第十七話
ガルアスの街は日常とは違う喧噪に覆われ、松明を持った人々が忙しなく走っている。食料や火にくべるための燃料を荷車に積み込んでいる。魔王のもとへたどり着くためには数日かかるため当然必要なものである。
積み荷を見ながら指示をするアンドレを、建物の塀に座って足を揺らしながらタイラが退屈そうに眺めている。
「はあ……。父ちゃん、俺は魔王のとこには連れて行かないってさー。俺だって魔法使えるのに。」
少しいじけたような口調でそう言う彼の横で塀にもたれかかり、メグルが苦笑いを浮かべている。
「タイラはまだ子どもじゃない。お父さんも心配なのよ。」
「でもメグルは女でも連れてってもらえるじゃないか。普通女は行かないぜ?」
「私は、そうね……。ここに家族はいないから。」
メグルが少し寂しそうな表情を浮かべたのを見て、タイラは塀の上から飛び降りる。
「まあ、メグルは旅してんだからしょうがないよな。」
違う世界の家族に思いを馳せるメグルとタイラの間には認識の齟齬があり、それもまたメグルをこの世界でどこか孤独にする。しかし、アンドレの方へ駆けていく彼を見て、この親子を離れ離れにさせないためにも、絶対に負けてはいけないと決意をするのだった。
そして、出発の準備が整うと、アンドレが広場にある壇上に立ち、討伐隊に参加する面々を前に話し始める。
「我々はこれより、この世界に破滅をもたらす魔王を討滅しにサハザターン城へと向かう! ここにいる者の命の保証はできない。皆も当然そのつもりだろう。だが、必ずや魔王を倒し、生きて帰るぞ!」
『おおっ!!』
彼の演説に呼応するように男達が右手を突き上げる。そして、アンドレを先頭にガルアスの門へと隊列を組み、歩み始める。
討伐隊の進む通りの隅には女性や子どもが並び、激励や無事を願う声が飛び交っている。ここで飛び交う数だけ人と人の関係があり、それぞれに死んで欲しくないと願う者がいる。その中に自分を案じてくれる人がいないことにやはり一抹の寂しさを覚え、メグルが腕輪をそっと握りしめる。そんな彼女の耳にひと際元気な声が飛んでくる。
「父ちゃーーん、頑張れよー! あとメグルもなー! 魔王なんかぶっ倒してこいよー!」
知り合いの青年だろうか、大きな人に肩車されて手をブンブンと振っているタイラの姿が声の聞こえる方向にあった。「ったく、あいつは……。」とため息をつきながら軽く手を上げるアンドレに対して、メグルはなんだか嬉しくなって笑顔で手を振る。そして前を向き、魔王の城があるであろう方向を見つめるのだった。
ガルアス近くの草原を抜け、辛うじて道があるような森の中へと差し掛かる。前回魔王の城に向かった際には魔物が何度も襲ってきたために、メグルは周囲を警戒してその歩みを進めていた。しかし、視界に入るものと言えば木から飛び立つ鳥やこちらを怯えたように見つめる鹿のような動物のみ。だんだん警戒するのも馬鹿らしくなりつつ彼女はアンドレに問いかける。
「ねえ、魔物とかはいないのかしら。」
「最近魔物の目撃情報が減っている。だからこそ我々も消耗せずに攻め込めると踏んでこのように行軍している訳だ。」
「なるほどね……。」
と、言うことは城の防御が厚いのかしら、と先に待つ苦難にメグルは思いを馳せるのであった。
そんな魔王の城へ向かう旅路が数日。魔王討伐隊はサハザターン城の眼前へとやってきていた。ツタの絡んだ城壁に傾いた櫓。古代に滅んで時がそのまま止まってしまったような。しかしながらその城から漂うのは圧倒的な威圧感で、人間が立ち入ってはいけないということを直感させる。
「皆、今からの戦いは世界を護る戦いだ。だが、壮大な戦いだとは思うな。この戦いは各々の護るべき大切なものを、人を、護るための戦いなのだ!! さあ、行くぞ。ここからは死線だ。準備はいいか?」
アンドレの問いかけに討伐隊が言葉無く頷く。緊張した面持ちながら、大切な人を想う、使命感に満ちた表情である。
「突撃部隊、門を破れ!!」
その表情から討伐隊の心意気を確認した彼の号令で、先頭に立っていた数名が炎の魔法を放つ。それは勢いよく門に当たり、それを燃やし尽くす。
「全員進め! 魔物を駆逐しつつ魔王を探せ!」
魔王討伐隊が門から城内へ殺到する。それを待ち受けていたように小型の魔物が討伐隊へ群がってくる。その相手をするために一部の男達が立ち止まる。
「ここは任せたぞ!」
空いた道をアンドレとメグルを含めた数十人が駆ける。
「こっち!」
メグルは前の記憶を頼りに魔王のいるであろう場所へと走る。その道中にも魔物の襲撃があり、徐々に周囲の男達が減っていく。
そして、あと少しで魔王と戦った場所というところで、メグル達の目の前に人間と同じ大きさの魔物が現われる。
黒々とした皮膚を持ち、ねじ曲がったような骨格と目も口も鼻も存在しない、のっぺらぼうのような顔。それが何十体もメグル達に向けて迫る。
そんな中でアンドレがメグルに問いかけてきた。
「メグルよ、本当に戦えるのか?」
「大丈夫よ。」
間髪入れずにそう答え、彼女は短剣を抜く。
「魔法にあたしを巻き込まないでよ?」
そう言って、メグルは地面を蹴る。手近にいた魔物の足元に踏み込んで短剣を横なぎに振る。その短剣は魔物の首を的確に切り裂く。体表と同じような黒い血が噴出するのを横目に、彼女は横に踏み出して魔物の腹部を一突き。魔物の体内で短剣を捻り、脇腹の方へ引き抜く。声もなく魔物が倒れ、メグルは少し息をつく。
その瞬間に背後で魔法の炸裂音がし、振り返るとアンドレの手から赤い炎を凝縮したような光球が放たれて魔物の目の前で炸裂して体を吹き飛ばしている。
アンドレの方を見ていたメグルの後ろから魔物が鋭い爪を振りかぶって迫る。
「わかってるわよ。そう来るのくらい。」
振り下ろされる腕を少し背後に足を動かして掴み、背負い投げの要領で地面に叩きつける。そして無防備になった首に短剣を突き立てる。森の中でどこから来るかわからない猿と戦い続けた成果がこうして実感できるほどに現われている。しかしながらそれで一息はつかず、すぐに隙は作らないように立ち上がり、目の前に来ていた魔物を蹴り飛ばす。そして彼女の地面を抉る威力のそれは魔物を容易く吹きとばした。彼女は魔王のいるであろう方向を見て、そちらにはもう魔物は少ないと感じた。
「あたし、先に行くわ!!」
メグルはアンドレに向けてそう叫び、駆け出す。
「なっ!? メグル、待て!!」
アンドレの制止を振り切って、あたしがひとりでやればいいという思いで彼女は走る。
「どいてっ!!」
道中にいる魔物は短剣で切り伏せる。魔王のいるであろう方向へと進むごとに不思議と魔物の姿がなくなって城の中を吹く風の音だけが彼女の耳を打っている。
そこを走り抜けてたどり着いたそこは、前に魔王と戦った広場であった。そして、先にある扉を開いて魔王が出てきたのだ、と彼女がかつての出来事を想起する暇はなかった。
なぜならば、広場に差し掛かった瞬間見えたからだ。その中央に立つあの魔王の姿が。
メグルは少しずつ近づきながら、魔王の様子を窺う。短剣を抜いて、いつ何が起きてもおかしくないように。
何かが起きてからじゃ遅いかもしれないけど。と、前回言葉ひとつで世界を滅ぼした魔王の力を思う。
メグルが近づいてきたことを感じたか、魔王がゆっくりとその視線を下ろす。
馬のような下半身から伸びる人間の胴体に、草食動物の頭蓋骨を被ったような頭。細く長い腕がだらりと下がっていて一見力など入っていないように見えるが、その体から放たれている力場だけで油断ならないことは分かる。
立ち止まり、身構えたメグルを見て魔王が指をメグルに向ける。
「フハハハハッ! よくぞ来たな、勇敢な人間よ。我は魔王たる者ぞ。絶望と破壊を体現せし我と相対し、その剣で我を倒し、貴様はこの世を破滅から救い出す勇者足りうるか……。」
掲げた手から黒い光球が浮かび上がり、魔王の周りを回り出す。そして、ただでさえ尋常ではない漏れ出す力がさらに大きくなり、針のようにメグルの肌を刺す。
「さあ、来い。貴様の力を我に見せてみよ……!!」
メグルのことを値踏みするように紅く輝く目を見て、彼女は短剣を構え直して唾を呑んだ。




