第一話(4)
僕と美女の前に現れた化物たち。緑色の体色に、いぼ付きの皮膚。その人型の体格は、人間の子供と似ているが、容姿は醜悪の一言に尽きる。頬まで裂けたその口からは、黄ばんだ牙と真っ赤な舌が覗いていた。獣特有の臭いが鼻につく。
二足歩行の化物たちは、唸り声をあげ、僕たちを威嚇した。この美女を寄こせとでも言っているのだろうか。
「ゴブリンですね」
異変を察知しても戻ってきたリンが言った。
「強いのか?」
「魔物の生態系の中では、最底辺に属します。」
「ってことは、弱いんだな」
「ですが、基本的に群れで行動するのでお気を付けください」
リンの言葉と同時に、木々の間から続々とゴブリンが姿を現した。あっという間にその数は増え、目の前がゴブリンで埋め尽くされる。
「……なるほど」
さすがに寝っころがったままではまずいと思い、立ち上がる。服について汚れを叩き落とし、軽く息を吐く。
「よし、やるか」
ゴブリンたちがこの美女を狙っているのは明らかだ。美女の敵、つまり僕の敵でもある。よって、僕はゴブリンを倒す。なにより生まれて初めての魔物戦だ。こんな機会を逃したくはない。
相手は獣と同列、殺気の男たちと違い、どっちかが死ぬまで戦いは終わらない。こんな状況でも気分が高揚するのは、コンコールド家の血か、それとも僕自身の素質か。
「なんでそんなにあんたたちは落ちついてられるのよ!」
やる気満々の僕と違い、美女は困惑していた。僕としてはどうしてそんなに焦っているのかが理解できない。
「なんでって言われても……」
「あのね、普通はこの数のゴブリンに囲まれたら、間違いなく死ぬのよ! わかる!?」
軽くパニックになっているようだ。
「まあまあ、落ち着いてよ。 リン何か武器はある?」
「ナイフが一本」
「じゃ、それちょうだい」
リンが放り投げたナイフを受け取る。武器として使うには、大分心細い小さなナイフ。その刃は手のひらより少し大きな程度だ。
それを何度か振り回し、感覚をつかむ。
「そんなのでどうするのよ! 頭おかしいんじゃないの!?」
美女はまだパニックのようだ。よくそんなに怒鳴っていられるものだ、と少し感心する。もし、美女じゃなかったら、気絶させて黙らせていただろう。だが、僕の雄姿を見せるためにも、今気絶させるわけにはいかない。
僕は美女の両手を握りしめ、目を合わせて言う。
「安心してください。 僕があなたの敵を滅ぼします」
「はあ!? あんたのせいで追いつかれたんでしょ!」
どうやら、僕のキメ顔とキメ台詞は効果がなかったようだ。
「ギイィィィ!」
美女の背後から、ゴブリンがその手に持つ太い棍棒で、殴りかかってきた。美女を抱き寄せ、リンに放る。
「リン! その人は任せた!」
「任された」
リンはそういうや否や、美女を担ぎ上げ、近くの木を駆け上る。太い枝の上に立ち、安全確保。ゴブリンたちは見上げることしかできないようだ。
ここからが、僕の見せ場だ。美女を殴ろうとしたゴブリンに近づき、ナイフを一閃。喉笛を切り裂かれたゴブリンが血を吹き出しながら倒れる。人間と同じ赤い血。
一瞬でゴブリンたちの注意が、僕に集まる。自分たちにとって一番有害である存在を本能が察知したのだろう。肌に伝わるチリチリとした感覚。濃密な殺気。さっきの男たちとは比べ物にならないほどの。明確な殺意。だが、あの父親の圧力と比べれば、たいしたものではない。
ゴブリンの集団に飛び込み、ひたすら腕を振るう。肉を切る手応え、吹き上がる血しぶき。切って、切って、切りまくる。小さなナイフでも、ゴブリンの喉肉を削ぐには十分だった。攻撃される前に攻撃する。殺される前に殺す。歴代の英雄たちもみな、そうやって生き抜いてきたそうだ。
気づけば、ゴブリンたちはみな死んでいた。周囲には、血だまり。たくさんのゴブリンの死体。返り血の付いた服を見て、さすがに気分が悪くなる。
リンたちが木から降りてきた。美女が興奮した様子で話しかけてくる。今度は別の意味で盛り上がっているようだ。
「あんたすごいな!」
「惚れてくれても構わない」
むしろ惚れろ。
「いやー、その格好だとちょっとね……。そうだ、近くに小川が流れてるから案内するよ」
「それは助かるな。リン行くぞ……なにしてんだ?」
リンはゴブリンの死体をひっくり返し、うなじのあたりを調べていた。リンが僕にこっちへ来いと手招きをする。
ゴブリンの首筋には、焦がされたようなマークがついていた。
「この群れには、ゴブリンの上位種がいる」
「上位種って何? 僕が倒したのが群れじゃないの?」
リンが首を振る。
「上位種は通常の魔物より強力な個体のことだ。それに上位種が支配する群れはもっと大規模なものになる」
「へー、じゃその上位種ってのはこの近くにいるのか?」
「それは……」
リンは言いよどみ、視線を美女に向けた。
美女はその視線を受け、苦笑して言った。
「ほんと、あんたたちすごいね。説明するよ。でも、小川についてからでいいかな」
むしろそうしてくれ。
僕とリンが頷いたのを見ると、美女は満足そうにうなずいた。
「じゃあ、こっちだ。ついてきな」