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トゥーテーラ・フロース  作者: /黒
《第三話》『ウラギリノテイギ』
10/25

1.

「宿主―」

「…………」

「宿主ー?」

「…………」

「宿主、ヤドヌシ、やどぬしぃッ!」

「んだようっせぇな!?」


 寮内に割り振られた俺の部屋の中で、俺と駄々をこねるロサの声が響いた。こっちは授業の復習中だと言うのに、一体何の用だと言うのか。

 今は平日の、午後二時くらいだろうか? この時間にしては珍しく、ロサの意識がはっきりしている。いつでもその力が借りられるのであるが、その代償として、ことあるごとに構おうとしてくるのは何とかならないモノか。使う必要がない時はなおさらそれを感じる。


「お腹すいた」

「――そう言って、昼食を食べ終わった後の三十分後に冷凍食品平らげたのはどこのどいつだ」

「育ちざかりだから仕方ないの」

「成長の概念は、物理的にしっかりとした体を持つ有機生命体にのみ与えられた特権だと俺は思ってるんだがな」

「何でもいいから、ご飯――ッ! ……もしくは、」

「もしくは?」

「膝の上」

「――またか」

 俺は頭の中で、このままご飯ご飯と騒ぎ立てられ続けるのと、膝の上に座られ続けていつも通り足を痺れさせられるのと、どちらがいいかと思いを巡らせる。


 ――勉強を妨げられるよりはマシ、か。


「ハァ――……座れよ」

「ご飯――……」

 すると、どこかがっかりしたような様子で、ロサは腰かけていた俺のベッドから立ち上がった。普段は片時も離れまいとすり寄ってくるのだが、今はどちらかと言うと食欲の方が勝っているらしい。


 平日の日中であるにもかかわらずこうやって部屋にいるのは、学校で起きている行方不明事件に変化が見られたからだった。


 行方不明者の死体が一つ、発見された。


 その死体は、昨日の競技会の終了時、片づけを行っていた生徒がゴミ捨て場で見つけたらしい。解体されゴミ袋に詰められていたそれは、死後数日たっていたらしく、しかしそのフウロが置かれたのは前日であると言うのが警察の見解らしい。

 ちなみに、その情報はまたしても灰が探ってきたものだった。どこから手に入れてきたのか、警官のコスプレをした奴に会った。相変わらず、どこの潜入工作員なんだあいつは。

 ともかく、そのせいで俺達全校生徒は自宅待機を言い渡されていた。行方不明者はこの学校の生徒に限られているため、狙いをつけられているのは俺達だ。そのため、事態が解決するまで自宅学習をすることになるだろう。


「宿主、何を勉強してるの?」

 膝に乗ったロサが、俺のノートと教科書を見ながら問いかけてきた。

「――興味あるのか?」

「宿主のことなら」

「…………」

 紅く染まった頬と笑顔を見て、相変わらずだなと思いながら、俺は頭をかく。まあ、こっちもずっと勉強をずっと続けていて疲れていたころだ。復習も兼ねて、息抜きでもすることにしよう。

「今やっているのは、守護精霊が如何にして人間に憑くか、と言うところだな」

「――? 私はずっと宿主と共に在るよ?」

「そりゃそうだろう。ヒトが生まれると同時に、守護精霊もまた生まれるからな」

 俺は教科書を手に取り、パラパラとページをめくる。

「守護精霊と言うのは、人間が生まれるのと同時にこの世に生を受ける――と言うよりは、それまで彷徨っていた魂が、生まれたばかりの人間に取り憑くことで誕生するんだ。そうすることで『守護精霊』に昇華し、その体を持つことができる」

「私もそうだったの?」

「そりゃあ、お前も守護精霊だからな。それとも、違う何かなのか?」

 俺はこの少しばかり異質な守護精霊に皮肉を言ってみた。しかし、彼女は年相応の子供のように首を傾げるだけである。まあ、ついこの間まで本当の意味で眠っていたコイツには、その判断はつかないだろう。

「そうして取り憑いた守護精霊だが、その状態ではまだ完全に宿主と結びついているわけじゃねぇんだ」

「私の心はいつだって宿主と絡まってるよ?」

「やかましい。――が、あながちその表現は間違いってわけでもない」

 俺は右手で拳を作り、左手の指でそれを覆った。

「16年の歳月を得て、守護精霊の魂は宿主の魂とある種の同化を果たす。例えば人間の魂を鉢植えとすると、この左手は植物の根。要するに、その時間をかけて、ゆっくりと人間の魂に、守護精霊の魂が根ざすってわけだ。そして守護精霊側からしても、この例えはあながち間違っていないわけで、お前らは人間の魂から力を分けてもらうことで生き続けている」

「つまり、私はお花なの?」

 俺は小首を傾げるて見上げてくるロサの頭に咲く黒薔薇を見て、こいつは元は花の精か何かなのかもしれないなと、俺は思う。それにしては、火を扱うと言う謎があるわけだが。

「なんにせよ、旧時代ではオカルトと呼ばれていた、非現実的な何かであったことは間違いないだろうぜ。幽霊だの自然精霊だの天使だの。昔は非科学的と言われて、伝承上にしかその姿はなかったらしいしな。本来見えないお前らを、どうやって見つけたんだか――」

 世の中には、どうやってこれを最初に発見したんだと言うような発明が山のように転がっているモノだ。その辺に走っている車ひとつとっても、そう言う技術の塊である。俺も、ちょっと探してみれば、案外そういうモノを見つけることができるかもしれない。

「要するに、私と宿主は一心同体ってことだね! んん~、やどぬしぃ~」

「お前はそうしてることが好きなのかもしれないが、こっちは日常的にされているせいで毎日エコノミー症候群一歩手前だ」

「大丈夫だよ? 宿主の魂が私とくっついてるってことは、体がどうにかなってもずぅっと私が、その魂を抱えて大切にしてあげる」

 顔をこすり付けてくるロサを無視して、俺は椅子にもたれかかる。確かに、こう言った新しい知識は興味を引くモノだろう。のめり込む人間がいるのも、分からないでもない。――しかし、学校で孤立していた息子をほっぽり出してまですることなのだろうか? いや、そもそも学校に通う前から、俺は祖父母に預けられていたわけだが。


 ピンポーン――……


「――? ロサ、ちょっと退いてくれ」

 インターホンが鳴るが、膝に座られたままでは動けない。俺はロサに移動を促すが――、

「やだ。宿主は私だけのモノなんだから、他の誰かは優先順位が二の次のはず」

 ――まあ、予想はしていた。ああ、予想はしていたとも。だから、それに対する返しは既に考え済みだ。

「――我儘言うなら、夕食は抜きだな」

「――っ!? や、やだよ、これ以上ご飯抜くと死んじゃうよ……っ」

「守護精霊は人間の魂から力を分けてもらってるから、そこまで食べる必要性はねぇ。よって、たとえ飯抜きにしたところで、お前は死んだりしないから安心しろ」

「ううぅ、ううううう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」

 今にも泣きそうな顔をして、ロサは俺を睨みあげてくる。しかし、原因が原因なだけに、ただの駄々をこねる子供にしか見えない。

「――わかったよぉ」

 が、やがてロサは、苦渋の決断と言うようにそう小さくつぶやいた。いい子だ。夕食は少しばかり豪華にしてやろう。

 俺はロサに退いてもらい立ち上がる。――すると、彼女は俺の手を、魂に魂を根付かせるように絡みつかせてきた。どうあっても、俺とは離れたくないらしい。

 まあいいだろう。こいつは、俺の守護精霊だからな。


 俺はロサを伴って玄関の鍵を開けた。そう言えば今は、外出は控えるように誰もが言い渡されているはずだ。そんな状況でわざわざ訪ねられる理由が見当たらない。どこの物好きだ?


「彩無ィッ!」


 ――扉を開けるなり、灰が土下座をしてきた。


「――……」

「――ッッ」

 俺は扉を閉めた。

「お、オオイッッ!? 閉めるな、開けてくれッッ! 俺だよ、灰だよ!」

「ハァ――……」

 ドンドン、ドンドンと扉を叩く音がやかましいので、俺は仕方なく扉を開けることにした。

「うるせぇな、筋肉の塊がいきなり土下座をしたら、見なかったことにしたくなるのは当然だろうが」

「そうだよ、筋肉。ご近所迷惑、だよ?」

「そ、それは重々承知してるんだが――その、入っていいか?」

「「断る」」

 俺とロサは、ほとんど同時にそう返した。一心同体と言うのは、あながち間違いではないかもしれない。

「――そんなこと言わずに、頼む。ここじゃあちょっと、言いづらいことなんだ」

「――?」

 だが、灰のそのただならぬ雰囲気に、俺は妙な真剣さを感じ取った。いつも事あるごとにやかましいこいつが、今や嘘のように静かだ。――しょうがねぇな。

「分かったよ。入れ」

「――っ!? 宿主、私たちの愛の巣に部外者を入れるなんてっ!」

「愛の巣言うな。ほら、道を開けてやれ」

「むぅ――」

 またもや渋々と言った様子で、ロサは俺に手を引かれて部屋の奥へと入る。それにしても、こんな時に頼みとは、一体なんだ?


「話と言うのは他でもない。ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだ」

 扉をしめた灰は、早速話を切りだしてきた。神妙な面持ちは、今も変わらない。

「それは、面倒臭いことか?」

「あー、まあ、その通りだ」

「――他の奴を当たってくれよ。お前なら、いくらでも頼れる相手はいるだろ?」

「――いや、これはお前にしか、ロサちゃんと言う、強力な守護精霊を持っているお前にしか頼めないことなんだ」

「どういうことだ?」

 こいつの頼みと言うのは、一体どのようなことなのだろうか? ――大体、友人面をしていやがるが、俺としてはこいつとはそこまで仲がいいつもりはない。こいつもこいつで、あれだけ冷たくあしらわれておきながら、どうして付きまとってくるのか。

「実は、お前に犯人を捕まえるのに協力してほしい」

「――それは、例の行方不明事件の犯人のことか?」

「ああ、その通りだ」

「断る」

 俺の中では、即決だった。

「――まあ、そう言うだろうな」

「分かってるなら、最初から話を持ちかけるな」

 ――そう、分かっている。そのはずだったろう。こいつは脳筋みたいな見た目をしてはいやがるが、決して馬鹿ではないことは分かっている(そのかわりアホではあるが)。――まさか、こいつ……。

「じゃあ、これならどうだ?」

「…………」

 やはりそうか。と、俺は内心顔をしかめ、ベッドに腰を落ち着けた。そして膝の上にロサが乗っかってくるが、あまり気にしていられる余裕はない。こいつはこれから、俺の弱みを突き付けて、それを条件に協力を迫ってくるつもりなのだ。

 灰はゆっくりと口を開き始める。俺は、緊張感で掌を人知れず強く握った。


「今度、高級焼肉を奢ってやるからどうだ?」


「――……」

「…………」

「もうお前帰れ」

「んだからそんなこと言わないでくれってぇッ!?」

 警戒していたこちらが、すさまじくアホらしく思えた。てっきり、こいつは俺のあまりヒトには知られたくない秘密を握っているのかと思っていたが、そう言うことでもないらしい。

 ――少し、安心した。

「宿主っ! 宿主っ!」

「――なんだよ?」

「焼肉だよ!? しかも高級だよ!? ぜひお願いを聞こう!」

「お前はお前で食い物につられるな」

 こんな純粋で眩しいこいつの笑顔を、俺は見たことあっただろうか? 本当に食い意地の張ったやつだな。

「ロサちゃんがこう言ってるんだし――」

「そこを切り口にしても無駄だぞ――そもそも、何だってお前、犯人を捕まえたいとか言いだしたんだよ? そう言えば、この前は俺に調査を頼んできたな」

「ハハハ、見事に断られたけどな。だけど、今回ばかりは一人じゃきついんだ」

「今回ばかり――? お前、まさか俺に断られて一人で調べてたのか?」

「――まあ、できる範囲で、だけどな」

 驚いた。本当にこいつは、潜入捜査官か何かじゃないのか?

「――ここで俺が絶対的な意思で断ったりしたら、どうなるんだ?」

「だったらもう、俺一人でやるしかないな。仕方ない」

「…………」

 ここで俺が断れば、本気でこいつは一人で事件を追おうとするに違いない。それも、ヒトが殺されているような、とてつもなく危険な事件を。

「ハァ――……なるべく、危険のない方法で頼むぜ?」

「――? それは、どういう意味だ?」

「手伝ってやるって、言ってんだよ」

「――っ、本当か!?」

「何度も言わせるなよ。――で、俺は何をすればいいんだ?」

 俺がそう問いかけると、灰は張り切って作戦を説明し始める。全く、俺もお人よしなもんだ。

 けど、仕方ないだろ? もしこいつが余計なことをしてさらに事件が混乱することになれば、割を食うのはかかわりを避けた俺を含む生徒なのだ。――断じて、この筋肉男の身を案じているわけではない。


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