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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第二話》『荊棘』
8/25

3.

         ♦   ♦   ♦   ♦


「ハァ――、ハァ……、ぜい、――フゥ、」

「え、ええっと、守護精霊の力は――」

「働いてるわけ、ないだろ――っ、ぜぇ……」

「ですよね――」

 全く、これだから陸上競技ってやつは嫌なんだ。体力のない俺にとっては、苦行以外の何物でもない。おまけに、障害物走だと? 何度ハードルに足を引っかけたと思ってんだ……ッ!

「おいっ、ロサ――ッ」

「ぷいっ」

 あのアホが――ッ、そもそも殴られたのは自分のせいだと言うのに、何をいつまで拗ねてんだよ! 働けよ、お前は俺の守護精霊だろうが!

「彩無君」

「――なんですか、先生」

「守護精霊は道具でも、しもべでもありません。あなたのパートナーです。それは分かっていますね?」

「…………」

 説教なんざ、真っ平ごめんだった。俺は教師のその言葉には一切答えることも思案することもせず、次の競技へと向かう。

 道具ではないとか、しもべではないとか。守護精霊に関する、そう言った言葉を俺はただの綺麗言だと考えている。結局のところ、この守護精霊を永続的に覚醒させておく技術だって、元はと言えば人間が利益を得るために編み出されたモノなのである。だから、今更そんなことを言われたところで説得力に欠ける。

 だから、俺はそんな上っ面だけの言葉に迷わされたりなどしない。言うことを聞かないのであれば、如何にして命令を聞かせるかを思案するまでだ。


「よっ、彩無、お疲れ。ロサちゃん、何か怒ってるみたいだな」

「うるさい。知るもんかよ」

「アレだ、飴でもあげたら機嫌が直るかもしれんぞ?」

「なぜ俺があいつのご機嫌取りをしなくちゃならない」

「あ、おい! 待てって!」

 ごちゃごちゃと耳元でやかましい灰を追いこし、俺は早歩きで次の目的地へと向かう。一方ロサは、ちゃんとついては来るようだが、その顔は相変わらず不機嫌な様子を隠していない。

 まったく、どいつもこいつも――ッ!


         ♦   ♦   ♦   ♦


「んふふ、ねえ君。どうやら、その守護精霊に愛想つかされてるようだねぇ」

「――あ?」

 障害物走から次の競技。高跳びにおいて、突然後ろの奴に声をかけられた。


 そこにいたのは、細身な体躯の、一人の男子生徒だった。身長は高めで、容姿も整っていて世間一般的にはよいとされる印象。その顔には、妙に自信ありげな表情が浮かんでいる。

 そして、その後ろには白銀の鎧を身にまとった騎士が控えていた。剣を収めた鞘を腰に刺し、その風貌からは並大抵ならぬ威厳を放っている。


「駄目だよ君ぃ。そんなことじゃ、自らの守護精霊の力を発揮できないよぉ?」

「――余計なお世話だ」

 どことなく、ねっとりと、耳障りな言葉遣いだ。こういう奴は無視してしまうに限るのだろうが、つい苛立ちのせいで、反応してしまう。

「おやおや、この僕が親切にアドバイスしてあげたと言うのに、しっつれいな奴だねぇ? ま、どこまで行っても僕の――」

 白銀の騎士が、一歩前に出た。

「アルストロメリアには敵わないとは思うけどね? というワケで、退きたまえ」

「――っ」

 アルストロメリアと呼ばれた、騎士の守護精霊に俺は突き飛ばされた。その腕の力はかなり強く、俺は地面に尻餅をついてしまう。

「宿主っ」

「――っ、何しやがる……ッ」

 俺は騎士を従えている馬鹿を睨みあげるが、そいつは何とも嫌味ったらしい笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

「何って、僕がやってきたって言うのに道を開けないから、ただ退かしただけじゃないか。ほら、君たちも。退いた退いた」

 道端の石ころを見るような視線を、そいつは他の順番待ちをしていた生徒たちにも向ける。なんだなんだと騒ぎ始める生徒たち。従おうとしない相手には、白銀の騎士に剣を抜かせ、威圧する。

「こら、君。守護精霊を悪用しない!」

「何を言ってるんだいそこの教師君。僕は道を開けるよう、お願いしただけだよ。そして、皆はそれを了承した。どこにもおかしなところはないだろう? それとも何かな? 金城家の長男である、この金城かねしろ 蔵人くらとの行いに、ケチをつけるつもりかい?」

「――っ、いや、そのつもりは……」

 金城と名乗ったその馬鹿に、高跳びの担当教師はあからさまに怯んで見せた。

「それじゃあとっとと始めようよ。こんな競技会、そもそも僕までも参加する意味は薄いと思ってるけど、おとなしく参加してあげてるんだ」

「あ、ああ――」

 そう教師に一方的に告げ、金城は位置についた。

「さあ、準備したまえアルストロメリア」

「承知」

 アルストロメリアは身をかがめ、地面の上で手を広げた。その掌の上に、金城は両足を置く。

「準備は出来た! やれ!」

「了解」

 返事するや否や、アルストロメリアは金城をすくい投げた。投げられた金城は、すれすれのラインで棒の上を飛越し、マットの上に背中から落ちる。

 見事に、守護精霊の力を使って金城は、高飛びをクリアしていったのだった。

「それじゃあ凡人達。アデュー」

 それだけ言い残して、金城はアルストロメリアと共にその場から去っていく。実に偉ぶった腹立たしい態度だが、奴は大口を叩くだけはあるほどに、自身の守護精霊を使いこなしていた。


「嫌味ったらしいヒトだねー」

「舞香、居たのか」

 口を尖らせた白踏 舞香が、俺の背後で悪態をついていた。その後ろには、マリーも控えている。アルストロメリアとは、丁度その色合いは反対だ。

「あいつの後ろに並んでたよ? それよりも、大丈夫? 光流君。グミ食べる?」

「大丈夫だ。あとグミはいらねぇ」

「そこは『ああ』って応えるところでしょうがー」

「誰があんたの策略に乗るかよ」

 そこまでして、こいつはフルーツグミを食べさせたいのか。と言うか、一応授業中なんだから、持ち込むのも食べるのもしてはいけないだろう。

「それにしても、金城のお坊ちゃんってうっとおしいね」

「誰だろうと、知ったことじゃないがな。――まあ、財閥の御曹司気分を、こんなところまで持ち込んでほしくない、と言う気持ちだけは同意できる」

「――なんで、世の中って言うのはああいうのばっかり環境に恵まれてるんだろうね」

「そう言う恵まれた環境だから、あんな正確になるとも言うな」

 権力があるのはあいつではなく、その親である。しかしながら、それでも教師に強く出られるのは――その力がいかに大きいかを物語っていた。さすが、この学校に多大な投資をしているだけあるというモノだ。

 しかしながら、それとは関係ない守護精霊を自身に、忠実に従わせているのは見事と言えるだろう。うちのロサも、あれくらい扱いやすければよかったのだが。


「次!」


「あ、君の番みたいだよ光流君」

「――ハァ、馬鹿馬鹿しい……」

 俺はため息をついた。障害物走の時を思えばわかるように、拗ねたロサは使い物にならない。今回も、俺は自力であの棒を飛び越えねばならないだろう。――正直、自身が無い。

 俺は、諦めにも似た気持ちで、高飛びの助走にあった距離で構える――、


 突然、俺の腰を何本もの植物の蔦が捕まえた。


「――っ!?」

 そしてそのまま蔓は俺を持ち上げる。この植物を、俺は先日、自分の部屋で見た。

「――っ、お、おい、ロサ……ッ!?」

「…………」

 俺は蔦に持ちあげられたままと言うなんともマヌケな格好で、この植物たちを操る主に文句を言う。しかし、不機嫌そうな面のままのロサは、何も応えようとしない。しかも、その赤い瞳は俺の方を見てすらおらず、今度も何を考えているのかわからなかった。

 そして、


 俺はそのまま投げ飛ばされた。


「うぉあ――ッ!? ―――――――――――――――――――――――――――――ふぼっ」

 俺はワケもわからず、顔面からどこぞに着地した。

 クソッたれが。俺は内心で悪態をつきながら、体を起こす。いくら怒っているからと言って、この仕打ちはないだろう。――そう思い起き上がると、自分の体が、高飛びの棒の先にあるマットの上にあることに気が付いた。

「おお、なかなか彩無君も守護精霊を使いこなしているな」

「…………」

 俺はこちらへと歩いてくるロサを見る。肩をいからせ、眉間に皺を寄せたその姿は、まるで腹を空かせたライオンを連想させる。小さな女の子の姿であるのに、すさまじい威圧感だった。

 ――が、かと言って噛みついてくることもなく、ロサはマットの上に乗って、俺の手を引っ張って起こそうとしてきた。何かが気に入らないと言った顔は相変わらずだが、彼女が出した蔓とは違い、身体能力はやはり少女と変わらないようだった。

「お前、突然どうしたんだ――?」

 先ほどまで全然やる気を見せなかったロサが、突然働きだしたことに俺は疑問を覚えざるを得なかった。小突かれて、へそを曲げていたのではなかったか?

「――浮気」

「――なんだって?」

「浮気っ!」

 今にも殴りつけかねないような怒鳴り声をぶつけてきた後、俺を起こすのをあきらめたロサはマットを降りて行ってしまった。浮気って――まさか、さっき俺が金城のことを羨ましいと思っていたことに気が付いていたのか?

 あいつは、どこか嫉妬深いところがあった。そんなロサが、俺の様子に感づいたとしたら、いったいどうするだろうか? ――少なくとも、アルストロメリアよりも、最低でも同等の働きを見せようとするだろう。

「彩無君、守護精霊と喧嘩してないで、終わったら早くそこから退いてくれないか?」

「あ、はい」

 教師に指摘され、俺はこの運動場には到底似合わないゴシックドレスの背中を追いかける。やる気になってくれたことはよいのだが、どうしてまたあいつはこうも嫉妬するのか。そもそも、なぜこれほど気に入られているのか。

 しかし、俺は直接問うことはしない。結局のところ、所詮は「守護精霊だから人間とは少々考えが違う」で落ち着くことが分かっているからだ。

 ――分かっているならば、わざわざ聞く必要もないだろう。馬鹿馬鹿しい。


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