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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第三話》『ウラギリノテイギ』
13/25

4.

「ようやく出てきたか、お前の守護精霊」

「こっちは不意打ちしようと、虎視眈々と狙ってたんだよ? それなのに、ロサちゃんが無茶苦茶するから、そんな悠長なことしてるヒマがなくなっちゃったんだよ」

 舞香の隣に、黒馬の騎士が空から降り立った。

 ここまで、舞香の守護精霊であるマリーは一度も姿を現さなかった。どうせ、そんなことだろうとは思っていたが。

「よいしょっと――」

 舞香はマリーに手を差し伸べられ、まるで迎えに来られた姫君のように馬の背に乗り込んだ。

「逃げるのは簡単。だけど、目撃者を残すわけにはいかない。悪いけど、死んでもらう」

 舞香を後ろに跨らせたマリーは、その手に持つ剣を振りかざし、馬で駆けながら襲い掛かってきた。

「ロサ――」

「うん、分かってるよ、宿主♪」

 上機嫌なロサは、馬の足元から無数の茨を生やした。それらは一斉に、伸びあがり、舞香をマリー諸共――、


 黒馬が大きく跳び上がった。


「――っ!」

 上空に滞空するマリーは、その鎧の隙間から糸を飛ばした。それを使って建物の側面に己を引き寄せると、壁をまるで地面のように蹴って向かってくる。

「んふふふふっ、往生際が悪いんだ~」

 ロサは手を掲げると、そこから火炎放射器のごとく高熱の炎を迸らせた。

「――っ、マリー!」

 舞香が叫ぶと、マリーは壁を強く蹴って退避する。なかなか、守護精霊をうまいこと操ってやがるな。思った以上にすばしっこい。

「マリー、ロサちゃんじゃなくて光流君を狙って!」

「!」

 なるほど、強力な守護精霊じゃなく貧弱な宿主の方へと標的をシフトしたか。――などと、心で落ち着いては見るモノの、心臓はバクバク言っている。ただ、それでもこうやって落ち着き払って見せていられるのには、二つの理由があった。

「じゃあね、光流く――」

 猪のごとく突進し、一瞬でロサの隣を抜けたマリーの剣の切っ先が、俺の喉に迫る。当たれば確実に、首が天高く舞うと思われるその攻撃だが――、


 伸びあがった無数の茨の壁が、それを阻んだ。


「――っ、この茨にそこまでの強度なんて……ッ」

「いくらなんでも、私の愛する宿主を守るために手加減は出来ないよ?」

 茨の壁が姿を変え、マリーと舞香に襲い掛かる。

「この――っ、マリー!」

 マリーは舞香から指示を受ける前に剣を振るっていたが、鋭い太刀筋から繰り出される剣技をもってしても、それらを斬り落とすには至らない。

「私ね、宿主から許可が下りるの待ってたんだ」

 茨が、マリーと舞香をまとめて締め上げる。

「あぐっ、ぐ、あ――あああああああああああ……ッ」

「いい気味。ねぇ、知ってた? あなたやそこの筋肉と宿主が話してる間、私は寂しい想いをしてたんだよ? 確かに宿主は私の近くにいて、転寝する私を膝の上に乗せてた」

 地面から茨を生やし、その上に優雅に腰かけるロサ。彼女は、舞香と同じ位置に目線を合わせ、目を細める。まるで、食材の調理方法を悩むあどけない少女のように。

「けど、それは私と時間を共有しているわけじゃないの。私を見ているわけじゃないんだよ。だって注意は、あなた達に向いてるんだから」

「――……ッ」

「だけど、宿主が怒るから、私は我慢する他なかったよ。いかに宿主の全てを占有していたくても、嫌われたいわけじゃないから。殺したりなんかしたら、本末転倒以外のナニモノでもない。けど、今ここに許可をもらった。こんなに嬉しいことって、無いよ? だって宿主が、今まで私がわずらわしいと思っていたモノの一つを、処分していいって言ったんだよ?」

「――最初に会った時から、思ってたけど……ッ」

「――なあに?」

「宿主が宿主なら、守護精霊も守護精霊だね――ッ」

 茨によって全身を血まみれにしている舞香は、苦痛で眉間に皺を寄せながらも悪態をついて見せた。

「つまらない返事。死んじゃえ」

 ロサは右手を掲げ、いつかと同じように頭上に火球を作りだした。ただし、その大きさはあの時の比ではない。

「――ふっ」

 突然、マリーの鎧が馬ごとバラバラと崩れ始めた。

「……! ――ぐっ!?」

 更に、分解していく鎧の中から細い糸が伸び、ロサの首と腕、さらに足に巻きつき、身動きできなくする。十字架にはりつけにされたような姿となったロサは、苦しげな声を上げた。同時に、彼女の頭上の炎も霧散する。

「最初こそ、私のマリーはあなたには到底及ばない守護精霊だったけど、多くのヒトと守護精霊を犠牲にして力を得た今、マリーはほぼ互角――油断をすればどうなるか、分かるよね?」

「――っ、こんなモノ……ッ、いたっ――」

 ロサは腕を動かそうと試みたようだった。しかし、縛られた手首は糸によって僅かばかり切れてしまい、血が滲み、滴り落ちる。

 このままでは、ロサは力を発揮できない。何度か試してみて分かったことなのだが、彼女は腕――最低でも手の動きが無いと、茨も炎も扱えなかったのだ。詳しい理由は不明だが、どうやらロサの頭の中にあるイメージが関係あることは推測できる。――それを、誰かに言った覚えはないのだが、そのイメージがほかの人間にも浸透しているのだろうか?

 マリーの鎧の腕から離れた剣が、持ち手に巻きつけられた糸により茨を斬り裂く。どうやら、茨の強さはロサの集中力によって変化するらしい。

「光流君、灰君、ロサちゃん。あなた達は知らないだろうから、紹介してあげるよ」

「何をだ――?」

 舞香は応えず、代わりにガラガラと崩れゆく黒い鎧に視線をやった。地に落ち行くたびに、それらは音をたてるという仕事を最後に消滅してゆく。そして、鎧の中からは、


 長い金髪で、虚ろな目をした小さな女の子が現れた。


「この娘が、マリーの本体、だよ。男子組で覚醒作業を行ってたあなた達は知らないだろうけど、あの鎧は私が趣味でまとってもらったただの外側、人形なの」

 舞香は傷だらけの手で、虚ろな目の少女の頭を撫でる。エプロンドレスに身を纏うその姿も含め、見た目だけならおとぎ話の「不思議の国のアリス」の主人公を連想させる。

「――やっぱり、か」

 すると、俺の隣の灰がそう呟いた。

「俺が白踏さんを今回の事件の犯人じゃないかって思ったのはそこなんだ。監視カメラに残って居た映像に、生徒を襲う人型が残って居たが、その人型には今マリーの指先から伸びる糸のようなモノが伸びていたんだ。

 そして、教室で見たあの甲冑姿が呼び出された時に現した姿と違うことを、俺は女子から聞いて居た。勿論、その糸が覚醒時に指先から延びていたことも。だから、俺は白踏さんを疑っていた」

「あはは、なんだ、ほとんどバレちゃってたんだ。と言うか、灰君、どうやってそんな監視カメラの映像まで手に入れたの? ううん、でもそれ以上に、だったらなんでこんな回りくどい方法を取ったのかな? 最初から問い詰めれば、被害が増える前に私を捕まえられたかもしれないのに」

「信じたくなかったからに決まってるじゃないかッ!」

 灰は俺の隣で舞香に対して叫んだ。――うるさい。

「俺は最後まで違うって、信じたかった! 白踏さんが、今回の犯人では決してないことを! なのに――なんで白踏さんは、こんなことをしたんだよッ!? ヒトの命を犠牲にしてまで、何だってこんなことを!」

「…………」

 舞香は灰の剣幕のためか、それとも別な理由があるのか。数秒の間黙りこくっていた。しかし、しばらくして苦々しげな表情を作る。

「――言ったでしょ? ただ力が欲しかったからだって」

「白踏さん――ッ」

「そして、私はこれから今の倍の魂力を手に入れる。ロサちゃんを捕縛して、光流君から魂を引きずりだすの。その後は灰君、君の番だよ」

「――ッ……!」

 ヒトと守護精霊の魂のつながりを利用してその魂を引きずりだし、精霊はマリーの糸を介して対象を操る能力を利用、守護精霊を中継して魂から力を得る。


 自分で考えた方法なら、場合によっては何らかの賞をとれるかもな。


「ロサ、相手は油断してるぜ」

 俺は自らの守護精霊に呼びかけ、手首をまわして見せた。

「――っ」

「うん、宿主! 分かってるよ♪」

 ロサは満面の笑みこちらに一度向けると、両手を握りしめて手首を動かそうと試みる。しかし、当然糸は外れることなく、より彼女の肌は傷ついた。

「――やるだけ無駄だと思うよ? その糸は、そう簡単に切れるモノじゃないから。一度グミでも食べて落ち着いたら?」

 舞香は余裕ぶって、私服のポケットから市販のグミの入った包みをぶら下げて見せた。

「――……」

 ロサそれに対し、見た目の年齢にはそぐわない、ぞっとする笑みを浮かべて見せた。

 捩り動かされた腕から、血液が滴り落ち、何も残さず消滅する。


「宿主から受け取るなって言われてるから、いーらないっ」


 マリーの足元から出現した茨が彼女の胸を貫いた。

「――ッ、マリー!?」

 人間と同じように、マリーは多量の血液を辺りにまき散らす。その顔は相変わらず無表情で目は虚ろだが、効果があったらしく、ロサの拘束が緩んだ。

「マリーッ! マリーッ!」

 舞香は自らの守護精霊の名前を叫びながら駆け寄った。その顔は悲痛にゆがんだものだったが――俺とロサにはどうでもよかった。

「アハハッ、感動の逆転劇はこれからだよ? そうら――ッ」

 ロサが腕を横に薙ぐと、彼女らの周辺の足元から茨が出現した。空高く一斉に伸びあがったそれらは、曲がり始めたかと思うと二人を再び捕縛し始める。ここまでくれば、今はどちらが有利なのか、火を見るよりも明らかだった。


 確かに、ロサは手の動きがなければ自らの力を使えない。そう、逆に考えれば、手さえ動かすことさえできればどうにだってできるのだ。

 だから、俺は手首を動かしてその箇所だけでも動かせるよう、緩めるための動作を伝えた。そして結果はご覧の通り。親指の付け根まで迫っていた糸はズレ、手首をまわせるほどにまで緩ませることに成功している。


「そんじゃーね!」

 更にロサは、再び腕を頭上に掲げて炎の球を作りだした。――勢いづくのはいいが、どう考えてもそれは隙が大きい。一度、注意してやった方がいいかもしれ――、


 俺の頬を、強い衝撃が襲った。


「――っ、宿主!?」

 あまりに衝撃が強いため、俺は吹き飛ばされ地面の上に転がった。一瞬、頭がすっぽ抜けるかと思った。


「いい加減にしろよ彩無ッッ!」


「…………」

 俺ははられた頬を押さえながら、灰の方を睨み返す。いったい何をしやがるんだこの筋肉達磨は。顎だけでなく、地面に叩きつけられたせいで体も痛いんだが?

「筋肉、よくも宿主を――ッ」

「お前はそっちに集中してろ。集中キレるとまた茨が緩くなる」

「でも――」

「こっちはお前の力はまだ必要としてない」

「うむー」

 ロサは灰を攻撃する手を止め、舞香とマリーに意識を戻したようだが、ちらちらとこちらを確認し、一向にとどめを刺そうとしない。――まあいい、最低限動けない程度の捕縛は行っているようだからな。

 とりあえず、灰は別に俺達に襲い掛かってきたわけじゃない。流石に、そんな相手にロサをけし掛けるつもりはない。勿論、こんな強烈な平手打ちを喰らったから、正当防衛を隠れ蓑にしてでっちあげることも可能だろうが。

「…………」

 灰は俺の思考に気が付いているのかいないのか、こちらを一度見下ろして――ふぅとため息をついた。まるで、頭の中の熱を逃がそうとでもしているように。

「いいか、俺達は白踏さんを捕まえに来たんだ。彼女は確かに何人もの人を手にかけたが、だからと言って殺されていいわけじゃない」

「…………」

「だから、ロサちゃんを止めるんだ。守護精霊の宿主は、精霊とよい関係を築いていく必要があるが、それは何も彼女らに歩み寄るだけじゃない。人間世界での理を教えてやるって言う意味も含んでいるだぞ? ヒトを殺すなんてことは、法律で定められている範囲でしか認められていない。――彼女に対して何かするというのなら、俺はお前を許さない」

「言っておくが、俺がやろうとしているのはその『法律で定められている範囲』だぞ? 正当防衛って知ってるか?」

「明らかに過剰防衛だろうがッ!」

 俺は怒鳴り散らす灰を冷めた目で見ていた。何をそんないい子ちゃんぶってるんだこいつは。今更そう言う態度をとられたって、久々に裏切られた俺の気分は変わらない。


 お前らは、その正義面の裏でどれだけ闇を排斥してきたと思ってるんだ?


「ロサ」

「なぁに? 宿主?」

 目の前の大柄な灰が、小動物のように反応し目を見開いた。その様子は大層滑稽だったが、不思議とあまり笑うような気分にはなれなかった。


「白踏 舞香とその守護精霊を焼け」


「――ッッ!?」

「りょーかいっ!」

 快活な返事をするロサは、手を振り下ろした。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 灰の叫びには従わず、巨大な火球はロサの腕の動きにのみ服従していた。すなわちそれは、連動し、俺の指示した先を炎が包み込むことを意味している。


 ……………………………………………………………………………………………………………。


「いくぞ、ロサ」

「うんっ、宿主!」

 俺は背後で上がる悲鳴や叫び声を意識の外へと追い出し、ロサと共にその場を去った。呼び止められた気がしたが、それすらも気に留めず。


 何故だか、とても胸が痛んだ気がした。


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