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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第五話》『心の底の更に奥底』
18/25

2.

         ♦   ♦   ♦   ♦


 ……――し、――どぬし、


 ……――?


 遠くで、俺を呼びかける声が聞こえる。聞き覚えのあるその声は、いつも通りの無邪気なモノで、しかし、長い時を旅してきたように思える俺にとっては、とても懐かしく思え――、

「宿主っ!」

「ぐえっ!?」

 俺の腹部に、衝撃が走った。

「う、ごご、ご、うおお――?」

 突然のそれに、俺はうめき声を上げながらゆっくりと目を開ける。まるで、バットか何かで腹を打ち据えられたかのような吐き気が、俺の感覚を支配している。

「あ、起きた。宿主、おはよっ」

「…………」

 涙でぼやける視界の中、俺は腹にダメージを喰らわせてきたそいつを見やる。クソッたれが、一体どこのどいつだ、起き掛けにこんなことをする奴――、

「ねぇちゃん――?」

「――っ」

「あ、いや――」

 ――何をアホなことを言っているんだ。俺は二度瞬きをして、俺の腹の上に乗っている突然酷い一撃を食らわしてきた馬鹿野郎を見た。

「――ロサ、てめぇ何してやがる?」

「え? 時間になったら起こしてって言ったのは、宿主だよね?」

「ふざけんなよてめぇ、起き抜けに重たい一発食らわしてきやがって――ッ」

「そんなこと言ったって、宿主、なかなか起きなかったし」

「だからと言って、飛び乗ってくるやつがいるか――ッ!」

「え? 私、そんなことしてないよ?」

「――なんだって?」

「こうやって、そぅっとお腹の上に乗って――ぱんちっ」

「俺は相手が女だろうが子供だろうが容赦しない主義なんだ」

「――っ!? こ、怖いよ宿主! その振り上げた拳どうするつもり? まさか私のお腹に!? や、やめて! ストップ! 女の子のお腹にパンチはアウトだよ!?」

「――ったく」

 逃げるようにロサが俺の上から退いたため、俺は呆れながらゆっくりと体を起こす。なにが「ぱんち」だ、飛び乗るよりなお悪いわ。


 俺は顔を洗ってから、二人分のトーストをオーブントースターで焼く。そうしてから牛乳をこれまた二人分のコップに注ぎ、冷蔵庫にパックを仕舞うのと同時にバターを取り出す。先日ロサと言う同居人が増えたこと以外は、アレク学園に入学してより毎日行っていることだ。

「――おい、ロサ。いつまでそんな隅で震えてやがるんだ」

「確か、お腹にパンチすることを『腹パン』って言うんだよね――?」

「別にしねーよ」

「――もう、さっきのこと怒ってない?」

「怒ってる」

「やっぱり腹パンされるんだ!」

「しねーからとっとと食え!」

 怒鳴り付けてやると、ロサは警戒中の野生動物のように恐る恐る近づいてくる。俺はそんな様子に自分のせいだろうとため息をつき、自分の食事に戻った。


 随分と、懐かしい夢を見たモノだ。それにしても、まさか俺がねぇちゃんを殺した時の事を今更夢に見てしまうとは。

 当時はまだ、技術的に解明されていなかったが、世間的に俗に言われる「病弱」な人間は、ついている守護精霊との相性がよくない人間なのだそうだ。

 ここで言う相性のよくない、というのは、宿主の魂力の基本量に対し、守護精霊の力が大きすぎるときだ。

 守護精霊は、宿主の魂力を糧として生きる存在。そのため、自身に存亡の危機があることもあり、普通は吸いすぎない。

 しかしながら、守護精霊の力が強すぎると、それ自体が自らを維持するために必要な魂力が多くなってしまう。そんな守護精霊が、魂力の貯蓄限界が低い人間に憑いたらどうなるか?

 魂力は、人間の生命力に密接に結びついている。すなわち、それだけその人間の体は弱ってしまう。

 そして、守護精霊が育てば育つほど、必要とする力も大きくなるため、結果として、その宿主は長く生きることができなくなる。要は、一定のラインまで達すると、薬など意味がなくなるのだ。

 ――今は、まだ認可こそされていないものの、治療法も考えられてきている。宿主に適合する守護精霊を憑け、それ以前のモノを取ってしまうのだ。そうすれば、本人の命を危険にさらすほどの魂力の消費はなくなる。

 この際、つけない、という選択肢はないそうだ。なぜならば、守護精霊が付いていた魂にはその跡があり、上書きするという処置をとらない限り、いわば傷口とも呼べるその場所から、魂力が漏れ出てしまうのだ。

 あの時に、その技術が発明されてさえいれば――。と、俺は考えても仕方のないことを思う。ねぇちゃんが死んだことは変わらない。俺の判断ミスで、彼女を殺したことも変わらない。何も何も、今考えたところでどうにも変わらない。


「――宿主?」

 呼びかける声の方を向くと、ロサが心配そうな顔で俺を覗きこんできていた。

「どうした?」

「なんだか、すごく難しい顔をしてるよ? 大丈夫?」

「ああ――」

 ――割と今更ではあるが、ゴシックドレスに長い黒髪、頭にさした黒薔薇……。ロサの姿は、不鮮明な記憶の中にあるねぇちゃんによく似ている。

「なんでもねぇよ」

 確かに、ねぇちゃんが守護精霊であればと、思わなくもない。まだまだ、彼女に言いたいことはたくさんある。だが、守護精霊はその人間が生まれるのと同時に憑くため、移植のような特殊な事例でもない限り、それはあり得ないだろう。

 ――ただ、記憶の中のねぇちゃんの顔が見えていたとしたら、それはロサのような、作りこまれた人形のように完成された顔だったろう。それが気がかりではない、と言えば嘘になる。

 まあ、なんにせよ――それに気が付いた今、ロサのおかげで、己の罪を一時でも忘れることは、無いに違いない。


         ♦   ♦   ♦   ♦


「えー、これで、帰りのホームルームを終わりますがぁ――彩無君、これが終わったらぁ、私のところへお願いしまぁす」

「――?」

 何の前触れもなく天摩教師に呼ばれた俺は、首を傾げた。別に問題行動を起こした覚えはないし、かと言って表彰されるような何かをした覚えもない。一応心当たりと言えば、例の行方不明事件の犯人を守護精霊に焼かせた、という事柄があるが――それであれば、もっと早く何か言われているだろう。むしろ、今まで何も言われていないことに驚いて居る程だ。

「きりーつっ! ……――礼っ!」

 型に嵌ったメガネ姿の女委員長が、締めの挨拶を行い全員が解散となる。適当に教室に居座ってそれぞれ会話を始める者。スクールバッグを肩にかけてさっさと帰っていく者、あるいは別クラスの生徒がうちのクラスのその友人のところへ行くために入っていく者、様々な動きや会話の音が教室中に響く。

「宿主ー、帰ろー?」

「さっき俺が呼ばれていたのを聞いてなかったのか?」

「無視して帰ればいいじゃん」

「重要な連絡事項かもしれねぇじゃねぇか」

「ちっ――」

 相変わらず、うちの守護精霊は俺が別の方向へと注意を向けていると機嫌が悪くなるな。今日もまた、おかしなことをしないように見張っておかねばならないのか。

 ――もっとも、舞香が捕縛されてからはそんなこともほとんどなくなったが。なお、今日も舞香は当然、灰すら欠席している。


「なんですか、先生?」

「ああ、よく来てくれましたねぇ彩無君」

「先生が呼んだんじゃないですか――」

「ふふふっ、まあ、確かにその通りでぇす。あ、ロサさん、今はとりあえずすぐに終わるのでぇ、そんなに睨まないでくださぁい」

 天摩教師の優秀なところは、一クラス三十人ほどいる生徒たちに加え、それらの守護精霊の事までしっかり把握していることだ。つまり、総勢六十名にも昇る意識達の性格を、この新年度が始まって間もない間に、理解しているのである。ちょっと、流石にそれは真似できそうにない。

「あなたの守護精霊であるロサちゃんのことでお話をしたいのでぇ、夜の九時に、この教室に来ては頂けませんかぁ?」

「え、夜の九時ですか――?」

 俺は思わず聞き返した。なんだって、そんな時間に学校へ呼び出されなければならないのか。

「もしや、何か用事がありますかぁ?」

「あ、いえ――そう言うことではないんですけど……」

 むしろ、そんな夜間に用事のある学生など皆無だろう。夜遊びを習慣的にしている奴ならばいざ知らず、普通の高校生である俺はそんなことするつもりは一切ない。

「と言うことで、よろしくお願いしますねぇ。何か予定が入った場合はぁ、私の携帯に連絡してくださぁい。確か、連絡網で回ってたと思うのでぇ」

「はい――」

 それだけ言うと、天摩教師は自身の守護精霊と共にその場を去っていった。何が楽しいのか、鼻歌を歌いながら。

「宿主ぃ、まさか行かないよね?」

「そんなワケにはいかないだろ」

「――面倒臭いよ?」

「そんなことは最初から分かってる」

「きっと面白くないよ?」

「むしろ面白いわけがねぇだろ」

「――もしかしたら、実験台にされちゃうかもよ?」

「一番それは可能性としてねぇよ、というかお前、自分が一番目覚めパッチリしてる時間帯に自分のやりたくない行動をしたくないだけだろ」

「う――だ、だけど、やっぱりそんな夜間に外へ出るより、部屋の中で遊んでいたいよ」

「とうとう本音が出たか――駄目と言ったら駄目だ。そんなに行きたくないんだったら、部屋で待ってろよ」

「そ、それは――」

 ――と言っても、こっちだって守護精霊の話と言われているので、ロサがいなくては話にならない。ただ、俺が離れようとすると、こいつは決まって嫌がるので、こう言えば渋々ながらもついてこようとするはずだ。そして、その目論見はうまくいったらしい。

「わかったよ、そのかわり、帰ったらたっくさん、甘えさせてね――?」

「へいへい」

 そんなこと言う前に、いつも体をこすり付けてくるくせに。俺はロサがしっかりと了承したことを聞きとって、席に戻り帰る準備を始める。

 俺にできるのは、このじゃじゃ馬をいかにうまく制御するか。ただそれに尽きる。


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