4.
♦ ♦ ♦ ♦
「それでは、用意ッ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「始めッッ!」
教師の合図と共に、ロサがその掌から炎の玉を飛ばす。撃ち出された火球は、その先にある的の端を焼き焦がした。
「ハッハッハ、この僕を引き立たせるために、少しは頑張りたまえ!」
そして、俺の隣――金城の従えるアルストロメリアが弓を引き、正確に的のど真ん中を貫く。
「お、おし、何か知らんが当たった!」
更にその向こう。筋骨隆々の灰が、貸し与えられたアーチェリーで、これまた同じように的の中心を射抜いたことに喜びの声を上げている。同時に競技を行った中で、最も成績が芳しくないのはロサだった。
俺達三人が今参加している競技は「射撃」だった。ルールは簡単。あらかじめ用意されているアーチェリーか、守護精霊の能力を使って、遠方にある的を射ぬくだけである。勿論、指定された場所から大きく動いてはならないと言う決まりもあるが。
的は四重の輪っかが色を変えて層を作っているタイプのモノであり、中心に行けばいくほど、高得点となっている。そう言った的が、200mの距離の間にいくつも配置されており、その距離の分だけ、的に当たった時の倍率が高くなるようだった。
――が、他の競技同様、特に誰かと競わなければならないわけでも、点数で成績が決まるわけでもなかった。しかし、俺と金城、ついでに灰が並んだとき、いつの間にやら勝手にそう言うことになっているのである。
「ふん、こんなものは余裕だよ。何を必死になっているのか知らないけど、最初から僕の勝ちは目に見えている」
金城はそう言って、アルストロメリアに120m地点の的を射抜かせる。弓矢は、吸い込まれるようにしてその中心に飲まれていった。
「――ッ、――ッ」
一方ロサは、半ばヤケクソ気味に掌からこぶし大の火球を撃ち出していく。しかしながら、80m台の的ですら、的のふちを削り取るようにしか当たらない。
「ロサ、そんなに興奮しながら撃ってたんじゃ当たらねぇぞ?」
「宿主は黙ってて!」
「…………」
当たるように怒鳴られ、俺は呆れた気持ちで灰の方へと視線を移した。あいつはあいつで、やや上向き加減で射た矢を、100m台の的に見事に当てやがる。あれはあれで、驚嘆に値するが、どちらかと言うと、守護精霊の力を借りてすらいないように見える灰にすら劣っているロサが、すさまじく情けないように思える。
「当たれッ! 当たってよッッ!」
ロサは繰り返し撃ち続ける。しかしながら、今度は狙った的を片っ端から外している。――嫉妬深いとはまた別の苛立ちを感じるのは、俺の気のせいだろうか?
「ねぇねぇ、君、彩無君? とか言ったっけ?」
「…………」
どうやら、このお坊ちゃまはヒトに余計なちょっかいをかけるのが相当好きと見える。アルストロメリアは一心不乱に弓を放ち的を射ぬいているが、本人自体は特にやることが無いため、退屈しているのだろう。
「守護精霊ってさ、宿主の才能とかそう言うのに、強くかかわってくるって言うのは知ってるかい?」
「授業の復習でもするつもりか?」
「お、ちゃんと分かってるんだねぇ。君の守護精霊があの通りだから、てっきり君も一人の人間としての性能が大きく劣っているように思えてね」
「…………」
見え見えの煽りなんぞされても、俺は特に何も思わない。言いたいように言わせておけばいいんだ。こうやってヒトに対して自分の優秀さをアピールして悦に浸りたい奴は偶にいる。こういうタイプは、相手をするだけ疲れるだけだ。
俺は心の中でため息をつきながら、ロサが放った、一回り大きく速度の速い火球を見守った。しかしながら、それは70m台の的をかすめるだけで、地面に着弾する。――俺はもう一度、心の中でため息をついた。
「その点僕は優秀だろう? 何せ、守護精霊の力はあの通りだ。きっと僕は、あらゆる才能に恵まれた天才なんだろうね。おまけに富も容姿も優れている。いやぁ、君たちを見ていると憐れに思えてくるよ。下って、どれだけ遠いんだろうってね」
「――ッ、――ッッ!」
金城が俺を煽るのに比例するように、ロサはより激しく、しかしヤケのまま球を飛ばす。
それを見ているうちに気が付いた。――ああ、そうか。こいつはきっと、自分のせいで宿主である俺が馬鹿にされてるのが、心底気に食わないのか。
俺はこれでも、素人程度には、相手がどう思っているのか読み取れると自負している。自分の身の周りに起こる事故のせいで、いつも人から離れていたから、そう言った位置から見ていた俺のそう言う目は鍛えられているのだ。一歩離れた位置から観察するのは、今となっては得意分野である。
先ほどの高跳びの時も、なぜか「浮気」とかのたまって怒っていたが、アレの本当の中身は、恐らくそこにあったに違いない。自分が働かなかったせいで、宿主が侮辱された不快感がある一方、それを喧嘩したため素直に言い出せなかったのかもしれない。
全ては俺の、ただの想像だ。――しかし、そう思うと、流石の俺も少しだけ、何とも言えない気分になった。
だから、
「しかし、君の不幸は認めてあげるよ」
「――何?」
そんなロサの、健気な気持ちを推察した後に、
「あんな守護精霊に憑かれた君の人生、心底同情モノだって、ね」
このようなことを言われれば、
「――フン、」
いくら俺でも、何とも思わずにはいられない。
「ロサ」
「――ッ、何? 宿主、私は今忙し……」
「一度冷静になって、炎を撃ち出すのをやめろ」
「――っ、」
耳元で聞かせた俺の声に、ロサは冷静になったのか言われた通り中断してくれた。落ち着いた声で、俺の今の想いを感じ取ってくれたのだろうか? ――まあ、今はそんな事どうでもいいか。
「まず落ち着け。いくら炎を撃ち出したところで、多分当てることは出来ねぇ」
「――っ、そんなの、やってみなくちゃ……」
「いや、確かに全く当たらないワケではないだろうが、お前の炎では、明らかに向こうに比べて不利なんだ。風のせいで、軌道が変わりやすいからな。それは矢を放ってる向こうも同様だが――横から風の当たる面積は、段違いでこちらが多い」
今まで、むしろ風を読まずにかすり当てられていたこいつのパワーに驚いて居るが、それでも実際にあおられ、命中していないのは事実。これだけ距離があれば、たとえ僅かな角度の差でも、着弾点は大きくずれてしまう。
「ハハッ、出来損ない二人でいまさら相談かい? 才能ないヤツってのは、無駄なことが好きだねぇ」
「――っ、私はともかく、宿主への侮辱は……ッ」
「落ち着け。あんなモン、ただの雑魚の威嚇だ。わざわざ気にする方が、時間の無駄だ」
俺はロサの肩を軽く叩いて落ち着かせる。すると、いともたやすく彼女はそれを聞き入れ、口をつぐむ。いい子だ。むしろ、才能のないアホは――、
「なっ、雑魚だって――ッ!? 君、才能ゼロのくせにこの僕に向かってなんと言う……ッ! けどね、僕の方がずっと優れているのは目に見えて明らかじゃないかッ! 根拠のない強がりで、僕の平静を失わせようったって無駄だよッ!」
煽り耐性ゼロのこいつだろう。だいたい、お前は全くアルストロメリアの行動に関係してないだろ。少しは自分の守護精霊を見習ったらどうだ?
「いいか、ロサ。今から俺の言うことをよく聞いて、それを実行するんだ。分かったか?」
ロサは俺の言葉を聞き入れ、こくりと頷いた。それを確認してから、彼女の可愛らしい耳に耳打ちをする。
「分かったか? なんなら、まとめていっきにやっちまっても構わねぇ。出来るか?」
「――うん、私は宿主の守護精霊だから、それくらい朝飯前だよ……っ」
「――フン」
守護精霊との交流など、馬鹿馬鹿しいと思っていた。だが、やはり実践と言うのは必要なモノで、こうなってみて初めてその重要さが分かった。
宿主だけでも、守護精霊だけでも駄目だ。互いに、互いの力を引きだし、協力する。それが、最も与えられた仕事をこなすのに必要なことなのである。
「行け、ロサッ!」
「――――ッッッ」
俺が指示を出した直後、ロサは正面に手をかざした。この射撃に課せられたルールは、ただ一つのみ。指定された位置に立ち、的を射ぬくこと。
次の瞬間、
視界に広がるすべての的の中央を、地面から生え伸びた太い茨群が貫いた。
「フッ――」
「な――ッ!?」
遠距離からわざわざ球を撃つから、風の影響を受けるのだ。だったら、それが関係しない方法を取ればいい。炎を撃つ以外にも、植物を生み出せるロサの力。彼女の能力を考えれば、こちらのほうがずっと効率的だ。
「――誰と誰が、出来損ないだって?」
「は、ははは、反則、反則だ! どう考えたって、射撃じゃないじゃないか!」
全ての的を破壊したロサの力に怯えてでもいるのか、今までの上から目線が嘘のように金城は動揺している。すさまじく滑稽で、思わず笑い出したくなった。
「そう言う時は、担当教師に判断を仰げばいい」
俺はこの競技の担当へと視線を向けた。すると、こちらも驚愕に顔を染めていたが、俺が意見を仰いでいることに気が付くと、オーケーサインを出してくれる。
「宿主っ!」
「――っ、とと……」
ロサは興奮した様子で飛び付いてきた。その様子は、喜びのあまり飼い主にじゃれついてくる犬のようだ。――まあ、今日くらいは褒めてやるか。
この後、職員室で「全的を潰すのはやりすぎだ」と怒られてしまった。しかしながら、俺が得られたモノに比べれば、そんなモノは些細なことにすぎないだろう。
♦ ♦ ♦ ♦
「見た見た? あの時の金城の顔!」
「そうそう! いい気味だよねー。自分の親が偉いからって、いつも偉ぶっちゃってさ! 隣のクラスの男子に負けた時の、あの悔しそうな顔ったらもう最高!」
二人の女生徒は、その日の競技会にて使われた道具を片付けるように頼まれていた。勿論彼女らだけでなく、それこそ学年全体で行っているのだが、もっぱらふたりの会話は、同じクラスの金城 蔵人が恥をかいたことで盛り上がっていた。
二人の思っていることは、おそらく同クラスの中で金城以外の全員が同意するだろうと、双方とも思っている。何しろ、実際に言い返せない程に守護精霊の力が強いため、誰も彼に対し強く出られず、不満をくすぶらせていたからだ。
隣のクラスの生徒が誰にも文句を言えぬほどの差を見せつけてくれたおかげで、金城の悔しがる顔を見られ、彼女らは感謝すらしていた。だから、それの犠牲になり完全に廃棄処分が決まった的の片付けも、何の不満も持たなかった。少々重量はあるが、守護精霊の力を借りれば、そこまで苦労するモノではない。ある意味、戦利品のようなモノでもある。
「でもさー、その金城をぎゃふんと言わせたヒトって、昔『疫病神』とか呼ばれてた気がするんだよねー」
ローブを羽織った老婆の姿の守護精霊と共に的を運ぶ女生徒は、自身が小学生だった時の事を思い出しながら会話をつづける。
「――? なにそれ?」
「喜美江は中学の時に転入してきたし、知らないのも無理ないよ。名前は忘れたけど、確かその時、あいつと仲がよかったヒトが次々に怪我をするなんてことがあってさ。それで、誰もよりつかなくなったんじゃなかったかな」
「うっそー、結構タイプだったのにー」
話を聞く女生徒は、一見一人で的を運んでいるように見えるが、その下に頭身の少ない小さな老人が、その体躯に対して巨大なそれを抱え上げている。
「あんたって、結構普通っぽいヒトが好みだっけ?」
「どちらかと言うと、クールなヒトかなー? ほら、なんかいつも冷静そうなイメージあるじゃん、あのヒト」
「よく見てるじゃなぁーい――何、もしかして喜美江って実はストーカー……」
「ち、違うって! なんとなく好みだったから、ちょっと前からマークしてたんだって!」
二人は年頃の高校生らしい会話をしながら、ゴミ捨て場へと向かう。機嫌がいいのは、金城 蔵人の件以外にも、自分の守護精霊を手に入れたことで、自身の周りが新鮮な環境になったことも大きい。ついこの前まで、守護精霊専攻の学校であるはずなのに、肝心の守護精霊に触れられる機会はなかったのだから。
「うーわ、ゴミ袋多すぎ――と言うか、酷い臭い……」
ゴミ捨て場にたどり着いた二人のうちの一方は、うずたかく積まれた黒いごみ袋を目の当たりにしてウンザリした声を上げた。それらは指定された場所を埋め尽くし、道にまではみ出している。
「しょうがない、適当に立てかけとこうよ」
もう一人の提案に、仕方ないと言った様子で、老婆と共に協力しながらその場に置こうとする。しかし、的はひどく壊れているため安定しない。
「おばあちゃん、気をつけてねー」
宿主である女生徒の言葉に、穏やかな笑顔で頷く老婆の守護精霊。しかし、身体能力はその姿の通りなのか、どうしてもフラフラしてしまう。
――そうしているうちに、尖った部分を黒いごみ袋に引っ掛けて破ってしまった。
「あっちゃー、やっちゃ、った――?」
女生徒は、その袋から覗くモノを見て全身の血の気が引くのを感じた。
「――? どうしたの?」
もう一人が、そんな友人の様子に気が付いて不審に思い尋ねる。しかし、その女生徒は指をさして口をぱくぱく動かすだけで、何も応えない。
「――?」
女生徒は、眉をひそめて指さす方向を見た。
白濁した人間の双眸と目が合った。