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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第二話》『荊棘』
6/25

1.

 始業式と共に学校が始まってから、数日たった。健康診断やらなんやらを終えた今、そろそろ授業のある日になるかと言ったところが今の時期で、教室は面倒臭いだの楽しみだの、新学期特有の大して実にもならない会話で持ちきりである。

 勿論、俺はそんな話題とは無縁だ。

「なあ彩無、知ってるか?」

「知らねぇよ」

「まだ何も言って無い――ッ!」

「お前と共有できる話題があるわけが無ぇからな」

 俺はいつも通り窓の外へと目をやりながら、灰の話を聞き流す。性格から体格から、何から何まで違うこいつと、気が合うなどと言うことはまずあり得ないに違いない。

「宿主、宿主」

「なんだ?」

「お腹減った」

「てめぇは朝食までしっかり頂いただろ」

 先日から俺の膝の上が定位置と化しているロサの方が、まだ会話になりうる話題だ。趣味、と言ったモノがこれと言って無い俺には、この程度しか会話に応じれる話がない。

「まあ聞けよ。彩無は、例の事件の事は知ってるか?」

「――生徒行方不明事件のことか?」


 生徒行方不明事件――始業式の日から、この学校の生徒が居なくなるという事件が多発していた。いずれもそれが発生した時間帯は、被害者が目撃された時間から夜間と推測され、夜の間は外出を控えるように生徒たちは言われている。


 その話題なら、一応乗れないこともない。しかしながら、俺が持っている情報はホームルームで教師が伝えてきたモノからは外れないため、わざわざ会話にするようなモノでもないと思うのだが。

「なんか、また被害者が出たらしいぞ? 今度は二組の、元平もとひら 史奈ふみなっていう奴が行方不明になったらしい。日中は目撃されていたから、また夜間の時間に居なくなったらしいな」

「――また夜の間に外へ出たのか? これだけ騒がれているのに」

「さあ、そこまでは分からないが――なんか聞くところによると、部屋で争った形跡がないから、恐らくそうだろう、とは言われてるらしい」

 神妙そうな声と共に、灰は語る。内容に反し、どこか声にはずんだ様子があるのは――きっとウワサ好きなのだろう。つくづく、性格と趣味嗜好が合致しない奴だ。

「ふぅん――……」

「宿主ー、ご飯―」

「後四時間、待て」

「うぅ――宿主はやっぱりけちだ」

「早弁が週間の奴でも、早朝から食べだす奴はいなだろ」

 一方、そんな話など関係ないと言った様子で、ロサは食べ物をねだりだす。今朝は俺と同じくトーストと牛乳、さらにフルーツまで頂いていたはずだが、どうにも足りていないらしい。

 ――昼は多めに買ってやった方がいいかもしれない。今度は空腹で俺を拘束してこないとは限らない。


「なあ、彩無。この事件、ちょっと調べてみないか?」

「――? 待て、どうしてそんな話になるんだ? 後、当然のように誘うんじゃねぇ」

「――興味ないのか?」

「興味は――ねぇこともねぇ、が……」

 人並み程度には、な。

「なら調べようぜ? この事件のせいで怯えて引きこもってる奴が早くもいるって話だし、もし居なくなった奴らが助けを求めてたとしたら、放っておけないだろ?」

「…………」

「なぁ、彩無ぃ~。そんな『一人で行けよ』みたいな目してずによぉ~。お前もこの学校の生徒である以上、無関係じゃないだろぉ~?」

「その前に、一般生徒の俺達に何かできることがあるワケないだろ」

「それは、そうかもしれないけどよ――」

 こいつは、いい奴であることには間違いないのだろう。しかし、その上で自分の言動が相手に迷惑をかける可能性を一切考えていない違いない。


 ――まあだが、確かに気がかりであることはどうしても否定のしようはない。生徒の行方や安否も当然ではあるが、この行方不明事件の被害者について、引っかかることがある。

 もし犯人がいるとして、なぜなぜ守護精霊を目覚めさせている二年の生徒までもを狙ったのだろうか?

 守護精霊は、自らの存亡のためにも全力で宿主を守る。宿主の死が、守護精霊の消滅につながるからだ。

 だから、そんな死に物狂いで反撃してくるかもしれない覚醒した守護精霊を持つ生徒を襲うと言うのは、襲う側からすればメリットはない。守護精霊に対抗出来る程の何らかの戦力をこの学校内に持ち込んでいることは確定で、それはつまり守護精霊を使う人間も容疑者になりうる、すなわち犯人が嫌でも絞れてしまうからだ。

 この俺の疑問は、純粋に興味本位のモノであるが、それでも間違っているわけではないだろう。最も、これが行方不明者たちが自主的に居なくなったとすれば話が変わってくるわけだが。――と、考えているのも馬鹿馬鹿しいか。


「おっはろー。何話してるの?」

「は、ははは、白踏さんっ!? つきあってくださいっ」

「ごめんなさい」

「ごはぁっ!?」

 今しがた登校してきたばかりの舞香が、スクールバッグを肩にかけたまま俺の机のところへとやってくる。その背後には、いつもの通り黒騎士のマリーが控えている。

「――別に、大したことじゃねぇ。例の行方不明事件の話をしてただけだ」

「あー、確かもう9人目? だったっけ? 行方不明になったヒト」

「いや、灰曰くまた行方不明者が出たって話だ」

「そうなの?」

「あ、ああ――ッ、うぐっ」

 いい加減、フラれ耐性をつけたらどうなのか。

「正確には昨夜で11人目。二組の元平 史奈と、一年の男子だ」

「それにしても、よく知ってるね?」

「これでも、将来は記者になるのが夢なんだ!」

「ボディビルダーの間違いだろ?」

「記者には体力だって必要だろ!」

「――なんにせよ、守護精霊の力次第だろ。守護精霊によって、宿主の才能は多少影響されるからな」

「なぁに、きっとよもぎがいれば、俺には何でもできるさ」

 そう言って、灰は胸ポケットから顔を出す小さなハムスターの頭を撫でた。灰が大柄であることもあり、余計に小さく見える。

「じゅるっ――この際、それでもいい……」

「おい彩無ィッ!? お前の守護精霊だろ、何とかしろォ!」

 一度マズいと言っておきながら、また食べるつもりなのかコイツは。どれだけ腹減ってるんだよ。

「お腹減ってるのヒヤシンスちゃん? グミ食べる?」

「グミ――」

「ロサ、知らない奴からモノをもらうなよ?」

「ううっ、我慢する――」

「始業式の日から毎日顔合わせてるよね!? ――って、」

「彩無、結局その娘に名前つけたのか――?」

「――ああ」

「つけたならつけたって、言ってくれればいいのによ」

「――言う必要性が感じられなかったからな」

「私達が呼んであげられないじゃないですかぁーっ!」

 ロサの名前は、こいつ自身が「俺に」存在を認識してもらいたいとせがんできたから、つけてやった名前だ。つまり、それをわざわざ他人に知らせる必要があるとは言い難い。

「――しかし、『ロサ』って言う名前は何が由来なんだ? 随分変わった名前だな?」

「…………」

 俺は灰のその質問を聞こえないフリする。たかだか名前をつけたくらいで、何がそんなに気になると言うのか。――つけないと言った以上、指摘されたら……。

「『ロサ』って言うのは、ラテン語で薔薇を意味する言葉よね? 黒薔薇を頭に飾ってるこの娘にはぴったりね!」

「――でも、それなら『ローズ』でもよかったんじゃないか……?」

「それじゃあ、ひねりがねぇだろ――? べ、別にいいだろ、俺の守護精霊なんだから、どんな名前の付け方をしても」

「ほー、ほほぅ――、いでェッ!?」

 顔に熱いモノを感じる俺の顔を意味ありげな視線でじろじろ観察してくる灰の脛に、蹴りを入れてやった。すると奴は悲鳴を上げてうずくまる。ざまァみろ。

「宿主が名前をつけてあげたほうが、それはいいでしょうね。よかったわね、ロサちゃん!」

「むぅ、むぅ――」

 舞香はロサのほっぺをぷにっとつついた。すると彼女は不満そうな声を上げる。

「やめとけ。噛まれるぞ」

「えー? ロサちゃん、そんな悪い子じゃないモン。ねー」

「うぅ――っ」

 ロサは律儀にも、俺の言いつけを守ってくれているようだった。――助け舟くらい、出してやるべきか。

「ロサ」

「――?」

「困った時は、殴るくらいしてもいいんだぜ?」

「――っ!」

「え、ちょ――」

 次の瞬間、ロサの可愛らしい拳から繰り出されるストレートが舞香の顔面に炸裂した。腰の入った、いいパンチだったと、後でこっそり褒めておこう。


         ♦   ♦   ♦   ♦


「というワケで、今日はついに競技会となりまぁす。お昼をまたいで午後までありますので、お弁当や昼食代を忘れてきた方は、先生に言ってくださいねぇん」

 教壇にて、うちのクラスの担任教師、天摩てんま・ヨーゼフ・シュヴァルツが、男にもかかわらずどこかなよなよした様子でそう生徒たちに伝える。


 スーツでびしっと決めた、銀髪の男性教師。中性的な顔立ちでスマート。すらっと背が高いため、女性には人気のありそうな容貌ではあるが、その妙に女っぽい言葉遣いや動作から、新学期早々生徒の間ではオカマ教師と呼ばれている。

 ちなみに、この教師は精霊覚醒の時に術を施していた教師でもある。彼の後ろには、同じく中性的な顔立ちをした天使が、天摩教師とは正反対のぴしっとした立ち方で生徒たちを見下ろしていた。


「競技会――? 宿主、私初めて聞いた」

 膝の上のロサが、疑問を浮かべた表情で俺の方を振り返ってくる。その顔は相変わらず眠そうだ。

「お前はその時間寝てただけだろ。そのクセ、夜になると活動的になりやがって」

「だって、朝と昼は眠い――くあぁ……」

 可愛らしく欠伸をして、ロサはまた俺の胸に頭を預けた。この様子から、また眠る気満々のようであるが、その競技会がこれからあるのだから、起きてくれなきゃ困る。


 その競技会であるが、普通、こう言った運動会、体育祭的なモノは夏の終わり、秋の始まりごろに行われる。この学校でもそれは例外ではないのだが、この新学期早々に行われるこの競技会は、守護精霊がいかなる力を持っているかを各々が確かめるために行われるモノだ。

 そのため、競い合う要素は多少あるモノの、対人で行う競技は危険が伴うために一切含まれていない。射撃や徒競走を始めとした競技が中心である。


「それでは、本日のホームルームをこれで終わりまぁす。競技会の開始は30分後になりますので、それまでに準備を終えて、運動場に集合しておくこと。よろしいですねぇん?」

 そう言うと、天摩教師は自身の守護精霊と共に教室を去っていった。さて、準備のために着替えることにするか。


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