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命廻す運び屋  作者: 武井智
第三章『覚醒の命』
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第十六話


メグルの眼下に広がっているのは生まれ育った町。肌になじんだ空気を感じつつ、彼女はそれを眺めている。この町とはお別れなのだ。そんな思いが去来して彼女の胸を締め付ける。その痛みを堪えるように胸の前で両手を握り、祈るように目を閉じると、強い風が彼女の体を打つ。ゆっくりと目を開けると、目の前にあったのは、先ほど母親の目を忍ぶようにして出てきた実家であった。悲しげな表情でそれを眺めていると、彼女の目の前に人の気配が。見ると、そこに立っていたのは母親と、出張で外国に行っているはずの父親であった。両親は共に微笑みながらメグルのことを見ており、それはまるで娘の門出を見守るような表情であった。


「メグル、行くんだな。」


父の低く、力強い声にメグルは大きく頷いた。


「行くわ。みんなに迷惑はかけられないから。」


そしていつか、あの女にも文句を言われないくらいに強くなって、また戻ってくる。そんな思いを胸に抱く。そんなメグルの決意の表情を見てか、母はメグルのことをそっと抱きしめ、頭を撫で、耳元で囁くように言う。


「あなたなら大丈夫よ、メグル。負けずに頑張ってね。」


その体に腕を回し、母の体温をいっぱいに感じつつ、その言葉に応える。


「もちろん、頑張るわよ。弱音なんてはかないんだから。」


メグルの肩にそっと父の大きな手が置かれ、親子の体温がひとつになる。その頼もしい温もりを体に刻み込むようにいっそう腕に力を入れる。だんだん体の感覚が希薄になるのを感じ、メグルはギュッと目を瞑り、一筋の涙を流し、それでも両親に心配をかけないように、強い口調で言うのだった。


「行ってきます。」


その瞬間、メグルの視界は徐々に黒く、黒く染まり、そして――


「――んぅ……。」


ゆっくりと目を開くと、そこに映ったのは一面の黒。徐々に意識がはっきりしてくる中、なぜか少し濡れている頬をジャージの袖で拭い、メグルは体を起こす。


「そっか、あたしここで寝て……。」


ここまでにあった出来事を思い出しつつ、メグルは大きな伸びをしてから辺りを見回す。


「あいつ、どこにいるのかしら。」


どこかにいるはずのミコトと名乗った痩せた男を探してキョロキョロとしていると、


「目覚めたか、運び屋よ。」


探していた男の声が響き、メグルは座ったまま振り返る。


「どっから出てくるのよアンタ……。」


「責務を果たすに足る休息を得たか?」


メグルの言葉を無視するようにミコトは彼女に告げる。あまりにも相手にされていない様子に、メグルは大きくため息をつき、彼の質問に応える。


「ずっとここにいる訳にもいかないし、もう大丈夫。今度はどんなところに飛ばされる訳?」


「救済を求める世界へ。さあ征け運び屋よ。その責務を果たすために。」


「えっ!? ちょっと! 荷物くらいまとめさせなさいよーっ!!」


自らの足元に魔法陣が広がるのを見て、メグルは慌てて短剣を掴む。その瞬間に彼女の視界は白く染められ、いつもの浮遊感に襲われた。



チカチカと眩む視界が徐々に回復し、周りに広がっている景色が見えはじめる。彼女の目に飛び込んできたのは、広大な草原であった。草木が覆い茂り、のどかな風景である。


「ここであたしは何をすればいいのかしら……。なんにせよ、情報を集めないと始まらないわね。」


足で情報を得るしかないと、人のいる里を目指すためにメグルはこの世界での一歩を踏み出す。


その時、何かが走ってくる音を聞き、メグルは咄嗟に横にあった岩の陰に身を隠す。そこでメグルはふと既視感を感じる。


「あれ、この岩……?」


そう、体感では何か月か前に、同じように岩の陰に身を隠したような。そこまで考え、彼女は思い至る。


「ってことは、ここで来るのは……!」


メグルはそっと短剣を抜き、周囲を警戒する。そして、走ってくる方に向けてそれを構えつつ飛び出した。


「悪魔、そこまでよっ!」


「のわぁっ!!」


メグルの予想に反して彼女の耳に響いたのは人間の声だった。


「へ……?」


拍子抜けしたようにメグルが目の前に立つ相手を見ると、そこにいたのは少年であった。唐突に自分を襲うように現れた不審人物に怯えたような表情を見せている。


「な、なんだよ! いきなり出てきて、そういうお前こそ悪魔じゃねえの!?」


メグルを指さして早口で言う少年。その顔に見覚えがあるようでメグルは頭を捻る。


「ご、ごめん。前にこの辺で悪魔を見たことがあったからつい、ね。」


既視感はともかく、メグルは短剣をしまいながら少年に謝った。彼女のその様子を見て彼は心底安心したような表情をし、両手を頭の後ろに回して言う。


「まー、この辺も物騒になってきたしいいけどさ。お姉ちゃんどこから来たんだ?この辺じゃ見たことない気がするけど。」


「あたしは少し遠くから来たの。」


答えになっていないような返答をし、はぐらかそうとする。少年は一瞬訝しげな顔をしたものの、あまり興味はないようにして、「アレの根城が近いのに物好きなもんだな。」と呟いた。


その様子に敵意は全く感じなかったため、メグルは少年にお願いをしてみることにした。


「あたしは風岡メグル。この辺の街に行きたいんだけど、よかったら案内してくれない?」


彼女の頼みを聞いてすぐさま少年は頷き、先導するように歩き出す。そして、顔だけ彼女の方に向け、言う。


「いいぜ、俺についてこいよ。っと、まだ名前言ってなかったな……。」


彼はクルッと振り向いてメグルに改めて相対すると、少年らしいニカっとした笑みを見せて続ける。


「――俺、タイラってんだ。」


メグルは、耳を疑った。



先導するタイラと名乗った少年の後ろをついて行くメグル。顎に手を当てて状況を整理しようと頭を働かせている。


「ここ、前に来たところと同じ……? タイラってあのタイラなのかしら……。言われてみれば面影はあるわね……。」


ブツブツと呟きながら前にタイラと出会っている世界と比較してみると、今歩いている道もガルアスに向かうために使った道と同じであるように思えた。


そして、しばらく歩くと見えて来たのは予想通りあのガルアスの街であった。


「着いたよ! ここがガルアス。俺の住んでる街だ!」


その外観は、まさに前に来た場所と同じであった。


だが、街の中へ入ってみると、少しの差異に気がつく。まだ街がそれほど荒廃していないのだ。前にメグルが見たガルアスの街は建物の外壁がボロボロで地面もひび割れが散見していた。しかし、今メグルの目の前にある街の荒廃ぶりはそれほどではなかった。


「結構綺麗ね。」


「そうか? 魔王の野郎が出てきて以来ずいぶん壊れちまったけどな。」


タイラは少し寂しそうな目で街を見回していた。


ここまでに見たものから、メグルはやはりこの世界は前に自分がやってきた世界の過去ではないかと推測した。そして、メグルは探りを入れるようにタイラに対して質問をする。


「その魔王っていうのは?」


そのメグルの言葉にタイラは怪訝な顔をする。


「……魔王を知らねえのか?」


「ああ、いや。遠くから来てるからあんまり詳しい情報はなくて……。だから教えてくれないかなー……なんて。」


少し目線を外しつつメグルが言ったその言葉に、首を傾つつもしつつも彼は答える。


「あいつはこっから歩いて数日の所にあるサハザターン城ってとこを根城にして悪魔を世界に放ってんだ。おかげで安心できる日なんてありゃしねえ。」


腕を頭の後ろに回しながら溜息交じりにそういうタイラを見て、前に会った落ち着いた大人といった雰囲気のタイラにも歳相応の時期があったのかと思い、メグルは少し微笑んでしまう。


「だから今、俺の父ちゃんを中心に魔王討伐隊を集めてんだ。近いうちに魔王の根城向けて出発するって聞いてる。」


彼のその言葉に、メグルは魔王のことを思い返す。あの絶対的な力を持ち、一言で世界を滅ぼす、如何なる戦士の実力も、策略も冒涜的に吹き飛ばすであろう魔王のことを。自らも命の危機に瀕することになったその記憶に、メグルは少し冷汗を流す。


「おっ! 父ちゃんだ!」


タイラが広場にいる父の姿を見つけたようで、メグルを置いて駆けだした。


「おお、タイラ。おかえり。」


優しげにタイラを向かえ入れたのは、どことなく前に会った大人のタイラに雰囲気のよく似た男。金髪を短く切りそろえ、しわはあるものの力に溢れた目をしている。その男は、メグルに気がつくと怪訝な顔をしてタイラに問いかける。


「あの人は客人か?」


「そうだよ。少し遠くから来たんだってさ。」


「このご時世に、か。」


タイラの言葉を聞き、男はメグルのことを警戒してではなく、値踏みするような目で見つめる。そして、彼女の方へ歩み寄ると手を差し出してきた。


「私はアンドレ。愚息が世話になったようだな。」


「風岡メグルよ。あたしこそ、タイラには道案内してもらったわ。」


手を握り返しつつメグルも名乗る。そんな彼女をやはりじろじろと見つめ、アンドレは世間話のように問いかける。


「しかし、このご時世に女の一人旅とは。魔物に襲われた時に身を守れる魔法でも習得しているのか?」


魔王討伐隊を集めているという情報と前の経験から、メグルは自身の力を測り討伐隊に組み込むつもりなのだろうと推測する。


「あたしは魔法ってよくわかんないんだけど、友達が護身用って持たせてくれたこの辺が身を守る方法なのかしらね。」


そう言って、メグルはアンドレに短剣とペンダント、腕輪を見せる。それらを見て、アンドレは驚いた表情を見せる。


「これは……。魔法自体で戦うのではなく、物体に魔法を織り込むことで身体や空間に干渉するのか。我々にはない魔法体系だ。腕の輪には身体能力の強化、首から提げている石には耐呪の加護、そしてこの鉄の塊は…やはりそなたを加護するものか。どれも素晴らしい魔法だな。」


「そう……。レイラはあたしにそんなものを……。」


アンドレの言葉を聞いて小声で呟き、レイラの授けてくれたものを見回し、短剣をギュッと胸に抱く。


「メグルよ、折り入って頼みたいことがある。」


アンドレがそう言ってメグルのことを見る。


その目線を見て、彼女は考える。もしまたここに来たことに意味があるとしたら、自分がこの世界ですることは、求められていることはひとつしかないのではないかと。


「我々と――」


「あたしを魔王の討伐隊に入れてくれない?」


アンドレの言葉に被せてメグルは言う。今度こそはという決意を乗せて。





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