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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第五話》『心の底の更に奥底』
21/25

5.

「まあ、そんなことはどうでもよいでしょう。少々強引ですが、人類の明るい未来のためです。性格的には道を切り開くに適さないであろうあなたに、その無尽蔵に成長する可能性のある守護精霊は必要ありませぇん。安心してくださぁい。守護精霊が引きはがされても、すぐには死んだりしませんからねぇ?」

 この感情は、何と呼ぶべきだろうか? 怒り? 憎悪? いや、そんな生易しいものではないだろう。かけがえのない「ねぇちゃん」――、夜虹 彩嶺を殺したのは、他ならぬ……。


 ガシャァンッッ   プシューーーーーーーーーッッ


「――っ!?」

 その時、窓ガラスが盛大に割れて周囲が煙に包まれた。

「ぶわっ、な、なんですかこれは――ッ! ゲホッ、ゲホッ」

 包み隠された天摩教師。きっと、向こうからもこちらの姿は見えていないことだろう。そんな俺の体を、


 何者かが持ちあげて引っさらって行った。


 俺の体は何者かに軽々と運ばれている。煙から抜け出したようだが、どうやら俺は担ぎ上げられているらしく、今運んでいる何者かの背後の方を見ている。

 一体、何が起きたんだ?


「――彩無、無事か?」


 しばらく頭をゆられたと思ったら、振り回されるようにして俺は廊下に降ろされる。目の前の筋肉達磨に、もう少しマシな扱いを望みたかったが、そんなことを言っている場合ではない。階段を駆け降りているときは、舌を噛まないようにするのに非常に苦労したが。

「灰、お前なんでここに――」

「白踏さんに頼まれて、な――」

 灰の視線を追って後ろを振り返ると、黒い甲冑と馬の姿の騎士がそこにはいた。言うまでもなく、それは舞香の守護精霊、マリーの仮の姿である。

 そのマリーは、馬の首の付け根あたりにロサを腹這いでのせていた。だらりと足と頭を垂れさがらせたその状態は、一見して死体に見えなくもない。

「さっきの話、聞いてたよ。まあ、いつこっちのことが向こうにバレるかと気が気じゃなかったが――」

「知っていたのか?」

「――え?」

「お前は、ロサの正体が何なのか、知っていたのか?」

 思わず詰問口調になってしまっているのは、俺の思い過ごしではないに違いない。

「――ああ、知ってた」

「――っ」

「ロサちゃんが、死人の魂を喰らうことも、そして誰の魂を食べたことも。それら全て、白踏さんの事件を調べる際に調査していたんだ」

 魂を食べた――すさまじく漠然とした言葉だった。そもそも、魂なんてものを視認したことはないし、勿論どんな形をしているかさえ知らない。守護精霊が宿る、ということだけを聞かされているのみで、たとえ話をするときでさえヒトから聞いた話を直接口にしたに過ぎないのだ。だが、その「食べた」という過去動詞は、俺の嫌悪感を煽るには充分な言葉だった。いったい食われた魂は、どこへ行ってしまうのだろうか?

「とにかく、天摩先生はそんなロサちゃんの力を欲しがって、お前を捕らえようとしている。宿主であるお前の中に、ロサちゃんの魂が宿ってるわけだからな。――そして、それを手に入れるには、生徒であるお前を殺すことも厭わないハズだ」


「彩無君、ロサちゃん、そして彼らを引っさらった侵入者さぁん、出てきてくださぁい。交渉しませんかぁ?」


 階上の三階から、天摩教師の声が響いてくる。間延びした声に変化は見られないが、もはや信用できるモノではなくなっていた。

「――あのヒト、その危険な研究思考から、研究所を追いだされたらしいな。……っと、そんなことはどうでもいいか。おい、彩無」

「…………」

「俺は彩嶺さんと言うヒトがお前にとってどれだけ大事なヒトかまで走らないし、ロサちゃんはそのヒトの魂を食べてしまったのかもしれない。そしてそれは、安易に許せるものでもないのかもしれない。だがよ――」

「――?」

「それでも、あの子はお前の守護精霊なんだからな。マリーちゃん、行こう! よもぎ、頼りにしてるぞ? 天摩教師を、正義の名の元に、そして彩無たちのために止めに行く!」

 灰は言いたいことだけ俺に言うと、マリーと、自身の肩にのせるハムスター守護精霊よもぎを伴って階段の方へと向かった。――本当に、何が言いたいんだ? 俺の心は、とっくに暗く染まってしまっているのに。

 ――ほどなくして、激しい戦いの音が漏れ聞こえてくる。


「――宿主」

「――っ、ロサ……」

 いつもの声に振り向いて矢や視線を下ろすと、俯いた状態で表情の見えないロサがこちらに体を向けていた。その姿が、今なら誰のモノなのかはっきりと理解できる。

「――返せよ」

「――っ、やど、ぬし……」


「返せよッッ!」


「――っ」

 俺はロサの両肩をつかんで揺さぶった。

「返せよ、返せッ! ねぇちゃんを返せよッッ! 何ヒトの大切な人間の魂をかすめ取ってんだよ、何勝手なことしてんだよ!」

「そんなこと言ったって、私は――」

「四の五の言ってんじゃねぇ、返せって言ってんだよッ! 俺の言うことが聞けねぇのか、守護精霊のくせにッッ!」

 ロサが覚醒したのは、つい最近の出来事だ。だから、ねぇちゃんの魂を喰らったのだって、本能的なことであり、故意ではないのかもしれない。――そんなこと、知る物か。

「返せよ、何とか言えよッ! せめて何か言いワケしたらどうだよ、あァッ!? 早く何か話すなりなんなりしろよ、この――」

 そこから先、俺は言葉を紡ぐことは出来なかった。

「むぐっ、ァ――ッ!?」

 俺は、足元の廊下を割って現れた茨によって、手足も口も捕縛された。


「どうせ、宿主は私の言ったことは信じてくれないよ」


 俺を捕縛したロサは、こちらを見上げてそう言った。――目にいっぱいの涙を浮かべながら。

「確かに、私はその――夜虹 彩嶺っていう女の魂を食べた、んだと思う。そのあたりが曖昧なのは、私がこうして起きている状態じゃなかったから。けど、確かに宿主のモノとは違う魂力を、私の中に感じる。

 ――けど、それを私は生きている人間に実行したことはない。魂を直接食むということは、そのヒトの記憶を食べるも同義。だけど、少しずつ齧ったんじゃ、それは細切れになってしまう。私の中でそんなことは起こってないから、多分、食べたのは彼女の死後」

 要するにこいつは、ねぇちゃんの死の原因は自分にあるわけではないと言いたいのだ。だが、そんな話は信じられなかった。確かめようがないし、そもそも、こいつが結局ねぇちゃんを食ったのに間違いはないのだから。

「――ほら、やっぱり信用してないって目をしてる」

「――っ」

 たまった涙が、零れ落ちてロサの頬に一筋の線を作る。

「彩嶺の魂を食べたから、私は彩嶺の記憶を引き継いでる。だから、宿主にとって、あのヒトがどれだけ大切なヒトだったのか――とっても悔しいけど、それも知ってる。私が彼女の姿をとっているのはね? 宿主のためなんだよ」

「…………」

「宿主の魂の一部を齧って、宿主から見た姿により完全に似せて、宿主が少しでも親しみを感じ取れるように――これは私の宿主に見てほしいって言う心も含まれてるけど、全部全部、宿主を思ってしたこと。だけど……」

 ロサの足元が割れ、彼女をのせた茨が俺のところへと近づく。目線は同じに合わせられ、守護精霊はじっと、俺を見つめていた。とても、悲しそうな目で。

「だけど、もうおしまい。偶然とはいえ、宿主は彩嶺の魂を食べた私に、明らかな嫌悪を見せた。ずっとそんな感情を向けられるくらいなら、」

 ロサの両手が、俺の首にかかった。


「いっそ、宿主と一緒に、私自身も殺してしまったほうがいい。他ならぬ、私自身の手で――」


 守護精霊は、基本的に宿主に危害を加えたりはしない。なぜならば、宿主が死んでしまえば守護精霊本人も命を落としてしまうからだ。

 だが、もし守護精霊が己の死を望んだらどうなるか。答えは簡単。自殺をするために、自らの宿主を手にかけることがありうる。目の前のロサは、今まさにそれを企んでいた。

 ロサの震える小さな手が、俺の首にかかる。すると、なぜか同時に、俺の口元を覆っていた蔓だけが解かれた。

 彼女の顔は、如何な文句でも最後まで聞き届けるという、沈鬱な表情を作っていた。少なくともロサは、俺を嫌っているわけではない。最後に言い残す言葉を許したのかもしれないし、あるいはただ、最低限の自由は与えたまま死なせてやりたいという慈悲が働いなのかもしれなかった。

 その時――、


 辺りに突風が巻き起こった。


「――っっ!?」

「――ん、ぐ、あっ!?」

 かまいたちが混じったかのようなその風は、俺の体を拘束していた蔓をすべて叩き切った。ロサも俺も吹き飛ばされ、風圧のためか廊下や教室の窓はすべて割れる。この廊下中の何もかもが、津波のような台風で滅茶苦茶にされた。


 闇夜の中で、カラスよりも黒い翼が舞った。


 俺は夜の学校の廊下にいた。周囲のガラスは割れ、壁はボロボロで、見るも無残に荒らされているのは、他ならぬあいつのせいだが、今は文句を言っていられる余裕はない。


 黒き翼を生やしたルピナスが、大きく羽ばたいた。


 強烈な風圧が、俺の体をいとも簡単に吹き飛ばす。高貴さを思わせる美しき羽であったが、そんな美麗さからは想像もつかない力強さで靡くそれは、一方で醜悪悪魔のような凶悪さを覗かせていた。

 黒い翼が、今度はそこから黒い羽根を無数に飛ばしてくる。銃弾のような鋭さを持って迫りくるそれに、俺は思わず顔を腕で覆った。しかし、きっとそんな防御行動は何の意味もなさないとだろう。


 俺の前に、無数の棘を生やした茨が伸び塞がった。


 漆黒の翼が放った羽根は、その全てが茨に阻まれたようで、俺の方へと飛んできたモノは何一つとしてなかった。

 俺は隣にいるそいつを見る。


 真っ黒なゴシックドレスに身を包んだ小柄な少女ロサが、茨の向こうを睨み付けていた。


 ――っ! 茨の向こうから、ルピナスが飛び出してくるのが視界の端に映った。そいつは同じようにしてこちらに危害を加えようとしているに違いない。

 ロサが、学校の廊下から茨を生やしてルピナスを襲わせる。しかし、闇の翼は素早い動きでそれら全てを回避すると、同じように羽根の弾丸を飛ばしてきた。

 ロサの対応では間に合わない。そう判断した俺は、彼女を庇うようにして体当たり、丁度開けている階段の方へと飛ぶ。すると――、


 俺はこの時、この光景に妙な既視感を感じた。つい最近、今の状況をどこかで見たことがある気がした。

 ――いや、間違いない俺は確かに、この瞬間に覚えがある。どこでかは思いだせないが、全く同じ……、


 階上から降りてくる向こうで、拳銃を構えた男――天摩教師が俺の額に照準を合わせていた。


 その瞬間、俺はどこでそれを見たのかを思いだした。そうだ、俺はこの瞬間を夢で見たのだった。それも、この後に眉間を撃ち抜かれるという悪夢で。

 俺は、割と頻繁に悪夢を見る。それらは全て下らない不幸であるが、大体がその通りになるという正夢である。ところが、あまりに非現実的な悪夢であったため、まず起こり得ない事として頭の中から除外していたのだ。


 ――まさか、俺の悪夢的中率をここまで上げてしまうことになるとは。


 廊下に、銃声が鳴り響いた。真っ暗な闇の中で木霊するそれは、確かに俺の耳朶を叩く。全てがスローモーションとなった世界の中で、きっと俺は既に頭を撃ち抜かれているのだろう。拳銃の弾の速度は、音速に匹敵する。つまり、音が聞こえた時には、事態は終わっているということを意味しているのであって――、


 俺の頭に、一本の太い植物の蔓がまきついていた。弾丸は、中に埋まって止まっていた。


「宿主――」

 俺の懐から聞こえてきた声に、俺は目線を下ろした。ロサは、ワケが分からない、と言った様子でこちらを見ている。

「な、んで、助けたの――?」

「…………」

 確かに、俺はなぜこいつを助けたのだろう? 俺は、自分自身に自問自答する。

 こいつは、ねぇちゃん――夜虹 彩嶺の憎き仇であるかもしれないのだ。だから、わざわざ助ける義理はないし、そもそも冷静に考えてみれば、ロサは大怪我を負っても、天摩教師らの目的を考えれば、殺されるところまではされないはずだ。それに、守護精霊は見た目よりも頑丈である。

 ところが、俺は生身の人間であり、ルピナスの攻撃を喰らえば死亡は免れないだろう。にもかかわらず、一歩間違えれば命を落とす危険を冒してまで、俺はこいつを助けようとした。

 ――答えは、いくら考えても出そうになかった。いや、アレだ。ここで連れ去られたりしてしまえば、文句を言う機会は永遠に失われると、そう思ったに違いない。ひとまず、そうしておくことにしよう。


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