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命廻す運び屋  作者: 武井智
第一章『始まりの命』
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第二話


「さっきも言いましたが、ここヴェルモンドは港町です。スクヴェルト皇国の中でも活気のある街です。」


メグルとレイラは酒場を出て街の通りを歩いている。


「見たことない物が売ってるわね。ここはほんとにどのあたりなのかしら……?」


メグルは周囲を見回しながらぶつぶつと独り言を言っている。はたしてレイラの言葉に耳を貸しているのだろうか。

もしや、本当に人の話を聞かない個体なのかもしれない。


「しかしここがどこかわからないとは……。メグルさんは一体どこから来たのですか?」


「えっ!? えっと、日本だけど……。」


急な問いかけに驚いたような素振りをしてからメグルは答える。しかし、レイラはその答えに対し少し首をかしげる。


「ニ、ニホン……? 聞かない名ですね…………。田舎の方の街でしょうか……。」


「日本っていう国よ! ジャパン!! 知らないのっ!?」


メグルが噛みつくようにまくしたてる。だが、レイラは考え込むだけで知っている様子がないため、メグルは肩を落とす。


「ほんとどこなのよここ……?」


メグルの呟きは街の喧噪に寂しく溶けてゆく。


「ほ、ほら! メグルさん見てください! ここからがこの街の市場です。美味しいものがたくさんあるんですよ!!」


レイラがそう指差した先では多くの店が立ち並び、商品を求める人と売りさばく人の声であふれていた。

市場特有のそのざわめきに驚いたのか、メグルは口を開けながら呆けている。


「すごいわね……。築地とどっちが賑わっているかしら。」


しきりに顔を動かして周りの様子を興味深そうに見つめつつメグルは呟く。

“ツキジ”がどこかは私には分かりかねる。彼女の元いた世界の市場だろうか。

挙動不審に周りを見るメグルの手を唐突に掴み、レイラは人混みのほうに進もうとする。

しかしメグルはその手でレイラを引き止め、赤らんだ顔を近づけて詰め寄る。


「ちょっとレイラッ! な、なんで手をっ!」


「人が多いのでメグルがはぐれしまっても困りますっ! 自分の知らない街で迷うと怖いですからねっ!!」


さも体験したことがあるかのようにそう呟くレイラは、手をそのままにぐいぐいメグルを引っ張り人混みをかき分けてゆく。

だが、先程の言葉と裏腹に何かを見つけたような挙動をしてメグルの手を離して駆けてゆく。メグルはレイラの行動の意味がわからないようで、レイラの向かった方向をあっけにとられたように見つめ、悲鳴を上げるように叫ぶ。


「ちょっと! 迷うって言ったそばからなんなのよぉっ!!」


道の真ん中に置いて行かれてどうするか迷っているようであったが、メグルは結局その場にとどまった。だが、通行人に迷惑そうな顔をされる度に彼女の表情は腹立たしげな色を強めてゆく。


数分の後にレイラが帰ってくると、一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐに鋭い目つきを取り戻し詰め寄る。


「どこ行ってたのよ! はぐれたら怖いって言ってたじゃない!!」


レイラはその剣幕に少しのけぞり、ハッとした顔になったあとに申し訳なさをにじませた表情で深く頭を下げて謝る。


「ご、ごめんなさい……。いいものを見つけたので……。」


「そうならそうって言ってから……。ってなによこれ。」


さらに文句を言おうとしたメグルだが、レイラの差し出すものを見て怪訝な表情で問いかける。

それは巨大な甲殻類の爪のようだ。それが豪快に串に刺さっている。


「この街の名物のひとつです。とてもおいしいんですよ?」


そう言いながら二本持っていたうちの一本をメグルに差し出すと、自分の分らしきもう一本に豪快にかぶりついた。

殻を砕くような音が響きメグルは若干絶句したような顔になる。


「それ……。殻ごと食べるの……?」


「はい。そんなに固くはないですよ?」


「ふぅん……。」


それを受け取り、訝しげな表情で眺めて口に入れようか迷っているようだ。何度かの躊躇の後、覚悟を決めたようにかぶりつく。

歯が殻を砕く音が聞こえ、それを咀嚼して飲み込んだメグルは幸せそうな……。しかし戸惑ったような表情をする。


「殻は煎餅みたいね……。案外おいしいじゃない。」


その反応に満足げなレイラはメグルの袖をグイッと引っ張り、さらに先へと進む。

手を引かれ、市場を進むごとに徐々にメグルの顔が暗くなってゆく。


「どこを見ても見たことないものばっかりね……。」


そんなメグルの顔を横目で見てレイラが声をかける。


「浮かない顔ですね。なにかありましたか?」


「ちょっとね……。どうしたらいいのかわからなくて……。」


「メグルさんはこの後はなにを?」


「そうね……。日本に帰りたいけど手がかりないし……。なにも見つからなかったらここで何泊かすることになるわね……。」


「メグルさん、この街での宿のアテはあるのですか?」


「ないわね。さっき着いたばっかりだし。」


メグルがそう答えると、レイラは少し喜色を顔に浮かべて言う。


「でしたら、僕の泊まっている宿がいいところですから案内いたしましょう。」


「あ、ありがとう。でも私、お金が……。」


「そうですか……。あ、なら僕の借りている部屋に一緒に泊まりますか? 広い部屋しか借りれなくて。」


「えっ!? で、でも……。」


レイラの提案にメグルは狼狽えた後に、少し迷ったような顔になる。

魅力的な提案だ。なぜ彼女は迷っているのだろう。


「とにかく行ってみましょう。案内します!」


そう言うと、レイラは先程よりも強い力でメグルをの腕をぐいぐいと引っ張っていく。


「ち、ちょっと! 早いっ! 早いレイラッ!!」


「こっちの路地に入れば近道なんですよっ!」


レイラは、細い路地をぐんぐんと進んでゆく。

徐々に市場の雑踏が聞こえなくなり、薄暗く不気味な道へと変わる。

そこをしばらく歩いたところで、メグルが不安げに弱々しい声を出す。


「ね、ねぇレイラぁ……。ホントにこんな道で着くの……?」


そのメグルの言葉でレイラはピタッと足を止め、周りを見回し首をかしげる。


「大丈夫です。……たぶん。」


「たぶんってなによぉ……。」



少し泣きそうになりながらメグルはレイラの腕を固く掴んで歩く。

右へ左へと曲がるレイラ。一見その歩みに迷いなどなさそうなのだが……。

さらにしばらく歩くと、レイラは再度立ち止まりメグルの方を見て申し訳なさそうな顔をする。


「す、すいませんメグルさん……。迷いました…………。」


「もぉ~~~っ! この街5回目って言ってたじゃない!! 何迷ってんのよぉっ!!!」


泣きそうな顔で叫びながらレイラに食ってかかる。そんなメグルにレイラはひたすら謝り続ける。


ところでふたりはまだ気づいていないのか。

メグルの声に引き寄せられたのか背後から数人の男が迫ってきていることに。

男達は下種じみた笑みを浮かべている。どうやら街のならず者のようだ。小声で何やら相談している。数えると男は5人だ。


「へへへっ……。おい、嬢ちゃん方。こんな道をウロウロしてると悪い人に出会っちゃうぜぇ……?」


その先頭にいた男がふたりに声をかけ、その声を聞きメグルは慌てて振り返る。


「俺らみたいなのに出会っちまったのが運の尽き……。悪いが金目のもん全部おいてってもらうぜ……?」


そう言う男の手元に光るモノを見つけメグルは声にならない悲鳴を上げる。よく見ると周りの男たちも同じ得物を持っており、それをちらつかせながらジリジリと迫ってくる。


「っ~~~~~!?!?」


メグルは恐怖に歪んだ表情で涙すらも浮かべている。対し、レイラは普段と変わらぬ表情で男たちに背を向けている。


「れ、れいらぁ……。け、警察……警察呼ばなきゃ…………。」


小声でレイラにそう言うが全く反応がない。そうこうしているうちに、先ほどから話している男がナイフを振りかぶり襲い掛かってくる。


「恨むならこんなところに来た自分を恨むんだなっ!!」


「きゃあああぁぁぁああぁあぁあああっ!!!」


悲鳴を上げてしゃがみこんだメグル。だが痛みがいっこうにやってこないことに違和感を覚えたのか恐る恐る後ろを振り返ると、力が抜けたように地面に座り込む。


メグルの後ろでは、ナイフを振りおろそうとした男の腕をレイラの手がしっかりと掴んでいた。



「てめぇ……。」


男は鋭い目つきでレイラを睨みつける。だが、怖気づいた様子もなく、レイラは飄々としている。


「レイ……ラ…………?」


不安げなメグルに少し目をやりレイラは微笑んだ。


「大丈夫です。メグルさんは動かないでください。」


そう言うと、再び視線を男たちの方にやる。レイラのその様子に男たちの表情に嘲りの色が浮かび、笑い声が上がる。


「てめぇ……俺たちとやりあおうってか……? 女ひとりで?」


「はい。」


レイラは迷いなくそう答える。


「ははははははははははっ! おもしれぇ冗談だ!!」


男は掴まれていた手を払うと、少し後ろに下がる。


「行くぞっ!!」


ダンッ! と地面を強く蹴り、刺突の姿勢で男がレイラに向けて駆ける。その速度はなかなかのものだ。だが、レイラはそれを少し体を捻るだけで避ける。

断続的に空気を斬る音が響き、何度も何度も男による刺突が繰り出される。しかし、レイラはそれをやはり小さな動きで避け続ける。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


男の頭に血が上った男はナイフを振りかぶり力いっぱい振り下ろす。それを待っていたようにレイラは手で男の腕を払い地面を蹴り、その勢いで膝を腹部にたたきつけた。


「ァ……ガッ…………。」


男は白目をむいて地面に崩れ落ちる。その様子を見て後ろの男達が一気にざわめきだす。そんな中、ひとりの男が飛び出してくる。


「よくもっ!!」


ナイフを振りかぶりながら走ってくる男を一瞥してレイラは再度地面を蹴り飛ばす。その瞬間鋭い風が走り、瞬きをするかしないかという間でレイラは男の目の前に現れていた。


「は…………?」


男は、目の前の光景が理解できていないように間の抜けた表情になる。その次の瞬間には男の腹部に肘がねじ込まれ、その表情が苦悶へと変わる。体がくの字に曲がった男の首に手刀が入り、男は完全に地面に倒れ伏す。

彼が地面に倒れるのを確認もせず、レイラは再び風となる。男の前まで目にも止まらぬ速度で駆け、蹴りや膝、肘が男たちの体を打ち次々とその意識を飛ばしてゆく。

そして、最後の男が冷汗を浮かべながらじりじりと後ずさる。


「く、くそ……。お、お前何者だよ……。」


その問いには答えずにレイラは姿勢を低くして駆け出す。


「おらあぁぁあぁぁあああ!!!!」


男は正面に向けてナイフを突き出す。それは駆ける彼女に突き刺さるであろう軌道を描く。だがレイラは少し斜めに自らの軌道を切り替え、地面を強く蹴って飛び上がる。その全ての勢いを乗せてレイラが放ったのは回転蹴り。男の首を捉えたそれは彼に悲鳴を上げる暇すら与えずにその意識を刈り取った。

吹き飛ばされ地面に倒れる男とは逆に軽く着地し、レイラは少し息を吐く。

1分にも満たない攻防で男が5人、女ひとりに気絶させられた。メグルは信じられないような表情で座り込んでいるが、確かに男たちは地面に倒れ伏している。


「大丈夫ですか? メグルさん。」


メグルにレイラが手を差し出しながらそう問いかける。


「あ、うん……。」


「しかしメグルさん、このくらいで狼狽えていてはだめですよ。」


「こ、このくらいっ!? ナイフで襲われることをこのくらい!?」


メグルは、今日何度目かわからない驚愕の色をその顔に浮かべる。


「そうだ! 僕がメグルさんを鍛えましょう!」


「えっ!? 私っ! そんなのいいわよ!!」


「善は急げです! 僕の宿に行って必要な荷物をとってきましょう!!」


「ま、待ってレイラっ! 私の話を聞いてってばぁあぁぁぁああぁ…………」


レイラは有無を言わさぬ様子でメグルを引っ張ってゆく。メグルの主張の声だけが、静かな路地にこだましていた。










路地を右往左往した後にやっとの思いで目的の宿にふたりはたどり着いた。レイラの部屋でメグルは疲れ切ったように椅子に座っている。


「女でも最低限の護身術くらいは身に着けるべきです。メグルさんには護身術が必要です!!」


レイラはメグルに向けてそう熱弁する。そんな彼女にメグルは路地裏で戦いを見た直後から感じていたであろう疑問を口にする。


「それにしてもレイラは強すぎじゃない? いったい何者よ……?」


その問いに、メグルに背を向けて荷物をまさぐっていたレイラはメグルの方に体を向ける。その手にあったのは柄に石のはまった片刃の剣。片手で扱える大きさのそれを少し掲げつつ、薄く微笑んで疑問に答える。


「僕は……。傭兵です。」



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