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命廻す運び屋  作者: 武井智
第三章『覚醒の命』
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第十八話

「行くぞ人間ッ!」


魔王は仰々しく叫び、掲げていた手を振り下ろす。すると、空中を浮遊していた光球が次々とメグルのもとへと殺到してくる。


「いきなりね……!」


それがメグルに着弾する前に、彼女は魔王に向けて踏み出していた。ジグザグに動き、彼女の行く道を遮るように降り注ぐ光球を避ける。魔王との距離は残り10メートル程。


「一気に行くわよ!」


魔王の放つ光球の数が減ったのを見計らい、強く地面を蹴る。進む自分に向かって来る光球は短剣で斬り払い、魔王の目の前に降り立つ。そして剣を振りかぶり魔王に斬りかかる。


「弾幕は抜けてきたな!」


それに応戦するように、魔王の手には禍々しく歪んだ形状の槍が握られていた。自分に向けて上からやってくる刺突を見て、メグルは右に体を捌いて短剣で槍を払う。そして体を回転させて魔王の左前脚を斬りつける。しかしそのメグルを魔王の左手が払う。軽く吹きとばされたが、空中で体を回転させて地面に着地する。

そしてすぐに地面を蹴り飛ばし、剣を振りかぶって魔王に迫る。そこに叩きつけられるように振り下ろされる槍を、地面を踏みしめて受け止める。

その接触は一瞬で、魔王はすぐさま槍をメグルに向けて叩きつけてくる。それを短剣で受け止め、受け流しつつ機を窺う。

上から来たと思えば槍を回して横からやってくる。そんな変幻自在の攻撃をメグルは受け止め続ける。短剣と槍との衝突音が高速で鳴り続け、衝撃で地面が抉れてゆく。その応酬の中で、魔王は槍を大きく振り上げてメグルを貫こうと刺突を繰り出した。それを隙と見て、メグルは短剣を槍に沿わして受け流す。その槍は地面に突き刺さり、魔王の動きが止まる。

そして、地面を滑るように動き、魔王の右脚を蹴りで思い切り払う。

メグルはその勢いを残しつつ回転しながら飛び上がり、膝をついて少し下がった魔王の頭部に蹴りを入れる。確かに捉えたという手ごたえを感じてメグルは足を振り抜く。


「グオオッ!!」


魔王の体がグラリと揺れて足踏みをする。地面に着地したメグルは、好機と見て短剣を魔王の腹部に突き刺そうと胸元で構える。そして飛び出して剣を突き出した。しかし、それが魔王に到達する直前にブニッとした壁に衝突したかのように止まる。


「えっ……!」


その障壁に足をつき、反転して距離をとる。


「なかなかな蹴りだ。人間にしてはなかなかではないか。では――」


脚で地面を踏みつけて、少し体を慣らすような挙動をとる。


「あ……。」


魔王の放つ雰囲気が変わり、メグルは一歩後ずさる。

魔王は手を前に翳し、その先から紫がかった魔法陣が発生する。そこにエネルギーが注ぎ込まれるのを感じてメグルはすぐさま横に蹴り出す。その横を虚無そのもののような光線が通り抜ける。

まあ、前のやつよりはましかしらねと頭の中で少しぼやき、魔王の横にたどり着いたところで地面に足をつけてブレーキをかけて火花を散らす。そしてすぐについた足とは逆で地面を蹴り出して魔王の胴体に向けて剣を一閃する。その一撃は魔王の体を裂き、赤黒い血を流す。

魔王は眼だけでジロリとメグルの方を向き、手を横に向けて魔法陣を大量に展開する。メグルは前に踏み出して間一髪そこから放たれる光線を避ける。そして腹部に剣を突き立てつつ反対側へと抜ける。


「これならいけるかも……!」


魔王の体に傷をつけることができた。メグルはそのことに手ごたえを感じてすこし拳を握る。


「ずいぶん得意げではないか。」


そんなメグルの耳に魔王の重い声が響く。メグルは雷に打たれたように脚を止めてしまう。


「貴様の与えた傷など我にとってはかすり傷程度。残念だ。貴様がその程度だとしたら、我には届かぬよ。」


メグルの目の前で魔法陣が展開される。

なぜか動かない足を必死に動かそうとするも、彼女の体は言うことをきかない。そんなことをしている間にも徐々に魔法陣の輝きが増していく。


「――お困りね、運び屋さん。」


メグルの傍にある建物の上から声が響き、その直後にメグルの体が何かに抱えられる。

気がつくと彼女は魔王の正面で人の胸元に抱かれているようだった。


「だ、誰……?」

「ちょっと前に会ったじゃない。忘れられるなんて悲しいなあ。」


メグルは、ローブに隠れてよく見えないその顔を目を凝らして見てみると、


「あっ! ああっ!?」


それは、メグルが自身の世界で襲われた女。


「話は後で。立てるなら自分で立ってくれると嬉しいんだけど。」

「ご、ごめん。」


メグルは慌てて彼女の腕から降りる。

そして、困惑したように顔を見て問いかかる。


「なんであんたがいるのよ。」


そのメグルの顔を心底楽しそうな目で見て、女はニッと笑って答える。


「楽しそうだったからよ。」


ええー……。と言いたげな顔をしたメグルを横目に魔王の方に向き直ると、言い忘れていたようにメグルの方に振り返り、言う。


「それに、運び屋さんに死なれても困るからね。」


笑顔を浮かべてそう言われ、この前との態度の違いにメグルはいっそう戸惑う。と、そこで、「話し合いは済んだか。」と待っていたような魔王の声が響く。


「ええ。お待たせしたわね、魔王様。私も混ぜてもらっていいかしら?」


素振りでもするように手を振るその姿から力があふれ出るように解き放たれる。


「運び屋さん、あいつの近接攻撃だけ受け止めてね。」

「へっ!?」


その言葉が聞こえた途端に女は前に踏み出していた。


「来いっ!」


その動きに対応し、魔王は黒色の光線を正面に打ち出す。

だが、それを確認してなお彼女は突き進み、衝突する寸前に地面に踏み込んでブレーキをかけて僅かに発光した腕を前に突き出す。すると、光線が中心から裂けて女を避けるように地面へと着弾する。


「なにっ……?」


動揺したような魔王の眼前に女が瞬きする間に移動し、さっきよりいっそう輝いた手を振りかぶり、魔王に振り下ろす。

咄嗟に頭を振った魔王の首元で光が炸裂して苦悶の声が響く。


「ふふっ。これだけ近くにいるとお得意の光線も使いづらいでしょ。」


魔王の傍に着地してニヤッと笑った女はメグルの方を見る。こっちに来ないの?と誘うように。


「あんたひとりで勝てそうじゃない……。」


そう呟きながらもメグルは魔王に向けて地面を蹴り出す。弾丸のように魔王に迫るメグルに、慌てて光線を放とうとするも、現れた魔法陣を女が叩き壊す。

メグルは前宙、側宙と体を回転させてから短剣を振りかぶり魔王の腹部を斬りつける。


「ぐっ……。」


魔王は呻き声を上げ、槍を手に出して着地したメグルにむけて突き出す。

そちらを一瞥してメグルは体を捻って避ける。そして隙のできた魔王の手目がけて剣を振り下ろす。メグルの手に残った確かな手ごたえの通り、魔王の右手が切断されて魔王は声に鳴らない悲鳴を上げる。


「アアアアアアッ!!」


その叫び自体が質量を持っていたようにメグルと女は吹きとばされる。

着地をしてブレーキをかけたふたりを、魔王は一層鋭い、確実に殺すとでも言いたげな目で睨む。ボロボロの体ながらもその体から迸る魔の雰囲気はとどまらず、世界そのものを飲み込むようなものとなり、メグル達を包み込んでいた。

瘴気にあてられたように眩暈が起き、メグルは額を抑える。


「いいだろう、勇者候補よ。我を本気にさせたのは貴様等が初めてだ。さあ、愉しき、命のやり取りを!! 我の本気を受けてみろッ!!!」


四肢からベキベキと異音が鳴り、筋肉が膨れ上がっていく。

紛うことなき終末の使者としての本性を現すその姿。


それを見て、女は嗤った。


「じゃあ、飽きちゃったし終わりね。」


軽く飛び上がり、太陽を背にするように腕を振りかぶる。

魔王の眼には、影となって読み取れない表情の中で愉悦に満ちて爛爛と輝く瞳と、太陽よりも眩しく輝く腕が見えた。


「――ちょっとは楽しかったわ。」


振り下ろされた手から数多の光の槍が放たれ、魔王の体を突き刺す。断末魔を上げようにもその顔面を穿たれて発するものがない。


決着は一瞬。魔王は動かなくなり、その体は黒い粒子となって風に吹かれ、頭部を覆っていた骨だけが地面に落ちた。


地面に着地してローブを手で叩く女を見つめ、メグルは身構える。前のように今度は自分が襲われると。

そう警戒するメグルの方に女が歩く。

だが、そのメグルの目の前で止まった彼女の表情は、笑顔だった。


「怪我はない? 運び屋さん。」

「あ、え? ええ。」


拍子抜けしたように力の抜けるメグルの顔に、女は軽く吹き出していっそうメグルはわけがわからなくなる。

ひとしきり笑った後に女は真面目な表情になる。


「ねえ、運び屋さん。」

「待って、その運び屋さんっていうの気持ち悪いからやめてくれない? あたし、メグルって名前があるの。」

「ああ、そうね。ねえ、メグル。」


その口から出る言葉を覚悟を持って待ち受けるメグル。その耳に届いたのは、よく理解のできない言葉だった。


「――運び屋なんてやめて、私と一緒にこない?」

「……どういうこと?」


女はメグルに背を向けて語る。


「私は堕輪の運び屋。この身に責務はなく、ただ悠久の時を彷徨うだけ。そんな旅に仲間が欲しいのは当然じゃない?」

「堕輪……? 悠久……?」


何を言われてるのか全くわからない。メグルはただただ混乱する。それを感じてか女は苦笑いをして続けようと口を開く。


「    」


――が、その言葉はメグルの脳に直接響いた言葉によって遮られる。


「願いの達成は不可能となった。この世界での運び屋の責務は果たされない。よって、帰還せよ、運び屋。」


その声と共に、メグルの視界は拒否権なく真っ白に染められた。





目の前に立っていたはずの少女の姿が掻き消え、女は忌々しげに空を睨む。


「ちぇっ……。」


ひとつ舌打ちをして、女は目の前に光る魔法陣を構築する。

そして、名残惜しそうに、寂し気な目で振り返ってからその魔法陣に身を投じた。

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