第八話
穀物を炊いて見せたあの日から数日経ち、メグルはまだサリダ村に滞在していた。彼女はあの日以来村人に崇拝されるような目で見られるようになり、さまざまな家に呼ばれて穀物の炊き方を教えていた。
「そう、そのままあとは数分待てば出来上がり。」
「あんがとなあ、メグル様。これでウチでもご飯がだせるだよ。」
「や、様なんてつけられても……。」
恥ずかしそうに頬を掻きながら照れ笑いを浮かべる。村人は彼女のことをメグル様と呼ぶようになったのだが、むず痒くて慣れることができない。
「メグル様、これウチの畑でとれた果物。よかったら持ってってくんさい。」
「あ、ありがとう。」
メグルはその赤い果実を受け取り、村人の家を出る。
村を歩きながら家々を見回すと、昼の空に穀物を炊く湯気が上がっている。
ここ数日教え回った成果が目に見えて上がっており、メグルの表情は満足げだ。
「こうやって自分の教えたことが役に立ってるって思うとうれしいわね。」
手に持っていた果実をかじると、リンゴを彷彿とさせる、酸味と甘みが混じったさわやかな味が口いっぱいに広がった。
もう一軒に炊き方を教え終えて村の端の方を歩いていると、畑の方から子どもたちが遊ぶ声が聞こえた。その無邪気な声に引き寄せられるようにメグルは畑の方に向かっていく。
「あっ! メグル様!」
「メグル様だー!」
男の子と女の子のふたりが、自分たちの方へ向かってくるメグルを見て歓声を上げながら駆け寄ってくる。
「ふたりは何してるの?」
メグルの問いに子どもたちが畑の傍の森の方を指さしながら答える。
「父ちゃんたちが山菜取りにに行ってるの!」
「帰ってくるの待ってるんだ!!」
「そうなんだ、いい子ね。」
そのまま子どもたちと会話をしていると、森のほうから草をかき分ける音と人の声が聞こえてきた。それを聞いた子どもは顔を輝かせながら音の聞こえてくる方へと向かっていく。
「おお、お前ら来てくれたんか~。」
音の先から現れたのは4人の男で、そのうちのひとりが子どもたちを見て笑顔を浮かべて歩み寄る。無精ひげをはやした体格のいい男だ。
「父ちゃん、今日はどうだった?」
「いい感じだ~。ほれ、こんなにとれたぞ。」
その背にあるかごにはいっぱいの山菜が入っており、それを見て子どもたちがワッと声を出す。が、息子が父親の足を見て悲鳴を上げた。
「脚怪我しとる!」
その声につられてメグルも男の脚を見ると、ふくらはぎのあたりが切れていた。その傷は浅くはないようで、傷口からは血が流れ出てきていた。そんな父親の脚を心配そうに見つつ、子どもたちは不安げな声を父親に投げかける。
「父ちゃん、大丈夫なん?」
そんな娘の声に父親は笑いながら軽く応える。
「だーいじょうぶだ! こんなん土つけときゃ治るべ。」
その言葉に同意するように山菜取り仲間も「んだんだ」と同意しつつ大きく頷く。
メグルはその言葉が唾をつけとけば治るという、いわゆる大したことないことの比喩だろうと思って眺めていたが、父親が本当に足元の土に手を伸ばしたため、思わず叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
叫んだメグルに不思議そうな周囲の目が集まり、少ししまったという表情を浮かべつつも父親の方に大股で近づいて行く。
「そこに座って!」
彼女の強い語調に押され、父親は不承不承といった様子ながらも地面に腰を下ろす。
「どうしたよメグル様。そんなに血相変えて……。」
「どうしたじゃないでしょう! 今何しようとしたのよ!?」
メグルの怒気に困惑しつつ、父親は改めて地面に手を伸ばし、土を掘ってそれをメグルに見せる。
「なにって、傷に土塗ろうと……。」
「バカ! そんなことしたらばい菌とか入って大変なことになるじゃない!!」
父親の横にしゃがんで腕を掴み、土をムリヤリ地面に捨てさせる。
そして周りの男達の方を見て指をさしつつ指示を出す。
「そこのあんた! ちょっとこいつ背負って井戸のとこまで行きなさい!」
「ん、んだ!」
男が父親を背負うのをみて、メグルはズンズンと井戸へ向けて歩いてゆく。男と子どもたちは顔を見合わせてメグルの後ろをついてゆくのであった。
井戸の傍につくと、メグルは村人に服に使う獣の皮を持ってくるようにと指示を出し、父親を井戸に持たれかけさせ座らせる。
「メ、メグル様……。こんなん土つけりゃなおるってじいさまの時代から言われとるだよ??」
「そんなの間違ってるのよ。いい? 土とかには目に見えないくらい小さい菌っていう生き物がうじゃうじゃいるの。それが傷から入ると大変なことになるかもしれないの。ちゃんと手当しないとあの子たち泣いちゃうことになるかもしれないじゃない。だから、傷の手当の仕方教えてあげるわ。」
そこへメグルのもとに鞣された皮を持った村人がやってきた。それを見た彼女は、村人にさらに指示を出す。
「その皮を茹でてくれない?」
彼女の指示に村人はきょとんとした顔をしつつ従い、皮を茹でる。
「メグル様……。皮なんて茹でてどうするだ? まさか、傷治すために食わされるんだか……?」
父親が恐々とした顔でメグルに問いかけてくる。
「違うわよ。ああやって茹でるとね、菌を殺せるのよ。ホントはアルコールでもあればいいんだけど……。」
メグルが愚痴めいたことを呟きながら父親の怪我の具合を見ていると、村人が茹でた皮を手渡してきた。
「あちっ! さすがにまだダメね……。」
熱いおしぼりを冷ますようにパフパフとし、傷口に当てても問題なさそうな温度になったところで、父親の傷口に皮を押し当てる。
「メグル様っ!? 痛い痛い!!」
「我慢して! こうやって抑えて血を止めるの!」
グッと傷口を押さえつけ、ある程度時間が経ったところで別の皮を手に取る。
「これをこうやって傷のところに巻いて……。よし、できた! こうやってちゃんとすれば治りが速くなるのよ。土つけるなんてもってのほか。余計悪くするだけなんだからね?」
メグルに巻いてもらった包帯代わりの皮を見て、父親は少しきょとんとした後にメグルに向けて笑いかける。
「さすがはメグル様! オラたちの知らん事教えてくれる。ほんと神様みてえだ!」
その父親の言葉にメグルは腕を組み、照れたようにそっぽを向く。しかし、そんな彼女の足に子どもたちがギュッと抱き付き、息子がメグルに声をかける。
「父ちゃんこれでよくなるんか??」
下からの期待に満ちた声音に、メグルは少し困ったような顔をしたあとに頭を撫でて子どもたちに語りかける。
「うん、これで大丈夫よ。安心して治るのを待ってなさい!」
その言葉に子どもたちはパッと顔を輝かせ、メグルに最高の笑顔を向ける。
「ありがとうメグル様!!」
メグルが治療しているのを見ていた村人からも拍手が沸き上がり、メグルの心に驚きと共に喜びが沸き上がってくる。
『救世は達せられた。唯一刻における円転と運命の終焉はここに集結する。』
突然、メグルの頭にあの男の声が響き、視界が白く輝き始める。
『神託の願いが成就された。命の運び屋は救願の掌へ帰巣してもらう。』
目を開けていられないほどの輝きにメグルは手で目元を覆い、それを合図にしたかのように彼女の体は浮遊感に包まれた。
再び目を開けた時、彼女の眼前にあったのは穏やかな農村ではなくあの暗い空間。それと、あの痩せた男が目の前に立っていた。
「ご苦労であった、命の運び屋よ。」
メグルは、少し身構えつつ男に向けて言葉を発する。
「その運び屋ってなによ……。あたしにはメグルって名前があるのよ!」
そんなメグルの言葉には耳を貸さず、男は自らの言葉を続ける。
「見事な活躍であった。己のやるべきことを見定めることもできただろう。」
男の言葉に、穀物の炊き方を教えたときの村人の感謝の言葉や、手当をした時の子どもたちの笑顔などがメグルの脳裏によぎった。
そして、自分の手の中で笑顔を浮かべていたレイラも――。
「そう……ね。あたしでもできることはちゃんとあった。」
「命の運び屋よ、ならば次の世界でも己が為すことを為せ。」
――あたしが今どうしてこんなことになってるのかわからない。でも、目の前にできることがあるならそれをしないと。きっと、その先にあたしの知ってる場所に戻る方法だってあるはずなんだから。
メグルは、強い意志を持った目で男の方を見て頷く。その手はしっかりとレイラの腕輪を握っていた。
「征け、命の運び屋よ。次なる救いを求める者の袂へ――」
彼女の視界は再度白く染まる。そして、その先にはきっと自分ができることがあるのだと信じて目を閉じる。そんな彼女を浮遊感が包み、何度目かの感覚が彼女の元へ訪れた。
暗い世界からメグルの姿が消え、男ひとりが残される。彼は目線を上げてぼそりと呟いた。
「全ては定められし運命なのだから……。」




