第9章 ~遠くなる君~
拓也と愛莉の出会いが輝を苦しめ、輝の中で不安がより一層大きくなった。そんな彼に好意をもつ拓也なのだが・・・・
きっと君は今まで我慢して笑顔を作っていたんだろう。
本当はすごくきずついていたはずなのに。
僕に黙ったまま一人で苦しんでいた。
それでも君は僕を思って無理して笑顔を絶やさなかった。
あぁ・・・・・神様。
もう一度君に会わせてください。
もう一度、もう一度だけでいいんです。
君にもう一度会わせてください。
-君の笑顔も泣き顔も- 第9章 ~遠くなる君~
ピンポーン
「はーい。」
玄関から鳴り響いたブザーに反応した香は返事をしてドアを開けた。
「おはようございます。」
「おはよう輝君。ほんとにしっかり者で見直しちゃうわ。それに比べて拓也はほんとに寝坊でね。あの子を起こしてほしいの。入っていいわよ。」
「お邪魔します。」
思わず拓也がだらしないあまりに愚痴をこぼす彼女は彼を迎えた入れた。
輝は靴を脱ぎ、少し遠慮がちに上がると階段を登っていく。
階段をあがると、その先はちょっとした廊下になっており、そのすぐ左には拓也の部屋があった。
コンコン
輝は二回ノックした。
「・・・・・・・。」
しかし彼のノックに返事は返ってこない。
そんな状況にひっそり輝は笑顔になった。
とくに面白いことなど無かったが、拓也の寝顔を想像するだけで自然に笑顔になってしまう。
ひっそり笑う彼の笑顔はとても可愛らしかった。
(今日もまだ寝てるんだなぁ。)
「拓也~はいるぞ~。」
そんなありきたりなことを考えながら輝はドアノブをひねり、そっと彼が目を覚まさないほどの物静かさでゆっくり部屋に入る。
部屋に入るとすぐに拓也の姿が目に入った。
いびきはかいていないが、寝音が少しだけ聞こえてくる。
そんな彼のそばに輝は忍び足でゆっくり近づいた。
うまく接近することが出来たため、拓也の顔をよりリアルに見ることができる。
顔を覗き込まれているのにもかかわらず、拓也はなんの気配も感じないままお構いナシにすやすやと爆睡中。
(拓也の寝顔、なんだか可愛いなぁ・・・・。)
そんなことを毎回思いながら彼を覗き込む輝は思わず笑みをこぼしてしまう。
少し童顔気味の拓也ではあったが、やはり普段はそれなりの高校生らしい顔つきをしている。
だが、寝顔と言うことで、童顔な部分を引き立ててしまっているせいか、子供のような可愛らしい顔つきになっていた。
可愛い寝顔のため、輝は彼の頭をなでたくなり、そっと起こさないように彼の頭めがけて手を伸ばしたその瞬間。
「わぁっっ!」
突然起きた出来事に思わず声をこぼしてしまう輝。
彼の頭に向かっているはずの自分の手が何かに一瞬でつかまれ、視界がいっきに回転した。
自分が見下ろしていたはずの拓也の姿は逆転され、今は自分が見上げたそこに拓也の顔があり、自分は見下ろされていた。
「~~~~~~~!?っ」
「つかまえたぜ~。」
先ほどまで寝ていたはず彼は寝起きとは思えないほどの声の張りで言う。
「な、なななな何でおきてんだよぉっ!」
「ずっと起きてたさ。お前が部屋をノックした時からな。」
今この状況を楽しむかのように軽く弾んだ拓也の声と言葉。
「てことは、拓也は寝た振りしてたのか?!」
「そうだよ。輝を驚かせたくてね。」
ニヤニヤと笑う拓也は輝をおちょくった。
「それにしても輝、頬真っ赤だな。」
「あ、当たり前だろ!こ、こここここんな体勢なんだぞ!?」
輝の頬は彼の言うとおり本当に真っ赤になっていた。
無理も無いだろう。
輝の手をつかんだのは拓也本人であり、輝はそのままベットのほうへ押し倒されてしまっていたのだから。
拓也は輝の上にまたがっており、彼の手をそのままつかんでいる。
突然の出来事を理解した輝は、身動きできずに目のやりどころにこまった。
こんな体勢のため、向き合う二人の目は合わずにはいられなくなる。
「俺、この体勢気に入った。輝の顔よく見えるし。」
「み、見るなって!恥ずかしいだろうが!」
「見るなって言われると余計に見たくなる俺の本能。」
訳のわからない拓也のセリフ。
「何だよそれー!じゃ、じゃぁ見ていいからっ!」
「マジでか?じゃぁもっと近くでっ。」
「違う!勘違いするなぁっっ!そういう意味じゃなくて
お前が見るなって言うと余計に見たくなるって言うから・・・・・・て、えっ!?えっ!?
ちょっとほんとにまって!」
必死で顔をそらす輝を完全スルー。
拓也は顔を少しずつ近づけはじめた。
たちまち輝に限界がきてしまい、恥ずかしくなってたまらず硬く目をつぶった。
「安心して。輝の嫌がることはしたりなんかしないよ。」
自分の耳元で拓也の柔らかい声が聞こえてきた。
顔を近づける拓也はぎりぎりのところで方向転換をしていた。
そして気がつけば優しい言葉をかけられ、輝は拓也に静かに抱きしめられていたのだ。
抱きついているため、そのまま自然とお互いの頬がかすかに触れ合う。
「たく・・・・や?」
「輝、何でかな。何で俺がこんな行動をとったのか自分でもわからないんだ。きっとこうしたいからこうしたんだろうけど。」
口ではそんなことを言っているが、拓也は本当はわかっていた。
可愛い輝がすきですきでたまらなくて、キスしたくなってしまったのを必死で抑えて顔をずらしたのだ。
素直に本当のことを言ってしまえば引かれそうであんな言い訳をしたわけである。
「拓也がそうしたいんだったら、恥ずかしいけどそうさせてあげるよ。こ、のままでも俺は別にい、いいよ。」
自分で言うのが恥ずかしかった輝は思わず言葉が途切れてしまっていた。
緊張する輝は必死でそっと拓也の背中に腕を回した。
「輝からそんな言葉が聞けるなんて思っても見なかった。ずっとこのまま___」
「何やってんのよ。」
ガチャンっとドアの音がした瞬間少女の声がした。妹のありさの声だった。
「あ、ありさちゃん?!」
「い、いやっ!こっこれは!!」
ありさの突然の登場により拓也と輝は思わず飛び跳ねて体勢を元に戻す。
「イチャイチャするのは別にいいだけど、もう学校の時間よ。私は自転車で行くから問題ないけど。」
『!?』
あきれたような表情で言うありさの言葉に、二人は反応して慌てはじめた。
そのまま二人はありさを通過し、下にいた香に挨拶をして家を飛び出た。
(兄ちゃん・・・・・よかったね。いい雰囲気だったじゃない。)
二人を目にしたありさは、そっと深い笑みを浮かべてそう思った。
彼女は口にはしないが、うすうす拓也の本当の気持ちに気づき始めていた。
拓也が本気で輝を恋愛対象として好きであることを、愛していることを。
ありさも輝に好意をもっていたが、実の兄の拓也と輝が結ばれるのに賛成し、そうなってくれることを一番に願っているのだ。
無論、ありさは恋愛に性別など関係ないと思っていた。
駆け出した二人は息を荒らしながら走っていた。
ある程度走っていると、先に着く輝の通う花咲高等学校の校門に到着した。
「なんとか間に合いそうだな。」
拓也の安心した言葉に輝は静かに立てに首をふる。
「結構走ったね、今ちょうど8時だ。」
左手につけていた腕時計を見て輝は言った。
「もう輝とバイバイかよ。俺、寂しいなぁ~。」
「ははっ。バイバイって言ったって帰りまたすぐにあえるよ。」
輝はつまらなさそうに言う拓也を慰めるかのように笑顔で言う。
「ま、まぁそうなんだけどな。でもなんだかな~。あっそうそう、輝見てよ。」
「何?」
拓也はそう言うと、自分の手を輝に見せた。
「これ昨日一緒に買ったリング。俺ずっと買った瞬間からつけてるんだぜ!」
明るく言った拓也の指についていたリングは間違えなく昨日買ったリング。
「俺もずっと買ったときからつけてるよ。ほら。」
輝も拓也に同じように自分の手を彼にみせ、リングをつけていることを証明した。
お互いのリングの裏には、お互いの名前が刻まれている。
そんな二人のリングは、どこか誇らしげにしているようだった。
お互いが欠かさずリングをはめていることを確認した二人は嬉しさでいっぱいになっていた。
そのせいでついつい時間と状況を忘れてしまいそうになる。
「じゃぁそろそろ時間危ないから、俺もう行くね。っと、その前に。」
拓也はそう言って学校に向かおうとしたが、すぐに向きを変えた。
「輝、大好きだよ!」
そう言って拓也は今朝のように輝に優しく抱きついた。
「た、拓也?!なんでまた急に。」
赤面する輝は少しおどけてそいう言った。
「だって、言わないとなんだか気が済まなかったから。」
「あ、ありがとう。なんか照れるよ。」
輝は片手を後頭部に当て、命いっぱい照れた。
「俺も拓也が大好きだよ。」
柔らかい笑顔で輝がお返しに言う。
それは本当に最高の言葉だった。
拓也の幸せモードにスイッチが入った。
(親友以上になれなくても、俺は世界一幸せだ。)
*****
「あらら?愛莉~何ニヤニヤしてるの~?」
由紀は愛莉にむかっておかしく笑いながら言った。
「え?!私ニヤニヤなんかしてないよ?!」
「あ~わかった拓也のこと考えてたでしょ~?」
『拓也』と言う言葉を聞いた瞬間、愛莉は赤面した。
愛莉と由紀はいつものように学校に早めに登校し、学校が始まるまでの時間をトーキングでつぶしている。
「しっかしあの金髪の普通科の男子が愛莉の初恋相手だとはね~。」
「し~!由紀ちゃん声でかいよ~!」
小声で怒る愛莉に由紀はごめんごめんといって愛莉に謝った。
愛莉は頬を染めたまま浮かない表情で話を元に戻そうとする。
「どうしてあの人のこと好きなの?」
「ライブのとき一目見て・・・・かっこよくて・・・・・。」
つまり彼女はいわゆる一目ぼれというやつに陥ったのだ。
そう、愛莉が恋をした相手はほかでもない、あの朝本拓也なのだ。
「なるほどねー。でも愛莉の気持ちわかるわー。花火大会のとき一目見て普通にかっこいいって思っちゃった。」
「でしょ!?ほんとに好みなの。」
意見が一致した愛莉は嬉しく思い、思わずテンションが高くなった。
そんな彼女に落ち着け落ち着けと由紀が抑えさせる。
「あたし愛莉のこと応援してるよ。二人で話してるの見てても相性よさそうだったし。」
「ほ、ほんとに?!わ~由紀ちゃんありがとう!」
「恋してる愛莉ってなんか応援したくなっちゃうわ。」
話す二人はともに笑いあった。愛莉は拓也を本気で好きになったのだ。
恋に関して愛莉はテクニックを持っているわけではないが、内気かと思えばそうでもなく、わりかしら積極的になってしまう一面がある。
なんやかんやで二人が語っているうちに時間がたち、生徒の少なかった教室はあっという間にたくさんの生徒で埋め尽くされた。
後3分ほどで朝一発目のチャイムがなろうとしたときだった。
カタカタと廊下を誰かが走る音が聞こえる。
もうすぐチャイムが鳴るため、大半の生徒が自分の机に腰掛けている。
そのため、余計にその走る音は目立ってしまっていた。
そこにいる誰もが、その足音を気にした。
また、愛莉もそのうちの一人だ。
だんだんと足音が大きくなり、その音の正体が愛莉のいる教室の前の廊下に姿を現した。
学ランの下から覗かれる赤いTシャツに金髪のさらさらした髪の持ち主。
学校で中身はまったくそうではないのに、見た目だけで恐れられている人物。
まさしく彼女らがうわさをしていた拓也だった。
ギリギリまで輝と仲良く話していた彼は急いでチャイムのなる前に教室に向かっている。
普通科の教室は専門科の教室よりも奥なため、この廊下をわたらずにはつけない。
愛莉は拓也を見逃さなかった。
拓也を見た瞬間ぽや~っと頬をそめて上の空になっていた。
(かっこいいなぁ・・・・同じ学科だったらよかったのに・・・・。)
そんなことを何度も考えながら彼の姿を目だけで追っていた。
目で追った後、愛莉は由紀からの視線を察知する。
振り向いて愛莉は由紀を見ると、由紀は何も口にせず、ウインクだけして伝えた。
言葉にはされなかったそれをウインクで簡単に愛莉は把握する。
これも長年の付き合いのおかげと言うものもあった。
*****
今日の空はいつもよりもきれいな青い空、快晴であった。
学校にいる間、何をしてもヒマな拓也は今日もいつものようにほっつき歩く。
学校を適当に回るのにも飽きた彼は、のんきに教室の窓から空を眺めていた。
(輝は今何してんだろ・・・・。本でも読んでんのかなぁ・・・・。)
前に昼休み学校を抜け出し、こっそり輝に会いに行ったとき、彼は中庭で読書をしていたことを思い出し、それからそんな考えにたどり着いたのだ。
いろんな輝の笑顔や、今朝の赤面して恥ずかしがる輝を思い出すと、自然に顔がにやけて危なくなる。
拓也はにやけた顔を必死で誰かに見られる前に真顔に戻した。
「拓也~!」
顔を正したちょうどそのタイミングで彼の名を呼ぶ誰かの声がした。
自分の名を呼ぶ者など、輝以外に今現在いるはずはない。
声の高さ的に女の子の声だった。
しかし拓也には女友達はいないはず。
ではどうして?そんなの簡単なことだった。
「?って、あっ!お前、篠田だよな?篠田愛莉だよな?」
女の子の声の主はほかでもない、篠田愛莉である。
「そうだよ!フルネームで覚えててくれたんだね!嬉しい!拓也の教室A組だったんだね!探すの苦労したんだよ~。」
「そ、そうなんだ。なんかわざわざ有難う。」
女の子と話すのになれない拓也は最初の出だしで言葉を詰まらせた。
一方お礼を言われた愛莉は頬をほのかに染めて嬉しそうな表情をした。
そんな彼女に何か拓也は少しだけひかかる。
(何か知らないうちに俺、拓也って名前でよばれてる気が・・・・・。)
「んで篠田、俺に何かようでもあるのか?」
「ようって言うか話がしたくて。」
彼女の発言に、拓也は不思議そうな顔をして自分を人差し指で指し、視線で自分のことを言っているのかとたずねると、彼女は立てに首をふった。
「えっと・・・・・何から話したらいいかわかんねぇんだけど・・・・。」
「大丈夫、愛莉は拓也と話せるだけでいいの。だから、なんでも話して。」
いきなりすぎる愛莉の言葉に拓也はおどろく。
まだ会って2回目と言うのにその言葉は勘違いを起こすものだ。
しかし拓也は輝にベタ惚れなだけに、あまり深い意味で考えていない。
「こんな俺と話して楽しいか?口下手だしさ、俺。」
楽しいも何も、拓也にはたくさん彼女と話した覚えはない。
「愛莉は拓也と話して楽しいよ?拓也は私と話して楽しい?」
「ま、まぁ話しやすいかな。」
少し質問とずれている拓也の返答。
「そっか。愛莉、その言葉聞いて安心したなぁ。」
愛莉はアピールをするかのように拓也に話しかけるたび、首を少し斜めに傾け、にっこりと笑顔を見せる。
「お前、話し上手だよな。前から思ってたけど。うらやましい。」
「そう?ありがと。」
そう言って彼女は少し拓也に近づき、自分より背の高い拓也を覗き込むようにして目を合わせる。
そんな彼女の行動に拓也は少し驚いて体が反応してしまった。
「な、なんか俺の顔についてる?」
「違う違う、拓也のかっこよさに見とれちゃって。拓也ってイケメンだよね。」
恋愛になると積極的になってしまう愛莉はまたしても思わぬ発言をする。
確かに彼女の言うことは正しく、割りかしら拓也は二枚目だった。
「い、いや。俺なんかよりかっこいいやつなんて山ほどいるさ。第一、俺イケメンじゃねぇし。」
いくら拓也でも、褒められたのでさすがにすこし照れてしまった。
「ほら、俺と昨日一緒にいた人いただろ?輝って言うんだけど、そっちのほうがかっこいいさ。」
「拓也のほうがかっこいいよ。」
愛莉は笑顔で簡単に拓也が出した輝の話題を完全スルー。
「あの人、拓也のなんなの?」
「なんなのって言われても・・・親友だよ。」
拓也は惚れた相手だとはさすがにいえなかった。
男に惚れてるだなんて言いづらいに決まっている。
「もしかしてあのライブのときに言っていた入院してた人?」
「そうだよ。」
愛莉は覚えていた。
拓也がライブで歌い終えたあとに言っていた言葉の中で、『輝』と名に出してはいなかったが、彼のことを言っていたことを。
愛莉は何か拓也の中で、彼の存在が大きいのに対してうらやましいを通り越して少し嫉妬していた。
本当は自分が拓也の一番でありたいと言うのに。
「そんなにあの人のこと・・・・・大事?」
「当たり前だ。」
「じゃぁ私、あの人より大事な人になるね。」
そう言って愛莉は右目でウインクをした。そして回れ右をする。
「もう時間だし昼休み終わっちゃうから今日はこの辺で!また拓也のところにくるね!」
「あ、あぁ・・・・。」
彼女はそう言って少し駆け足で教室を出て、由紀と思われる人物のもとへ行った。
(何だったんだ、篠田のやつ・・・・・。)
拓也はへんな気持ちになりながら首をかしげた。
『じゃぁ私、あの人より大事な人になるね。』
その言葉が嫌に気がかりになる。
(大丈夫だ、俺は輝を誰よりも愛してるんだ。篠田を気にする必要なんて無い。)
ずっと拓也はそう言って輝のことだけを考えた。
正直なところ拓也は嬉しかった。
今まで女の子とあんなにしゃべったことなんて無かったのだ。
いくら拓也でも男にはかわりはない。
初めてのことに驚きを隠せなくなる。
しかし、輝に対する好意は先ほどの事と比べても、かけ離れるほどに大きい。
拓也を一番に想ってくれているのは輝だ。
何度も助けてくれたのは輝だ。拓也は本気で輝にマジ惚れである。
恋愛対象として見る相手は輝以外のほかは考えられないのだ。
こうして学校にいる間、どれだけ輝に早く会いたいと願っただろうか。
自分でも数え切れないほどの回数だった。
「愛莉ったら、また上の空なんだから~。」
「えへへ。だって近くでみたらむちゃくちゃかっこよかったんだもん。」
「そりゃわかるけどさ。」
前よりもずっと長く拓也と話すことが出来た愛莉は顔が緩み、いつも以上デレデレになっていた。
「でもまぁよかったじゃん。あんなにたくさん話せてたんだし。お似合いだったよ。」
「愛莉、絶対拓也の彼女になりたいもん。積極的に頑張る!」
愛莉は一段と彼の彼女になろうと燃えていた。
そんな彼女を横からすさまじいねと言わんばかりに由紀はまじまじと見る。
「大体愛莉は可愛いからすぐ拓也もころっと愛莉に惚れちゃうって。」
由紀は自信満々に言った。
彼女らが拓也の話題を持つようになったのはあのライブ以降である。
やはりあの一件が学校の生徒の心をわずかながらに動かしたのかも知れない。
(絶対に輝なんかよりも私のほうが拓也にとって大切な存在になるもん。)
何を根拠に愛莉は輝にそこまで反抗するのだろうか。
愛莉は輝が気に入らなかった。愛莉は少しずつ輝を嫉みはじめる。
「ま、私はもう彼氏いるんだからいいけどね。」
横目で由紀はふふーんと愛莉に言う。
「私だってそのうち出来るよ。」
愛莉も負けずと強気で言う。
愛莉とくっついてみんなが憧れる美男美女のカップルとなるか、輝と一緒に暖かい最高の幸せな生活をおくるか。
拓也にとっての幸せはどちらであろうか______
*****
(早く来ないかなぁ・・・・・。)
黄金色の夕焼け空。季節はもう夏を越え、すっかり秋になっていた。
早く学校を終えた輝は、いつものように拓也の通う学校の校門で一人腰掛け、拓也を待っていた。
輝の通う高校は少しだけ拓也の通う高校よりも終わる時間帯が早い。
輝は体が生まれつき弱いため、部活動をすることが出来ず何処にも入っていない。
また、拓也も同じように部活に興味がなく、どうせなじめないと思い、入らないことにしているのだ。
そのため、一緒に毎回帰ることが可能になっている。
そんな中、黄金色の空に舞うようにして何匹かの赤とんぼが自由に飛んでいた。
「俺も自由になりたい。自由に・・・・・・なりたい。」
輝のとても小さな小声だった。
自由に舞う赤とんぼを見た輝は、思わず言葉をこぼした。
赤とんぼのように自由になりたかったのだ。
病なんか消えてしまえばいいと何度も思った。そうすれば自分は自由になれるのにと。
いつ再発するかわからない病は完全に消えてくれなかった。
いつも死と隣り合わせの輝は病の存在を忘れられないでいる。
一時だけでもいいのに、それでも忘れられない。
赤とんぼのように自由になれなくてもいいから、自由を許されなくてもいいから、ほんの少しだけでいい。
ほんの少しだけ自分の中に潜む病を忘れていられる時間や自由がほしい。
そんなことをずっと考えながら輝は腰掛けたまま空をなげめ、拓也を待ち続けた。
それから15分ぐらいがたった時だった。
「俺、待たせてるから。ほんとにごめん。」
ぽわんとしていた輝に今一番聞きたかった待ち人の声が聞こえてきた。
待ってる間ずっと恋しかった彼の声に輝の心は穏やかになる。
「え~もう帰っちゃうの?さみしいなぁ~。」
拓也の声に続いて聞こえてくる声に輝の表情が変わった。
聞き覚えのある声。特徴あるその声は、昨日の花火大会の子だとすぐにわかった。
輝は拓也と愛莉に気が付かれないように、校門の壁から少しだけ顔を出して確認する。
そこには決して遠くない距離で拓也と愛莉が仲良さげにしゃべっている二人の姿があった。
その光景に思わず輝はすぐさま壁から顔を引っ込める。
数秒もしないうちに、輝の心の中に昨日と同じもやもやした何かがうごめく。
心が苦しかった。しかし今の輝にはその正体がわからない。
しかし、はかりしれない不安が自分に襲い掛かってくるが自分でもわかった。
「お~い輝~!!」
「!?」
不安定な状態のままで不意に自分の名を呼ばれた輝は、思わず変に高い声が出そうになるのを必死でこらえた。
うまく隠れていた輝だったが、実際に拓也からはバレバレだった。
「お、おう拓也。待ってたよ。」
輝は嫌でも暗くなろうとする自分の顔を必死に笑顔に変えさせた。
「遅れてごめんな。さぁ帰ろうか。」
無理して表情を明るくしている輝に気が付かない拓也は、普段と変わらない接し方で輝に申し訳なく謝る。
「じゃぁな篠田。俺ほんとに帰るからさ。」
「うんまた明日ね~。」
かすかな笑顔で挨拶をする拓也に愛莉も手を大きく振って残念そうに拓也を見送った。
拓也の姿が完全に見えなくなったとき、愛莉の表情は笑顔から一転して無になる。
(もう少し話していたかったのに・・・・輝なんて待たせてればよかったのに。)
拓也の『待たせてるから』と言う言葉が輝に向けられることから、輝が待っていたために、拓也が帰ったことがわかる。
そのことで愛莉は無の表情になったのだ。
輝が待っているせいで拓也が帰ってしまう、そう連想してしまっている。
愛莉は自分の思い通りにならないことは何かしら嫌いだった。
しかし、好む人間にはとことん尽くすという悪い一面をもつ。
そのようなことはいいことではないと愛莉も自覚していたが、拓也の彼女になりたいがために、その意識は薄れてしまっていた。
いわゆる子悪魔と言えばいいのだろうか。
愛莉がココまで必死になるのは初恋だからである。
なかなかいい男と出会えなかった愛莉は、ようやく拓也という自分の最高の相手を見つけたわけだ。
そのため一段と拓也に気に入ってもらえるようアピールし、よりやきもちを焼いていった。
「そんで今日はこうで_______!?」
キレイな黄金色の空の下、拓也と輝はいつものように二人並んで下校していた。
拓也が今日の出来事をこれとなく話していると、突然自分の手に優しい感覚が走る。
なんだろうと拓也は確認すると、すぐに正体がわかったと同時に頬が真っ赤に染まった。
「ど、どうしたんだ輝。」
拓也の左手の数本の指先は、そっと軽く輝の右手の指でつかまれている。
「ううん、何でも無いんだ。ただ、こうしてたいから・・・・。だめ・・・・かな?」
頬を赤く染めて輝は拓也と目を遠まわしに合わせて言った。
「だめなわけないだろ。俺からもっとしっかり輝の手・・・・握っても・・・いい?」
「え?う、うん。いいよ。」
顔を真っ赤にする拓也はそれを言うだけで緊張してしまい、スムーズに言葉を吐けないでいた。
今朝輝と会っているのにもかかわらず、彼の体温が恋しくなってしまい、正直帰りまで待てなくなってしまうことが多々ある。
そんな彼にとって輝の行動は嬉しいものであり、すごくそんな彼を可愛いと思ってしまう。
輝もまた、今の折れそうな心を救うかのような拓也の言葉に、強い安心感を感じた。
輝の許可をえた拓也は優しく自分の手で、彼の手を包み込むかのように握った。
完全につなぎあったとき、お互いの頬はダレにも負けないほどに真っ赤になる。
「このまま進もうか。」
「うん。ありがとう拓也。」
「こ、こんなことでお礼なんかいいよ。」
そっと拓也は輝に笑顔を見せて、輝を軽くリードした。
どんなに支えなことでも、輝はいつだって拓也といられることに感謝している。
今の二人は最高の心地よさと、愛情を感じあった。
手をつないで歩いているうちに、日は徐々に暮れていき、とうとう二人の分かれ道となるところに到着してしまった。
そんなに歩いているペースは早いわけではなかったが、幸せな時間ほど短く感じると言うもので、あっという間についてしまっていたのだ。
分かれ道に着いたというのにもかかわらず、二人はまだ手をつないでいる。
「もう着いちゃったな。俺まだ輝といたい。」
「俺もだ。でもあまり遅く帰ったらみんなに心配させちゃうから。」
輝はあまり人を心配させるのは好きではないらしい。
また、約束は絶対守る主義なため、正しいことをいつも優先している。
「そうだよな・・・・・。じゃ、じゃぁ最後にすこしだけ・・・・・。」
そう言って拓也は彼の手を静かに離すと、そのままそっと輝に腕を回し、自分の体で輝を優しく包み込むように抱きしめた。
「た、拓也?!」
突然のことに、輝は驚いて赤面する。何度かこうゆうことはあったが、やっぱり何度も赤面してしまうものだった。
「輝、許して。すこしだけ、すこしだけでいいからこのままでいさせて・・・・。」
衝突に言う拓也だったが、彼の顔は耳まで真っ赤になっている。
「拓也・・・・・・・。」
輝はそう名を呼ぶと、自分より少し背の低い拓也の肩に小さく頭をうずくませる。
優しく抱きしめてくれる拓也に、輝は本当に泣いてしまいそうだった。
本当はもっとこのままでいたいと願っている。
だけど恥ずかしがりやの輝は、そんなことさえ拓也に伝えられないのだ。
目の内側からあふれ出そうとする涙を、必死で輝はこらえていた。
二人は同時に時間が遅く流れることを心から願う。
辺りは薄暗く暗くなってしまい、人通りもすくない。
あまり遅く帰ると危なっかしい気がする。
そう考えると、やはり長くこうしていることは出来なかった。
そしてゆっくりと輝の背中に回していた両腕を拓也は離した。
「俺、帰ったらすぐに輝にメールおくるよ。会えないのならメールで話したい。」
「うん、拓也のメール待ってる。有難う拓也。」
「いいっていいって、俺そんなお礼言われるようなことこれっぽちもしてないよ。」
赤面する拓也は手を後頭部にあてて照れた。
「これっぽちだなんて違うよ。いつも一緒にいてくれて、いつも話してくれて、いつもメールしてくれて・・・・有難う。」
そう言った輝の表情は、今まで以上におだやかな笑顔で、優しさであふれかえっていた。
(なんて顔してんだ。まじで反則だ・・・・・。)
拓也はそんな彼の表情にまたひとつ彼のことを好きになっていった。
「お礼を言うのはこっちのほうだ。」
「そ、そんなこと。」
「だって輝は俺のこといつだって助けてくれた、優しくしてくた、励ましてくれた。
本当に感謝しないといけないのは俺のほうなんだよ。やっぱ俺、輝のこと大好きだ。
俺のなかで、輝は一番大切な存在なんだ。」
拓也は心のそこからそう思った。輝を本当に愛している。本当に大切な存在だった。
彼の言葉は輝にとって最高の言葉だった。
泣き出しそうだった涙がもっとあふれそうになる。
「た、拓也ごめん・・・・もう俺、我慢できないよ。な・・・泣いても・・・・いい?」
「え?!え?!輝!?」
拓也がそう伺う頃にはもう遅く、輝はうつむき、あふれる涙でぐしゃぐしゃになった目を片手でおさえていた。
次第に片手ではおさえきれなくなって両手でふくが、
何度ふいてもふいてもあふれる涙に追いつけず、余計にぐしゃぐしゃになってしまっていた。
昨日からそうだった。輝の心は少しずつ張り裂けそうになっていた。
いつか自分が拓也の隣にいられなくなるのを何よりもひどく恐れた。
こんなに泣いている輝だって、本当は彼の前で涙を流したくはないのだ。
ひっくと肩を上げる輝は、せめて声を上げないように泣いた。
「ご、ごめん!俺、輝の気に触るようなこと言った?」
涙を流す輝を心配した拓也は不安な表情でそういった。
「違うんだ拓也。全然そんなんじゃないんだよ。俺もわかんないんだ。何でこんなにも涙がとたんに溢れ出すのか。」
言葉を詰まらせながら輝は必死に言う。自分でもやっぱりもやもやした気持ちの理由を知ることは出来なかった。
しかし、拓也のことであることはよくわかる。
「輝、泣きたくなったらいつでも俺のところにおいで。そしたら俺が今みたいに抱きしめるから。だからもう泣かないで。」
自分で言っていてすごく恥ずかしくなった拓也は頬を赤く染め、そっと優しく自らの手で輝の涙をふき取る。
「いいのか?こんな俺なんかが拓也に抱きしめられても。」
「いいにきまってるよ。てかこれは輝限定だし。輝しか俺は抱きしめないよ。」
泣き顔で言う輝に拓也は、自信をもってそう言った。
「拓也・・・・ありがとう・・・・・ありがとうっ・・・・。」
輝の頬は真っ赤になっていた。嬉しくて嬉しくてたまらなくなる。
薄暗くなっていた空はもう真っ暗になっていた。輝は拓也のその言葉をずっとずっと信じ続ける。
お互いが帰ってからも二人はちゃんとメールをした。
お互いのメールの返事が受信されるたび幸せで、穏やかな笑顔になった。
_____あぁなんて俺は幸せなんだろう。
そんなある日、ことはよかならぬ方向へ進もうとしていた。
「はーい静かに!」
担任教師の高橋が教卓に立って言うと、ざわついていたクラスの生徒たちはだんだんと静かになる。
「今度この学校で毎年行われる大事な式がある。
各クラス一名ずつ代表生徒に選ばれ、
選ばれたその生徒は実際にその式に代表として参加してもらう。
代表生徒は大変だぞ。式の計画や準備、進行にも協力してもらうからな。
今からお前らに紙を配るから、その紙に自分の名前を書いてくれ。
後から集めて俺がくじびき式で紙を一枚ひく。
そのひいた紙に書いてある名前の者は代表生徒だ。文句いうんじゃねーぞ。
どうせお前らのことだから誰も嫌がって立候補しねーからこうゆう手段をとったんだからな。」
もとから少しざわついていた生徒たちだったが、彼がすべて言い終えると、余計にもっとざわついていた。
「えーそんなのありかよ!」
「あたりませんように!」
などなどと多数の生徒からの批判の声が上がっていく。
(たった一の確率だしあたんねーだろ。)
拓也のほうも自分は当たらないだろうと思い込んでいた。
そうもしているうちに、高橋は前から順に白紙の紙を列ごとに配っていく。
配られた生徒はめんどくさそうにささっと自分の名前を書いていった。
そして高橋は全員が名前を書き終えたのを確認すると、各列の一番後ろの生徒に紙を集めるように言う。
「よし、じゃぁ一枚紙をひくからな。文句言うんじゃねーぞ。」
全員の紙を集めた高橋は紙を裏返しにしてそう言うと、適当に紙をマージャンのようにかき混ぜ始める。
そしてついに目を閉じて一枚の紙切れをを思いっきりひいた。
その瞬間に生徒たちの視線がいっせいにその紙に向けられると同時に、高橋からの発表を待った。
手に取った紙を表にすると生徒たちは息をのんだ。
「代表生徒が決まった。朝本拓也だ。」
(えぇぇぇぇぇ?!)
拓也は心の中で叫んだ。反抗さえしなかったものの、心の中では反抗しまくっていた。
ならないと思っていたのになってしまったときの気持ちはなんともいえない。
そんな彼も気にせずに回りの生徒は自分に当たらなかったことをラッキーに思い、大いに盛り上がっていた。
「朝本、こっち。」
高橋が彼の名を呼んだため、拓也は不思議に思い、呼ばれたとおりに前にでる。
「まぁ当たってしまったもんはしょうがない。期待してるから頑張ってくれよ。」
「は、はぁ・・・・。」
ガッツポーズを向けてくる高橋に拓也はあきれた表情で返した。
(何かと思えばただの応援かよ。まぁ先生らしいけど・・・・・。)
そんなことを考えながら拓也は仕方なく気持ちを切り替えようとする。
「結構計画立てるのも大変だし、時間もかかるから明日の放課後から活動は始まるぞ。
生徒会も関係してるから、いったんは生徒会室で話し合いだからな。忘れるんじゃないぞ。」
「うーん、はい。」
拓也はどこかやる気のない返事をした。
*****
第一回の話し合いの当日。
やはり拓也の気分は乗らなかった。くじで選ばれただけにむなしい。
それに彼は他に誰が代表生徒に選ばれているかしらなかった。
気分の乗らないまま、生徒会室のドアをノックして入る。
入った瞬間の拓也を見た生徒たちは一瞬顔をぞっとこわばらせた。
しかしそんな彼らの反応に拓也はなれてしまい、何の気にもしなかった。
まだ全員集まっていないせいか、なかなか話し合いが始まろうとしない。
何分間か待っていたとき、最後の一人と思われる生徒が入ってきた。
「お、おくれてごめんなさい!」
女の子の声がした。そして皆彼女を見るなり笑顔になった。
「篠田さんなら全然OKだよ~。」
一人の女子生徒がそういう。拓也はこの聞き覚えのある声とこの光景に驚いた。
代表生徒に選ばれた最後の一人が篠田愛莉だったからだ。
こんなところでこんなに身近に接することになるとは思っていなった。
彼女が選ばれた理由は限りなくある。
可愛らしい容姿といった生徒からの熱い憧れが彼女を代表生徒に導いたのだ。
拓也は愛莉とこれから長い間かかわりを持つことに変な気持ちになる。
「あ!拓也も一緒なんだね!」
「あ、あぁ。たまたまな、たまたま。」
拓也は素直に笑えずに作り笑顔をしたが、顔が引きつって笑いづらかった。
そんな彼に対して愛莉は嬉しそうに最高の笑顔をこぼす。
このたった一枚の紙が決めてしまった拓也の未来。
拓也はどんどん自分の情けなさに心を痛め始めていった。
なぜなら愛莉が拓也を想い、彼女自身の存在を大きくしていくのだから―――――――