第7章 ~歌が運んだ想い~
想いを伝えるため、文化祭で拓也は歌った。そして希望を信じた彼に、ひとつの奇跡が舞い降る。
世界は君と出会って変わっていった。
君にたくさん励まされ、慰められ、勇気付けられた。
優しさであふれる君は僕に笑顔を教えてくれた。
どうして、どうして僕は君を信じてあげなかったのだろうか。
前のような幸せなひと時は、もう二度と戻ってこないのかもしれない。
例え僕の想いが届かなくても、君から二人の過ごした思い出が消えてしまっても僕は幸せです。
君がこの世に存在するだけで、それだけで幸せなんです。
-君の笑顔も泣き顔も- 第7章 ~歌が運んだ想い~
『いつ目を開けてくれるかわからないんだ。』
その言葉を聞いて早2週間が経っていた。
金髪に髪を染めた青少年は一人、ぽつんと教室の窓辺で空を眺めていた。
悲しそうな表情を浮かべている。
目が死んでいるといっても過言ではない。
学校の行き帰り、いつも拓也は輝と行動をともにしていた。
しかし、ちょうど今から2週間ほど前でそれが途絶えてしまっていた。
到底本人は思ってもいなかっただろう。
(輝・・・・・・。)
拓也は心の中でずっと彼の名を呼び続けた。
自分でもそんなことをしたって何も変わらない、彼は戻ってこないことを知っている。
だけどこうでもしないと、思わず泣き出してしまいそうになった。
必死に学校や人の目のあるときはこらえていた。
輝を失った拓也自身への代償はとてつもなく大きかった。
*****
「よし、今日は文化祭について話し合う!
出し物のリクエストが独自にある者は放課後、または1週間以内に職員室の廊下に来るように!」
担任教師の声とともに教室が一瞬でざわついた。
みんな笑顔で実に楽しそうな雰囲気。
しかし拓也だけは笑っていなかった。
彼にとって文化祭などどうでもよかった。
2週間と言う時間が流れたが、今思うと彼は1度もあの日から何一つ笑っていない。
『ごめんなさい』と言う罪への謝罪と『有難う』という花束をくれた彼への感謝を今一番彼に伝えたかった。
拓也はずっとそんなことを考えていた。
そのときだ。拓也にひとつのひらめきが浮かんだ。
何か出し物を思いついたかのような顔をする。
「え、文化祭でライブをやりたいだって?」
「はい。」
拓也のその言葉に迷いはない。
職員室前の廊下。担任教師である高橋は唐突なことを言う拓也に多少驚いていた。
まさか彼がこんなことを言ってくるとは思っていなかったのである。
高橋の知る拓也の姿は、とても日々をつまらなさそうにすごす姿でしかなかった。
「俺は反対はしないが、何か理由でも?」
「特に何も・・・・。」
念のためにと聞いてくる彼に、この件に関して拓也は何も明かさなかった。
しかし、そんな彼にはちゃんとした理由があった。
理由がなければ無論、こんな行動には出なかっただろう。
「そうか・・・・。とりあえず、お前のことはちゃんと生徒会含めて打ち合わせしておくから。」
不思議そうな表情をする高橋がそういうと、拓也はお礼を言って、静かに立ち去った。
*****
一人、つらそうな表情で拓也は下校する。
しかし彼の向かっている方向は自分の自宅ではなかった。
輝の入院しているところでもあり、彼の自宅でもある病院に向かっているのだ。
拓也の手元には一束きれいに整えられているチューリップの花。
途中、近くの花屋によって買ってきたものだった。
彼はそんな時ふと思い出した。
2週間前、同じように輝が自分にチューリップを買ってきてくれたことを。
それはとても嬉しいことのはずなのに、今思うとこんなにも辛い。
感謝するべきである拓也はお礼を言うどころか、チューリップを自らの手で台無しにしてしまった。
今でも彼は本当に後悔し、かなり自分を追い込み、悲しみ、ひどく落ち込んでいる。
謝罪の気持ちでいっぱいになり、あの日からずっと不安定な気持ちのままで日々をすごす。
ちゃんと会って、話して、謝って・・・・・。
――――――――――もう一度、輝の隣にいたい
そう願わずにはいられなくなるほどまでに、拓也の輝への気持ちはだんだんと強くなる一方だった。
輝がはやく目を覚ましてくれることを強く願い続けた。
*****
「拓也君じゃないか。久しぶりだね。」
それは病院に足を踏み出した時に聞こえてきた言葉だった。
小池医師の張りのある声が拓也の耳まで届く。
「こんにちは。輝のいる病室は何処ですか?」
彼と正反対で、拓也の声に張りはない。
ぽんっ
小池医師は軽く拓也の肩に手を乗せた。
「元気出して。前までの元気はどこに行っちゃったのかい?輝君なら大丈夫だよ。
今のところ目だった異変は無いみたいだから。」
不安を隠しきれず、暗い表情をする拓也に、小池医師は心配して励ました。
拓也を元気付けるように彼は言うが、拓也の表情はやはり晴れない。
「輝君なら105室にいるよ。ここの廊下をまっすぐ行って、手前から五番目の部屋だから。」
そう言って彼は拓也の背中を軽く押し出して言った。
押されて思わず花束を落としそうになった拓也は、彼にお礼を言って目的の方向へ進んだ。
アレ以来拓也は輝の姿をみていない。
最後に見たのは傷だらけでぼろぼろになった姿だけだった。
正直輝に会うのが怖い。
あんなにも痛々しい輝の姿はもう見たくなかった。
しかし意思はもう決まっていた。何のためにここに来たのか、もう一度そう自分にといかける。
逃げてばかりじゃ道は切り開けない。何も変わることは出来ない。
歩いているうちにいろんなことを考えていた。
そして、気がつけばもう部屋のドアの前に立っていた。
緊張する自分を落ち着かせ、心の準備をする。
ドアノブに手をそっとかけ、ゆっくりひねり、静かにドアを開けた。
その瞬間、部屋の中の光景があらわになっていった。
一見見たところベッドは6台用意されているが、患者は一人しかいないように見えた。
ほとんど空き室のようだった。
そのためその一人の患者が輝なのだとすぐにわかる。
そして拓也はゆっくりと輝の元へ前進し始めた。
彼の瞳の中にベットで眠る輝の姿が現れた。
輝は、たくさんの包帯やガーゼに身を包まれている状態だった。
前に見た時よりはずっとまだまともであったが、やはり2週間しかたっていないだけに
まだ傷口は癒えておらず、痛々しさがすごく見ただけで伝わってくる。
拓也は、もの静かに近くにあった花瓶に水と手に持っていたチューリップを入れ、そっと彼のそばに戻した。
そしてイスに腰掛け、彼を見つめる。
そのまま手をのばし、静かに輝の髪に優しく触れる。
輝の髪は見ても触ってもわかるように、すごくやわらかくて、気持ちがよい。
拓也の手はそのまま輝の頬へと流れる。
「輝・・・・・すぐにこれなくてごめんね。今日はチューリップ持ってきたんだ。・・・・・本当にごめんね。」
まだたくさん言いたいことがある。
しかし、全部言う前に限界がきてしまった。言葉が途切れ途切れになり、うまく言えない。
唇が震えて舌が回らない。感情が高ぶり、たちまち涙が淡々とこぼれていく。
零れ落ちた涙は次第にベットのシーツを濡らし始めた。
(俺のつらさより、輝の辛さのほうが何倍も大きいのに・・・・・。)
拓也はベットに顔を伏せ、一人孤独に泣いた。
涙は一向にやまず、その場を離れられなくなるほどまでに、深く彼はきずついた。
今の拓也にあるのは、消えない罪悪感と深い、深い悲しみだけだった。
*****
チッチッチ____
すずめの鳴き声が窓の外から聞こえる。
夜は明け、あっという間に朝になった。
だるくて重い体をゆっくり起こしながら拓也はそばにおいてあるデジタルモニター式の置時計に目を向ける。
時刻は午前10時を示していた。この前よりも寝坊をしていることに気がつく。
(また・・・・・寝坊か・・・・。)
そんな彼はマイペースだった。いつものことだと言わんばかりである。
ベットから起き上がり、ゆったりと学ランに着替え始める。
彼の目は腫れあがっていた。
昨日輝のそばで大泣きしたのが原因だった。
しかし、拓也はそんなことを気にもしないでそのままの顔で家をでて、学校へ向かったのだった。
*****
教室前の廊下。
拓也がココにいる理由はたったひとつ。
そう、二次元ではよくありがちな遅刻した者に罰を与えるベタな展開だった。
彼は先生に遅刻をしたことで怒られ、廊下に立たされている。
ある意味彼は2次元のベタな様子を代表するかのようになっていた。
「朝本、ちょっとこっち。」
数学の担当であり、彼のクラスの担任でもある高橋は、授業終わりのチャイムが鳴ると同時に、手招きをしながら拓也をよんだ。
とたんに呼ばれた拓也はわずかに体を震わせる。
そうして彼は呼ばれたとおりに、彼のもとへ行く。
「この間のライブの話なんだが・・・・。」
高橋の言葉に拓也は反応した。なにかしら異様な緊張が走る。
言葉の続きが気になってしょうがない彼は、ただひたすらじっと返事をまった。
OKが出たのかそれとも・・・・・・。
そのときだ。
高橋がそっと拓也の肩に手をのせた。
「昨日、職員会議で話し合った結果、OKがでたんだ。」
ようやく開いた高橋の口から発せられた言葉は、拓也にとってとてもよい知らせだった。
その反面、拓也は驚いてしまい黒目がまん丸になっている。
「先生、ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、いつもよりも大きな声が出てしまった拓也。
「よかったな。正直お前の行動には驚かされている。これも何かの運かもしれない。期待してるぞ。」
そういうと、高橋は奥深しい笑顔を見せた。
そっと彼に背中を押されるように、拓也は彼のそばを離れる。
(結局今だにライブをする理由はなぞのままか・・・・。)
高橋はそんな彼の背中をみて、いまだに不思議な気持ちのままだった。
ライブ、いわゆるそれを行う予定の文化祭までの期限は約3ヶ月と半月後ぐらいほどだった。
文化祭、それは高校の伝統的な行事でもあり、体育祭や修学旅行と並ぶほどの盛り上がりのある行事。
(俺は、絶対にあきらめねぇ。チャンスを無駄にできねぇ。)
つかみ取ったチャンスを境に、拓也はすこしだけ大人になっていくような気がした。
時間が流れるのは何かしらはやい。気がつけばまるまる一ヶ月経過しているなんてこともよくあるだろう。
期限が決められているなか、拓也は焦る気持ちを落ち着いかせ、冷静な自分をつくり上げた。
拓也は自宅に帰宅し、すぐに自分の部屋に入って何かを書き始める。
それは歌詞だった。
机に座って書いているその姿は、まるで受験を控えている受験生のようにも見える。
拓也にとって、それは似ても似つかない姿なのかもしれない。
彼が歌うのはすべてにおいて彼独自のオリジナル曲だった。
つまりそのことから作曲・作詞も自分で考えたものになる。
しかし彼にとって難しすぎることではなかった。
拓也は小さい頃から友達がいないため、部屋にいることが多かった。
そんなとき、よく彼は音楽を聴いていた。
そのため音楽を人一番好み、自然と音程などの知識が身についたのだ。
また、歌うのも好きだった彼はよく小さい頃からいろんな歌を口ずさんでいた。
そのため音楽に関しては今でもずっと関心を持っている。
かといって、決して音楽作りはたやすいものではない。
彼はいい音楽作りをすることに集中した。
と、その時。
「兄ちゃーん。何してんの?」
にょほっとした表情で話しかけられた拓也は思わず体をよろめかせ、すぐさま用紙を腕の下に隠した。
「おめぇかよ!急に話しかけるんじゃねぇ、ノックぐらいしろよ。」
「まぁまぁ。」
怒る拓也に笑うありさ。対照的な彼らの表情はこの兄妹にかぎっていつものことだ。
「だって帰ってすぐ自分の部屋にいっちゃうんだもん。何してるか気になってさ。」
「俺は別にへんなことしたり考えたりなんてしてねぇぞ。」
「ならなんで隠すのさー。もしかして思春期の男の子にありがちの性の目覚めってやつ?」
そんなことをおちゃらけて言うありさはけらけら笑う。
「ガキのくせにそういうこと簡単に言うな。」
「ガキなんかじゃないわ。ありさの方が大人だもん。いろいろあたしが教えてあげてもいいのよ?」
「ばーか何いってやがる。俺にはそんな趣味もねぇし興味もねぇ。」
拓也はきっぱりありさに言い返す。
そんな彼にふーんとつまらなそうにありさは横目で見る。
それから数秒してありさはひらめいた。
「てことは、兄ちゃんは女の子に興味がないんでしょ?だったら輝先輩は?」
拓也はそれを聞いてなぜか赤面してしまい、飛び跳ねそうになったが、懸命に我慢した。
輝という言葉を聞いただけで心臓が飛び出そうになる。
いろんな意味で。
(ほんとわかりやす過ぎ・・・・・。)
そんな彼を見ておかしくありさは思った。
「やっぱり輝先輩には興味心身なんだぁ。もし輝先輩が女の子だったらどうする?」
「はっ?!ありさ、お前何いって――――――」
「絶対可愛いに決まってるよね!兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「ま、まぁな・・・・・・・。」
またもや赤面する拓也。
すんなりと想像してしまう自分に、正直少し嫌気がさした。
ありさの唐突すぎる質問に、否定することは出来なかった。
あれだけ男の輝でも時々すごく可愛いと感じるときがあるというのにもかかわらず、
本当の女の子だったらもっと可愛いんだろうなと思ってしまうと、いい意味で拓也にとって心臓に悪い。
きっとドキドキしてばっかりで逆に苦しそうだ。
(何で俺、輝のことになるといつもこんなにドキドキしたり緊張したり不思議な気持ちになるんだ・・・・。)
それは前々から気にかけていたことだった。しかしいつも理由を把握できないでいた。
「どうしたの?急に考え込んで。まさか本当に妄想しちゃってる?」
「してねぇよ!」
にやにや笑いながらからかうありさに、拓也は赤面しながら彼女の頭にチョップを入れる。
まぁしていないといえば嘘になるのだが。
「痛ッ。でもほんと兄ちゃんって鈍いね。」
「それどうゆう意味だよ。」
拓也は複雑な表情でむすっとした。
「ほらまたそうゆうところが鈍いんだって。特に恋愛に関しては心配なほどに鈍い。」
「だからいっただろ。女には興味ないって。」
「だーかーらー、男だとか女だとかそういうの聞いてるんじゃないの。
恋愛っていうのはいろいろな形で生まれてくる感情だっていってるの。」
なかなか理解できない拓也に、あきれるありさはどこか真剣だった。
「男だとか女だろかそういうのじゃないってどういうことだよ・・・。」
やっぱり拓也は彼女の言う言葉を理解しきれていない。
「あーもうじれったいなぁ。こうゆうことは自分で考えるのが一番よ。」
「何度考えてもわかんねぇから聞いてんだけど。」
「それは兄ちゃんが鈍いからわからないんだって。何度言わせるのよ。」
「何度も鈍い鈍いって言うんじゃねぇよ!俺を何だと思ってんだ!」
「ありさの鈍い兄ちゃん。」
最後までおちょくるありさに嫌気がさしたのか
拓也はありさに出て行けと言わんばかりふてくされ、彼女を部屋から追い出した。
意地を張った拓也だったが、どうしてもありさの言ったことが気がかりになる。
『恋愛っていうのはいろいろな形で生まれてくる感情だっていってるの』
(いったい俺は輝のこと・・・・・。)
気になって仕方が無かったが、今はそれよりと考えを変えた。
期限は3ヶ月と半月。それまでに最高の曲を作り上げる。
それが今一番の彼の挑戦であり、課題であった。
拓也がライブを開く目的は他でもない、輝への想いを歌にして彼へ伝えたかったからだった。
現実的に考えれば、伝えるのは不可能であることぐらい、拓也もちゃんと理解していた。
でも何もしないままじゃいけないんだと彼は思う。
こんなことしか出来ない、けれども第一歩としてプラスにしていきたい。
全部ココまでするのは輝を想っているから。輝が大好きだから。
大好きな歌が大好きな輝に自分の想いを伝えてくれるようなきがしたから。
その大好きな想いは友情なのかそれとも・・・・。
やっぱり彼は考えても考えてもわからなかった。
以来、拓也は毎日学校帰りにチューリップの花束を手に、輝のお見舞いに行った。
そして毎日輝のそばに腰掛け謝り続けた。
時折涙を流すこともそう少なくはなかった。
かつて輝が自分に優しく頭をなでてくれたように拓也は輝の頭を優しくなでる。
自宅へ帰っては、すぐさま自分の部屋で作詞作曲を考え続けた。
だいたいのフレーズが出来上がると、歌の練習を始めた。
もとから歌はうまいほうだったが、数を重ねるごとに徐々にもっとよい歌声になっていく。
そしてあっという間に月日は過ぎていった。
______そして迎えた10月末の文化祭当日
本日、高原高等学校はおおにぎわい。
生徒たちの笑い声や楽しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。
そんな時、拓也は真剣だった。初めての経験のせいで少し顔が引きつり、テンぱっていた。
緊張して足がガクガクになって歩きにくい。
いろいろと不安はよぎるがやらなくてはいけない。
(高橋先生も俺のために懸命に提案してくれたんだ。)
彼の恩も無駄にはできないものだった。ここでやらなくては今までの想いは無駄になる。
(絶対に成功してみせる。たとえ中傷されてもいいんだ。どんなことされたって絶対に、俺は最後まで歌ってみせる。)
拓也の意思は変わらず固い。拓也のライブは午後からの予定とされていた。
太陽は高く昇った。やる時がきた。彼のライブの時刻がやってきた。
学校に借りたスタンドつきマイクを自分の前に置き、弾きなれたギターを構える。
そして深い深い深呼吸をする。
準備は整った。もう緊張はしない。あとは成功させるだけ。
自分が信じた道をつっぱしるだけ。
マイクのスイッチを入れる。そしてゆっくりとブレスをし、歌の最初のフレーズを奏で始める。
彼の周りには誰もいなかった。でもそれでもよかった。
こうして今自分が歌っていること自体がキセキみたいに思える。
たとえ最後まで聞いてくれる人が誰もいなくてもいい。
ただこの場を借りて歌えるだけで、輝への想いを伝えるだけで、それだけでいいのだ。
拓也の柔らかい声が響き渡った。
歌い始めて2分ぐらいたったときだった。拓也は驚いた。
誰もいなかった彼の周りにひとりの生徒がいた。
小柄で、少し横の髪をだし、赤いリボンでセミロングの髪を高くポニーテールに束ねている女子生徒だった。
彼女はそこで拓也の歌声を聞くなり静かに鑑賞していた。
自然な笑顔で愛らしい彼女は拓也を怖がることをしなかった。
「え、この歌声もしかしてあの朝本拓也?」
「まじかよ!でも確かによくきいてみればそうだ!俺ちょっと見てこようかな。」
拓也の歌声は学校の隅々にまでいきわたっていた。
彼の歌声と知った生徒たちは、次々と歌が聞こえるほうへと足を運ばせ始める。
最初は誰もいなかった。ひとりもいなかった。
ずっと誰も来ないだろうと思っていた。しかし実際にそうだろうか。
最初は一人。今度は2人3人とどんどん彼の周りに生徒が集まった。
拓也の歌声がやむ頃には学校中の生徒と歓声が上がった。
成功だ、ライブは成功したのだ。
そして誰よりも驚いているのは拓也人身。
(俺は、夢でもみているのだろうか・・・・。)
目の前の光景がそう彼を思わせる。信じられなかった。
今まで拓也によってこなかったはずの生徒たちが、今ココで拓也に歓声を上げている。
とてつもない嬉しさがあふれ出そうとする。
「聞いてくれて・・・・・ありがとう」
拓也は小さな声でお礼をいった。
そしてたちまち彼が話し出すと、生徒たちは彼に注目する。
「俺にはたった一人の親友がいる。」
その言葉を聞いた生徒たちは真剣で複雑な表情になった。
「その親友はいま入院している。俺のせいで、彼を信じてやれなかった俺のせいで、こんなことになってしまった。全部俺の責任だ。
償いたいから。謝りたいから、だから今こうやってでライブをした。
伝えたいことを全部を歌詞にして、この想い届くように、そう願って歌った。」
え、全部一人でつくったのか?などと驚きの表情で生徒たちがざわめく。
「俺のたった一人の親友は、俺にたくさんの優しさを教えてくた。たくさん俺を助けてくれた。
今日ココでみんながこうして聞いてくれたのも全部彼のおかげなんだ。」
_______全部、輝のおかげ
全部言い終えたとたん、たちまち拍手が必然的に起こった。
「ありがとう・・・・。」
もう一度心から拓也はお礼を言った。
拓也を見る目はいいとはいえないが、前ほど悪い目では見られなくなったであろう。
彼に寄り付こうとはしないが何か一言ぐらいは話しかけられるようになるぐらいに、彼に対する態度は改善された。
ライブに使ったものを片付け、今日の文化祭は無事終了となった。
もうすっかり日は暮れ、空はきれいな淡いオレンジ色に染まっていた。
(俺の想い。輝に届いてるといいな・・・・・。)
目を閉じて強く願う。彼は自分に出来ることはやり遂げた。
何も出来ない自分でも、出来る限りのことはやったのだ。
*****
「今日、輝のために作った歌でライブをしたんだ。成功したんだよ。」
輝の眠る病室。彼のそばにいつものようにそっと腰掛け、拓也はそう言って彼の頭を優しくなでる。
「俺の歌、聞いてほしいなぁ。」
そういうと、文化祭のときのように歌いはじめた。ゆっくりで優しいメロディー。
拓也の想いをのせた歌声は室内に簡単にいきわたった。
(!?)
そのときだった。
(今、輝の手がかすかに動いた気が・・・・。)
拓也は何度も瞬きをし、自分の目を何度もこすって疑った。
(そんなわけないよな・・・・。気のせいか?・・・・・。)
動いていないのを確認し、少し拓也は落ち込んだ。
「んっ・・・・・。」
かすかな声が拓也の耳に入り込む。拓也はもう一度驚き、疑った。
輝の目がゆっくりと開き始めたのだ。拓也と輝の目が合う。
「拓也・・・・?」
「輝・・・・・?」
名を呼び合った瞬間、拓也がずっとこらえてきたものがあふれ出した。
彼の瞳から涙がこぼれ落ち始める。
今まで以上にぼろぼろと止まることなくいとも簡単に落ちていく。
拓也は涙を流しながら輝の手を握った。
「輝・・・俺だよ拓也だよ。」
握ったままゆっくりと輝に自分の存在を伝える。
「拓也だ・・・・・拓也だぁっ・・・・・」
彼の存在を確認した輝の表情もたちまちゆがみ、小さな子供のように涙を流した。
二人の泣き方はかつての幼い頃を思い出させるような様子だった。
約4ヶ月の間ずっと聞くことのなかったお互いの懐かしい声。
ふれて感じたお互いのぬくもり。何もかもが懐かしすぎて、愛おしくて___
そして拓也は心の中で思うのだ。
(ありさ、お前の言っていたこと今ならわかるよ。ようやくわかったんだ。)
『恋愛っていうのはいろいろな形で生まれてくる感情だっていってるの』
(俺は・・・・・俺は・・・・・。)
______輝を心のそこから愛してるんだ。
親友としても、男としても、人としても全部全部。そして・・・・・。
______恋愛対象としても。
(輝に出会えて本当によかった。大好きだよ輝。)
「拓・・・・・也?・・・・・・・どうしたん・・・・・・・だ?」
けがでうまくしゃべれない輝は、必死で問いかけた。
「ううん。なんでもないんだ。」
(この気持ちは伝えないでいよう。大事に心の中にしまっておくんだ。ずっとずっとこれからも輝を愛していよう。)
「ねぇ・・・・・・拓也。俺ずっと・・・・・・長い長い夢を・・・・・見てたんだ。」
輝はそっと口を開き言葉にした。
「どんな夢?」
気になって拓也も彼に尋ねてみる。
「ずっと俺の頭を・・・・・優しく拓也がなでてくれる・・・・・夢。すごく・・・・・気持ちよかったんだよ。」
その言葉を聞いたとたんに拓也の表情が変わった。
「だから、拓也が・・・・・・してくれたように・・・・・俺もこの手が・・・・・動くようになったら、今度は俺が・・・・・拓也の頭・・・・・なでてもいいかな?」
彼は優しく微笑み拓也にそう伝えた。拓也はそれに応じて素直にうなずき、おさまっていたはずの涙がまたこぼれた。
思うだけで息が苦しくなるほどに嬉しくて、また輝の手のぬくもりが戻ってくると思うと、たまらなく拓也は感動した。
「輝、ごめん。本当にごめんね。」
拓也は胸を痛めた。今にも張り裂けてぼろぼろになりそうになる拓也の心。
「なんで・・・・・・?」
「だって・・・・だってっ・・。」
ひっくと肩をあげながらしゃべる拓也の涙はいくつかのラインとなってこぼれる。
「俺、輝にあんなひどいことをしたんだぞ?!なのに怒りもせずに最後まで輝は笑ってた。
あんなにいっぱい傷つけたのに!あんなにいっぱい傷ついたのに!」
________ずっとずっと・・・・・笑って耐えていた。
輝は辛いのにもかかわらずずっと笑って耐えていた。
最後まで拓也を慕い、不安にさせないように。
安心させようとするために、夢を見ていることに気づいてほしかったから。
「いっぱい傷つけたよね、いっぱい苦しんだんだよね。全部俺が悪いのに。
信用しなかった俺が悪いのに。ごめんね、ごめんね。」
拓也は言えば言うほど泣き崩れた。ただ泣くことしかできなかった。ただ謝ることしかできなかった。
「あの時・・・・・俺はわからなかったんだ・・・・。」
口を開いた輝に拓也が耳を傾ける。
「どうして・・・・・・あの時拓也が・・・・・泣いていたのか。。どうして信じて・・・・・もらえなかったのか。
いっぱいいっぱい・・・・・・悩んで考えたけど、結局・・・・・・何にもわからなくて。すごく苦しくて・・・・・・悲しかった。
拓也に・・・・・・嫌われたと思ったんだ。でも俺は・・・・いつだって拓也を嫌いだと・・・・思ったことなんて・・・・無かったよ。
今だって・・・・・・変わんないよ。大好きだよ。だからもう・・・・・これ以上・・・・自分を責めないで。」
その言葉を聞いて拓也は複雑な気持ちでいっぱいになった。
「輝、俺だって輝を嫌いになったことなんて一度もない!本当だ!ずっとずっと俺は輝が大好きだ!」
「俺、拓也に・・・・・嫌われてない・・・・・・んだよね?そう信じて・・・・いいんだよね?よかったぁ・・・・よかったぁ・・・・。」
声を震わせて輝は涙を静かに流す。悪い悪夢から覚めたように、暖かい光が自分を導いてくれる。
お互いの本当の気持ちを聞いた二人はすごく安心した。
これも全部運命だと信じたかった。お互いが出会ったこと、こうしていられること全部が本当の幸せだった。
そしてこれからも、ずっとこうしていられることを心から願う。
_____俺たちはずっと一緒だよな。