣き言を漏らしながらたじろいでいる。
されども後ろからフォローが入ることは無い。それはクララの人望というよりも、ここの誰もが主に圧倒されているあらわれだった。
「魂約者の方、すまないがご覧の通りだ。 私に自己紹介をしておくれ、なるべく鮮明に。 私は顔に火傷を負っていてね。 痕は酷いものだし目も見ない、以来こうして顔は伏せているのさ」
大修道女様はヴェールを掴んでひらひらとさせながらさらりと述べる。
大修道女様が顔を見せないのには理由があった。男性の傷は勲章の側面もあるらしいが、女性の場合はそうではない。彼女は意図的に顔を見せまいとしていたのだ。
直に自己紹介を頼まれた私は、威厳と畏怖だらけの空気をまるごと飲み込むようにごくんとノドを鳴らすと意を決して――
「こちらは私の魂約者で、名を天乃神月詠と申します。 私が召喚した異世界者ですが、既にご存知の通りに魂約を済ませておりますのでお話しに困ることはございません。 おってこのまま私が責任を持って彼女に世界の摂理を教え、健やかなる時も病める時も共に歩み、我が身が朽ちる最後の時まで寄り添うことをここに宣誓いたします」
前触れも無くいきなりだった。
クララは文書でも読み上げるようなさらさらとした懇切丁寧な紹介をした。紹介と言うか宣誓だったけど。
その瞬間、背後からは感動したらしい黄色い声があちこちで漏れて自重の無い拍手が溢れる。それは最後の最後で振り絞られたクララの勇気に対する、乙女達の惜しみの無い賛辞だった。
もちろん私だってこのまま流されるばかりではない。
「はじめまして、異世界の日本より参りました天乃神月詠と申します。 右も左もわからぬ不束者ではございますが、クララや乙女達にご指導を賜って日々精進してゆこうと考えている所存でございます。 どうか幾久しくお願い申し上げます」
紹介を済ませた後、私達は揃って会釈をする。
そうすると貫禄や畏怖めいた空気は徐々に晴れてゆき、大修道女様も控えめながら拍手を送ってくれた。
「お前には勿体無い立派な魂約者じゃないか」
雰囲気はさっきのお祝いムードに戻り、多大な歓声に包まれながらクララに笑顔が戻った。
そして花道に振り返り、私達は揃って皆に手を振り返そうと思った。
その瞬間――
「クララ、新たなる転機を迎えたお前へ私から特別に激励を送ってやろう。 朝礼が終わったらシャマルとギブリを連れて三人一緒に私のところに来い」
またも一瞬で拍手が止んだ。クララの笑顔も止んだ。シャマルは口開けている。きっと魂が抜けているのだろう。ギブリは今頃外で謎めいた身震いをしているかも知れない。
周りの乙女達の顔に「ですよねー」と書いてある。やはりそれとこれは別らしい。
こうして私とクララの結魂報告が終わった。
☆ ☆ ☆
その後、私はたくさんの乙女達に囲まれたが、矢継ぎ早に質問を注がれる様子は人気御礼な転校生の初日みたいだった。
女の子だらけの逆ハーレム状態で食堂に行って朝食を済ませると、そのまま教会内を案内され、山岳を降りて麓の菜園や動物の飼育を見学したりと忙しい一日になった。
行く所々で様々な人に出会い、乙女達だけでなく子供や老人もいて、その中にはクララの言葉通りに少ないながらも年端の行かない男の子やお爺さんがいた。
昼食も晩餐も食堂で済ませた。三食通していただいた食事は多汁多彩の豪華な内容では無かったけれど、ほぼ自給自足で用意している食材を使って乙女達が分業で作った料理はとても美味しい。
夜になると麓にある水浴び場に案内されて皆裸になり、全員手を繋いで揃って泉に飛び込んで汗を流した。世界は違っても女の子はやっぱりこういうのが大好きらしい。
充実した一日を終えると、私は山岳にあるクララの部屋(教会内の部屋は老人や子供達が優先されている)に案内された。備わる小さな机には既に私の紙袋が置いてあり、さりげない気遣いが嬉しい。アルテミスと羽織物もその机に置くと私はベッドに腰を下ろした。
そのままクララを待つことにしたが、壁に備わるカンテラの火に照らされたここは、まるで秘密の逢瀬部屋みたいでなんだかドキドキしてしまう。
「ただいま~」
木の扉を開けてふらふら~と洞窟部屋に帰ってきたクララの頬には立派な紅葉マークがあった。おそらくシャマルやギブリにもあるだろう。
疲労極まるクララがこっちに来るなり、またも良い脱ぎっぷりで下着姿になり、胸のドキドキは鳴りを潜めた。室内は良いムードなのに空気もへったくれも無い。まあ女の子同士で良いムードというのもおかしいけど。
クララが私の横から袴の結び目に手を添えて解き始める。
「私が色々教えるはずだったのにごめんね」
和服の着付けは難しいけども、その逆は紐を解いたり脱ぐだけなので案外簡単なものだ。
疲れたクララは私も脱がせて眠らせたいようなので、私は彼女の手を取って脱ぎ方を教えるような手付きで脱ぎ始めた。
そのまま布が擦れる音を室内に響かせながら、クララとの共同作業で着物をたたみ終える。そうして私も下着姿になると、私達は二人してベッドに潜った。
「明日からは……私がちゃんと、もっと色々なこと……教えるから」
「うん、わかったから。 もうおやすみ」
私がカンテラの灯りを吐息で吹き消すと、暗い闇の中に早くもクララの寝息が聞こえる。クララに寄り添って目を閉じると、楽しい一日が終わった。




