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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第五話》『心の底の更に奥底』
19/25

3.

         ♦   ♦   ♦   ♦


「宿主、手――」

「すでに繋いでるだろ」

 天摩教師に告げられた時間よりも、十五分ほど前。俺は、言われた通りロサを伴って学校へと来ていた。

 この時間帯、普段は閉じられている校門や昇降口は開けられていて、特に申請をする必要もなく中に入ることができた。詳しくは覚えていないが、本来、この時間に校舎内、および敷地内に入るには、何らかの手順が必要なのだ。

 そうして、夜間の学校の廊下をこうして歩いているわけなのだが――一つ、問題が発生してしまった。

「ひゃっ!? や、宿主、あの教室の向こう、何か動いたっ!」

「安心しろ、アレは俺達の影だ」

「嘘! 絶対嘘だよ! 絶対、何かがいる!」

「――じゃあ、確かめてみるか?」

「嫌だよ! 早くここから離れようよ宿主!」

 以外にも、ロサが怖がってワーキャーやたらと騒ぐのだった。

 ――確かに、夜の学校と言うのは不気味だ。窓の外を見れば真っ暗で、奥行きのある廊下は電灯が点いていてもなおやたらと冷たい。逆に、一切の明かりをつけていない教室の暗がりは、何かが潜んでいてもおかしくない雰囲気をたたえていて……まあ、その、なんだ。俺も、割と結構怖かったりする。

 しかしながら、隣のロサが、影が動くたびに騒ぐので、正直言ってだいぶ恐怖が和らいでいる。人間と言うのは、自分よりも大きなリアクションを取っている奴がいると、一気に白けた気分になるらしい。

「やどぬしぃ――……やっぱりかえろうよぉ――」

「だから、呼ばれてるんだって言ってんだろうが」

「そんなの、もういいよ――早く帰って、布団の中にいたいよぉ……」

 涙を滲ませて顔を見上げてくるロサに、俺はため息をつく。普段からやたらと甘えたがるロサではあるが、これは帰ったら、いつも以上のそれを覚悟しなければならないだろう。

 以前も、競技会で見事金持ちの坊ちゃんをぎゃふんと言わせたときは、過剰な賞賛を求めてきた。今回も、この夜の学校と言うホラースポットを見事歩き切ったということで、それを求められるのはまず間違いない。

「――もうすぐだから、我慢しろ」

 俺が普段授業を受けている教室が見えてくる。天摩教師が待っているのか、その部屋だけ明かりが点いていた。このように、明かりを必要とする何かがいることが分かると、妙にほっとした気持ちになる。――が、

「――?」

 教室にたどり着いてみると、そこには誰もいなかった。俺は時計で時間を確認してみるが、少し早めに着いたというだけで、大幅にずれ込んでいるわけではない。だいたい、わざわざ明かりが付けられているのだから、間違えたなどと言うことはあり得ないだろう。トイレか?

「――居ないみたいだし、帰ろっか」

「まだ十秒と経ってねぇ」

 立っていても仕方がないので、俺は窓際の俺の席に腰かける。別にどこへ座ってもよかったのだが、こう言う時に自分の席を選ぶ俺はマメな性格なのかもしれない。

「宿主、お外は暗いね――」

「やっぱお前、家にいた方がよかったんじゃないのか?」

「――宿主がいない家にいても意味がないよ……」

 ロサは俺とは対照的に、俺の隣の席の生徒の机の上に飛び乗って腰を下ろした。等身大の人形を置いているかのような姿の少女は、やはり見覚えのあるヒトによく似ていた。

 やはり、どうにも引っかかって仕方がない。昨日まではその姿を特に気にも止めることはなかったのに、あの夢を見たせいか、どうにも「ねぇちゃん」がそこにいるようで、落ち着かなかった。

 ――だから、

「おい、ロサ」

「――? なあに? 宿主?」


「お前、『夜虹 彩嶺』って名前に聞き覚えがあるか?」


 どうしても、その名前を口にする衝動を抑えきれなかった。ただ、本人であるかどうかを直接問うことができなかったのは、やはり違うという想いがあったからか。

「――どうしてそんなことを聞くの?」

「…………」

 ロサは穏やかに微笑んで聞き返してきた。しかし、俺達の間に妙な緊張感が漂っているのは明らかだった。それはおそらく――俺自身、触れるのを最も恐れている話題であるということもあるかもしれない。

「別に何でもいいだろ。どうなんだよ」

「ふぅん、何でもいい――」

「――なんだよ?」

「筋肉からその名前を聞いたから、とか言えばいいのに」

 そう言えば、そんなこともあったな。思い返せば、むしろアレのせいで今こうして思い悩んでいるのではあるまいか。と言っても、責める気にはなれない。なんにせよ、これは俺の中で重要な問題だ。むしろ、今度会ったら感謝するべきかもしれない。

「確かに、そいつもある。だが、そんなことは大して重要じゃねぇんだよ」

「――と言うと?」

「お前の正体が何者なのか、それを知りたい。俺が『ロサ』と名付けた守護精霊が、本当は何なのか。はっきりさせてぇんだ」

「昨日の今日で、そんなに焦らなくてもいいのに」

 意味ありげな微笑みを浮かべるロサは、机の上から降りると、文字通り目と鼻の先ほどの近くの距離までやってきて、こちらを見下ろしてきた。

 ロサの両手が、ゆっくりと上がる。上がった手は俺の顔をふわりと包み込む形で頬を挟んできた。見た目相応の小さな手が、俺の顔をくすぐる。その手は妙に冷たく、一瞬、死者のそれを思わせる。

 顔をやや上向きに固定され、ロサの顔が華が触れ合うほどにまで接近する。

「私は、今も昔も、あなたの守護精霊だよ」

 微笑みをたたえたまま、彼女は語る。

「あなたが生まれた時から、今現在に至るまで、ずっとあなたと共に居る守護精霊。それ以上でもそれ以下でもないし、それを裏切るだなんてことは決してない」

 この状況ではいっそ不自然な柔らかい笑み。それは、顔を思いだせないはずの「ねぇちゃん」が、俺のために絵本を読んでいたあの時の事を思い出させた。

「だから、あなたがそんな私の正体を、気にする必要性はない。意識する意味すらない」

 やめろ。

「他の誰とも違って、あなたに負の感情を向けることのない、唯一にして絶対なるパートナー。守護精霊のロサ。宿主のためなら、如何なることだってやって見せる無二の存在」

 やめろ――、

「あなたのためなら、あなたが望むなら。あなたが求めるなら。それが、私の姿そのモノ。あなただけが私を所有していられる。あなただけが――」


「やめろッッ!!」


 俺はロサを突き飛ばして頭を抱えた。

「その顔で、その姿で――俺の世界を侵さないでくれ……ッッ」

 姿は夜虹 彩嶺を思い起こさせる少女の姿なのに、いや、だからこそ、まるで俺が都合のいい現実をこの場で作っているようで、すさまじく気持ちが悪くなった。これではまるで――、


大好きな「ねぇちゃん」が、他ならぬ俺自身の思惑によって汚されてるみたいじゃねぇか。


 頭痛に苛まれ俯く俺に、突き飛ばされたロサの顔は見えない。しかし、俺には彼女が未だ穏やかな笑みを浮かべている気がしてならなかった。俺の記憶の中の「ねぇちゃん」は、いつもいつも、俺がちょっと悪いことをした時でさえ、微笑んでいたのだから。

 ――だめだ、どうしても、ロサが彩嶺ねぇちゃんと重なって見えてしまう。今しがたの言動は本人が言うはずのない言葉であるのに、それすらも、彼女が求めているかのように俺に錯覚させる。

 やはり、本当に彼女は「ねぇちゃん」なのか――? そう思いたい、信じたいと思う一方で、それを拒否している俺自身もいた。彼女がこれほどにまで変わり果ててしまい、もはや性格まで別人。ロサと彩嶺――こいつらは……。

 そのとき、


「宿主ッ!」


 ロサの叫ぶような声と共に、教室の床を割って巨大な茨が伸びあがった。そのまま育った伊原は天井まで貫いて、蛍光灯を割りつつ教室の中を薄暗い闇の中に落とす。

「お、前――いったい突然何を……?」

「わからない――」

 俺の疑問に、ワケのわからない返答をしてくるロサ。しかし、その目線は茨――正確には、茨の向こうへと向いているようだった。


 茨が中ほどで切断された。


「――っ」

 ロサは手を掲げ、炎の球を撃ち出した。連打されるそれは、茨に直撃するなり爆裂し、植物の破片を周囲にまき散らす。


 爆風の中から、何かが天井へと舞って行った。


「この――ッ」

 先ほどのゆったり、ねっとりとした言動から一転して、ロサは炎の球を連射する。しかし、そのどれもが現れた何者かに当たることはなく、教室に炎をぶちまけるに終始する。

 その何かは、鳥のような翼を一対持つ、人型だった。この暗がりではっきりとは正体がつかめないモノの、羽のある人間というところから、俺は天使めいた何かを連想した。


「宿主ッ!」


 突然伸びあがった太い植物の蔓が、俺を椅子の上から払い飛ばした。

「あぐっ!?」

 床に転がされた俺は、一瞬黒い翼からいくつかの物体がまるで矢のごとく、今まで座っていた場所を通り抜けて行くのを確認した。そしてそれらは、そのまま弾丸か何かのように俺の机を貫いてしまう。

 ――それは羽根だった。床に穴をあけ、中ほどにまで埋まっているそれの色は黒い。


 突然、俺の周囲から茨が伸びあがった。


「――っ!?」

 茨が完全に俺の周囲を取り囲むようにして床から生える。隙間なく伸びたそれらは、床を破壊して、俺のすぐ下に穴をこしらえた。

「落ち――」

 認識する前に、俺の体が落下を始める。木製の床やコンクリートの破片が粉塵となって俺の視覚を奪うが、自身にかかる重力だけは認識できた。

「――ぐっ」

 一つ下の階に落とされた俺は、床に叩きつけられ全身に痛みを感じる。様々な混乱の直後から立ち上がり切れない思考ではあるが、少なくとも、ロサが俺をあの危険地帯から二がしてくれたということだけは理解できた。

「宿主、怪我は!?」

「ロサ――」

 同じようにして抜け出してきたのか、天井のもう一つの穴から降りてきたロサは、綺麗に着地して俺のところまで駆け寄ってきた。

「――俺は大丈夫だ。……今のは何だ?」

「私に聞かれたって――姿、よく見えなかったし……」

 どうやら、ロサも俺と同じくしっかりとした確認は行えなかったらしい。しかし、少なくとも友好的ではなさそうだ。


「――ッ、宿主、逃げてッ!」


 その声と同時に、窓の外で羽ばたく翼が見えた。俺は弾かれるようにして居参る教室から廊下へと逃げ出す。

 後ろで、壁になるようにして幾本もの太い茨が生える。直後、その反対側で何かが突き刺さるような音が鳴った。


 俺とロサは一緒に走って廊下に逃げ出る。そこは特に通る予定もなかったので、電気をつけておらず、踊り場の方から漏れ出てくる光と、非常口を示すグリーンランプで僅かしか照らされていない。

「――……。――ッッ」

 天井まで伸びあがった茨の陰から飛び出した、窓の向こうのそいつが羽を大きく羽ばたいた。その動作の前触れを見るなり、俺はロサを抱えて隣の教室前の廊下へと飛ぶ。

 直後、マシンガンでも乱射されているかのように、背後の壁がハチの巣になった。コンクリートを砕く音と共に石が跳ね、俺は自分の顔を腕で覆う。

「――あの鳥人間……ッ」

 ロサはそう悪態をつくと、苛立ちを隠す様子もなく立ち上がる。

「待て、ロサ!」

「――っ、何、宿主!?」

 今まさに戻って反撃を試みようとするロサを、腕を引っ張って止めた。そのまま出て行けば、まず間違いなく彼女が壁と同じ運命をたどるだろう。

「――ここは、待ち伏せておくのがベストだ」

「宿主が、そう言うなら――」

 ロサと俺が呼んでいる守護精霊の正体は今だわからないし、俺を惑わすようなことばかりをのたまったが、それでも今こいつに居なくなられるのは困る。聞きたいことの半分も、俺はこいつの口から聞きとれていないのだから。



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