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命廻す運び屋  作者: 武井智
第三章『覚醒の命』
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第十五話


どんどん強くなる雨に打たれながら歩くメグル。その足取りは重く、体はだんだんと冷えていく。地面とにらめっこするように歩きながらも、体が道を覚えていたように、気がついたら懐かしき実家の前に立っていた。

母親の車がある。出張がちな父親は今日もいないのだろうか。そんなことを考えつつも、ドアを開けるというただそれだけの動作ができないでいる。

1年半以上も帰っていない自分はどう思われているだろうか。怒っていないだろうか。そんな考えが頭をよぎり、ドアに手をかけ、引っ込めるという動作を何度か繰り返す。

そして、意を決したようにドアを引き、家の中に一歩踏み出す。


「ただいまー……。」


彼女の感覚を刺激するのは、なんら変わっていない玄関を入った風景に、懐かしい家の匂い。


「メグル??」


──そして、母親の声。

そんな以前には当たり前に存在していたものに対しても、彼女は涙を流しそうになる。

なんと言っていいかもわからず、無言で玄関に立っていると、母がリビングのドアを開き、顔を覗かせた。


「あら、ほんとにメグルじゃない。どうしたのよいきなり。大学は?」

「えっ……?」

「大学よ。明日も授業あるんじゃないの?」

「あっ……。えっと、明日の授業は休講になったのよ。それで、たまには帰ってこよっかなって。」


メグルのその様子に、一拍間を置いてから「そうなの。」と言って、母はタオルを片手にメグルに歩み寄ってくる。


「おかえりメグル。せっかく帰ってきたんだし晩御飯食べていきなさい。」


メグルの頭を拭いながらそう言う。懐かしくも優しい言葉に、一筋の涙が流れる。それを隠すように、彼女は母からタオルを貰い、顔を拭くのであった。


「ビショビショだし、もう沸いてるからお風呂入ってきなさい。ご飯作っとくから。」


そう促され、メグルは脱衣所に行き、長らくお世話になっていたジャージを脱ぎ、風呂に浸かる。

鏡を見ると、少し以前よりも筋肉が着いたであろうか。しっかりとした体型になっていることがわかる。


「自分の顔なんて久しぶりに見たわね……。」


少し疲れた表情に、苦笑いする。そんな彼女と一緒に鏡に写った腕輪とネックレスが、これまでの経験が夢ではないことを教えてくれる。


「はあ~…………。」


久方ぶりの風呂に浸かり、くつろぐメグル。ゆっくりと、ゆっくりと身体を洗い、暖めて風呂を出て、新しいジャージに袖を通す。

そして、リビングへと向かうと、机の上に料理が並んでいた。

お味噌汁に、肉じゃがと冷奴。


「ご飯よそってきなさい。」


母に促され、炊飯器を開き、漂ってくる米の薫りを堪能する。似たようなものではなく、純粋な白米。それを茶碗にこんもりよそい、食卓につく。


『いただきます。』


手を合わせてそう言い、まずは白米に箸を向ける。美味しい。味噌汁を飲む。懐かしい、いつも食べていた味。美味しい。肉じゃが。お袋の味。美味しい。冷奴。日本の味。美味しい。そんな、久しぶりの自宅での、親の作った食事。徐々に箸の動きが早くなり、無我夢中で食べ続ける。

そして、気がつくとメグルの目からは大粒の涙が。とめどなく、ボロボロと溢れ出ていた。


「うぅっ……。うぇっ……。」


そこに含まれる感情は安堵だろうか、辛かったこれまでの思いだろうか。それは知らずも、嗚咽を漏らす娘を優しい笑顔で見つめ、母は語り出す。


「メグル、何があったかはわからないけど大変だったのね。よく、頑張ったね。」


そう言って立ち上がり、メグルを優しく抱きしめ、泣きじゃくる娘の頭をただ、ただ優しく、何も言わずに撫で続けるのであった。


メグルは泣き止み、食べきれていなかった食事を終えて、リビングでテレビを眺める。

そこに映っていたのは流行っているらしいが全く知らない芸人達。あまりそういったものを面白いとは感じない質のメグルは、ソファーで頬杖をつきながらボーッとしていた。

ひとしきり泣いて、モヤモヤしていた感情は吹き飛んだ。


「そうよね。またゆっくり慣らしていけばよいのよね。」


幸い、大学に籍はあるようだ。あの男が何かをしたのかもしれないが、彼女にとってそれは大きなことである。1年半近いロスは痛いが、頑張れば追いつくことだってできるだろう。

徐々にこの世界に慣れて、元の生活に戻ろう。そう考え、未来への展望も見えてきた。

また、やり直せばいい。

そう決意したその時──


──ピーンポーン


玄関のチャイムが鳴る。

まるで、メグルの決意を嘲笑うように、踏みにじるように。


「あら、こんな時間に誰かしら……。」


母が、不思議そうな顔をしながら出ていく。

その様子を見送り、メグルは嫌な予感をひしひしと感じる。勘違いだと隅に追いやりたいが、鍛えられた勘であり、彼女はその感覚を切り捨てることもできない。不安をかき消さんとするように、メグルは腕輪をギュッと握りしめる。


「メグル、呼ばれてるけどあの変な人お友達……?」


すると、母が不思議そうな顔をしながらリビングに顔を出す。

メグルは、先ほどまで感じていた嫌な予感をさらに感じつつ、懐にナイフを持っていることを確認してからソファーから立ち上がる。

そして、リビングを出て向き直ったメグルは直感で感じた。この世界にそぐわない、圧倒的な気配を


──玄関に、黒と白を基調としたゴシックドレスを身にまとい、そこに下駄を合わせるという、奇妙な格好をした女性が、肩ほどまでの長さの髪を風に靡かせながら立っていた。

ただ立っているだけにもかかわらず、メグルの体を刺すように力場が発せられている。

鋭い目で見つめられ、近づくのも辛いような圧倒的なプレッシャーを感じつつも、彼女は平静を装いながら女性の目の前に立つ。


「何か用ですか……?」


警戒しつつそう声をかけたメグルに、女性はニコッと好意的な笑顔を浮かべて言う。


「少し話があるの。顔を貸してくれないかしら?」


そして、口もとは笑顔のまま、女性は目つきだけを鋭くして続ける。


「──"運び屋"さん。」


その言葉に乗せられた有無を言わせぬ圧力で、メグルの体にゾワッと鳥肌が立つ。


「ちょっと……待っててもらっていいかしら。」


メグルのその言葉に笑顔が返され、彼女はそれを肯定と受け取り、女性から目線をはずさずにリビングのドアへ辿り着くと、中にいる母親に向けて言葉をかける。


「お母さん、大学の友達が貸してくれるっていってたものを持ってきてくれたみたい。ちょっと貰いがてらおしゃべりしてくるね。」

「わかった。私、明日朝早いから先に寝てるわね。」

「うん、おやすみ。いってきます。」

「いってらっしゃいー。」


そんなやりとりをして、メグルは再度謎の女性の方へと歩み寄る。


「いいわよ。」

「それじゃあ、少し歩きましょうか。」


女性はニッコリと笑い、格好にそぐわぬ和傘をさしつつ歩き始めた。メグルもビニール傘を開き、その後に続く。


無言で歩く女性について行き、5分ほど。川沿いの一本道に差し掛かったところで、しびれを切らして「要件はなによ。」と、メグルが口を開こうとした瞬間――


女性が和傘を投げ捨て、ドレスの裾を翻しつつ振り返り、メグルの方に向けて踏み出す。その手元には魔法陣。その中に手を突っ込み、引き抜かれたのは青竜刀。両手でそれを掴み、メグルに向けて振り下ろそうとしている。


その動きを見て、メグルは咄嗟に腰に戻しておいた短剣を引き抜き、横薙ぎに振られた青竜刀を受け、体を捌きつつ下に圧力をかけて地面の方向に青竜刀を流す。


「あらら? これだけ反応できるのは成長した証ってことなのかしらね。」

「どこかで会ってるの……?」


メグルの言葉にミステリアスな笑みだけを返し、女はメグルに右脚の蹴りを飛ばす。

メグルはバックステップでそれを避け、焦った表情で問いかける。


「なんでアタシを襲うのよ!もうアタシは元の世界に帰ってきたのに……!」


その問いに答える前に、女は再び青竜刀を肩に担ぐようにしてメグルに肉薄する。

そして、振り下ろされたそれをメグルが避けると、女はニヤニヤと笑いながら語り始める。


「もう何度世界を渡ってしまったかしら。あなたがここにいることがこの世界にとってどれだけ不自然で、端から見てどれだけ目立つ事なのか分かってる?」


そう話しつつも、メグルに向けて容赦のない攻撃が浴びせられ続ける。


「それはつまり、私達のように世界を渡れる者にとっては道標となり、場合によっては標的にもなる。」


激しい青竜刀による攻撃を土砂降りの雨に濡れながら受け流し続けるメグル。


「運び屋は世界の住人にはなり得ない。存在が世界の運命を歪める。その世界にいるということは、救うか、滅ぼすかの二択なの。」


メグルの頭をよぎるのは、魔王に滅ぼされた世界。それとこの世界を重ねてゾッとした気分になる。


「あなたは強いの?神殺し、征服王、退廃の使者。上げたらきりがない世界を渡る者や、訪れる災厄からこの世界を守り続けられるほど、あなたは強いの?」


そう言って女はメグルを思い切り蹴り飛ばす。


「ぐっ……!」


腹部を下駄で蹴り抜かれてメグルは吹き飛び、ぬかるんだ地面をゴロゴロと転がる。

「このゲタっていう靴は歩きにくいわね。」と、女は履いていた下駄を脱ぎ捨て、地面に倒れるメグルにゆっくりと歩み寄ってくる。


「ふふっ……。この世界に残るんなら相当の覚悟をしてよね。できないのなら、ここであたしに殺されるか、この世界を諦めるかのどちらかよ!」


地面に手をつき、立ち上がろうとするメグルの頭の上に青竜刀をつきつけ、無表情で女は言う。


「──それが運び屋になった者の運命っ!!」


その言葉を聞き、メグルは鋭い視線を女に向け、短剣で頭上の青竜刀を思い切り打ち払い、女に切りかかる。


「あたしはしたくてこんなことしてる訳じゃない!運び屋なんてお断り、元の日常に戻りたいの!!」


がむしゃらに振るわれるメグルの剣を、ダンスを踊るように、軽やかに、嘲笑うように女は避ける。


「それをするためには、力がいるって言ったわよね。私くらいは倒せなきゃ、お話にならないのよっ!」


青龍刀が振り上げられ、メグルの手から短剣が吹き飛ばされる。

宙を舞う短剣に意識を持っていかれた瞬間、鋭く、華麗な回転蹴りがメグルの腹部を襲う。


「かはっ……。」


息を強制的に吐き出され、宙に浮くメグル。女は軽く跳躍し、メグルに両手を向ける。その掌の先に魔法陣が浮き上がり、メグルを見下すような笑みを浮かべたと同時にそれが強く輝き、夜闇に包まれる風景を昼だと錯覚させるような光を放ち、強大な熱線が2本、メグルを掠めて河川敷を穿った。

形を失った地面は赤熱し、崩壊せず残った地面にメグルは叩きつけられる。


「──そして、今のあなたにそんな力はない。」


圧倒的な力の前に、地面に伏し、泥まみれになっているメグルを見下ろしてそう言うと、彼女に背を向けて歩き始める。


数歩歩いたところで女は立ち止まり、頭だけメグルの方に向けて言う。


「そういえば、さっきの『なんでアタシを襲うのよ』っていう質問に答えてなかったわね。」


その顔に浮かんでいたのは、悪戯を成功させた子どものような無邪気さと、そこの知れない凄みを兼ね備えたような笑顔であった。


「──ただの暇つぶし、だよ。」


そう言ってクスクスと笑い、歩き去って行った。


「また会いましょうね、運び屋さん。」


残されたメグルは、しばし泥に倒れ込みながら謎の女に言われたことを反芻する。


「そんな……。そんなの……。あたしもうここにいるわけにはいかないじゃない……。」


優しい母に頑張り屋の父。大切な存在に迷惑はかけられない。


「あたし……。出ていくしかないじゃない……。」


悲しくて涙が出る。運命が悲しい。非力が悔しい。今すぐどうにもできないのが辛い。

様々な思いを抱えながら、メグルは雨に打たれて泣いた。


遠くからサイレンの音が聞こえる。恐らく自分と謎の女の戦いの音を聞いてここに向かってきているのだろうとメグルは推測する。

ここにいると面倒なことになると思い、彼女は立ち上がる。

その目に、涙はもうなかった。


母を起こさないようにゆっくりと実家に入り、泥を落とすためにシャワーを浴びる。

そして自分の部屋に入り、リュックを手に取ると、運動しやすい服、タオル、そして父と母と3人で撮った写真を1枚入れて、静かに部屋を出る。

その景色を焼き付けるように、家の中を見回し、家を出る。

折りたたみ傘を差しながら土砂降りの雨に身を投げ出し、振り返って、もう明かりのついていない実家の外観を眺める。


「──行ってきます。」


勢いよく家から目を外して歩き出す。傘の中から1粒の水滴が飛び出し、土砂降りの中に消えていった。


メグルがやってきたのは、この世界に戻ってきた場所である神社。

深夜、暗いそこは不気味であったが、メグルはずんずん階段を登っていく。


そして、境内が見えたところで呟く。


「あんた、どうせ見てるんでしょ。あそこに戻しなさいよ。」


彼女の呼びかけが辺りに反響すると、メグルの脳内に予想していた通りの声が響く。


『運び屋、覚悟が決まったか。』


その声を聞いた瞬間、メグルの足もとに魔法陣が広がり、白く、明るい光がせり上がってくる。

境内の階段の向こうに見える地元の風景が徐々に光にかき消され、見えなくなっていく。

最後まで見ようと目を細めるが、あまりの眩しさにギュッと目を瞑る。


そして、次に目を開いた時に目の前にあったのは暗い空間。

やせ細った男がメグルのことをじっと見ている。


「覚悟が決まったのならば重畳。それも運び屋の」

「──運命。とでも言うんでしょ。」


メグルは男の言葉に被せるように答える。


「いいわ、やってやるわよ。しばらく付き合ってあげる。その運命とやらに。」


そして、誰よりも強くなれば、強くなれればまた戻れるかもしれない。そんな期待を心の奥に秘めつつ。


「これからしばらく付き合うことになるんだろうし、あんたの名前教えなさいよ。もう何度も言ってるけど、私はメグル。風岡メグル。」


目の前の男は、少し迷うように間を開けてから答える。


「ミコト。そう呼べばいい。では運び屋よ、次なる願いの袂へと」

「──ちょっと待って。」


メグルが再度ミコトの言葉を遮る。


「ここって荷物置いといていいの?持ってきたんだけど。あと、ちょっとは寝かせてくれないかしら。深夜に戻ってきたんだから。」


そう言いつつ、ミコトの返答は聞かずに、メグルは荷物を放り出して持ってきた服を枕にして横になった。


そんな様子をじっと見てから、ミコトは彼女に背を向けて歩き出し、闇に溶けていく。

暗く、広い空間にメグルの寝息だけが響き続けた。



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