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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第四話》『守護精霊は味方なのか?』
14/25

1.

「そろそろ行くぞ、ロサ」

「んー? どこ行くの宿主?」

「決まってるだろ。学校だ」

 すでに制服を着用済みの俺は、目を瞬かせるロサにそう言って、かばんを肩にかけ玄関へと向かった。一方のロサは、飾られた人形のように足を広げて座りながら、眠そうに目をこすっている。

「えー? ずっと家にいればいいのにー……」

「ただでさえ成績が普通なのに、無断欠席になって成績を下げることはしたくねぇからな」

「それって、この前言ってた将来にかかわるっていう話? そんなの、私が全て宿主のお世話してあげるから気にしなくていいのに」

「お前に全て任せるとロクなことにならねぇんだよ。それはお前自身もわかってるだろ?」

「――はーい……」

 ロサは渋々、と言った感じで立ち上がった。相変わらず眠いのか、若干足元がおぼつかない。早く、その夜型の生活態度を改めるべきではないか?


 こうして学校が始まったのは、犯人が捕縛された、と言うことで、学区内の安全が取り戻されたからだった。その通達を、俺は学校からのメールで受け取ったため、こうして通学しようとしている。

 しかし、真実はおそらく、犯人が捕まったというモノではないだろう。それもそのはず、犯人である白踏 舞香は、俺とロサが殺したからだった。

 その事実は、メールによってまわされていない。唯一であろう目撃者である灰がそれを言わなかったのか、学校としては隠すつもりなのか、それは不明だが、普通に学校に通い、普通に将来の設計ができるのであれば、俺としてはどうでもよかった。


 そうして十分足らずの時間を歩幅故に歩くのが遅いロサに合わせて歩行し、教室にたどり着く。俺達が入ってきても、当然ほとんど見向きもされない。ちらりと入って来た人間を確かめるために目線を向けることはあっても、友人同士のお喋りを一瞬たりとも中断することはなかった。

「…………」

 俺は無意識的に、舞香と灰の席へと視線を向けていた。それに自分で気が付き、人知れず小さくため息をつく。

 ――馬鹿馬鹿しい。裏切った人間相手に、今更何を思おうとしているのか?

 そう、人間はすぐに裏切る。わずか数日前までは笑顔を向けていた相手でも、ふとしたことで嫌悪され、悪意のこもった言葉を吐かれ、最終的には無関心と言う形に落ち着く。

 そう言えば、誰かが言っていたな。「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」であると。そこに俺なりに付け加えるなら、その中継点に「嫌い」があるのであるが、実体験から考えて、かなり的を射ているように思える。

 勿論、あのときのその原因を作ったのは、おそらくロサだろう。こいつの妙に嫉妬深い性格から考えて、たとえ無意識的でも他者を排斥しようとする意志が働き、それが原因で俺の周囲で事故が多発した。

 しかし、俺はそれに対して特に責めるつもりはなかった。それが守護精霊の性格であるのであれば仕方ないし、覚醒していない状況の話ならそれこそ言ったところでどうにかなるモノでもない。

 ――むしろ、俺はロサに感謝すらしてもいいとすら、最近考えるようになっていた。何せ、その特性のおかげで、人間というモノがいかに薄情で、自分のことを最優先に考えるかを知ることができたのだ。

 故に、向こうから何らかの働きかけを行ってきた場合、自分にメリットが見いだせなければ断るのが無難だと言う事が分かった。昔の俺はロサのおかげで、リスクをぶら下げることで最低限に無意味な人間関係を押さえることができたと言えるだろう。

 それを、最近まで俺は忘れていた。当時から人付き合いを自分・相手と遠ざけて来ていたため、すっかり頭の中から抜け落ちていたのだ。しかし、白踏 舞香の、一応友人として振舞っていたはずの俺を犠牲にして力を得る、と言う態度を見て思い出すことができた。


 ――要するに、俺にとって信頼できるのはこの守護精霊だけなのだ。


「や、宿主――」

「――? なんだ?」

 俺が椅子に座ると、ロサはどこかばつの悪そうな顔をして目を伏せていた。

「えっと、その――膝の上、座って……いい?」

「――ついこの間まで許可なく座ってただろ?」

 それは確か、あの白踏 舞香事件の日まで、だっただろうか? あれから数日たつが、今思い返すと、今まで俺の膝の上には座ってこなかったことを思いだす。

「だって、宿主がエコノミー症候群がどうだとか――」

「ああ――」

 そう言えば、そんなことも言ったな。

「宿主ぃッ!」

「――っ、なんだよ?」

 ロサは突然涙目になりながら、俺の両腕をつかんできた。その顔には申し訳なさや恐怖と言った、様々な感情が渦巻いている。ホント、いったい何なんだ?


「死なないでっ!」


「!?」

 ロサの声で、クラスの全員が俺達の方を向いた。いきなり何を言い出しているんだこいつは。――いやまあ確かに、最悪の場合死に至ることもあるが。

「ハァ――」

 俺はテーブルに肘をつき、ため息を一つついた。クラス中の人間が注目していたのも、今は各々の会話に戻っている。

「別に、確かにそんなことは言ったが、そう簡単に死にはしねぇよ。安心しろ」

「本当――?」

「そもそも、その情報をどこで手に入れたんだよ?」

「ん? 宿主が寝てる間にちょっとパソコンで」

「お前、使えたのか?」

 パソコンなんぞ、つい最近見たばかりだろうに。――そう言えば、ローマ字が分からないのでかな打ちにする方法は教えてやったか。

 そもそも、こいつが文字をわかると言うこと自体俺にとっては驚きだった。まあ、元は人間だった守護精霊に関しては、その時の記憶を持っているから、人間だったと考えればそこまでおかしくもないのだが、それにしてはいろいろ外れたところがあると言うか、なんと言うか。

「ふふん、私の今の人差し指は、音速を超えるよ――ッ!」

「おい、全部の指使えよ」

 が、結局パソコンの方はそううまく扱えるわけではないらしい。――今度、少しばかり教えてやろう。変なサイトに入ってウイルスでも喰らったら困る。


 しばらくして、始業のチャイムが鳴り、担任の天摩教師が入ってくる。相変わらずなよなよした、女々しい男性教師だ。

 なお、結局ロサは俺の膝に座ることとなった。後で椅子を他所から持ってきてやるのもやぶさかではないが、どの道これから始まる今となっては、取りに行くのは無理だろう。

「ええっと――では、今日のホームルームを始めたいとおもいまぁす」

「先生」

 すると、女生徒の一人が手を上げた。

「白踏さんがまだ来てないんですが、どうかしたんですか?」

「あー、白踏さんなら、ええっと――今は、病院に入院していらっしゃいます」

 天摩教師はばつが悪そうに言いよどむと、教室内はざわめき始める。アレで、白踏 舞香は他の人間に好かれていた。こっそり憧れだったと言う人間も結構いたらしい。――一方、いないことに一切突っ込まれない灰は憐れだな、と、俺は内心思った。


 それにしても、白踏 舞香は生きていたらしい。これは少々意外だった。ロサは殺すつもりで炎を放ったことは間違いだろうし、俺もそれを止めはしなかった。もし、生き残る要素があったとすればそれは――灰という馬鹿がいた。それに尽きるだろう。

 しかしそうすると、白踏 舞香が場合によっては俺に報復しに来ると言うことも可能性としてはありうるだろうか? もしそうだとしたら、早いうちに手を打たねばならない。こちらから出向いて行って――、

 やめた。馬鹿馬鹿しい。それこそ、あいつの言った「過剰防衛」だ。いかに危険性はあれど、向こうから来るまで、俺は手だしするつもりはない。

 それに、何かあったときはロサがいる。こいつの事だ、何が何でも俺のことを守ろうとするに違いない。


「先生、白踏さんは大丈夫なんですか?」

「あー、えー、ええっとぉ、そのぉ――」

 天摩教師はさらに言いづらそうに言葉を濁す。そう言う態度は、逆に生徒の不安を煽りかねないと思うのだが――。

「ええっと、はい。大怪我のため長期の入院ではありますが――命に別条はないと言うことでぇ。関係者以外面会できない状況ではありますがぁ、ええっと、皆さん、安心してくださぁい」

 そりゃあ言いづらいわな。安易に犯人でしたー、なんて。

 そして、白踏 舞香がこのクラスに戻ってくることはないだろう。退院したとして、その後はしかるべき場所に連れていかれるに違いない。その原因を作ったのは他ならぬあいつ自身だが、これからお先真っ暗な人生を歩むことになるのだろうと思うと、少しだけ同情してやってもいい気分にはなった。


 まあ、なんにせよ、これは終わった話だ。ここから先は、あいつがかかわろうとでもしない限り、俺には関係ない。俺はそう思い、再び窓の外へと視線を向けた。

 今日も変わらず、近くの国道を車が行きかっていた。


         ♦   ♦   ♦   ♦


 放課後。今日一日の授業が終了し、俺達は帰宅する。

 思えば、しばらくの間学校が休みだったため、こうやって帰宅することすら久しぶりな気がした。うるさい奴らが二人減ったことを除けば、普段通りに戻ったのである。

「宿主、帰りに買い物」

「駄目だ」

「――せめて、何が買いたいのかくらい聞いてくれたっていいのに……」

「どうせお前はお菓子を買うとか言いだすに決まってる」

「宿主、それは決めつけって、言うんだよ?」

「――じゃあ、何が買いたかったか言ってみろよ」

「うーんとねぇ、カリカリ梅」

「――普通に駄菓子じゃねぇか」

「20円なんだよ? 安いよ? 宿主にも分けてあげるよ?」

「俺は要らん。ついでに言うなら、わざわざ20円の駄菓子のためだけにスーパーへ行きたくなんかねぇ」

「宿主はやっぱりけちだ――」

「なんとでも言え」

 ロサがたとえ何を言ったところで、流石にそれだけのために買い物へ行くと言うのは馬鹿馬鹿しい。これが入り用だったならば、それくらいいいかと言う気にもなってくるが、他に必要なモノもないのだから仕方がない。


 ――そう、今の俺に、これ以上必要なモノは何もなかった。


 必要最低限に僅かばかりのゆとりが入った暮らし。自分が必要とする分だけの教養、そして絶対に裏切らない守護精霊。これだけそろっていれば、それ以上に臨むべきものはどこにもないのだ。人間に裏切られたのは、余計なモノをいつの間にか持っていた俺への、どこからかの警鐘だろう。

 俺は、ロサが繋ぎたがったので手を握り合いながら、本来のあるべき安定した平穏を取り戻したことを再確認した。実に、ここまで来るのに17年もかかってしまったのだが、それだけに、この環境が俺にとって、一番かけがえのないモノであるはずだ。


 ――それなのに、


「おい、彩無」


 何故こいつは、そこへ水をさそうとしやがるのか?


「――何か用か、灰?」

「ああ。学校が終わって帰ってくるのを待ってたんだ。――買い物とかに行っていなくて、ラッキーだったよ」

 寮の建物の入り口までたどり着いた時、その入り口の横で、灰 世詩也が腕組をして壁に持たれたかかっていた。その肩には、普段ポケットを住処にしているよもぎがいる。

「…………」

 俺は筋骨隆々の大男――俺くらいなら、掲げられて後方に曲げられれば容易く背骨を折ってしまいそうなそいつは、何とも言えない曖昧な表情をして俺を見下ろしている。……少なくとも、取り返しのつかない大怪我を負わされることはなさそうだ。

「なあに? 筋肉――また、私達の邪魔をするつもりなの?」

「どう、だかな――そのロサちゃんの言う『邪魔』、というモノの定義がどういうモノかにもよると思うが……」

「そんなモノはどうでもいい。用件があるならとっとと話せ」

 二度とかかわることはあるまい、とまでは思わなかったモノの、先日からそうたたない、まず間違いなく険悪になるこの時期に話しかけてくるとは予想していなかった。それだからか、俺の口から出た言葉も、妙にとげとげしくなる。

 ――しかし、対する灰の口調は、

「白踏さんからの伝言を預かってきた。私立病院二階の、208号室で待っている、とさ」

 妙に穏やかで、悟ったようなモノだった。

「そうか、ご苦労だったな。まあ、行くワケねぇがな」

 だからか知らないが、それが妙に俺の神経を逆なでした。俺は可能な限り冷たくあしらい、寮の建物の中へと入って――、


夜行やこう 彩嶺あやね


 思わず、俺達の足が止まった。

 なんだ、この胸の奥をほじり返さるような気持ち悪さは? その名前を聞いた途端、俺自身の顔が青ざめていくのが分かった。

「悪いな、少しだけお前のことを調べさせてもらった」

「何の、話だ――?」

 思い出してはいけない。思い出してはならない何か。恐怖にも似た泥のように重くずっしりとして、形のわからない想いが俺の頭を埋め尽くす。一体、こいつは――?

「お、おい、大丈夫か――?」

「う、るさい――ッ」

 思いだせそうなのに、思いだせない。そこだけが、墨塗りの教科書のごとく塗りつぶされているように――周辺は確かに思いだせるのに、重要な箇所だけが、目隠しされて……。

「お前がヒトを遠ざけた態度をとる、恐らくの理由――多分、そこにあるんだろ? その後に、小学校に上がって、また誰かと仲良くしようとしたら、今度は周りの人を……」

「うるせぇよ――ッッ!」

 俺は自分でも無意識の間に、灰に食って掛かっていた。俺自身それ程力が強いわけでもないのに、灰はバランスを崩す。

「それは誰かから聞いたのか?」

「そ、そうとも言えるし、そうでないとも言える。いろんな奴から少しずつ話を聞いて、繋げた結果その時のことが浮かび上がってきただけだ――」

「ヒトの過去を暴いて楽しいかよ――ッ、もうその話はやめろクソッたれが……ッ!」

「――っ、ああ、わかった……」

 俺は灰が黙ったのを確認して、苦しそうにしている奴を離してやった。だめだ、遂には頭痛までしてきやがった。クソッ、何なんだ! だが、少なくともこのままでは灰に同じ話をされる気がした。

「――行けばいいんだろ? 白踏 舞香のところへ。いつだ、今日か? それとも明日か? 特に予定はねぇから、別にいつでもいいぞ俺は」

「そうか――白踏さんの方も、いつでもいいと言っていたからな……」

「――分かった、今から行くことにするぜ。ロサ、悪いがちょっと寄り道だ」

「…………」

「ロサ?」

「え? ああ、うん――分かった。宿主がそうしたいのなら、私はいつだってそれに従うよ」

「――関係者以外会えないようになってるから、名前を受付で言ってくれ」

「わかった」

 俺はガンガンと痛む頭を押さえながら、ロサを伴って病院に向かう。どことなく、灰の思惑通りに動かされている気がしたが、あれ以上あの話はしたくなかったしされたくなかった。

「――大丈夫? 宿主……」

「――守護精霊専門の眼科はねぇぞ」

「嘘でも大丈夫って、言えるほどの余裕すらない――やっぱり、今日は家に帰った方が……」

「うるさい。俺のことは俺自身で決める」

 心配げに顔を覗きこんでくるロサに、俺はこれ以上ないほどの悪態をついた。気づかわしげな声にすらも苛立ちを覚える程、今の俺は追い詰められている。

 確かに、俺が今ヒトを遠ざけているルーツは、そこにあるのかもしれない。それを確固たるものにしたのは、周囲に起こった不幸な出来事であるが、まずそれは、心が沈んでいる状態から上向き始めていた状況でそうなってしまったと言うことが大きいだろう。

 もう、十一年も前になる。ノイズの入った、俺の記憶。自ら蓋をしてでもいるのか、思いだそうとするたびに、気分が悪くなる。だから、俺は極力記憶の彼方へ――いっそ、消し去ってしまおうと言わんばかりに、遠ざけていた。


 ――ああ、でもそうか。あの名前はそう言うことなのか。


 そのノイズの中で領域の少ない鮮明な部分。あちこち虫食いのように穴の空いた記憶の中で、それだけははっきりしていることがあった。

 十一年前、小学校に上がる丁度前の年。田舎の祖父母の家から、こちらの寮へ引っ越してくる前の記憶。


 その名前は、あの時俺が殺した相手の名前なのかもしれない。


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