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第24章  ~露命~

泣きたいのなら


泣いていいんだよ


僕が君の涙をぬぐってあげるから





辛いのなら


そう言っていいんだよ


僕が全部受け止めてあげるから





苦しいのなら


すがっていいんだよ


僕が優しく抱きしめてあげるから





だから


どうかずっと僕のそばにいて


どこにもいかないで





もっと君に愛してるって伝えたいから











-君の笑顔も泣き顔も- 第24章 ~露命~











A組とB組の今日の3時限目の科目は体育だった。


体育館内に準備運動を済ませた体操服姿のA組とB組の生徒が整列する。


高原高等学校の体育は2クラスごとに行うようになっていた。


基本、男子と女子は別々に授業を受けることになっており、今日の授業の内容として女子は第一体育館でバレー、男子は第二体育館でバスケットボールをすることになっている。


そして第二体育館内にホイッスルが鳴り響いた。


それと同時にA組対B組の試合が始まる。


ジャンパーが手にかけたバスケットボールを最初に手中に収めたのはA組の生徒であった。


その生徒はそのままドリブルしていき、途中B組の生徒にマークされると、すばやく仲間にパスした。


ボールは他の仲間の手中に収まり、そのままリングめがけてシュートされる。


しかしそれは惜しくも外れて失敗した。


リングに弾かれたボールが落ちようとするのをとたんにA組の生徒が拾おうとする。


が、ボールはA組の生徒の手にいきわたらなかった。


B組であろう何者かがすばやく先にボールを手中に収めたのだ。


そして勢いよくそのままA組の生徒をすり抜ける。


コート内で、金髪の男子生徒が秀麗に動き回っているのが一際目立った。


A組の生徒が邪魔に入ろうとするのを彼は得意気にドリブルキープし、隙を狙ってそれを意図も簡単にかわす。


ドリブルターン。


バックターン。


そのどれもがとても綺麗なフォームで繰り広げられ、彼の動きを止められることは誰もできなかった。


そしてついに鮮やかなレイアップシュートが決まる。


瞬く間にB組が先制点を獲得したのだ。


金髪の完璧なプレイに、敵味方関係なしにその場にいた生徒全員が驚いた表情を浮かべた。


「すげぇー・・・・」


「超うめぇ・・・・あいつ、バスケ部か?」


生徒たちは完全に驚愕してしまい、思わずボソリとそのような言葉を吐き出した。


「悠斗、あんなに上手いやつうちのバスケ部にいたか?」


「いや、うちのバスケ部に金髪はいねぇ」


驚愕してしまった一人である彼らは自分の目を疑いながら会話をする。


「圭介はあいつをどう思う?」


「どう思うって、確かにバスケ部に入ってくれればそれなりの成果をあげてくれるかもしれない。でもたぶんあいつ不良じゃないか?もしそうだとして、仮にバスケ部に入って後々問題起こされると困るから入部されるのはちょっと・・・・・」


見たままのことを正直にとらえてそう言う彼の表情は複雑そうであった。


「そうかい。まぁ、本当に不良かどうかは話してみないとわからないってことだな」


悠斗はそう言うと、パスされたボールを手に、自らドリブルをしてリングを目指した。













試合の結果は32対38で金髪を含むB組が勝利し、悠斗と圭介を含むA組は負けてしまった。


授業を終え、更衣室の中、懸命に動いた男子生徒たちは各自で水分補給をとったり汗をタオルで拭いていた。


持ってきたお茶を飲み、金髪が学ランを正したそのときであった。


「ちょっといいか?」


金髪は誰かに声をかけられることに慣れていないのだろうか。


学校で一匹狼の彼は、突然何者かに声をかけられ、思わず驚いて振り向いた。


「悪ぃ悪ぃ。ケンカ売りに来たわけじゃないんだ」


ぶきっちょ面の金髪を見て、悠斗は少し困り顔でそう言った。


「俺に話しかけるなんて珍しいな。そう言うやつ、この学校じゃぁそうそういねぇぞ。あんた、物好きか?」


「いや、普通のやつさ」


悠斗は可笑しく笑いをこぼす。


以前から彼は不良ではないものの、金髪に赤いTシャツと言う姿から、不良であるとずっと勘違いされてきた。


そのため、彼の言うとおりみんな容姿的に彼を不良だと思い込み、自ら彼に声をかける者など一部を除いてそうそういなかった。


文化祭で行ったライブの一件もあり、今は彼に対する偏見も解消されつつあるが、やはりまだあまり周りの者と溶け込めていない。


「面白いこと言うな。どうやら不良ってワケでもなさそうだ」


金髪はそれを聞いて一度うなずくが、すぐにため息を一つこぼした。


「お前、さっきの試合で一緒に戦って思ったんだが、バスケの腕いいな」


「そうでもない。並大抵のレベルだよ」


褒められた金髪はそう言って否定した。


「いや、並大抵のやつはあそこまで鮮やかに点を奪えねぇ。お前の実力はバスケ部の俺と圭介まで負かした。どう考えても並大抵のやつの実力とは思えねぇんだ。ストバスでもやってるのか?」


悠斗が尋ねると、金髪はそのことに対しても否定した。


「じゃぁ練習は?」


「これと言って特にしていない。バスケは気が向いた時にやっているだけだ。でもまぁバスケは好きかな」


金髪がそう言うと、悠斗は興味深々な表情で彼の言葉に聞き入った。


「じゃぁなんでここのバスケ部には入らなかったんだ?好きなら入ればよかったじゃないか」


「そんなこと、考えたことないよ」


それを聞いた悠斗は落胆するかのように息を吐いた。


「そうか。ありがとな、話聞いてくれて。最後にお前、名は?」


悠斗が聞くと金髪は、


「朝本拓也」


と名乗り、そのまま自分の教室に戻っていった。







*****







(あれ?なんで俺こんなところのに・・・・・・)


驚いた拓也は思わずあたりを見渡した。


そこには見たことのある家具が並んでいる。


どう見てもそこは何度か目にしたことのある輝の部屋であった。


現れた光景に、拓也は思わず言葉を失う。


「拓也」


突然聞き覚えのある声が聞こえた。


拓也が振り向くと、そこには何かを持った輝がいた。


「ん?どうした?」


呼ばれた拓也は応答する。


輝がいることに何の違和感も感じなかった。


ここは輝の部屋だ。


彼がいて当たり前である。


「誕生日おめでとう」


「!? そ、そっか。忘れてた」


輝曰く、今日は拓也の誕生日らしい。


すっかり忘れていた拓也は苦笑いをこぼした。


そんな彼に輝はにっこりと笑顔を見せ、手に持っていたそれを差し出す。


「これは?」


「俺からの誕生日プレゼントだよ」


それを聞くなり拓也の表情はいっきに明るくなった。


輝から受け取ったのは少々大きめの箱である。


箱の形的に、入っているものが何か予想できた。


「ありがとう輝。開けていいか?」


「いいよ」


輝がそう言うと、拓也はテーブルの上に一旦箱を置き、すぐさま箱を開けた。


「うおー!美味そう!」


予想通りのものが箱から顔を出してきたのをみた拓也は、嬉しそうにそう言った。


ショートケーキ。


チョコレートケーキ。


チーズケーキ。


などなど。


箱の中には輝きを放つ大量のケーキが入っていた。


「ど、どどどどどうしたんだよこんなに大量のケーキ!」


嬉しさのあまりに拓也の声はぎこちなかった。


「それがさ、何でかわからないけど店の人がオマケにいっぱいくれたんだよ」


それを聞いた拓也は驚いた。


一つオマケしてもらうことすらそうそうない話であるのにもかかわらず、ここまでの量をオマケしてもらえるなどありえるはずがない。


現実離れした話に力が抜けてしまった拓也は思った。


きっと輝のルックスにやられたのではないのかと。


「食べてもいいか?」


待ちきれない拓也が思い切ってそのようなことを言うと、輝は笑顔でうなずいた。


「いただきます!」


そう言ってケーキを口に運ぼうとしたそのときであった。


「朝本ー!!!」


突然聞こえてきた怒鳴り声とともに、あれほど目の前にあったケーキが一瞬にして消えた。


「ケ、ケーキが――――」


うなり声でそう言い、重たいまぶたをゆっくり開くと先ほどまで見ていた輝の部屋は、見慣れた教室に変わっていた。


「あ、あれ?」


驚いた拓也は目を見開き、思わずあたりを見渡した。


同じ教室内にいるクラスメイトの視線が飛んでくるのを嫌でも感じる。


「何がケーキだ。昼前だからと言って夢でケーキを食べるのは良くないな」


聞こえてきた声が怒鳴られた声と同じであることに気がついた拓也は、目の前にいる人物に目をやった。


その瞬間に拓也は青ざめる。


そこには顔をしかめた担任教師の高橋がいた。


「せ、先生っ」


拓也はここにきてようやく気がついた。


自分が授業中に居眠りをしてしまっていたと言うことに。


今は4時限目。


輝の笑顔も、たくさんのケーキも、すべて夢であって現実ではないのだ。


拓也はそれに気がつき、愕然としているとすぐさま高橋の拳骨が飛んできた。


「痛ぇっ」


「罰として今日中に反省文をレポート用紙三枚以上書け」


「えー!?」


「はい、今のでもう一枚追加。訂正してもう一度言う。反省文をレポート用紙四枚以上書け」


「・・・・・・」


思わず声が漏れそうになるのを拓也は必死に抑えた。


「はい、わかりました・・・・」


「ならいい」


素直に応じると、高橋はそう言って一旦引いた。


(さっきまでの幸せ返せ)


心の声は誰にも聞かれることはなかった。


拓也は肩をおとし、落ち込んだまま授業を受けるはめになってしまったのだ。


そして授業が終わると、高橋は拓也にレポート用紙を渡した。


「書き終えるまで帰らせないぞ」


「・・・・・わかっています」


高橋の言うことはいつも本気である。


それを知っている拓也は余計に落ち込んだ。


(輝を待たせたくないのに・・・・・)


口にしたい彼だったが、そうしてしまうとまた枚数を増やされそうだったので口をふさいでいた。


高橋が教室を出て行くと、教室にいるクラスメイトと同じように自分も昼食をとるため、自分の席に腰掛けた。


拓也の席は窓際の席である。


拓也はため息を一つこぼし、窓から青い空を眺めた。


彼はいろんな意味で凄いくじ運の持ち主である。


席替えはいつもくじで行われる。


過去に何回か席替えが行われたが、たいてい拓也はいつも窓際の席をキープしていた。


自分のくじ運に、拓也は自分自身でも驚いている。


そんな彼は窓際の席が好きだった。


隣が壁で、何か落ち着くのだ。


(輝に連絡いれとこー)


拓也はそう思い、ケータイを開いて輝にメールを送った。


『先生に怒られて今日中に反省文書き終えないといけないんだ。帰り遅くなるかも知れないから、先に帰っててもいいよ』


メールを送って数分後、ケータイが振動し始めた。


『そうなんだ。遅くなっても俺待ってるよ。拓也と一緒に帰りたいし』


輝の返事は、拓也のメールの内容に対して反発的なものだった。


『いいのか?俺、文章書くのへたくそだから絶対遅くなると思うんだが、大丈夫か?』


『大丈夫だよ。書き終えるまで待ってるから俺』


(輝ー。お前は優しすぎるんだよ)


拓也はしみじみそう思い、輝に返事を返した。


そして弁当箱のふたを開け、卵焼きを口に運んだ。









******









放課後。


ほとんどの生徒が部活や家に帰ってしまう時間になっていた。


2年B組の教室には拓也以外誰もいない。


静かな教室の中、拓也は小さくため息をついた。


授業と授業の合間にある短い休憩時間を利用して反省文の内容を考えていたが、どうも上手くレポート用紙に言葉をつづることができなかった。


頭を抱えていた拓也は、やるせない気持ちになりながら時計を見る。


(もうこんな時間か・・・・・)


拓也は時間を確認し、もう一度ため息をついたその気だった。


突然教室の入り口から人影が見える。


「ひ、輝!?」


拓也は人影に目をやるなり驚いた。


「がんばってるね」


人影の正体は輝であった。


「勝手に教室入ってきて大丈夫なのか?」


突然の輝の登場に、拓也は驚きながらそう言った。


「うんたぶん大丈夫。拓也に習って上手くここまでたどり着いたよ」


それを聞いた拓也は苦笑いをこぼした。


以前に拓也も同じように輝の高校に進入したことがある。


それをまねした輝は上手く人を避けながら二階にある拓也の教室に進入したのだ。


同じ学ランで、さほど色も変わらない制服であったため、進入はそう難しくなかった。


「危ないことするなぁ。先生に見つかったらそっちの学校にも噂が飛び交うぜ」


「だろうね。って、拓也も俺のこと言えないよ」


彼の言うとおり、やったことはお互い様であった。


二人は顔を見合わせ、可笑しく笑いあう。


「拓也、あのさ、俺拓也のそばで待っていたいんだけど・・・・邪魔か?」


「んなわけないだろ。そばで待ってくれたほうがいい。目の保養になるからな」


そう言って明るい笑顔を見せると、輝は赤面して目をそらした。


「座りなよ」


気を遣う拓也は隣の席の椅子を引く。


「勝手にすわっていいのかなぁ・・・・」


「大丈夫だって。なんか言われたら俺が説明するから」


胸を張って拓也はそう言った。


それを聞いた輝は笑顔を浮かべ、遠慮がちに椅子に腰掛ける。


「今どれぐらい書いたんだ?」


「えーっと、まだ一枚と半分ぐらい・・・・」


拓也は中学生のころから作文や小論文は苦手である。


苦笑いをこぼす拓也に、輝も苦笑いをこぼした。


「ごめんな全然進んでなくて。これでも頑張ってるんだけど、どう書けばいいかわかんねぇんだ」


完全に困り果てている拓也。


「大丈夫だよ。俺も一緒に考える」


「え、いいのか?」


輝が笑顔でうなずくと、拓也は歓喜あまって輝に勢いよく抱きついた。


「たっ、拓也!?」


彼の突然の行動に、輝は思わず驚いてまたもや赤面した。


「輝ってマジで優しすぎ。ありがとな、本気で大好きだ」


そう言うなり拓也はなかなか輝から離れようとしなかった。


「ありがとう拓也。俺も大好きだ。とりあえず反省文早く終わらそう。そしたらまた後でいっぱい話せるから」


輝は拓也に言い聞かせ、本来しなくてはならないことに集中させた。


「そうだな。ごめんごめん突然抱きついたりして」


「気にしなくていいよ。俺としても嬉しかったから」


今度はそれを聞いた拓也が赤面してしまった。


(輝がそばにいたらかえって逆にはかどらないかも)


良い意味でそのようなことを考えながら反省文を書く作業に戻る拓也。


そんな彼の隣で輝はフォローする。


そのおかげもあってか、思った以上に拓也の反省文の出来は良くなっていき、無事書き終えることに成功した。


「やったー。やっと終わったぜー。ありがとな輝」


ようやく地獄から開放されたかのように拓也は背伸びをする。


「礼なんていいよ。あとはこの反省文を先生まで持っていけばいいのか?」


「ああ。ちょっくら持って行くからここで待ってて。ここの学校のやつに見つからないように気をつけるんだぞ」


そう言って拓也は反省文を手に職員室に向かった。


高原高等学校の職員室は二階にある。


そのため二年の教室からそこはそう遠くはなかった。




コンコン




拓也は2回ノックし、職員室のドアを開けて中に入った。


「失礼します。2年B組の朝本拓也ですけど、高橋先生はいらっしゃいますか?」


「おう、朝本か」


拓也の声に気がついた高橋はそう言って手招きをした。


それに応じ、拓也は彼の元に向かう。


「反省文書き終わったのか?」


「はい」


拓也は返事をして反省文を高橋に渡した。


「思ったより早く書き終えたようだな」


「ま、まぁ」


高橋の言葉に、拓也は輝に手伝ってもらったことがばれているのではないかとチラッと考えてしまった。


「・・・・・朝本、一つ聞いていいか?」


「はい」


突然改まった態度をとり始めた高橋を拓也は不審に思った。


「お前、一年の頃からずっと一人でいるよな?」


突然な話題に拓也は少し驚く。


拓也の学科はクラス替えがある。


生徒が入れ替わると同時に、担任教師も変わる。


高橋は拓也の一年生の頃の担任教師でもあり、たまたま今年も拓也の担任教師として2年B組を受け持っている。


そのため、彼は拓也のことをよく目にしていた。


「こんなことを話題にするのも悪いと思っているが前々から気になっていてな。・・・・・友達作らないのか?」


その問いに、拓也はただうなずいた。


「一人でいいです。慣れていますから」


「・・・・・そうか。でも一人って暇じゃないか?」


それに対して拓也は肯定も否定もしない。


高橋は拓也のことを心配していた。


彼は今まで学校で友達と過ごしている拓也の姿を見たことがない。


拓也はクラスに溶け込めていないのではないのだろうか。


はぶられているのではないだろうか。


辛い思いをしているのではないだろうか。


高橋は自分が見てきたクラスの光景からそのようなことを考えていた。


「朝本は悪いやつじゃないだろ?ライブのとき、お前の話を聞いて俺はそう思った。だからお前からクラスメイトに話しかければすぐに友達なんて出来るだろ」


「先生が何を思ってそのようなことをおっしゃるのかわかりませんが、別に俺はいいです。友達作りなんて。そう言うめんどくさいことわざわざしたくありませんから」


「・・・・・トラウマでもあるのか?」


「特に何も」


きっぱり拓也にそう言われ、高橋は複雑そうな表情を浮かべた。


「俺には"友達"はいないけど、大切な"親友"がいます」


それを聞いた高橋の表情が変わる。


「親友って、ライブで言っていたやつか?」


「はい。俺はその親友さえいてくれれば他に何もいりません。だから友達もいらないし、友達作りもしません」


「・・・・・そうか」


拓也のストレートな気持ちに高橋は言葉を返せなくなってしまった。


「朝本がそう言うんだったらいい。悪かったな、余計なこと口にして」


「大丈夫です。話はそれだけですか?」


「ああ。まぁ、学校生活にも勉強にも頑張って励んでくれ。俺が言い残すのはそれだけだ。もう帰っていいぞ」


「ありがとうございます。失礼します」


拓也はそれだけ言って職員室を後にした。


(お前の言う親友が、お前を支えてくれているんだな)


高橋はそう思いながら椅子の向きを変え、この間の中間考査の採点を付け始めた。


一方拓也は輝を待たしているのを悪いと思い、急いで自分の教室に戻る。


(誰にも見つかってないといいけど)


そう考えながら、拓也は2年B組の教室にたどり着いた。


「輝ー」


拓也が名を呼ぶと、すぐに輝と目が合った。


「お帰り。どうだった?」


「内容はまだ読まれてないけどとりあえず帰っていいって言われた」


「そっか、それならよかった」


輝がそう言って笑顔をこぼすと、拓也は自然と安心した。


「誰かに見つかったりしなかったか?」


拓也が問うと、輝は首を縦に振った。


その様子に拓也は胸をなでおろす。


「そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


二人が各自の鞄を肩にかけ、教室を出ようとしたそのときであった。


「輝、ちょっと待って」


拓也は突然耳を澄まし始めた。


そんな彼を不思議に思った輝は空気を読んでその場で黙る。


すぐそばにある階段から誰かがのぼってくる音が聞こえた。


「隠れたほうがいいかも」


「わかった」


そう言って輝は隠れられる場所を探す。


あたりを見渡す限り、人一人隠れられそうな場所は掃除ロッカーしかなかった。


「じゃぁこの中に隠れてる」


「大丈夫か?」


心配して拓也が言う。


そこは平均的な身長の人でも窮屈に感じるスペースであった。


もともと少し長身の輝が入るのはかなり大変そうであろう。


「大丈夫だよ。ばれないように頑張るから」


「わかった。俺もなるべく自然にしとく」


輝が掃除ロッカーに入ると、拓也はそう言って優しくロッカーの戸を閉めた。


次第に階段をのぼる音は大きくなり、廊下にそれは姿を現した。


「おー、いたいた。朝本ー」


「!?」


姿を現した人物に突然話しかけられた拓也は驚く。


拓也は足音の正体に見覚えがあった。


「お前に用がある。ちょっといいか?」


そう聞かれると、拓也は縦に首を振った。


「お前、体育のときのやつだよな?」


思い出した拓也はそう問う。


「おうよ。そういえばまだ名前名乗ってなかったな。俺の名前は真辺悠斗だ」


彼は教室に入りながら自分の名を名乗る。


足音の正体は真辺悠斗以外の誰でもなかった。


部活の途中で抜けてきたのであろうか。


彼はバスケ部のジャージを着ており、タオルを肩にかけている。


「まさかとは思うが、俺のこと忘れてないよな?」


「あぁ。今日のことだからさすがに覚えてる」


「そうか」


悠斗は静かに笑った。


「で、用ってなんだ?」


珍しく他人に絡まれた拓也は聞く。


すると、突然悠斗はまじめな表情になった。


「本題に入るとしようか。往生際の悪いこと言うが、うちのバスケ部に入部しねぇか?」


それを聞いた拓也は目を丸くした。


「お前にその気がないことは更衣室で話したからわかっている。でもお前みたいな天才を俺たちバスケ部が見逃すわけにはいかねぇんだ」


悠斗は自分の考えを拓也に述べた。


彼の言うとおり、拓也はバスケに関して天才といっても過言ではなかった。


さほど努力や練習をしていないのにもかかわらず、かなりいい腕を持っている。


バスケ部の悠斗や圭介を負かすほどの実力を持っている。


悠斗曰く、拓也はバスケのセンスが良いらしい。


「今年の夏休みに大会がある。お前の実力はおそらくすでに他のバスケ部の実力を抜いているだろう。入ればその大会に選抜されるはずだ。だから頼む、もう一度考え直してバスケ部に入ってくれないか」


「・・・・ごめん」


悠斗にせがまれながら、拓也は謝った。


「真辺の気持ちはすげー嬉しい。でも俺の意思は変わらない。もちろん言ったとおりバスケは好きだ。けどバスケ部に入る気はない」


拓也は悠斗の誘いを断った。


「そうか。・・・・・なぜそんなにもかたくなに入部を拒む?」


不満に思った悠斗は思い切って聞いた。


「ただ単に、バスケよりも大事なものがある。ただそれだけだ。それが入部を断る理由」


「大事なもの?」


「あぁ。真辺がバスケを大事に思うように、俺にも大事に思うものがある」


それを聞いた悠斗は複雑な表情になった。


「だから俺は入部する気はないんだ。ごめんな、せっかく誘ってくれたのに」


「ううん。お前の意思がそれだけ固いなら仕方がない。ここは男らしく引くとするよ」


笑顔を浮かべ、悠斗はあきらめた。


「まぁお前もバスケが好きならまたいつでも入部届け出しに来いよ。いつでも迎え入れてやるから」


「ありがとう」


拓也が礼を言うと、悠斗は少し残念そうに教室を後にした。


「輝ー、もう出てきていいぞ」


完全に悠斗の姿が見えなくなると、拓也はロッカーの戸を開けた。


「狭かっただろ?大丈夫か?」


「うん。なんとか」


「ごめんな話長くなって」


「ううん。大丈夫だよ」


そう言うと輝は制服についたごみをはたいた。


「拓也・・・・・」


「何?」


名前を呼ばれた拓也は問う。


「よかったのか?」


「ん? あぁ、さっきのことなら別にいいって」


そう言って拓也は手を左右に二回ずつ振ってその場の空気を濁した。


「・・・・拓也、バスケ好きなんだろ?それに腕もいいって言ってたし・・・・・だったらバスケ部に入るべきだよ」


「何言ってんだよ、そんなことしたら輝といれる時間なくなっちまうだろ。バスケなんかよりも輝のほうが大事だ。話聞いてなかったのか?」


「聞いてたけど・・・・・でも・・・・・・」


輝はうつむいた。


「輝」


拓也は名を呼ぶと、彼の目の前に立った。


「ひょっとして、自分のせいで俺がバスケ部に入れないとか思ってないか?」


「!?」


それを聞いた輝は過剰反応してしまった。


拓也の言うことは図星であった。


自分のせいで拓也は自身の好きなことに専念できない。


自分のせいで拓也が好きなバスケに時間を費やせない。


輝はそう思って拓也に対して申し訳なく思っているのだ。


「やっぱりな」


拓也は言葉をこぼし、小さく息を吐いた。


「俺はな、さっきも言ったとおりバスケよりも輝が大事なんだよ。だからバスケ部に入部しないんだ。輝と一緒にいられるんだったら自分の好きなことすら惜しまない。だからそんなこと考えるな」


拓也はそう言い終えると、優しい笑顔を見せた。


「拓也・・・・・ごめんな」


「だから謝るなって」


「でもやっぱり拓也に悪―――!?」


言葉を述べる最中に、突然拓也の顔が近づいてきた。


輝は驚いて思わず目を硬くつぶる。


そして少しでも身動きしたらお互いの唇が重なり合ってしまうところで、拓也の動きは止まった。


「それ以上言ったら怒るよ?」


「ご、ごめん」


拓也は笑顔を見せ、顔を遠ざけた。


「びっくりした?」


「うん。すごく」


そう言う輝の顔は真っ赤である。


「輝を黙らせる方法はこれが一番いいな」


「なっ!?」


輝は驚き、さらに赤面した。


拓也の言うことが間違っていないせいか、輝は言い返せなくなった。


「じゃぁ今度こそ帰ろうか」


「う、うん」


輝がぎこちなくそう言うと、二人はこそこそと人通りの少ないルートを通り、学校の外を目指した。


途中、高原高等学校の生徒がと通りかかるたび、二人は建物を上手く利用して姿を消す。


そう繰り返しているたび、なんとか誰にも見つかることなく学校の外に出ることが出来た。


「ふぅー。もう大丈夫だろ」


そう言って拓也は吐息をこぼした。


「だねー。なんかこそこそ隠れながら学校脱出するの楽しかった」


「俺も。今度から毎回これやるか?」


拓也がそう言うと、二人はたまらず可笑しくなってケラケラと笑いあった。


「あーもう可笑しくて笑いがとまらない。ホント拓也といると楽しいよ」


拓也はそれを聞いて嬉しくなった。


「俺も輝といて楽しい。なんで俺たち同じ学校に通ってないんだろう」


少し不愉快そうな表情でそう言う。


「まぁそれはしょうがないよ。そのときはそれぞれ行きたい高校があったわけだし」


「そりゃー輝はそうかもしれないけど、俺はぶっちゃけ入れればどこでもよかったよ」


「そうなんだ。俺も将来のことあんまり考えてなかったからとりあえず自分の頭で入れる高校で一番偏差値高いところに入ったつもりなんだけど」


拓也の表情はそれを聞いたとたんに引きつってしまった。


「輝、自分の頭で入れる高校で一番偏差値の高いところって言ってるけど、花咲高等学校ってこのあたりじゃ一番偏差値高い高校だぞ」


「そうだっけ?」


二人の度合いのブレと輝の天然っぷりに拓也は腑抜けた。


「やっぱ天然だな輝」


「そ、そんなことないよ」


否定する輝を拓也はニヤニヤしながら見た。


輝は困って目をそらす。


「それはそうと輝は将来の夢とかあるのか?」


突然拓也はそのようなことを輝に尋ねる。


「将来の夢かぁ、まぁないといえば嘘になるけど・・・・・」


「そうなんだ。俺にもあるよ。俺も教えるから輝も将来の夢教えてよ」


「そ、それはちょっと・・・・・」


輝は過剰反応し、打ち明けようとしない。


そんな彼の頬はほのかに赤く染まっていた。


「えーなんでだよ。俺も教えるって言ったじゃん」


「それはわかってるけど、えっとその・・・・は、恥ずかしくて言えないんだよ」


ぐいぐい迫ってくる拓也に輝は困り果てた。


輝の言葉は逆効果となり、余計に拓也の好奇心に火をつけた。


「そんなこと言うから余計に俺が攻めの体勢に入るってことまだわからないのか?」


「えっ、あっぅ」


輝は完全にあがってしまい、呂律が上手く回らなくなった。


そんな彼のしぐさ、表情、言葉。


それをすべて拓也は可愛いと思った。


「しょうがないなー。俺の将来の夢から教えるよ」


そう言って拓也は一度深呼吸をし、将来の夢を述べる。


「俺の将来の夢は、輝をこの世で一番幸せにすること」


いい終えると、拓也もなんだか恥ずかしくなってしまい、赤面した。


「拓也・・・・・」


輝は拓也の言葉に感動した。


とてつもない嬉しさに涙が出そうになる。


「もう拓也の夢叶っちゃってるよ。だって俺、拓也がこうして一緒にいてくれるからすでにもう凄く幸せだと思ってる。世界一幸せだとさえ思ってる」


それを聞いた拓也もたまらなく嬉しくなった。


暖かい気持ちでいっぱいになる。


輝をもっと愛してやりたくてたまらなかった。


「何言ってんだよ、まだまだ途中だ。今以上に輝が幸せだって思うようにするのが俺の夢だ」


それを聞いた輝はもっと泣きそうになった。


「ありがとう拓也。拓也の将来の夢、俺の将来の夢といっしょだな」


それを聞いた拓也は驚いた。


そして輝は改めて言う。


「俺の将来の夢は拓也をこの世で一番せにすること」


全部言い終える頃には、輝の顔は熟れたりんごのように真っ赤になっていた。


拓也は嬉しく思い、幸せそうな笑顔を見せる。


「将来の夢が一緒だなんてさすがだな、俺の嫁」


「!?」


それを聞いた輝は死にそうなくらいに心臓がバクバクであった。


「俺、女じゃないから嫁にはなれないよ」


「ううん性別とか関係なく、輝は俺の最高の嫁だよ」


「拓也、それ以上何も言わないでくれ。泣きそうになるから」


拓也はそんな輝の言葉に、おだやかな笑顔を浮かべた。


そして輝を優しく抱きしめる。


「俺、輝と一緒にいられることを誇りに思う。そして何より、幸せに思う」


「っ拓・・・・也・・・っ」


嬉しさのあまり輝の声は振るえ、言葉は途切れた。


拓也と同じように輝も優しく彼を抱きしめる。


必死に泣きそうになるのを輝は堪えた。


涙はすでにもうあふれようとしている。


「ありがとう。いつも一緒にいてくれて。幸せだと言ってくれて」


その言葉を聞き、拓也も泣きそうになった。


あまりにも輝の想いが嬉しく幸せであるから。


二人は何度礼を言っても感謝し切れなかった。


何度愛の言葉を述べても、お互いに対する愛に足りず、それに相当する言葉さえ存在しなかった。


「これからも俺とずっと一緒にいてくれるか?」


「当たり前だ。一生一緒だよ」


拓也はそう言うと、小指を立てて自身の手を前に出した。


それを見て輝も同じように小指を立てて手を前だし、二人は互いの小指を絡ませた。


そして指きりを交わす。


「これで輝は俺から逃げられないな」


そう言って拓也は少し意地悪そうに笑みを浮かべた。


「逃げたりしないし、そんなこと一生考えないよ」


輝は笑顔でそう言った。


「拓也の誕生日、もうすぐだな」


話がまとまり、輝はそのようなことを話しに持ちかけた。


彼の言うとおり、拓也の誕生日は刻々と迫っていた。


あと三日もすればそれは当日となる。


「輝、もしかしてプレゼント買ったりとかしてないよな?」


「え?あ、うん。でも・・・・・・本当にいいのか?」


輝が不安そうにそう言うと、拓也は縦に首をふった。


「前にも言ったけど、どんな綺麗なものよりも、どんな高価なものよりも、俺は輝以外何も要らない。だから特別プレゼントなんて用意しなくてもいいよ」


拓也は自分で言っている通り、本当に輝以外のものを望んでいなかった。


輝がいつもそばにいてくれるだけで、十分自分は贅沢だと思っているからだ。


それがプレゼントを拒む理由であったが、理由はそれだけではなかった。


拓也は輝に金銭的負担を与えたくなかったのである。


輝は月の頭に、一度だけお小遣いとして少しのお金を育ての親である小池医師から受けとっている。


それは安易に使ってしまうと、すぐになくなってしまい、余裕を持って一ヶ月間お金を使えなくなるのだ。


「拓也はそう言うけど、それじゃぁ俺が納得できない。拓也はいつも俺のそばにいてくれるし、さっきみたいに優しく抱きしめてくれる。すごく俺、拓也には感謝しているんだ。だから誕生日のプレゼントくらい準備したい。・・・・・ダメか?」


あまりにも真剣なまなざしを飛ばしてくる輝を見て、拓也は考え込んでしまった。


「そんなに言うなら仕方ないな」


「!? 本当か!?」


許しを得た輝の目は輝く。


「あぁ、ただし条件がある」


「条件?」


輝は不思議そうな表情で次の言葉を待った。


「"プレゼントは俺が決める"、それが条件だ」


「うん、わかったよ。じゃぁプレゼントは何がいいんだ?」


「ん?一度しか言わないからよく聞いてよ」


そう言うと拓也は自分の口を輝の耳元まで持っていった。


「キス」


「!?」


耳元でささやかれた言葉を聞いて輝は思わず赤面した。


「もちろん俺からのキスじゃなくて輝からのキスだからな」


輝の頬はその言葉にまたもや真っ赤になる。


「もう想像しちゃったのか?」


「ち、違うよ」


からかう拓也に輝は恥ずかしがりながらそう言った。


「上手くできるかな・・・・俺」


キスをするときはいつも拓也からしていた。


そのため、輝は今までに自分からキスをしたことがなかった。


慣れないことを不安に思いつつも、輝の体温は上昇する。


「上手くできなかったら上手くできるまでやり直しだから」


「え!?」


意地悪くそう言うと、輝は真っ赤な顔で反応した。


それを面白がるかのようにさらに拓也は輝にちょっかいをかける。





カチャッ





二人がじゃれあっていると、不意に制服のポケットから拓也のケータイが落ちた。


「ご、ごめん。俺のせいで落ちたかも」


「ううん。自然現象だって」


輝がそれを広い、拓也に渡すと拓也は優しくそう言って受け取った。


「そのストラップどうしたんだ?」


「ん? あぁこれのことか?」


そう言って拓也はポケットにしまいかけたケータイをもう一度出した。


輝が以前見たときにはついていなかったストラップがそこにあった。


「これ、なんか可愛いくないか?この前たまたま店によったときに衝動買いしちゃったんだ」


ストラップには小さなキャラクターもののマスコットがついていた。


「確かになんか可愛いな」


輝もそう思い、同意した。


なぜか拓也と輝は可愛い物好きである。


「これ、今はやりなのか?」


「うーん、別にそうは思わないけど時々店で見かけるかも。今度見つけたら輝にやるよ」


「え?いいのか?でも悪いよ」


「いいってそのくらい。そんなに高いもんじゃねーし。それに買ったらおそろいに出来るだろ?」


拓也がそう言って笑顔を見せると、輝も同じように笑顔を見せて同意した。


その後も拓也と輝は仲良くしゃべりながら帰った。


日は落ち、オレンジ色の夕焼け空はほのかに紫帯びている。


気がつけば二人は分かれなければいけない場所にやってきていた。


「それじゃぁな輝、気をつけて帰るんだぞ」


「うん。拓也も気をつけてね。それじゃぁまた明日」


二人は元気よく手を振り、分かれて帰った。








*****








ありさは難しそうな表情を浮かべながら店内を歩き回っていた。


明日は拓也の誕生日と言うこともあり、明日に控えて彼の誕生日プレゼントを買いに来ているのだ。


しかし何がいいか決まらず、ずっと店内に滞在している。


(兄ちゃんの趣味なんてわからないわ)


そう考えるのは毎年のことであった。


そのためいつもすぐにプレゼントが決まらない。


悩んでぐるぐる店内を歩き回っていると、あるところで彼女の足は止まった。


(なんかこれ見覚えある・・・・・あ!)


ありさは目の前にあるものが拓也のケータイについているキャラクターと同じキャラクターのぬいぐるみであることに気がついた。


(今年のプレゼントはこれにしよう)


他にあたるものもなかったため、ありさがそれを買おうと決心し、手を伸ばしたそのときであった。


「!?」


突然サイドから出てきた誰かの手が自分の手とぶつかり、ありさは驚いた。


「すみません」


ありさはそう言い、思わず相手を見る。


するとまたもや彼女は驚いてしまった。


「輝先輩!?」


「ありさちゃん!?」


二人は顔を合わせるなり驚いた。


偶然にも、手をぶつけてしまった相手は輝であった。


「どうしたんですかこんなところで」


「実は拓也の誕生日プレゼントを買いにきたんだよ」


「奇遇ですね。あたしもなんです」


意気投合するなり、二人は笑顔を浮かべた。


「もしかしてこれにしようと思ってますか?」


ありさは先ほど手に取ろうとしていたぬいぐるみを指差してそう聞いた。


「? あ、うん。拓也がこのキャラクター可愛いって言ってたからこれにしようと思って。・・・・・やっぱりぬいぐるみって子供っぽいかな?」


「そんなことないですよ。兄ちゃんは小さい頃のぬいぐるみをいまだに部屋のどこかにしまいっぱなしなくらいぬいぐるみが好きなんで大丈夫だと思います。ていうかそもそも輝先輩からのプレゼントなら何でも受け取りますよ」


ありさは可笑しく笑いながらそう言った。


「ありさちゃん、もしかしてありさちゃんもこれをプレゼントにしようとした?」


手がぶつかり合ったことからそう思った輝はありさに尋ねた。


「はい。でも輝先輩に譲ります」


「いいよ、そんなのありさちゃんに悪いから」


「ううん。輝先輩だからこそ譲るんです。それにこの間は弁当を届けてくださいましたし、そのお礼です」


「ありさちゃん・・・・・ありがとう」


「礼なんていいですよ」


ありさは照れくさくなってついつい輝から目をそらした。


「拓也にはプレゼントのこと内緒にしてもらえないかな?」


「? あ、はい。わかりました」


それを聞いた輝は安堵の表情を浮かべた。


「じゃぁあたしは他をあたります」


そう言ってありさは手を振る。


「本当にごめんね。ありがとう」


輝も同じように彼女に手を振り返した。


拓也の誕生日プレゼントは"キス"ということになっていたが、やはりそれプラス形のあるものもプレゼントしたいと思った輝。


そのため結局今こうやって彼はプレゼントを買いに来ているのである。


無論、拓也には内緒であった。


輝はありさに譲ってもらったぬいぐるみを手に取り、レジへ向かった。










******









――――5月25日 日曜日


拓也の誕生日会は彼の家で行われることになっていた。


そして今年は今までとは違い、輝も参加ということもあってか、いつも以上に腕に縒りをかけて香はご馳走を作った。


ケーキもすでに用意されており、あとは輝がこちらに来るだけであった。


「今年は輝先輩もいるだなんて最高ね」


「あぁ、本当に最高だ。輝早く来ないかなあー」


「早く来てくれるといいわね。料理気に入ってもらえるといいんだけど」


その場にいる三人はみな同じ思いで輝を待った。













「あら、輝君おでかけ?」


病院内。


支度をする輝を見て原田看護師は尋ねた。


「はい、拓也の誕生日会に行ってきます」


話しかけてきた原田看護師に輝は笑顔で返答する。


「拓也君の誕生日って今日なんだね」


一緒にいた小池医師も拓也の笑顔に釣られ、笑顔でそう言った。


「楽しんでくるといいよ。気をつけって行っておいで」


「はい」


返事をし、部屋を後にしようとしたそのときであった。


「待って輝君!これはいいの?」


突然呼び止められ、輝は思わず振り返った。


原田看護師の手にはラッピングされた袋があった。


その中には昨日買ったぬいぐるみが入っている。


「あ、危ない忘れるところだった」


あわてて輝はUターンし、原田看護師からそれを受け取る。


万が一これを忘れて誕生日会に行っていたら、せっかくのサプライズが台無しになるところであった。


「ありがとうございます」


すかさず輝は原田看護師に礼を言う。


「もう、輝君ったらおっちょこちょいなんだから」


彼女がそう言うと、拓也は苦笑いをポロリとこぼす。


「忘れ物はもうないかい?」


気になって小池医師も念のために聞いた。


「はい。ないと思います」


「そうか。それじゃぁ行っておいで」


「気をつけて行ってらっしゃい」


「行ってきます」


輝は元気よくそう言い、病院を飛び出す。


彼の心はとても弾んでいた。


表情も笑顔で満ち溢れている。


誰がどう見ても輝は幸せでいっぱいのように見えた。


そんな彼はとても今日の誕生日会を楽しみにしている。


なんたって、拓也の誕生日会であるからだ。


拓也の生まれた日に、輝は彼を祝わずにはいられなかった。


(きっと拓也、これ見たらびっくりするだろうなぁ)


もうすぐで大好きな拓也の笑顔が見られる。


早く拓也の喜ぶ顔が見たい。


そう思いながらプレゼントを手に持ち、拓也の家に向かう途中であった。


事態が起きたのは。


(っ!?)


突然体中の力が抜け落ち、輝は地面に叩きつけられた。


その衝撃で、輝はプレゼントを手から放してしまう。


プレゼントを拾おうと、急いで輝は立ち上がろうとした。


しかしそれが出来ない。


どんなに自分が力を入れていると思っても。


立ち上がれない。


びくとも動けない。


声すら出ない。


(なんで?・・・・・っなんで?)


輝はワケがわからず混乱した。


考えれば考えるほど嫌な未来予想図がちらついた。


次第に胸が苦しくなり、息が上がる。


自分の視界が暗くなり、狭くなっていくのが嫌でもわかった。


痛い。


苦しい。


どんなに酸素を吸ってものどを通らない。


どんなに叫んでも声が出ない。


苦しくて苦しくてたまらない。


輝はとうとう呼吸まで出来なくなってしまった。










 






助けて
















拓也















こんなとき、いつもとたんに思い浮かべるのは拓也の姿であった。















たく   や
















輝はそのまま意識を失った。















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