3.
「おい、彩無! お前はいつの間に白踏さんと名前で呼び合う仲になったんだ!?」
ホームルームが終わり、下校時間となったところで、俺の席とは正反対の廊下側の席に座っていた灰が、詰め寄るようにやってくる。――筋肉達磨の圧迫感がすさまじい。去年は話しかけてこなかったのに、どうして今年は声をかけてくるのだろうか? あれか、やっぱり俺の守護精霊が少なからず人目を引くのか。
そんな、周囲の生徒たちの守護精霊。犬だったり猫だったり、あるいは爺さんだったり。少なくとも、うちの真っ黒な少女に比べれば、普遍的に思える。
「――別に、あのヒトとは今日が初対面だと思うが」
「初対面でなんであれほど親しく話しかけられてんだよおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
「うるせぇ」
俺は窓の外へと顔を向け、どこかへ行ってほしいと言う態度を全く隠さず対応する。一方、ホームルーム中はずっと寝ていた俺の守護精霊は、今も俺の膝の上で快眠中だ。――ちなみに、これはただの昼寝だろう。休眠状態に戻ったわけではない。
「白踏さんと言えば、この学年で一番の美少女と言われてるお方ですぞ! 実際、裏・ミスコンテストでは圧倒的な票数を集め、トップだったんだ!」
「――なんだ、その裏・ミスコンテストって言うのは」
「この学校ではそう言うイベントないからな。一部の男子の中で、誰にも告げずこっそりとどの女子が一番かを投票して――」
「ストーカー臭いぞ」
「ストーカーいうなよ!? 普通に健全な男子の嗜みじゃないか!」
「馬鹿馬鹿しい。そういう話なら、俺はパスだ」
別に俺は、人間関係が作りたくて学校に通ってるわけじゃない。一人でなんでもできるなどとうぬぼれるつもりはないが、だからと言って、ここでそう言う間柄を作ったところで得になるとは思えない。
するとそこへ――、
「おはろー、さっき振り。光流君と灰君、それからユリちゃん!」
今現在はなしに持ちあがっている少女、白踏 舞香が相変わらずフレンドリーな様子で話しかけてきた。自分が即振ったはずの灰に対しても、だ。
「つきあってくださいっ」
「ごめんなさい」
「ごほぁっ!?」
「光流君! ユリちゃん! グミ食べる?」
「――その『ユリ』と言うのは、こいつの名前のつもりなのか?」
俺は再び床で倒れる灰もとりあえず出されたフルーツグミも無視し、膝の上の守護精霊を見る。どう考えても、こいつからは百合の花を連想することは出来ない。やはり、花で言えば薔薇に当たるだろう。
「でも、『薔薇』ちゃんなんて名前は、明らかにおかしいし」
「だったら諦めたらどうだよ?」
「いやいやー、この舞香ちゃん、そう簡単には諦めませんよー?」
灰曰く、裏・ミスコンテスト一位だったらしいが、俺にはこいつの容姿以外で何がいいのかわからなかった。
「不満そうな顔してるね」
「当たり前だろ。言い寄られていい気分になるのは、自分が相当好きな奴くらいだ。そんなに俺の守護精霊が気になんのか?」
俺としては、もっと自分の守護精霊に目を向けたらどうだと言う、助言半分、嫌味半分のつもりで言ってやったつもりだった。だが、
「ええ! だってこんなにかわいい女の子、何人いてもいいでしょ!」
満面の笑みで、そう答えられてしまった。――まあ、確かにあんたの騎士は、どう譲っても女の子には見えない。
「よ、ようし、なら――白踏さん……ッ」
すると、先ほどよりも早い復活を遂げた灰が、取り戻した元気と共に立ち上がった。
「俺と白踏さん、それから彩無で友達になりませんかっ!」
「――は?」
「うん、お友達ならおっけーだよ!」
「――ちょっと待て、いきなり何を言っているんだ?」
何故だか、どんどん俺の望まない方向に進んでいっている気がするんだが?
「何って――俺達三人で友達付き合いをしようって話じゃないか」
「なんでそれに俺がまきこまれてるんだよ! お前は白踏 舞香が目的なんじゃないのか?」
「うっ、いや、その、それは――」
流石に、これに憤慨しない人間はいないだろう。己を、都合のいい抱き合わせ商品のように扱ってくるのだから。明らかに、扱いとしては不当だ。――だが、
「光流君、もしかして――何か駄目な理由でもあるの?」
妙に悲しそうな目で、俺は舞香に見つめられる。
駄目な理由。そんなモノは、はっきり言ってしまえばなかった。しかし、俺はよくない予感がするのだ。
別に俺は、これまでの人生の中で、一度も友達を作ろうとしたことが無いわけではなかった。小学校のころはそれこそ、定番の歌のように、百人の友達を作ることを夢見たこともあったモノだ。
しかし、どういうワケか俺にかかわったやつは、大なり小なりの被害をこうむった。それが一度や二度なら、ただの偶然で済むだろうが、百度や二百度なら、もはやそれは運が悪かったと言うレベルで済ませられるモノではない。
存外、人間というモノは誰しも迷信深いモノだ。モノの数か月もたたないうちに、俺は疫病神の烙印を押され、誰からも避けられるようになってしまった。
今となっては、そのことを覚えている奴がこの学校にどれくらい残って居るのかわからない。だが、わざわざこっちから歩み寄ったにもかかわらず逃げられるのは、当然いい気分はしない。
だから、俺は作る必要のない人間関係は作らないことに決めた。意味のないことに労力を割くことを、ヒトは「徒労」と言う。それに、遠ざかってきた身としては今更面倒くさいとも思う。
――が、今のように理由まで尋ねられてしまうと、わざわざ過去の根拠ないことを言うのも、非常に馬鹿馬鹿しいというモノだ。
「――別に、そう言うワケじゃねぇけどよ……」
「じゃあ決まりねっ! 今日から私達は友達よ! よろしくね、光流君! 灰君!」
「はい――っ!」
「――馬鹿馬鹿しい。勝手にしろ」
「…………」
いつの間にか目を覚ましていた俺の守護霊が、その紅い双眸で俺の顔を見上げていることに気が付いた。そこに表情はない。
守護精霊は宿主である人間と共存しなければならない以上、その対象に危害を加えることはない。しかし、感情の読めないその瞳に、俺は目の前で騒ぐ二人をよそに、妙な不安を一人覚える。
そうだ、思い出した。これは小学校の時の、鏡で見た他の誰でもない俺の目だ。