第3章 ~消えない過去~
拓也がついに輝の家に訪問。楽しいはずのお泊りなのに輝には忘れられない過去と思い出の品が…
何も知らない彼は幸せだった
心配することなど何もないと思っていたから
これから起こることを知らなかったから
もしもこのまま知らずにいたら、彼は幸せだったのだろうか
もしも出会わなければ、彼は幸せだったのだろうか
それは誰にもわからないのかもしれない
-君の笑顔も泣き顔も- 第3章 ~消えない過去~
「それにしても輝すごかったな」
あの後輝に慰められ、拓也の涙はすっかりおさまっていた。
「俺にもよくわかんないんだよなぁ。只拓也を助けたいって思って瞬間的に動いてた。漫画みたいな話だけど本当だよ?」
輝はそう言っているが、やりあったときの彼はたくましく、とても凛々しかった。
しかし、自分の隣にいる今の輝はこんなにも愛くるしい。
「なんか嬉しいかもその言葉。じゃぁ何で俺が危ないってわかったんだ?」
「それも不思議とわかんねぇんだよなー・・・・・」
「そうなんだ・・・・有難う・・・・。」
(輝は俺のこと思っていてくれてるんだ)
言葉にはしないが心の中で拓也はそうつぶやいた。
「なぁ拓也。今日はもう疲れただろ?ついでだし、ここからなら俺んちのほうが近いから泊まりなよ」
「え?」
思いもしなかった言葉に拓也は驚いた。
正直ものすごく嬉しい。
しかし、拓也は彼の家に泊まりたかったが、これ以上は迷惑を掛けられないと思い、一度断ったが、二度も同じことを言い返されたため、ここは素直に甘えることにした。
「今日はいろいろ迷惑かけっぱなしでごめんな」
「迷惑じゃないしむしろ大歓迎だよ。そんなに堅苦しくなるなって」
輝は可愛らしく笑顔を見せた。
(もしも輝が女の子だったら今頃惚れてちゃってるんだろうな)
なんてことを考えながら拓也も笑顔で彼の背中を追った。
*****
「え、輝の住んでるところってここ?!」
拓也は自分の目を疑った。目の前に見える建物はどう見ても民家ではない。
病院だ。
「ここだよ。家族がいなくなってからはここの病院に引き取ってもらったんだ。看護士さんや医者の人もみんな優しいんだ。俺のために部屋もわざわざ空けてくれてるし」
「ほぇー。すごいな」
「それに・・・・。いつ俺の病が再発するかも・・・・・」
輝は拓也には聞こえない声でつぶやいた。
「ん?輝、今何か言った?」
よく聞こえなかった拓也は問い詰めた。
「ううん。なんでもない」
何事も無かったかのように輝は彼を安心させるように優しい笑顔で答える。
しかし、やはり拓也は少しながらも違和感を感じていた。
時々見せる輝の何か心のどこかで悲しんでいる表情。
なにかあるのではないかと拓也は思う。
でも今はそれが何なのかわからなかった。
「あ、拓也。ついでにさっきの奴にやられたケガ治してもらうといいよ」
「え、いいのか?ずうずうしいと思うけど」
「大丈夫だよ。みんな子供が好きで仕事やってるところあるから」
(・・・・・・・子供)
拓也はもうそんなに子供じゃないと思っていたが、大人から見ると高1でも子供と見られるのだろうか。
ちょっと拓也はそっけなくなった。
実際泣いたりする姿はまるで子供のようにも見えないこともない。
*****
「痛い痛い痛い痛い!」
室内に拓也の悲鳴が響き渡った。
手当てをしている真っ最中だ。
拓也は地面へと投げ飛ばされたときに深くすりむいていた。
血がにじみ出し、内出血も外出血もしている状態。
さすがに骨は折れていないらしい。
若いさわやかな医者がくるくると包帯を巻きつけ
「はい、終了~」
と、軽々しい声で言う。
気がつけば、拓也は少し涙目になっていた。
「大丈夫か?すごい悲鳴だったけど」
そういいながら輝は拓也を覗き込むようにして心配している。
「正直すんげー痛かった」
わかったよと言う表情で輝は微笑む。
「手当てしてくださって有難うございます。・・・・あの、俺お金ないんですけど・・・・・」
困ったように拓也は目の前の医者に言った。
「あぁ、それなら後払いでかまわない。突然のことだったから大目に見るよ」
ここは病院だ。
職として、やはり治療代を儲けなければならないのは当然のことである。
治療代がタダになることはまずない。
拓也はふと思った。
(そういえばまだ自分のこと名乗ってなかった・・・)
しかし、その必要はなかった。
医者が彼に話しかける。
「君、拓也君だよね?輝君からよく聞いてるよ。仲いいみたいだね」
(!?)
なぜ自分のことを知っているのかと不思議に思い、自然に輝のほうに目を向けた。
少し照れた表情で顔の赤い輝は目をそらす。
「いや、その、ついつい拓也のこはなしちゃったていうかその、えっと・・・」
あたふたと必死に説明しようとする輝。
その姿は誰が見ても可愛らしく好印象。
「俺、なんだか嬉しいよ。輝の中に俺の存在がちゃんとあるような気がしてさ」
そういいながら自分よりも長身である輝の頭を怪我の軽い右手で優しくなでる。
「て、照れるからやめろって」
そういう輝の頬はもう熟れたりんごのように真っ赤であった。
口では否定しても、内心ではなんとなく嬉しい。
誰からも頭をなでられることのなかった彼にとってこの行動は胸を打たれるものであった。
初々しい二人を見ているさわやかな医者、小池医師はこの光景に自然と笑顔になる。
そのときだった。
コンコンッ
室内の入り口のドアから誰かがノックをする音が聞こえた。
「原田さんかな?入ってきてもいいよ」
彼がそういうと、『原田さん』と呼ばれるナース服の女性が入ってきた。
見ての通りこの病院に勤めている看護師だ。
「先生、みんな。夕飯の支度が出来ました。手が空き次第食堂へどうぞ。それでは」
面倒見のよさそうな彼女はその場の者にそう言って仕事に戻るかのように部屋を後にした。
「夕食、俺ももらっていいんですか?」
「当たり前だよ、お泊りなのに夕飯なしはないよ」
おかしく笑う小池医師。
ここの人たちは本当に親切で優しいのがよくわかる。
輝の言ったとおりだ。
「んじゃ食堂にいこう」
今日は皆いろいろとあって腹をすかせていた。
「なぁ輝。その前に電話してもいいか?」
その言葉の意味をすぐに理解した輝は
「家のほうに連絡入れておいたほうがいいね。心配させちゃうから」
と、拓也に言った。
『えぇ!?そんなことがあったの?!』
携帯電話の向こうから聞こえる大声が鼓膜を刺激する。
母親の声だ。
そのそばで輝は電話が終わるのを待っていた。
『話はわかったわ。迷惑をかけないようにするのよ。それからお礼はしっかりね』
彼女はそう伝えると電話を切った。
「電話終わったか?」
「あぁ。なんか軽く怒られた。当たり前なんだけどな」
拓也はそう言って苦笑いを浮かべる。
用を済ませた彼らは、待ってましたと言わんばかりに食堂のほうへ向かう。
もちろん場所は輝が案内した。
*****
「いただきます」
合掌をし、テンポよく拓也は目の前のご馳走を食べていく。
メニューはそこそこ豪華である。
その上、病院であるため栄養のバランスも考えて料理されており、野菜類も豊富で非常に健康的であった。
やや豪快気味に食べていく拓也に対して、輝はとてもしなやかな食べ方をする。
タレや飲み物の水滴をこぼさずとても上品であった。
彼はあまりガッツリ食べるタイプではない。
かといって決して小食というわけでもないのだが。
そんな彼を見た拓也はテンポが緩み、なんだかとても自分が恥ずかしくなった。
拓也の様子を心配した輝は
「どうした?御腹でも痛いのか?」
そう言って彼を心配した。
「ううん。そんなんじゃないんだ。ただ、すごく恥ずかしくなった。俺と同い年なのに輝はすごく大人に見えてさ、俺なんかと全然違うなぁって」
少し暗い表情になった彼の肩を輝がポンッっと軽く叩く。
「俺は大人なんかじゃないよ。それに別に子供っぽくったっていいと思う。俺はさ、なんでも完璧な拓也よりも今のままの拓也が一番好きだよ」
輝はさりげなく言ったつもりだが、拓也にとってはものすごく嬉しい言葉だった。
「お世辞なんていいよ」
「お世辞じゃないよ。俺は本当にそう思ってる」
それを聞いた拓也は顔が赤くなった。
「俺も優しい輝が好きだよ」
「ありがとう」
言われた輝もなんだか嬉しくなった。
彼の言う"好き"とは、友達としての"好き"である。
少なくとも今はそうとしか思えなかった。
どんな意味の"好き"でも、それは拓也の正直な気持ちそのものなのだ。
二人は食事をとることよりも、すっかり話に花を咲かせていた。
*****
「結構広いんだな」
食事を済ませた二人は輝の部屋にいた。
輝の部屋はリビング1.5個分ぐらいの広さだ。
まぁ広いと言えば広いであろう。
部屋の中にはテレビが一台あり、ベットもあった。
おそらく服が入っていると思われるクローゼットもだ。
充分生活できる程度のものはそろっている。
「拓也、ゆっくりしていていいよ。おれ、何か飲み物持ってくるから」
そう言って彼はどこかへいってしまった。
(ゆっくりしててっていわれてもやっぱ緊張するなぁ・・・・)
心の中で思った。
輝の部屋にいると思うとなぜか緊張してしまう。
どんな私服をきているのかと気になった彼は、クローゼットを開けたくなるがやめておいた。
さすがに個人の趣味だし、輝に悪いと思ったからだ。
それからいろいろ考えている間に数分たち、輝が戻ってきた。
「おまたせ」
よく通る柔らかい声が後ろから聞こえてくる。
「お帰り。悪いなわざわざ」
少し申し訳なさそうに拓也が言う。
「いいよいいよ。拓也は大事なお客さんだし」
暖かい輝の笑顔は本当に拓也の安らぎとなった。
「アイスココアとカルピス。この組み合わせはどうかと思うけど、どっちがいい?」
と、輝が拓也に聞いたので
「じゃぁ俺はカルピスがいいな」
そう拓也は答えた。
どうぞと言って拓也にカルピスを手渡しする。
それから数分後、いろいろ話してあっという間に飲み物はなくなり、時刻は8時を回っていた。
そろそろ風呂に入りたい時間である。
「じゃぁゆっくりしててね。俺は拓也があがるまでまってるから」
そういい残し、彼は風呂場のドアのそばに座った。
拓也は悪いなと言い、風呂に入ることにした。
ちなみに寝間着は輝に借りたものである。
思ったとおり風呂場もまずまずの広さであった。
拓也も高校生なのでそれなりの身長はある。
風呂が広いおかげでのびのびと中で足も伸ばせてとても心地よい。
あまりの気持ちよさに思わず寝てしまいそうな勢いであった。
傷のほうはやはりしみて痛いのでうまく水からガードしている。
拓也はいろんなことを考えていた。
(あんなにいい奴、絶対どこにもいねぇよな。性格可愛いし、かっこいいし。うらやましい)
外見も性格も実にパーフェクトであった。
彼にとっての輝はうらやましく思う存在であり、そして尊敬し、本気であこがれの存在である。
(輝も待ってることだしそろそろ体洗って上がるか)
「輝ー。上がったぞー」
「・・・・・・・」
返事が無い。
不思議に思い、拓也は彼を覗き込んだ。
すると、拓也の耳に寝息が聞こえてきた。
輝は眠ってしまっていたのだ。
「輝、輝、風呂上がったぜ。」
彼の体を優しく揺さぶる。
そうしていると、輝は次第に目を覚まし始めた。
「あ、俺寝ちゃった?拓也は先に戻ってて。すぐ済ませるから。ごめんな」
そういうと輝は風呂場の中へ入っていった。
(輝、疲れてるんだね)
すぐにわかった。
いろいろ今日は助けてもらったし、気も遣ってくれたのだから。
これ以上迷惑をかけるわけにはいけないと思い、拓也は輝に従って部屋に戻っていった。
それから30分後。
「拓也、あがってきたよ」
疲れを隠すように輝は拓也のそばによる。
が、拓也の手元に目をやった瞬間、彼の目が見開いた。
拓也が手にとっているもの、それはペンダントであった。
「ご、ごめん勝手に手にとって。これ誰の?輝の?」
聞かれた輝はワンテンポずれて返事を返す。
「そのペンダント、母さんが生きてた頃によくつけてたものなんだ。それ、大事な母さんの形見なんだよ。それぐらいしか形に残っているものはないんだ。今でも大切にしている」
聞かされた拓也は一瞬で顔色が悪くなった。
こんな大切なものを勝手に手にとってしまった思うと、自分がいけないことをしているのを改めて思い知った。
輝に嫌われたかもしれない。
そう思うだけで胸が張り裂けそうになる。
すごく、すごく痛い。
今にも砕け散ってしまいそう。
「拓也。そのペンダント返して」
輝の声は振るえながらも優しかった。
しかし、彼の顔はこわばって、次第に涙があふれ出た。
過去のことでも思い出したのであろう。
彼はあの場所で待つのをやめたが、やはりまだずっと家族のことを想い続けている。
当たり前だ。
愛おしい家族なのだから。
死ぬまで家族を想い、失った悲しみを背負うだろう。
輝の姿を見た拓也は言葉を詰まらせた。
手元にもっているペンダントをそっと輝の元へ返す。
「ごめん、辛い思いさせて」
苦しい。
苦しくてたまらなかった。
どうしていつも自分はこうなんだろう―――――
(俺は迷惑しかかけられないんだ。俺が輝のそばにいたらきっとまたつらい思いをさせてしまう)
拓也は思い切った行動にでる。
「輝、ごめん。俺家に帰るよ」
「?! なんで・・・・・・・」
静かに涙を流しながら彼を呼び止める。
そんな彼に拓也は振り返らずに言う。
「俺が輝のそばにいたらずっとこの先、きっと輝につらい思いをさせてしまう。迷惑をかけてしまう。だから、俺はここにいちゃいけないんだ。輝の泣き顔なんて見たくないから」
「違うっ!」
輝の叫び声に驚いき、振り向かないと決めたはずの拓也は、思わず振り向いてしまった。
今度は拓也が目を見開く。
拓也の瞳に映る彼はまるで、幼い子が泣いているようであった。
「そんなこと言わないでくれ。ずっとずっとほしかった親友なのに。やっと分かり合える人とで出会ったのに。こんなにも簡単に壊れちゃうなんて嫌だ。家族もいなくなって、拓也までいなくなったら俺、俺、もう笑顔になれない。拓也がそばにいなくなるなんて嫌だ」
輝が振り絞って言い切った言葉に拓也は圧倒された。
(こんなに俺は輝に迷惑かけてるのに、どうして輝は俺なんかのことをこんなにも大事に思ってくれるんだ・・・・・)
こんなにも自分が彼に必要とされていることなんて知りもしなかった。
嬉しくてたまらなくなる。
苦しさと嬉しさが交差してどうしていいかわからなくなる。
そしてたまらず号泣した。
「俺、迷惑かけないように努力する。こんな俺でも輝のそばにいてもいいのか?親友でいてもいいのか?」
輝の元に向かった拓也は輝に問う。
彼の問いに、輝は一秒もためらわなかった。
「当たり前だよ。俺、拓也がそばにいてくれないと、たまらなく辛い」
「ありがとう、ありがとう。俺も輝がいないと辛くてしかたがない」
この先きっといろいろなことがあると思う。
人生ってそんなものだと思う。
どんなに辛いことがあっても二人で乗り越えようと思った。
二人の仲が永遠であるようにと、お互いが強く願うのだった―――――