第■話
暗く、どこまでも続くかのような空間に、気がつくとメグルはへたりこんでいた。
その手の中にレイラの温もりはもうなく、その寂しい空間を表すかのように冷え冷えとした空気が彼女を包んでいる。
「レイラぁ……。」
膝の上にあった腕輪をギュッと胸の前に抱く。
「ご苦労だった、命の運び屋よ。」
空間の奥の方から聞き覚えのある声が響く。
「第一の救済は恙なく完遂された。最初の仕事にしては上出来だ。」
その言葉に、メグルはピクリと肩を震わせる。
「これ以降もこの調子で――」
「――ふざけないでよ!!」
言葉を被せるように叫び、声が響いてくる方向に怒りの表情を向ける。
だが、叫んだ勢いに反して言葉は続かず、だんだんと悲痛な表情となって絞り出すように声を出す。
「レイラが……死んじゃったのよ……? なにも救えてなんかないじゃない……ッ! それで完遂? 上出来……? 冗談じゃない!!」
震える声であるが、その眼は鋭く暗闇の奥を見据える。
「あんたには言いたいことが山ほどあるのよっ! 隠れてないで一度くらい出てきなさい!!」
暗闇にレイラの声が響き、少しの沈黙が場を支配する。
少しづつ、少しづつ大きくなる地面を削る金属音がその静寂を破り、メグルの耳と足を伝ってひとつの事実を訴えかける。
暗闇の向こうからなにかが近づいてくる。
そのことを確信し、メグルはレイラの腕輪をいっそう強く握り、そちらに警戒の目を向けた。
音が大きくなり、向かって来る者の姿が顕わになる。
「っ!?」
それを見てメグルは息を呑んだ。
彼女の目に映ったのは、長身の、異常に痩せ細った男だった。乱雑に引き千切られた布切れだけを腰に巻いており、髪は白く、伸び放題だった。いたるところに杭を打ち込まれ、片腕と両脚は枷と鎖で暗闇に繋がれている。その目に生気はなく、感情のない顔でメグルのことをじっと見ていた。
「命の運び屋よ、流廻の運命に従い次の使命の完遂へ向かえ。次なる地が救いを待っている。」
痩せ細った手がゆっくりと持ち上げられる。
「責を果たせ。それが、命の運び屋の運命なのだから。」
男の口が、メグルの理解できない言葉を紡ぐ。
その言葉と共に男の手が輝きだし、彼女の足元に魔法陣が展開される。
暗い空間を照らすその光に、メグルは既視感を覚えた。
「なっ……!? この……だから話を――」」
男の様子に我慢の限界を向かえ、メグルは激昂に声を荒げ、拳を床に叩きつけようと右腕を振り上げた。
そんな彼女の様子を歯牙にもかけず、詠唱を終えた男はボソッと呟く.
「――征け、運び屋よ。次な願いの袂へ。」
その瞬間、彼女の世界は白く染められた。