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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第四話》『守護精霊は味方なのか?』
16/25

3.

「大体はお前らのせいだ」

 意味ありげな視線を送ってくる舞香を、俺は深く考えるのが面倒で適当にそうあしらっておいた。実際、先日の騒ぎで俺は苦労する羽目になった。それ以外の苦労は――頭痛がするからあまり考えたくない。こいつにまで灰が余計なことを言っていなければ、だが。

「私ね、そう言うこともあって、強力な守護精霊を持ってるヒトは正直羨ましかった。だって、そんなレベルの力をマリーが持っていたら、家族に白い目で見られることもなかったもん。そして、そのヒトが人で無しだったりすると、もはや逆恨みみたいな想いを感じてたよ」

「――そう言えば、『何で君みたいなヒトが』、とか言ってたな」

「他にも、例のお坊ちゃま、金城君とかね。ちょっと思い上がり入っちゃうけど、私みたいな成績が優秀で、人にも好かれる人間がこんなことを感じてて、一方で世の中の歪んだ心の持ち主ばかりが、そんな力のある守護精霊を持っているのかってね」

「あんな野郎と同じ扱いされていることを、名誉棄損で訴えたくなった」

 舞香はそれを聞いて、くすくすと笑いだす。そこに、彼女の言うような怨嗟めいたモノは少しも入り混じってなかった。

「それで結局、お前の言うヒトで無しな手段に手を染めた、と言いたいのか」

「そうだよ」

「本末転倒も甚だしいな」

「――そうだよ」

「馬鹿馬鹿しい。結局、家族の目を気にして将来をフイにしてんだから、ホントバカみたいな話だ」

「うん、そうだよ――だけど、」

 そうだ。それにも拘わらず――人生をフイにしたにも拘わらず、されたにもかかわらず、こいつはなんだってこんな風に笑っていられるんだ? それが、ずっとさっきから感じていた違和感だ。

「光流君のおかげで。ロサちゃんのおかげで――全てを失うことができた。一緒に、何もかもから解放された。ありがとう」

「――何?」

「だからぁ、感謝してるって言ってるの。多分こうなった私は、きっと家族から縁を切られると思う。犯罪に手を染めたし、守護精霊の力も大したことない。いても邪魔になるだけ」

「…………」

「だから、そんなしがらみから一気に解放してくれたあなた達に、本当に感謝してるの。私が今こんなに心安らかにいられるのも、全て――」


 ガンッッッ


「それは皮肉のつもりかよッッッ」

 気が付いてたら、俺は今は誰も座っていないパイプ椅子を殴り倒していた。

「てめぇが何やってたにせよ、俺がお前の何もかもを叩き潰したことに変わりはねぇんだ! それなのに、なぜそう言える!? 何故そんなことが言えるんだ!? 都合のいい解釈してんじゃねぇよ、俺はそんなこと、一度たりと考えたことはねぇ!」

 俺は舞香に対し、そう叫んだ。しかし、彼女はそんなこちらを静かな様子で見つめている。そうしているうちに、俺は一つの事に思い至り始めてしまう。

 ――いや、都合よく考えているのは俺の方かもしれない。

 ヒトの心が信じられなくて、未来に向ける目を信じられなくて。そうでなければ、俺自身がどうしようもなく馬鹿馬鹿しい奴に思えてきてしまうから。

 こいつは俺を裏切った。同時に、忘れかけていた人間に対する認識を思い出させて呉れた相手でもある。それだけに、こいつの今の表情は、人間のそんな損得の概念を飛び越えたモノのようにも見えたのだ。


「ねぇ、白踏 舞香」


 その時、俺の膝の上に座るロサが、珍しく舞香に呼びかけた。妙な威圧の混じった口調で。

「筋肉もそうだったけど、宿主を惑わせないでくれるかな?」

「ロサちゃん――」

 呼びかけられた舞香が、感情の読めない瞳でロサを見返した。二人の間には、果たしてどのような思考が行きかっているのだろうか。俺にはわからない。ロサはこちらに背を向けているから、なおさらだ。

「――そうね、確かにこれ以上はかわいそうかも」

「それじゃあ、私は宿主と一緒に帰るよ」

「うん、今日はお見舞い来てくれてありがとうね、光流君、ロサちゃん」

 舞香は再び笑顔に戻る。やはり、そこに皮肉な表情は一寸たりとも含まれていない。

「宿主? 行こうよ」

「あ、ああ――」

「それで、早く夕食にしようよ! 私、お腹ぺこぺこなの!」

「…………」

 ロサに手を引かれ、俺は心が彷徨ったまま立ち上がった。一度渦を巻き始めた心は、慣性に従って、なかなかその動きを止めない。

「光流君」

「――っ、」

「気をつけてね。いろいろと、ね」

「――? いろいろって、どういうことだ……?」

「や・ど・ぬ・しっ」

 俺はロサに引っ張られるようにして病室を後にした。――いろいろって、どういうことだ? そりゃあ、ロサは他人から見ても、ともすると俺でも、扱い方を考えなければならないような守護精霊だ。そんなこと、言われずとも分かっているが――。


「おやぁ、彩無君、お見舞いですかぁ?」


「――っ、先生……」

 どうやら俺は、ぼーっと歩いていたらしい。声を聞いて、目の前に担任の天摩教師が立っていたことに気が付く。彼は相変わらずなよなよした様子で、後ろには天使の白い翼を持つ守護精霊を連れている。

「きっと、白踏さんのお姿を見られたかと思います。それにしても、災難――と言うレベルの話ではありませんでしたねぇ、お気の毒に――。まさか、自宅で火事に合われてしまうなんて」

「え――」

「あ、いやぁ、これは――もしかして、本人から聞いて居ないのでしょうかぁ? これは、余計なことを言ってしまいましたねぇ……」

「あ、いえ――」

「でも、守護精霊――マリーさん、でしたか。あの子のおかげで、命だけは助かったようで何よりです」

「先生――」

「――? どうしましたかぁ? 彩無君」

「あんな状態でも、よかったって言えるんでしょうか?」

 例え命が助かったところで、切断した足は戻らないし、火傷は一生残るだろう。姿も変わり、自由に動くことすらできなくなった。俺なら、いっそ死んだほうがマシとさえ思うだろう。

「ふぅむ、そうですねぇ――」

 天摩教師は、顎に手を当てて考え始めるそぶりを見せる。しかし、そこに深刻そうな様子は全くない。舞香はあんな姿である、と言うように。

「まず、何かを成すためには生きていなくてはなりませんよねぇ?」

「…………」

「命あっての物種、とも言いますがぁ、基本的に、この世のあらゆることは命があるからこそ叶えられるのであり、命があるから叶える意味があるのです。死んでしまっては、何にもならないのです。あ、ええと、そんな目で見られても困りますがぁ、そのぉ――」

 そんな説教臭いことを聞きたいんじゃない。俺は口には出さずとも、内心思っていると、糸が伝わってしまったのか、彼は慌てて見せる。

「要するに、生きていれば何とかなる。と、私は思いますねぇ」

「――そうですか」

 聞くだけ、無駄だったかもしれない。ある意味、これも裏切りに当たるのだろうか? だが、それに対する反論も、俺には思いつかなかった。

「失礼します」

「ええ、気をつけて帰ってくださいねぇ彩無君、ロサちゃん」

 そうして、天摩教師は舞香の病室に、俺とロサは帰りのエレベーターへと向かった。その間も、頭で巡るのは舞香のことや灰のことばかり。考えるだけ無駄だと言うのに、どうしても思考をやめられない。


「宿主」

「…………」

「今も昔も、私はずっとあなたを裏切らないよ」

「――裏切られて、たまるかよ」


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