第一話(13)
七年、僕がハーレムを志してからもう七年もたったのだ。思えば、長くつらい日々だった。修行と称した一方的なリンチ、限界を超えるための人工による肉体改造、躊躇なく人を殺すための徹底した情操教育、毒殺されないようにと主食がありとあらゆる種類の毒になったこともあった。気絶しなかった日はなかったし、常にどこかしら大怪我をしていた。そんな地獄みたいなせいかつを耐えてきたのは、いつか僕がハーレムを築くことができると信じてきたからだ。
そして今、あの忌々しい屋敷から逃げ出して二日。立った二日で早くも二人目のハーレム要員を僕は手に入れたのだ。今までは、僕に思いを寄せていたのがリン一人だったためにハーレムと呼べる代物ではなかった。しかし、今、この瞬間。キリエは僕のものとなり、僕のメイドとなったことによって、僕のハーレムと呼べないものがハーレムもどきへと進化するのだ。
想像するだけで死ぬほど幸せなハーレム生活。今まで一人だったのが二人。単純計算でハーレム力が二倍になったのだ。右見て美少女、左見ても美少女。しかもスリムボディーかグラマーボディーか選べるオプション付き。どっちも行ける僕としては文句のつけようがない。素晴らしすぎる。最高じゃないか。
「…………たまらん」
「えっ?」
「あっ、いや、なんでもないよ。 話を続けて」
いかんいかん、つい煩悩が口からあふれ出てしまったようだ。しかし、夢にまで見たハーレムの一部が今完成するのだから抑えろと言われて何とかなるようなものではない。この昂揚感。魂がうずくということはきっとこういうことを言うのだろう。
「うん……これが一番大事なことなんだけど、あたしね決めたの」
知ってるよ僕についてきたいんだよね、と言いたい。そして抱き着いて情熱的なキスがしたい。その性欲がわきたてられるぽってりとした唇を奪ってやりたい。キリエはきっとまだキスをしたことがないだろう。物語のヒロインはたいていそういうものだ。だからキリエもそうに違いない。それに比べ僕は昨日ファーストキス済ませているのだ。この経験の違いは大きい。キスにおいては僕のほうが一枚も二枚も上手であることは間違いないはずだ。だから最初のキスは僕がリードせねばならない。
しかし今それをしてはキリエの覚悟が無駄になる。人生における大事な決断は自分の口で言うべきことだ。キリエもきっとそれをわかっているからこんな機会を作り出したのだ。だから僕は何も知らないふりをして聞き返した。
「決めた? 何を?」
少しわざとらしかったかもしれないが、今のキリエはそんなことを気にしている余裕はなさそうだ。キリエから発せられる真剣な空気にあてられたのか、キリエに隣に立つ巨漢農夫クノーの表情も硬くなっている。
「……あたしは、……あたしは」
大丈夫だよ、焦る必要はないんだキリエ。僕はわかってるから大丈夫。僕のことが好きなんだろ。そんでもって僕について来たいんだろ。大丈夫だ僕はわかっている。しょうがないよな、あんなピンチに颯爽と現れあっという間に危険を取り除く僕の雄姿を見れば惚れちゃうのも無理はないさ。
「…………あたしは」
僕はいつまでも待つよ。ゆっくりでいいんだ。君が僕を好きだと、一言そう言えばいい。そこからあとは僕がリードするから安心してくれ。
「あたしは……」
さあ! 僕を好きだと言うんだ。すぐに僕が抱きしめてあげよう。
「あたしは…………」
さあ!!
「あたしは…………クノーと結婚します!!!!」
「そうだったのか! 実は僕も同じ気…………え?」
僕は腕を広げたまま固まった。
結婚? 誰が? 誰と? キリエがクノーと? え? 何が? なんで? どうして?
僕の脳内が疑問に埋め尽くされる。しかしその疑問に答えをくれる者はいない。
「それはおめでとうございます。 挙式はどうなさるのですか?」
リンがすっと僕の前に出てきた。普段道理の鉄面皮。
「明日にでもあげる予定です。 小さなものですが」
クノーが赤面しもじもじしながら答える。
くそがっ!! 男の赤面なんぞ誰が見たがるかっ! なんでこうなった! なんでだ!!
頭の中がぐちゃぐちゃで何を言ったらいいのかわからない。悪態をつけばいいのか? 祝福すればいいのか?
「プロポーズはどちらからで?」
「あ、あたしだ。 昨日、あたしがあんなことをした理由を覚えてる?」
「大事な人、クノー殿を傷つけられたからですよね?」
「う、うん。 そうだ」
「それ本当かキリエ!? オラそんなこと聞いてねえぞ」
「うるさい!! クノーは黙ってて!!」
「ふむ、それでキリエ殿は命の危機に瀕した際、クノー殿に対する自分の本当の気持ちに気づき、後悔しないようにとさっそく行動に移したわけですね」
リンは抑揚のない声でそう言うと、ちらりと僕を見て、口元に笑みを浮かべた。
一泊置いた後僕はその意味を悟り驚愕した。
こいつ、知ってやがった。こうなることがわかっていたのだ。そうだとしたらあの冷ややかな反応も納得いく。知っていてこいつは僕をあざ笑っていたのだ。…………ちくしょう! 恥ずかしすぎる、僕はとんだ勘違い野郎だ。何が情熱的な視線だ…………消えてなくなってしまいたい。
「ありがとう! あんたらがいてくれたおかげだ!!」
「あ、ありがとうございます!」
キリエが頭を下げるのを見て、クノーも慌てて頭を下げる。そろって頭を下げている二人は、僕の目には一組の農夫婦にしか見えなかった。
「お二人ならきっと幸せな家庭が気づけるでしょう」
リンが次はお前の番だと目で合図してくる。嬉しそうな顔しやがって。そんなに僕を傷つけたいのか。いいよ。言ってやるよ。いえばいいんだろ。
「ああ…………おめでとう」
視界がにじんでよく見えないや。
ちくしょう。