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命廻す運び屋  作者: 武井智
第三章『覚醒の命』
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第九話

白い光から解き放たれ、メグルは眩む目を瞬かせてあたりの様子を窺う。


彼女の目に飛び込んできた新たな景色は広漠な荒れ野であった。干ばつにでもあっているのかのように地面は干上がり、そこにある植物はその生を吸われたように土色に変色している。


「まずは情報がないとどうしようもないし、人を探さないといけないわね。」


方針を決め一歩足を進めたところで、ふとどこかから何かが走ってくるような気配を感じ、とっさに横にあった岩の陰に身を隠す。


「こっち来ないで! 悪魔ぁ!!」


声の聞こえてくる方に目を向けていると、人間らしき少女が慌てたような様子で走ってくる。その表情は恐怖に満ちており、誰が見ても背後からやってくる脅威から逃げているということがわかるだろう。


そして、その少女を追っているのは明らかに人間ではない異形。黒い肌に小さな翼。得物を追うような目で少女の後ろを低空飛行し、今にも追いつこうとしている。その姿はいかにも悪魔といったビジュアルであり、メグルもそれに目が釘付けとなる。


「ど、どうするあたし……。」


――助けたい。もしかしたら今回のあたしの役目はそれなのかもしれない。


頭ではそう考えつつも、自分が助けに入ってなんとかなるのかという疑問も残る。


メグルが迷う間にも、少女と悪魔の距離はみるみる縮まってゆく。


逡巡(しゅんじゅん)しながらも岩から体を乗り出しつつあるメグルであるが、最後の踏ん切りがつかないという様子だ。


と、身を乗り出したところで岩にレイラに貰った腕輪が当たり、小さな音を鳴らす。


「レイラ……。そうよね!」


甲高い音が引き金となって岩陰から飛び出し、横から少女と悪魔の方へ駆ける。その速度は一般的な少女の比ではなく、空気を切り裂くようだ。


そうしている間にも悪魔は少女の背後に迫り、悪魔の手が少女へと届こうとする。


「グギィッ! ギギギャッギャギャギャァ!」


耳につく笑い声を上げる悪魔の方を振り向き、少女は絶望の表情を浮かべて頭を抱えてしゃがみこむ。


「やめなさぁぁぁぁぁぁいっ!!」


その手が少女の背を掴む寸前に、駆けてきたメグルが短剣を振り抜き悪魔の腕が斬り落とされる。


「グガギャア!?」


甲高い悲鳴を上げる悪魔の方に体を向け、再度メグルは地面を蹴る。爆音とともに飛び出した彼女にようやく気付いた悪魔は、再度短剣を振り下ろした彼女にあっさりと切り裂かれ、血肉をまき散らしながら地に落ちた。


半跳躍状態から着地し、メグルはホッと一息つく。


「よかった……。できた……。」


その後にメグルは思い出したように背後でしゃがみ込んでいる少女の方に歩み寄る。


「え、えっと。大丈夫……?」


その声に反応して、少女は恐る恐るといった様子で顔を上げる。整った顔に恐怖の色を残しつつ、メグルの姿を捉えるとゆっくり口を開く。


「お姉ちゃんが助けてくれたの……?」


まだ10歳ほどと推測される少女の不安を取り除こうと、メグルはできるだけの笑顔と優しい声音で少女に語りかける。


「安心して、もう大丈夫よ。」


この世界のことはわかっていないが、ひとまず安心させてあげたいと少女のことを(おもんぱか)る。それが伝わったのか少女の顔からはみるみる恐怖の色が失われ、代わりにその目に涙が浮かんだ。


「ちょ、ちょっと。どうしたのよ。もう大丈夫なのよ!?」


「ふえぇ……。お姉ちゃぁん!!」


泣きだした少女に狼狽(うろた)えるメグルに、彼女は飛びついて抱き付く。それだけの恐怖に(さいな)まれていたのだと感じ、メグルは恐々とながらも優しく自分に顔をうずめて泣く少女の頭を撫でた。


数分程そうしており、少女の嗚咽(おえつ)が収まってきたところでふたりの方に向かって来るであろう駆け足の音が聞こえてきた。新手かと警戒してそちらを見るも、人間らしき姿であったため、安心して少女の肩を支えて立たせる。


「あの人達、知り合い?」


「あっ、お父さん!!」


メグルの見ている方に目を向けて、少女の目はパッと輝く。


一番先頭を慌てて走ってくる男性に向けて少女は駆けてゆく。そんな男性の後ろにも何人もの男が続いてきており、駆けてくる少女の姿を見てそれぞれが歓喜や驚きの表情を浮かべている。


「お父さんッ!!」


「ミカッ!!」


親子の硬い抱擁と、その周りを囲んで言葉をかける男達を見てメグルはふと疑問を持つ。


――あんなのがいる割には、武器をなにも持ってないわね……。


メグルの目から見ると、男達は明らかに丸腰であり服も到底戦うためのものとは思えなかった。男達は皆揃いのローブのようなものを着用しており、まるで魔法使いのような雰囲気だ。


そんな考えを巡らせていると、ミカという名前だったらしい少女の父親が彼女の手を引きながらメグルの方へ歩み寄ってくる。

彼は、悪魔の死体に目をやって少し驚いたような顔をした後に彼女に話しかけた。


「私はミカの父のタイラだ。君が娘を助けてくれたのか、ありがとう。もしも娘を失ったとしたら私はどうなっていたかわからない。いくら感謝してもしきれないよ。」


背が高く、がっしりとした体形と誠実な言葉で語りかけてくる様は、間違いなく良い父親であるということをメグルに感じさせた。


「風岡メグルよ。どういたしまして。危ないところだったのよ?」


「ああ。以後ひとりで街の外に出ないように言い聞かせることにする。ところで――」


タイラとほかの男たちの目は、メグルの手にある短剣に釘づけになっている。そして、その目に浮かぶのは、まるで未知のものを見たといったような感情であった。


「それはなんだ……。 君はそれで悪魔を倒したのか……?」


「えっ……? これ……剣よ。形は変だけど包丁とか刃物位はあるでしょ。知らないの?」


「刃物……?いや、それよりその剣とやらに織り込まれている魔法……。なんて複雑なんだ……。」


メグルは、そこで聞こえた空想の中にしか存在しないはずの言葉について問いかけたかったが、ふたりのやり取りを聞いていた男のひとりの呟きがそれを阻止する。


「もしかして、あれなら魔王を倒せるんじゃ……?」


その言葉はすぐさま男達の間を電流のように駆け巡り、彼らはみるみる期待と歓喜に満ちた顔をメグルに向け始めた。


魔王という現実離れした言葉に首を傾げる間もなく、メグルの周りを男達が一気に囲む。


困惑する彼女をよそに男達の間ではあっという間に話が盛り上がり、勝手に株が上がってゆく。


「お前のそれなら絶対に魔王に勝てる!」


「やっと俺たちが解放される時が来たんだ!」


「神だ、神の思し召しだ!!」


どう答えればいいのかもわからない彼女に、タイラが声をかけてきた。


「ぜひ君にお礼をしたいし話も聞きたい。よかったら私たちの街に一緒に来てくれないか。」


メグルは父親のその申し出に頷く。情報を得るには願ったり叶ったりな気がした上に、男達の今の表情がサリダ村での出来事と重なって、ここに自分の今回の役目があるのではないかという半ば確信めいた推測が彼女の中に浮かんだからだ。




男達と共に歩くメグルは、辺りをを見回しタイラに問いかける。広がる風景が彼女の目から見てあまりにもおかしかったのだ。生命の息吹を全く感じられない。まるで砂漠に建つ遺跡を探索しているかのような感覚に陥らされる。


「ねえ、ここってなんでこんなに荒れてるの? 木とか全部枯れちゃってるじゃない。」


「……魔王のせいだ。」


タイラは目を伏せ、重い口調で一言そう呟いた。


「――魔王?」


「お前は奴を知らないのか? 世界に配下の悪魔をまき散らし、命という命を吸い取り、悪逆の限りを尽くしている奴を。」


その問いかけにメグルが首を振ると、彼は信じられないというような目で彼女のことを見るが、再度消沈したような表情に変わり、魔王について語り出す。


「奴は私たちの街から1日ほどの距離にある古城サハザターンを根城にしている。半年前、奴の5000年前にかけられた封印が解けた。そして、再臨と同時にあいつは世界に向けてこう言い放った。あの時地鳴りのように響いたあの声を私は忘れられない……」


タイラは、畏怖の感情を押し殺すようにミカの手を強く握ってその魔王の言葉を口に出す。


「――我は世界を破滅に導く者也。ながときの代償は命にて払わせよう。生きとし生ける全ての者よ、我に抗え。それら全てを打破り、この世を死で満たす事を此処に誓おう。魔王の名の下に……。」


暗唱された魔王の声明に、騒いでいた男達は口を(つぐ)み、メグルはなんと言ったらいいかわからずに閉口する。その沈黙を破ったのはタイラであった。


「それからさっきミカを追っていたような悪魔が現われ出し、死者が相次いだ。危機を感じた私たちは選りすぐりの使い手で討伐隊を編成し、サタザハーンへ向かった。しかし、彼らの長年磨き上げた魔法ですら魔王には通じず、全滅した……。」


「魔法……。」


さっき聞いた言葉は聞き間違いではなかったのだとメグルは怪訝(けげん)な表情を浮かべるものの、タイラはそちらに見向きもせずに現在の境遇について語る。


「だが、私たちとてただ死を待つわけにはいかない。新たな討伐隊を結成して出征(しゅっせい)の機会を伺っている。」


タイラがそう言ったところで、メグルたちの視界に城壁のようなものが飛び込んできた。何度も小競り合いがあったのか城壁にはヒビなどが入っており、街の周りの地面には大きく(くぼ)んでいるところもある。


「さて、着いたぞ。ようこそ、私たちの街ガルアスへ。」


タイラは話を中断し、城門を潜って街の中へと入ってゆく。メグルもそのあとに続く。


建物の多くは石造りで、城壁同様にヒビなどが目立つ。その姿からは、ヴィンクリットの街と同様に戦いに疲れた貧しい街という印象を受ける。道端にはごみなども目立ち、生活環境は高くないようだ。


タイラ達に続いて街を歩いていると、大きな広場に出る。どうやら街の集会のようなものが行われているようで多くの人が集まっている。メグル達が広場に出ると、それに気づいた街の女性のひとりがタイラの方に心配そうな顔でやってきた。


「タイラさん……。ミカちゃんは?」


「大丈夫だ、無事だった。」


タイラは、背負われて寝ているミカを広場の方に見せる。すると、広場にいる人々からワッと歓声が上がり、中には涙ぐむ人までいる。このような情勢の場所においては子どもの生死は街全体にとって大きな問題なのだろう。


「みんな、聞いてくれ。ここにいる少女、メグルによって私の娘ミカは助けられた。彼女への感謝のために酒宴を開こうと思う。そして、今日はみんなに大切な話もある。酒を酌み交わしながら聞いてくれ。」


その言葉を聞き、街の人々はメグルの方に視線を向けて驚いた顔をする。しかし、すぐにメグルに向けて笑顔を向けて、感謝の言葉と共に背を押されて彼女を街の輪の中に加えた。




かがり火に照らされる中酒宴が催され、多くの住人がメグルの下に感謝の言葉をかけてゆく。余興の歌や踊りが披露されて賑やかで楽しい時間が流れる中、メグルはタイラに声をかける。


「タイラさん、さっき外で魔法とか言ってたけど魔法ってなんなの?」


その問いかけにタイラは首を傾げる。さもそんなことを聞かれた理由がわからないとでも言いたげだ。


「君は何を言っている? 魔法を知らずにどうやって生きてきたというんだ。魔法がなければ料理もできないし、洗濯もできない。違うか? それに、君の持っている剣とやらやその腕輪、ペンダントにも魔法が練り込まれている。君だって素晴らしい魔法を持っているじゃないか。」


その言葉を耳にして、メグルは驚いた表情で腕輪を見つめる。今タイラが上げたものはレイラが渡してくれたものだ。そして、彼女は魔法を使える一族の出自であると言っていた。


そのことを思い出し、メグルは魔法というものは確かに存在するのだと思い至った。

そして、レイラが自分に何かを残してくれたのだということも。


「さて、私は皆に話すことがあるから行ってくる。」


そう言い残し、タイラは広場の中央にある舞台に上がる。彼が舞台に上がるやいなや、騒いでいた住人たちが静まり、タイラの話を待つ。


「私たちは魔王の再臨以来、土地を荒らされ、街を壊され、そして大切な仲間の命まで奪われた。日々恐怖と戦い、いつ襲われて死ぬかもわからない日常だ。だが、この状況を打破する時がやってきた。ミカを助けてくれたメグルは、不思議な武器で悪魔を打ち倒したそうだ。彼女の力を借りれば魔王とて倒せるだろう! 今こそ魔王討伐隊を編成し、奴の支配から脱却する時だ!」


タイラの口上に、広場のボルテージが一気にあがり、男達の雄たけびのような歓声が上がる。メグルの方にも視線が向けられて彼女は少し戸惑う。そんな彼女の元にタイラからの声が届く。


「メグル、これも何かの縁だ。私たちと共に魔王と戦ってくれまいか。」


彼女は腕を組んで考える。だが、先ほどまでの感謝されるという状況や前回の経験が、選択肢など与えはしなかった。


「わかった。一緒に戦うわ。」


――さっきの悪魔はあっさり倒せたし大丈夫に決まってる。頑張らないと。



メグルは強く頷いてタイラに快諾(かいだく)の返事を返す。それを耳にしたタイラは笑顔を浮かべ、住人達もひときわ大きな歓声を上げる。


「よおおおおおし、やるぞおおおおおおおおっ!」


「オオオオオオオオオオオオオオッ!」


街を揺らすような(とき)の声が巻き起こり、魔王との戦いに向けての勢いが増して行く。


メグルもそれに加わり、右手を突き上げて声を出した。






そんな広場を望む小さな路地、そこからその光景を見る者がいた。その顔は広場の方を見つめ、鬨の声が上がる様子を眺めている。


「…………?」


その人影は広場の中になにかを見つけて、心底楽しそうな笑顔を浮かべた。




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