序章
刃が目の前を断ち、それに合わせて空気が舞い散るように音を立てる。
荒い息づかいが風になびき、また大きな風切音を放つ。
地面をこする、鎖と革靴の音もおぼろになってゆく。
ダンッ! と駆けてくる音と、剣を振り上げる音。そして一呼吸ののちに空気を震わし刀身をぶつけ合う。
剣を落とし大きくのけぞる状態に、鈍く光る切っ先が迫る。
『――ミコト……ッ!』
どれだけの時間待っただろうか。もはや数えることすら億劫になってしまっていた。
だが今、救いの使者が目を覚ましたようだ……。
「んん…………。ここは……?」
理解しがたい状況にうろたえる少女に声をかけることにした。
『待っていた……。君がここに来る刻を。』
「誰っ……?」
私が見えていないのか。辺りを見回し少女は怪訝な表情をする。
『君は託された。この世の救済を。願いの救済者としての責を。』
「何を言っているの? ここはどこ?」
『世界は救いを求めている。』
「質問に答えて! ここはどこなのよ!!」
声を荒げ、怒りをあらわにする少女。私にはそれが到底理解し得るものではなかった。
『何故、それを知りたがる。』
「当たり前でしょ! ここがどこで、あんたは誰なのか教えなさいよ!!」
無駄な問答だ。
『君に選択権はない。』
少女の足元に魔法陣を展開し、指を鳴らす。
そして、世界は白く染められた。
「今度はなによ……? これはっ!?」
彼女の目の前に広がるのは、広大な草原。そして、かすかに匂う潮の香り。
『この世界は救いを待っている。』
「さっきも救いとか言ってたわね……。どういうことよっ!」
『左を見たまえ。煙が上がっているだろう。あそこは戦の真っただ中だ。』
「それでなに? 私に止めろっていうの!?」
『この世界は哀しみに満ちている。救わなければならない。』
「いやよ! そんなことできるわけないじゃない!? ばっかじゃないのっ!?」
『救わなければならない。』
私の言葉に耳も貸さず、少女は後ろを振り返る。
「あそこに街があるじゃない! 警察につきだしてやるわ! 出てきなさい!!」
彼女は躍起になって周りを見渡し、なにかを探しているように見える。
「なんで出てこないのよ! もういい!」
そう吐き捨てると、街の方へズンズンと歩き出す。
しかし、彼女は理解していない。これが定められた運命なのだから……。