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第23章  ~一握の安泰~









-君の笑顔も泣き顔も- 第23章 ~一握の安泰~











診察室の中、空西輝は目を丸くしていた。


「い、今何とおっしゃりましたか?」


スムーズに言葉を吐き出せない輝はぎこちなくそう言った。


「もう一度言うよ。治療を行う必要がなくなった」


小池医師の表情はとても穏やかだ。


そんな彼の言葉に、輝はまたもや自分の耳を疑った。


思わず3回同じことを聞き直したくなる。


朝食を済ませ、突然小池医師に呼び出された輝。


彼は特に何も期待せず、小池医師のもとまで向かった。


そして言葉を述べられ、今に至る。


「あ、あの・・・・それって良い意味として解釈していいんですよね?」


小池医師は首を縦に振り、それを肯定した。


同時に、輝の身の安全も断定された。


昨日の検査の結果で、問題とされていた部分が解消されていたことが明らかになったのだ。


信じられない。


輝はそう思った。


現在進行形で思考回路が混乱している。


「驚いているようだね」


「は、はい」


上手く整理できてない輝はぎこちない。


「ひとまず安心していいだろう。でも油断は禁物だよ」


小池医師の安堵な表情は次第に真剣なものに変わっていった。


「これはとても一時的なものだ。今現在では以前のように安全な状態だが、病はもう再発しないと言えば嘘になる。また再発するようなことが起こってもおかしくない。そのことをよく頭に入れておくんだよ」


「はい。それは百も承知です」


「そうか」


それだけ言って、小池医師は笑顔を見せた。


言葉のとおり、彼の言う安全は完全なものではない。


悪く言えば、またいつでも病は再発しうる。


病状が良くなっただけで、一時的な病の消滅にすぎないのだ。


それでも輝はうれしかった。


どんなにわずかな間だけだとしても、ほんの小さな気休めだとしても。


驚いていた彼の表情は、次第に笑顔になっていった。


「ちょっと意外。聞いたら飛び跳ねて喜ぶかと思ってたんだけど」


そばで同行していた原田看護師は首をかしげる。


「十分嬉しいし喜んでますよ。でも、驚きのほうが大きくて・・・・・・。今でも信じられないんです」


「まぁ無理もないだろう。俺自身も驚いているからね。予想以上に短期間でこんなにも病状が良くなったんだから」


輝の病は簡単に消滅するものではなかった。


が、妙に順調に彼の病状は良くなっていったのだ。


そんな彼の回復力の早さに、小池医師と原田看護師は一目置いている。


輝の病状がこんなにも早く良くなったのは、彼自身の回復力が直接関係していたが、それだけではなかった。




"病は気から"




病気は気の持ちようで、重くもなれば軽くもなる。


まさしくそれであった。


病の再発を知ったときは、辛くて思わず涙を流した。


しかし、今は違う。


拓也の笑顔を守ろうと決めたときからは、ずっと輝は笑顔でいるように心がけた。


そうすることで、病とも向き合えるようになれ、病状も徐々に良くなっていった。


このようなことも彼の回復の原因の一つだ。


そして何よりも彼を救った存在がある。


朝本拓也だ。


彼の存在があったからこそ、今の輝がある。


彼がいなければ、違った今があったかもしれない。


そう考えると怖くなった。


彼らの手助けで今の自分があると思い、輝は感謝した。


「ありがとうございます」


「いいんだよ礼なんて。これが俺の職だしね。それに今が終点ではない」


輝は力強い小池医師のまなざしを受け取った。


「はい。俺、これからもがんばります」


「そのいきよ。あっ輝くん、時間大丈夫?」


「っ!?」


時計を見た輝は焦り始める。


「す、すみません!急がないといけないんでこの辺で失礼します!」


「事故しないように気をつけるんだよ」


「いってらっしゃい」


どたんばで部屋を後にする輝に、彼らは笑いながらそう言った。


「やっと本来の輝君って感じですね」


彼のいなくなった診察室。


原田看護師は少し静かになった中でそう言った。


「だね。心のそこからああやって明るくしている輝君の姿、久々に見たよ」


二人は顔を見合わせ、笑顔をこぼした。


「拓也君の存在、大きいですね」


「確かに。拓也君と出会ってから、輝君はどんどん明るくなっていってる」


彼らもしみじみ拓也の存在を大きく感じていた。


拓也と出会う前の輝はあまりしゃべらず無口といってもいいほどにまで口数が少なかった。


そのため、小池医師と原田看護師にたいしても必要最低限のことしか話さなかったのだ。


しかし、今では普通にたわいもないことでも笑い話をするかのように明るく話す。


この変化に気がつかないわけがなかった。


「拓也君には本当に助けられるよ」


「そうですね。きっと拓也君は輝君の心の支えでしょうから」


仲良くしている拓也と輝を、彼らはいつも暖かい気持ちで見つめていた。






*****







ピンポーン♪


「はーい」


いつも耳にするドアベルに反応した香は玄関のドアを開けた。


「あ、おはようございます」


香が予想以上に早く顔を出したため、輝の返事は少し遅くなった。


「おはよう輝君。入っていいわよ」


彼女に導かれるままに、輝は玄関を上がった。


辺りを見渡たすと、そこには香の姿しかない。


たいてい玄関のドアを開けてくれるのはありさだ。


そのありさの姿が今日は見当たらなかった。


おそらく時間がおしているせいであろう。


寝過ごすことのないありさはもうすでに学校に向かっていた。


輝は急ぎ足で階段を上り、拓也の部屋の前に立ち止まった。


そしてノックをしようと手をのばしたそのときであった。


「やっべー!!」


「ぬわっ」


突然勢いよくドアが開いたと同時に、輝のうめき声と体がぶつかる音が聞こえた。


どうやら輝はドアに殴り倒されてしまったようだ。


「痛てて」


頭をさすりながら輝はゆっくり立ち上がる。


「ひ、輝!?なんでそんなところにいるんだ!?てかごめん!俺今思いっきりドアで強打させたよな!?」


突然の輝の登場に驚き、すぐさま状況を判断した拓也はあわてながら駆け寄り、繰り返し何度も謝った。


「大丈夫。これくらい平気だから。たまたまタイミングが悪かっただけだよ」


輝は拓也を懸命に落ち着かせようとした。


拓也の話によると、目覚ましが鳴ったことに珍しく気がついて目を覚ましてみれば、時計の針がそれなりにやばい時間帯を示しており、あわてて飛び出したのだと言う。


普段は輝が起こしに来ない限り、なかなか目を覚ますことはない。


「輝ー、何で早く起こしてくれなかったんだよー」


「ごめん。今日ワケありで遅れたんだ。だから今きたばかり。ホントにごめんな」


「そうだったのか。別にたいしたことじゃないから謝らなくてもいいよ。・・・・てかワケって?」


「!? べ、別に気にするようなほどのワケじゃないんだ」


「本当か?」


拓也は輝を疑いの目で見た。


輝の反応が妙に不自然だったからだ。


「うん」


必死にスルーしてもらえるようことを願いながら、輝は明るく笑った。


そんな彼の姿を見ると、拓也はいつもお手上げ状態になる。


輝をこれ以上疑おうとするきもうせていった。


「まだ走ればそこそこ間に合う時間帯だから、とりあえず寝癖直ししてきなよ」


輝は拓也の寝癖のついた髪に触れてそう言った。


「!? ね、寝癖ついてる?」


「うん。鏡見たらわかると思うけど」


輝はクスクスと笑いをこぼし始めた。


そんな彼に拓也はあわてて恥じらいながら洗面所に向かう。


輝の笑い声は静かにおさまり、優しい笑顔が浮かんだ。


彼も階段を下り、拓也の支度を待つ。


「はぁ・・・・。ありさったらドジ踏んじゃって」


リビングには何かを見て呆れた表情を浮かべる香がいた。


「どうしたんですか?」


不思議に思った輝は思わず彼女に問いかける。


「あのね、ありさったら学校に弁当持って行くの忘れちゃったみたいなのよ」


香が呆れ顔になる原因はそれだった。


テーブルの上には置き去りにされたままの弁当がおいてある。


「俺がありさちゃんに届けましょうか?」


「え!? いいの!?」


気を遣った輝の言葉に、香は過剰反応してしまった。


輝とありさは同じ学校に通っているため、十分にそれは可能である。


「かまいませんよ。いつもお世話になってますし」


「じゃぁ、お願いしようかしら」


香はテーブルの上においてある弁当を輝に手渡した。


それを受け取った輝は慎重に自分の鞄に入れた。


「輝ー準備できたぞ!さっさと行かないとホントにやばいぜ!」


支度を終えた拓也はあわてて顔を出した。


輝の腕を少し強引に鷲掴みし、急いで学校に向かおうとする。


「んじゃそろそろ俺たち出るから!」


「あんまり輝君を振り回しちゃダメよ!いってらっしゃ!」


「お邪魔しました。行ってきます」


輝と拓也は勢いよく家を飛び出した。








*****








昼休み。


教室の中、一人の女子生徒の顔は青ざめいていた。


「弁当食べよー。・・・・・ありさちゃん、大丈夫?」


顔色の悪いありさを見て心配する沙希は、彼女の顔を覗き込んだ。


「大丈夫・・・・・なのかな」


ありさが曖昧な言い方をすると、沙希はあわてだした。


「どうしたの!?どこか痛いの!?」


「そうじゃないよ。実はね、弁当・・・・忘れちゃったの」


それを聞いた沙希は固まった。


通常であれば、学校の売店で何か買えば問題ない。


しかし、都合があって今日は売店が休みになっていた。


そのため、ありさは致命的な状況に陥っているのだ。


率直に言えば、今日のありさの昼ごはんはなしである。


「だ、大丈夫だよ。私の弁当分けてあげるから」


御人好しの沙希は、自分の弁当箱のふたを開けてそっと差し出した。


「ありがとう。でもそれじゃー沙希に悪いから遠慮するね」


ありさは苦笑いをこぼしながら沙希のフォローをオブラートに拒否した。


「いいの?遠慮しなくてもいいのに・・・・。やっぱり何か食べないとしんどいよ」


沙希は一度断られてもなお、ありさを心配してもう一度弁当を分けようとする。


「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫よ。」


ありさは優しくそう言うと、空腹を紛らわそうとした。


顔を上げ、特に意味もなくあたりを見渡す。


すると、彼女の視界に教室の入り口で立っている男子生徒の姿が飛び込んできた。


「輝先輩!?」


ありさの視界に飛び込んできたのはほかの誰でもない輝だった。


それに気づいたありさは思わず彼の名を口にする。


そんな彼女の様子を見た沙希は、頭にクエッションマークを浮かばせたまま、彼女を不思議そうなまなざしで見つめた。


「ありさちゃん」


ありさと目があった輝も彼女の存在に気がつき、名を呼んだ。


何か自分に用でもあるのだろうか。


そう思ったありさは輝のもとまで向かった。


「今日会うのはこれが初めてだね」


「そうですね。今朝は会えなくて寂しかったです」


ありさはすこし悲しそうな表情をしてそう言った。


「何か用ですか?」


「うん」


輝は応答し、何かをありさの目の前に差し出した。


「!? それ、あたしの弁当!」


ありさは驚いたようにそう言い、輝から弁当を受け取った。


「わざわざ届けに来てくれたんですか!?」


輝はその問いにうなずいた。


「お腹すかせてたかな?早く届けられなくてごめんね。何組かわからなかったからすこし遅くなった」


「全然おそくなってもかまいません。届けてくださっただけでもありがたいです。ホントにわざわざすみません。助かりました」


ありさは申し訳なさそうにペコペコと頭を繰り返し下げた。


「礼なんていいよ。今までに何度もありさちゃんに助けれたことに比べたらこんなの本当にたいしたことじゃないよ。じゃぁまた会ったときにはよろしくね」


そう言って役目を果たした輝は笑顔で自分の教室に戻っていった。


一方、ありさの心は嬉しさのあまりときめいていた。


以前とかわらない態度で接してくれる輝の優しさに、ありさは感動する。


告白後、気まずくなってしまい、関係がギクシャクしてしまうことはよくあることである。


しかし、相変わらずありさと輝の関係がそうなることはなかった。


ありさは弁当を手に持ち、沙希のもとへ戻る。


「あ、ああああありさちゃん!」


「な、何!?」


沙希の異様な呼びかけに、ありさは少し変に応答した。


「今の人、ありさちゃんのか、かかかか彼氏!?」


「んなわけないでしょ」


沙希の問いに対するありさの返事は、妙にあっさりしていた。


「嘘だー!だって弁当渡されてたし」


「別にそれは深く考えることじゃないわ。親切に届けてくれただけよ」


「それだったらなおさらよ!」


ありさが口を開けば開くほど沙希は混乱した。


それと同時にありさは沙希の質問攻めに困り果てた。


「ちょっと待って。ちゃんと説明するから一旦落ち着いて」


ありさが両手を沙希の目の前に出し、落ち着かせるようにそう言った。


「ご、ごめん」


少し攻めすぎたと沙希は反省する。


そしてありさは自分と輝の関係について誤解を招かないように沙希に説明した。


「・・・・さっきの人はありさちゃんのお兄ちゃんの親友で、ありさちゃんとは恋愛的な関係はないってこと?」


「そういうこと」


ありさの返答に、沙希は少し残念そうな表情を浮かべた。


『親友』ではなく『恋人』と言うべきであったが、輝と拓也のことを何も知らない沙希にそう話すことはできなかった。


「それだけの話よ。まぁ親友の沙希には一つ、余計なこと教えるね」


「余計な・・・こと?」


沙希はそう言うと、黙ってありさの次の言葉を待った。


「実はあたし、輝先輩に惚れてるんだよね」


「!?」


沙希の目は、瞬く間に丸くなってしまった。


「さ、さっきありさちゃん恋愛的な関係はないって・・・・」


「うん。片思いだもん。恋愛的な関係には当てはまらないわ」


そう言うありさの表情は、穏やかながらもどこか少し辛そうだった。


「ありさちゃんが惚れるのわかるなー。性格よさそうだし、何よりすごくイケメンだった」


「うん。でも、それだけじゃないよ。それだけじゃ・・・・」


見たままのことを言う沙希に、ありさは静かにそう言った。


「・・・・ありさちゃん、大丈夫?」


「大丈夫よ」


突然口ごもるありさを沙希は心配した。


そんな彼女に対し、ありさは目線をあわせて笑顔を見せた。


すると、沙希も自然に笑顔をこぼした。


「私、ありさちゃんのこと応援するよ。ありさちゃんは可愛いから、きっとすぐに振り向いてもらえると思う」


何事にも懸命に手を差し伸べてくれる沙希に、ありさは感謝の念をこめて、彼女を優しく抱き寄せた。


"そんなの、無理だよ"


本当のところ、ありさはそう言いたかった。


しかし、沙希の純粋な気持ちを壊したくなかったありさはそれを言いそびれてしまった。


「ありがとう沙希。沙希はホントにいい子だね。ちゃんと幸せになってくれないと怒るから」


突然思いもしない言葉を述べるありさに、沙希は驚いた表情を隠しきれなかった。


「あ、ありがとう」


どう言葉を返せば良いかわからない沙希は、複雑な気持ちでお礼を言う。


「ありさちゃん、よかったらこれ」


そう言って沙希は何かを差し出す。


「何?・・・!?」


ありさの目の色は瞬く間に変わった。


「こ、これって今の期間しか開催されない遊園地のチケットよね!?」


「うん」


沙希が差し出したのは、ありさの言う今の期間しか開催されない遊園地のチケットであった。


確認するなり、ありさのテンションはあがった。


行けるのなら是非行きたいと思っていたからだ。


「今週の日曜で開催期間終わっちゃうんだけど、もしその日あいてたら一緒に行かない?」


ありさと行きたがる沙希は提案する。


「えーっと、今週の日曜日って何日?」


「18日だよ」


それを聞いたありさは青ざめた。


「・・・・・もしかして、無理な感じ?」


彼女の様子からそう判断した沙希は問いかける。


「・・・・うん。その日、空手の試合があるの。試合でなければ無理に休んでいけるんだけど・・・・」


ありさは辛そうにそう答えた。


「じゃぁ土曜日はどう?」


「・・・・・土曜日は私のほうが無理・・・かな」


ありさの提案はすぐにボツと化した。


平日は当然学校があるため無理である。


「じゃぁ・・・・遊べないね・・・・・・」


とても悲しそうに、弱々しい声で言う沙希。


そんな彼女の姿を申し訳なさそうにありさは見つめた。


「ごめんね沙希」


「ううん。ありさちゃんが謝る必要なんてないよ。それにまた二人の都合が合う日にでも遊べばいいし」


沙希はそう言うと、チケットをありさの手の中に押し付けた。


「・・・・・沙希?」


「私の分もあげるね。他の子でも誘って遊びに行くといいよ。行って損はない遊園地だと思うし」


「でっ、でも、このチケット沙希が買ったんでしょ!?悪いからいらないよ」


ありさがチケットを返そうとするが、沙希はそれを受け取らなかった。


「ありさちゃんあんなにも行きたがってたじゃない。だから遠慮せずに受け取って」


以前にありさはこの遊園地に行きたいということを沙希に話していた。


それを覚えていた沙希はありさを思ってもう一度チケットを勧めた。


「・・・・・沙希のバカ」


ぼそっとそう言うと、ありさはもう一度沙希を抱きしめた。









*****










「何持ってんだ?」


そう聞いてきたのは拓也だった。


「? あぁ、これのこと?」


ありさはそう言うと、自分が手に持っていたそれを彼に見せた。


「お、遊園地のチケットか?楽しそうだな」


自分が行くわけでもないのに何やら拓也は楽しそうである。


「兄ちゃんって遊園地とかそう言うアトラクション好きよね」


「まぁな」


拓也は率直に肯定した。


まだ二人が幼いころ、家族そろって遊園地に行ったことがある。


遊園地を存分に楽しんだことを二人は今でもよく覚えていた。


「じゃぁこれ・・・・・黙って受け取って」


ありさは2名分のチケットを拓也に押し付けた。


学校での沙希と同じように。


「え、これお前のチケットだろ?なんで?」


拓也はさっそく口を開いてそう言った。


「『黙って受け取って』って言ってるのに、どうして黙らないかなー」


ありさは眉間にしわを寄せ、ため息をつく。


「だって、お前のなのに易々と黙って受け取れるわけないだろ。それに友達はどうしたんだよ。一緒に行くんじゃないのか?」


拓也はそう言ってチケットを差し出す彼女の手を押し戻した。


それに対し、ありさは少しふてくされる。


「その質問に『うん』って答えたいところね」


それを聞いた拓也の表情が少し変わった。


「友達と一緒に行かないのか?」


ありさは静かに首を縦に振った。


「『行かない』、ではなく『行けない』と言うのが正しい言葉ね。最初は友達に誘われて一緒に行こうと思ってたの。でもどうもお互いの都合が合わなくて遊べなくなっちゃったのよ。その友達には『他の子でも誘って』って言われてチケット2人分もらったの。でも他に一緒に行こうと思う子もいない」


「だから俺に?」


「うん。友達の沙希には悪いけど兄ちゃんにあげる」


ありさは拓也にもう一度チケットを押し付けた。


「ホントにもらっちゃっていいのか?」


「さっきからいいって言ってるでしょ」


はっきりしない拓也の手を強引に引き、2名分のチケットを彼の手で無理やり掴ませた。


「輝先輩と行きなよ。それとその遊園地、今週の日曜日までしかやってないから上手に予定組まないとあたしみたいになるわよ」


「・・・・・わかった。ありがとな」


「礼ならいらないわ」


それだけ言い残し、ありさは自分の部屋にむかった。


(沙希、ごめんね。今度は二人でもっと楽しいところに遊びに行こうね)


















拓也は勢いよく自分のベッドに飛び込んだ。


そして豪快に大の字の体勢をとる。


(ありさのやつ、気なんか遣いやがって・・・・)


心の中で小さくつぶやいた。


ありさは借りを作るのが嫌いである。


借りを返すためにこのような行動をとったのも一理あった。


しかし、一番の理由は言うまでもない。


拓也と輝に楽しんでもらいたかった。


もっと仲良くしてもらいたかった。


それが一番の理由に過ぎなかった。


拓也は自分のケータイを手に取り、輝の電話番号を打ち始めた。


打ち始めたといっても、登録された輝の電話番号を呼び起こしただけなのだが。


ケータイを耳に当てると、一回目のコールがなり始めた。


そして3回目のコールが鳴ろうとしたそのときだった。


『もしもし』


電話越しで輝の声が耳に届いた。


『もしもし。拓也だけど、今時間いいか?』


『あぁ、いいよ』


輝は快くそう言った。


『今週の日曜日あいてるか?もしあいてたら遊びたいんだけど』


『あいてるよ。俺も最近一緒に遊んでなかったから遊びたいと思ってたんだ』


その言葉に拓也の笑顔と声は一気に明るくなった。


『じゃぁ遊ぼうぜ。何時から遊ぶ?』


『俺は何時からでもいいよ』


『じゃぁ早朝で』


『ははっ』


輝は思わず笑いをこぼしてしまった。


『冗談冗談。さすがにそれは常識がないよな。でも俺的には朝から遊びたいかも』


『じゃぁ朝から遊ぼうよ』


『え、いいのか?迷惑じゃないか?』


『大丈夫だよ。俺もできる限り長い間拓也と一緒にいたいから』


それを聞いた拓也はとたんに嬉しくなった。


『10時ぐらいに輝を向かえにいくよ。それでいいよな?』


拓也がそう言うと、すぐに輝の賛成の言葉が返ってきた。


『じゃぁ今日はもう遅いから学校行くときにでも詳しい予定を組もう。おやすみ』


『おやすみ』


輝が電話を切ったのを確認すると、拓也も電話を切った。


(久々に輝と遊ぶなー。すっげー楽しみ)


今日はまだ火曜日であった。


にもかかわらず拓也の気分は日曜日気分だ。


(今日はいい夢みれるかもな)


そんなことを考えながら拓也は静かに目を閉じた。









*****









――――日曜日


チアフルランドは大いに盛り上がっていた。


今年限定ということもあってか、総入場人数は爆発的な多さだった。


そんなチアフルランドは今日で幕を閉じる。


そうとなればせっかくだから遊びに行こうと思う人も多いだろう。


最終日なだけあって、園内は大変混雑していた。


チアフルランドはアトラクションはもちろんであるが、それに加えてスポーツジムや水族館まで一緒に経営している。


これらはチアフルランドの魅力の一つであった。


その魅力につられて足を運んできた者が多いことは言うまでもない。


「すっげー人多いなぁ。まぁ予想はしてたけど」


そう言いながら少し顔をゆがめたのは拓也だった。


「だねー」


輝も拓也の言葉に、苦笑いをこぼす。


ありさからもらったチケットでチアフルランドを満喫している彼らは、あまりの人の多さに少し嫌気がさしはじめていた。


「なんか暑くないか?」


「うん。これだけ人が密集していたらそう感じるのも無理ないよ」


輝の言うことも一理あったが、強いて言うならば天候が原因と言えた。


天空には清々しい青が広がっている。


今日はまさに快晴であった。


「じゃぁちょっと涼しくなるために次アレにしようぜ」


そう言って拓也が指をさした先には何やらダークな感じのアトラクションがあった。


気になって輝はそれをじっと見る。


そして何か不自然に反応すると、視線を拓也に戻した。


「お化け屋敷・・・・だよな?」


「うん。これなら少しは涼しくなりそうだろ?」


「そ、そうだね」


輝の表情はどこか不安そうであった。


「込んじゃうだろうから早く行こうぜ」


拓也は輝の手をがっちりと掴み、そのまま彼をお化け屋敷の行列の最後尾まで連れ去った。


前の客が前にずれるたび、拓也と輝も前へずれる。


そのたび、拓也が楽しそうな表情になるのと裏腹に、輝の不安な表情は徐々にひどくなっていった。


そして数十分待つと、とうとう彼らが入る番がやってきた。


「2名様ですね」


「はい」


暗い表情をする輝の横で、拓也は待ってましたと言わんばかりに返事をする。


「では存分にお楽しみくださいませ」


お化け屋敷の入り口にいた若い女性はお化け屋敷の入り口を開き、拓也と輝を中へ誘導した。


「んじゃ入るか」


「う、うん」


拓也を先頭に、彼らは闇の中へ足を踏み出した。


見た感じ真っ暗といっても良いほどの暗さで、雰囲気を引き出すために壁は血塗られていた。


それを見た輝は思わずゾッとした。


中々のクオリティーであり、お化け屋敷にしては少々本格的すぎている。


「結構手ぇこんでんなぁ。こいつはオモシれぇ。な、輝」


そう言って拓也はケラケラ笑ながら後ろを振り向いた。


「・・・・・・輝?」


彼の笑い声は不自然に途絶えた。


そこに輝の姿はない。


「輝!?」


再び名前を呼び、来た道をあわてて戻っていく。


そしてもうすぐで入り口に差し掛かろうとしたそのときだった。


「こんなところにいた」


そこに輝はいた。


「た、拓也」


輝は震えた声で彼の名を呼んだ。


体のほうも小刻みに震えている。


そんな彼の様子を見て拓也は勘付いた。


「もしかして輝、こういうのダメなタイプか?」


「う、うん・・・・・」


輝はすこし恥じらいながらうなずいた。


「ごめん、輝の気持ち考えないで調子に乗って。自分ばかり楽しんじゃって」


悪いことをしたと思い、拓也は謝った。


「ううん、謝らなくていいよ。俺は拓也と一緒なら何だって平気だから」


「輝・・・・・・」


拓也は前に遊園地に遊びに行ったときにも似たような会話をしたのを思い出した。


そしていつものように拓也は輝の言葉に感謝する。


「ありがとう。いつも俺に合わせてくれて」


そう言って拓也は自分の右手を輝の前に出した。


「手ぇつなごう。そしてら絶対怖くなんかないから」


拓也は赤面しながら少し恥ずかしそうに言った。


「え、いいのか?」


「いいも何も、俺たち恋人同士なんだからダメなわけないだろ」


「じゃ、じゃぁ・・・・」


輝は、恥ずかしそうに拓也の指にそっと触れた。


それを可愛いと思った反面、じれったくなった拓也は自分から彼の手を掴む。


その瞬間、拓也と輝の熱は上昇した。


恋人同士と自覚しているからこそ、余計に二人は赤くなった。


輝の手が小刻みに震えているのを拓也は感じ取る。


「本当に怖いんだな」


「うん。なんでだろう。俺、怖いの昔からダメなんだよね」


自分を情けないと輝は思った。


しかし、拓也の想いはそれと違っていた。


「そっちの方が可愛い」


「!?」


輝はさらに赤面した。


「あ、ありがとう」


なんと言葉を返せばよいかわからなかった輝は、その場でお礼を言った。


輝は正直、それは喜ぶべき言葉なのだろうかと相変わらず疑問に思う。


そして毎回言われるたび、なんとも言えない気持ちになってしまうのだ。


「じゃぁ次の人待ってるだろうからそろそろちゃんと進もう」


そう言って拓也は歩き始めた。


つないでいる彼の手に導かれる輝の足は、どこかぎこちない。


「大丈夫だよ。俺がしっかり輝の手握ってるから安心して」


拓也の優しい言葉に輝は落ち着いた。


徐々に体の震えはおさまっていく。


途中、何人かの仕掛け人に驚かされたが、拓也がついていてくれている思うと、輝は恐怖を乗り越えることができた。


拓也の方は相変わらずケラケラと笑いながら、お化け屋敷を満喫している。


そしてしばらく進むと、目先にゴールが見えた。


「輝、あともうちょっとだよ」


拓也の言葉に輝はうなずき、一緒にゴールを目指す。


気がつけば、輝の震えは完全におさまっていた。


「お疲れ様でした。またどうぞお越しくださいませ」


お化け屋敷を無事抜けですと、出口で立っている女性はそう言って頭を下げた。


「いやーなかなかのお化け屋敷だったなぁー。たぶん今まで体験したお化け屋敷の中で一番出来がよかったかも」


背伸びをする拓也は満足そうである。


「ほんとすごかったね。何度心臓が止まりそうになったかわからない」


輝は拓也とは対照的に久々に見れた外の明かりを見て胸をなでおろした。


「大丈夫だったか?」


「うん。拓也がいてくれたから平気だったよ」


拓也はそれを聞いて思わず顔の筋肉が緩んでしまった。


嬉しい言葉を言われ、拓也は思わず照れる。


「実を言うと、俺も心臓バクバクだったんだ」


「え?拓也ってお化け屋敷平気なんじゃないのか?」


本気で楽しそうにお化け屋敷を満喫しているようにしか見えなかった輝は首をかしげた。


「ちがうよ。怖くてじゃなくて輝と手をつないでたから心臓バクバクだったんだ。輝と手がつなげて幸せ過ぎたんだ」


それを聞いた輝は頬を真っ赤に染めた。


「俺も拓也と手つないで心臓やばかった。怖いのとドキドキで心臓破裂するかと思った」


二人の顔はさらに赤く染まった。


これではせっかく涼むためにお化け屋敷に入ったのに、かえって逆効果になってしまっていた。


高ぶる想いに、自然と体温は上昇する。


「次、どうする?さっき俺が決めたから今度は輝が決めて」


一旦落ち着いた拓也は輝に問う。


「あ、うん。じゃぁジェットコースター」


「ジェットコースター!?」


拓也は思わず驚いて少し大声を出してしまった。


「そ、そんなに驚くこと?」


「いやだって、ジェットコースターだぜ?本当に乗るのか?」


もう一度念のため、拓也は聞き返した。


「うん。拓也も乗りたいだろ?絶叫系好きそうだし」


「確かに絶叫系は好きだけど・・・・・」


変に口ごもる拓也を、輝は不思議そうなまなざしで見つめた。


「輝、お前お化け屋敷も苦手だけど、ジェットコースターみたいな絶叫系も相当苦手だろ?」


それを聞いた輝の表情はハッとする。


「ははっ。よく覚えてるね」


輝は思わず苦笑いをこぼした。


前に一緒にジェットコースターに乗ったとき、輝がよろよろになってジェットコースターを降りたのを拓也はよく覚えていた。


「乗っても大丈夫なのか?やめておいたほうがいいんじゃ・・・」


「大丈夫だって。この前のリベンジだよ」


拓也が心配してそう言うと、輝は明るく返事を返した。


「じゃぁ話もまとまったことだし、並びにいこうよ」


そう言って今度は輝が拓也を列の最後尾に連れ去った。


(輝・・・・健闘を祈る)


拓也は心の中でつぶやいた。


チアフルランドの絶叫マシーンは恐ろしいと評判だ。


絶叫好きの者でも怖いと口にした者は少なくはないらしい。


この間一緒に乗ったのをはるかに上回る怖さと言っても過言ではないのだ。


輝は大丈夫なのだろうか。


拓也は少し心配に思った。

















「うぅ・・・・尻浮いた!尻浮いた!!」


そのことがよほど衝撃的だったのであろう。


ジェットコースターを乗り終えた輝は2回連呼し、うなりながら言葉を吐いた。


「だからやめとけっていったのに」


拓也は苦笑いを浮かべ、輝の背中を優しくさすった。


どうやら物事は前と同じように進んだようだ。


輝のリベンジはむなしく終わった。


前と同様、思わず気持ち悪くなってしまい、ベンチに腰掛けるはめになってしまったのだ。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃ・・・・・ないかも」


以前よりも本格的な絶叫マシーンに輝は完全にやられていた。


「何か俺、飲み物買ってくるよ。何がいい?」


「ありがとう。なんでもいいよ」


「わかった。じゃぁ行ってくるからそこにいろよ」


拓也はそう言うと、自動販売機を探しにその場を後にした。


ここまではまったくもって前回の二の舞である。


輝は申し訳なく思い、少し落ち込んでしまった。


深く深呼吸をし、自分を落ち着かせようとしたそのときだった。


「ねぇねぇお兄ちゃん」


突然誰かに声をかけられた輝。


彼は思わず顔を上げた。


子供らしい高い声と幼い顔。


そこには拓也ではなく、5歳前後ぐらいの年齢に見える小さな女の子がいた。


見てみると、少し涙ぐんでいる様子。


「お兄ちゃん」


もう一度女の子は輝を呼んだ。


「どうしたの?」


輝は話しかけてきた女の子に優しく尋ねる。


「アレとって」


おそらく手を放してしまい、飛ばされてしまったのだろう。


女の子が指差したその先には、背の低い木に引っかかった赤い風船があった。


「わかったよ。ちょっと待っててね」


言われたとおりに、輝は風船をとりにいった。


背の低い木だったため、あまり無理をせずに簡単にとることができた。


「はい、どうぞ。今度は飛ばされないように気をつけるんだよ」


輝は風船を女の子に渡した。


「ありがとうお兄ちゃん」


女の子はお礼を言うが、目は涙ぐんだままだった。


そんな女の子の様子を見て輝はあたりを見渡す。


誰も女の子に目を留める者はいなかった。


「もしかして迷子?」


気になって輝が尋ねると、女の子はうなずいた。


「誰と一緒に来たの?」


「お姉ちゃん」


輝は少し考え込んだ。


迷子の子とリアルに出くわす体験はこれが初めてだった。


が、面倒見の良い輝にとって、小さな子を相手にするのはそう難しいことではない。


姉を探してあげたいのは山々であったが、拓也を待つのが先決であった。


かと言って、迷子の女の子を一人にするわけにもいかない。


「お兄ちゃん、アイス食べたい」


輝がどうすればいいのか考えていると、突然女の子はそう言って彼を園内の屋台まで強引に引っ張った。


「ちょ、ちょっと」


無理やり引っ張られた輝は移動してしまった。


どんどん拓也を待っていたところから離れていく。


あたりは相変わらず人ごみだらけで、さっきのベンチが見当たらなくなった。


おかげで輝は、今自分がさきほどいたところからどれくらい離れてしまったのかわからなくなってしまった。


(・・・・・もしかして、俺も拓也からはぐれた?)


輝が青ざめていると、またもや突然服を引っ張られた。


「アイス!アイス!買ってぇ!」


この子はアイスが好きなのだろうか。


やたらとアイスを連呼していた。


「ちょっと待ってね」


輝はそう言うと自分の財布の中身を確認し始めた。


そこには札はなく、帰りの交通機関代を引いたらかなり厳しい金額の小銭しか入っていなかった。


お人よしの輝は、少々しょうがないと思い、涙を呑んでアイスを買ってあげることにした。


「何味がいいの?」


「チョコ!」


輝が尋ねると、女の子は嬉しそうにそう答えた。


お金を払い、店の人から出来立てのチョコ味のソフトクリームを受け取った。


「どうぞ。崩れやすいから気をつけてね」


そういいながら、そっと女の子にソフトクリームを渡した。


「ありがとうお兄ちゃん!」


機嫌が良くなったのだろう。


先ほどまで涙ぐんでいた女の子は、満面の笑みを見せた。


それを見て輝も微笑を浮かべる。


女の子の笑みを見ていると、不思議と輝は彼女の言うことを受け入れてあげたくなった。


「お兄ちゃんにもあげる!」


そう言って女の子は輝に食べかけのソフトクリームを差し出した。


「いいのか?」


「うん。いっぱいお兄ちゃんにしてもらったから」


笑顔で女の子がそう言うと、輝は遠慮がちに少しだけソフトクリームを口にした。


「チョコ味美味しいでしょ?」


「うん美味しいね」


「もっといる?」


「ううん。全部食べていいよ」


女の子はその言葉に感激し、夢中でソフトクリームを食べた。


そんな女の子の様子に、輝は少し和む。


今はもういなくなってしまったけれど、彼にも妹がいた。


隣でソフトクリームを食べる姿を見ていると、何年も前に妹とすごしたことを不意に思い出した。


妹が生きていたら、こんな日常をおくっていたのだろうか。


そうだとすれば、妹はもうこんなにも幼くはない。


そんなことを思いながらも、輝はなるべく考えないようにしていたことを考えてしまった。


「ご馳走様でした。お兄ちゃんありがとう」


「礼なんていいよ」


気がついた頃には女の子はソフトクリームを食べ終えていた。


もう一度お礼を言う女の子に、輝は笑顔を見せる。


(迷子センターに連れて行こう)


最後まで姉を見つけ出すまで一緒に女の子といてあげたかったが、これ以上拓也に迷惑をかけるわけにはいかない。


そう思った輝は女の子の手を引いて、迷子センターまで連れて行った。


「迷子のお子様ですか?」


「はい」


受付の女性に聞かれたので、輝は肯定した。


「お嬢ちゃん、お名前は言えるかな?」


「うん!琴ちゃんねぇ、篠田琴音って言うの!」


女の子の名前は琴ちゃんこと、篠田琴音と言うらしい。


「可愛い名前ね。誰と遊びにきたの?」


「お姉ちゃん!」


輝に聞かれたときと同じように琴音はそう言った。


「わかったわ。じゃぁすぐにお姉さん呼んであげるからしばらくここで待っててね」


そう言うと、女性はアナウンスを流し始めた。


輝はアナウンスを聞いて、ほっと胸をなでおろす。


「よかったね琴ちゃん。これでお姉ちゃんが迎えにきてくれるよ」


覚えたての名前を口にした輝は、優しく琴音の頭を撫でた。


琴音は少し驚いたが、すぐに嬉しそうな顔つきになる。


「早くお姉ちゃんきてくれると良いね」


一刻も早く拓也の元に戻らなければならい輝が、そう言ってその場を後にしようとしたそのときだった。


「お兄ちゃんどこ行くの?」


琴音は思いきり輝にしがみついた。


そんな彼女の様子に、輝も受付の女性もすこし困った表情を見せた。


「ごめんね琴ちゃん。俺、そろそろ帰らなくちゃいけないんだ」


「帰っちゃダメ!お姉ちゃんが来るまでずっと琴ちゃんと一緒にいるの!」


どうやら輝は琴音になつかれてしまったらしい。


何度か同じことを繰り返し言うが、なかなか琴音は理解してくれず、輝を放さなかった。


受付の女性も輝の困った顔をみて助け舟となってくれたが、それでも琴音は言うことを聞かなかった。


完全に困り果てた輝が立ち尽くしていたそのときであった。


「あ!お姉ちゃん!」


入り口に人影を見つけた琴音は輝から離れ、姉であろう人物の元へ駆け寄った。


「どこ行ってたの?すごく探したんだから。でもよかった無事でいてくれて」


姉は琴音を優しく抱き寄せる。


「琴ちゃんもお姉ちゃんに会いたかったよ」


少し泣きそうになる琴音は姉の胸に顔をうずくませた。


「妹がお世話になりました」


「いいえ、無事に二人が再開できて何よりです」


受付の女性は安心してそう言った。


姉は彼女から目を離し、チラッと迷子センターの中を見渡した。


すると、ある一点で視線がとまった。


「・・・・どうしてここに」


思わず姉はそうつぶやいた。


「あぁ、この方が迷子の琴音ちゃんをここまでつれてきてくださったんです」


「そ、そうなの?琴音」


「うん。あのお兄ちゃんが琴ちゃんをここまで連れてきてくれたの!それとね、あのね!あのね!チョコレート味のソフトクリームも食べさせてくれたの!とっても優しいでしょ!お姉ちゃんもそう思わない?」


突然自分の視界に現れた人物を見た姉は、驚いていたため、琴音に対する返事が遅れてしまっていた。


「・・・・久しぶり」


輝がそう言うと、姉も同じ言葉を述べた。


姉は輝のことを知っていた。


そして輝も姉のことを知っていた。


現れた人物、つまり姉とは篠田愛莉であった。


視線を合わす二人はとても気まずそうである。


「琴音、ちょっと待っててね。このお兄ちゃんと二人きりで話がしたいの」


愛莉の言葉を聞いて、琴音は不思議そうな表情を浮かべながら彼女の言うことに従った。


輝は愛莉に手招きされ、少し驚いたが部屋を出る彼女の後について行った。


「・・・・・何か用か?」


迷子センターを出てもなお気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのは輝だった。


「う、うん」


愛莉の言葉はぎこちない。


「えっと、その・・・・・ありがとね、琴音の面倒見てくれて。ソフトクリームまでおごってくれてみたいだし」


それを聞いた輝はピクリと反応した。


愛莉がそのようなことを自分に言うだなんて想像していなかったからだ。


「礼を言われるようなことじゃないさ」


輝は優しい笑顔を見せる。


その笑顔があまりにも優しかったため、愛莉は思わず驚いた。


「・・・・・・・・怒ってないの?」


輝の様子を見て愛莉は問う。


「怒ってないよ」


輝の返事はすぐに返ってきた。


「なんで・・・・普通だったら怒ってるわよ」


愛莉はうつむいて小さくつぶやいた。


彼女は過去に輝に対してひどいことをした。


その事実は変えられないことであった。


彼女の言うとおり、並大抵の人であるならば怒っているのは当たりまえであろう。


にもかかわらず輝は怒るどころか、笑顔さえ愛莉に見せていた。


「私はあんなにも最低なことをしたのよ!?最低なことを言ったのよ!?なのに、どうして私に笑顔なんか向けられるの!?怒ってないって言えるの!?」


輝の言葉と表情に愛莉は感情が高ぶり、ボロボロと涙をこぼし始めた。


彼女自身、輝にやってきたことをひどく反省していたのだ。


自分がどれだけ輝にひどいことをしたか。


あのような言葉、絶対に言ってはいけなかった。


「・・・・・自分を責めなくてもいいんだよ」


肩をひくひくさせる愛莉にそっと輝は近寄った。


「顔を上げて」


輝が優しくそう言うが、愛莉はなかなか言うことを聞こうとしない。


「泣いたらせっかくの可愛い顔が台無しだよ」


「!?」


輝は優しく愛莉の涙をぬぐい始めた。


思わず驚き、愛莉は一瞬なにが起きたのかわからなくなった。


「なんでこんなにも私に優しくするの?普通の人だったら殴ってるところよ」


愛莉は混乱しながらそう言った。


「ははっ、なんでだろうな・・・・・。俺にもわからないんだ」


輝はそう言うと、ポロリと苦笑いをこぼした。


「御人好しすぎるわ」


愛莉は顔を上げてそう言った。


そして一度大きな深呼吸をし、自分を落ち着かせる。


「ごめんなさい」


愛莉は依然と泣きそうになるのをこらえ、素直に謝った。


「今頃謝ったって遅いってわかってる。あれだけのことをしたのだもの。とても許してもらえるなんて思わないし、許してだなんてことも言えない。それはちゃんとわかってる」


愛莉はまた涙をこぼし始め、言葉を詰まらせながら続けた。


「私、すごく反省した。今でも反省してる。本当にごめんなさい。今頃になって謝るだなんて最低だわ、私」


何度も深く頭を下げ、謝り続けた。


「謝る必要なんてないよ」


それを聞いた愛莉は驚いた表情を隠しきれなかった。


「俺と同じように拓也をものすごく愛していた。だからあんなにも必死になってたんだよな?それだけの話だよ」


そう言って輝はまた愛莉に笑顔を見せた。


「で、でも。私はたくさん傷つけた」


「確かにあの言葉はグサッときたよ。でももういいんだ。俺は今こうして無事に生きてるし、何より謝ってくれた」


輝の優しい言葉に、愛莉はさらにボロボロと泣き始めた。


「何度謝っても謝りきれない。私はどうしたらいいの。どうしたら罪を償えるの」


「そんなの簡単だよ」







笑って







その言葉を聞いたありさは目を丸くした。


「笑ってくれたら、笑顔を見せてくれたら許す。というか、そもそも許すも許さないも何もないけどね」


輝はそう言うと明るい笑顔を浮かべた。


「・・・・えっと、笑うってどんな風に?」


「それはそっちに任せるよ」


そう言われた愛莉は涙をぬぐい、自分なりに笑顔を作り始める。


しかし、心境が心境なだけにどこか彼女の笑顔は引きつっていた。


「やっぱり笑顔のほうが良いな」


愛莉は輝の言葉にキョトンとしてしまった。


「拓也といる時から思ってたけど、泣き顔より笑顔のほうが似合うよ」


「・・・・・・優しいのね」


愛莉の笑顔は徐々自然になっていった。


それを見た輝も自然な笑顔を浮かべる。


「ずっとさっきから気になってたんだけど、今日は拓也と一緒じゃないの?」


話がまとまり、先ほどから気になっていたことを愛莉は尋ねた。


「えーと、一緒に遊びに来てたんだけど、はぐれちゃったんだ」


それを聞いた愛莉はすぐに悟った。


はぐれた原因に琴音が関係していると言うことを。


「そう。ならここで待ってて」


愛莉は突然その場を後にしようとする。


「どこに行くんだ?」


「どこって、拓也を探しにいくの。そんでもってここに連れてくる」


「い、いいよ悪いから」


輝がそう言うと、愛莉は振り向いた。


「これはせめてもの償い。任せて、必ず拓也をここまで連れてくるから」


そう言って愛莉はそのまま人ごみの中へと消えていった。















「輝ー!どこにいるんだ!」


人ごみの中、拓也は輝の名を何度も叫んでいた。


ベンチの上には3本ほどまだ開けられていないペットボトルが置かれていた。


何がいいか迷い、思い切って何種類か買った結果がそれである。


「待ってろって言ったのになんでいないんだ・・・・」


拓也が飲み物を買ってここに帰ると、輝の姿がなかった。


約束は絶対に守る輝がその場から姿を消すのはありえない話であった。


そのため、余計に拓也は不安になり、輝を心配する。


拓也は輝を探すのに、一番手っ取り早くそのうえ正確な方法を試したが、それはあっけなく失敗した。


その方法とは単純に輝に電話をかけると言うことであったが、肝心な自分のケータイは電源が落ちていた。


まさしく充電切れである。


拓也はすごく後悔した。


ちゃんと充電をしておけばよかったと。


まさかこんな形でバラバラになってしまうとは思っても見なかったことである。


「拓也ー」


そんなこんなでばたばたしていると、耳にしたことのある声が聞こえてきた。


拓也は思わず声のする方向を見る。


「し、篠田!?」


いるはずもない彼女の姿をみた拓也は驚いた。


「やっとみつけたー。こんなところにいたのね」


「篠田こそなんでこんなところにいるんだ?」


「普通に遊びに来たのよ」


「一人でか?」


「ううん妹とよ」


「そうか。・・・・・でも妹の姿がみあたらないんだが」


「ワケありで今は一人なの。それより早く」


愛莉はそう吐き捨てると、拓也の手を強く引っ張り、目的地まで連れていく。


拓也は意味がわからず、混乱した。


しばらく愛莉に掴まれていると、"迷子センター"と書かれた建物にたどり着いた。


「迷子センター?・・・・って、おいおい、確かに迷子とも言えるかも知れねぇが俺も輝も子供じゃねぇぞ」


愛莉の行動を不満に思った拓也は抗議した。


「そう言う意味でつれてきたんじゃないの。まぁとりあえず中に入りましょ」


相変わらずの愛莉の行動に、拓也は疑問に思いながら言われたとおりに中に足を踏み入れた。


「あ、お姉ちゃんお帰り!」


琴音は愛莉の姿を確認すると、元気よく彼女に抱きついた。


「篠田の妹か?」


「うん。可愛いでしょ」


そう言われると、拓也は静かにうなずいた。


「拓也」


愛莉の妹が現れたかと思うと、今度は突然自分の名前を呼ばれ、拓也は驚いた。


よく耳にする変声期を終えた声。


聞いていると自然に落ち着くことができ、とても心地よくなる声。


思わず拓也は声のするほうに目を向けた。


「輝・・・・」


彼が目にしたのは他の誰でもない、空西輝であった。


拓也も名を呼び、輝の元に向う。


「ったくどこいってたんだよ。マジで心配した」


「本当にごめん、心配かけちゃったね」


心配して少し向きになる拓也に輝は謝った。


「拓也、輝は何も悪くないわ」


突然意外な人物が仲介に入ってきたため、拓也は思わず驚いた。


「悪いのは私」


「違う」


愛莉の言葉を輝は否定した。


「どういうことだ?」


疑問に思った拓也は彼女に尋ねる。


「私の妹がね、はぐれて迷子になってたの。それを輝が見つけてここまで連れてきてくれたのよ。それで私と輝がたまたまばったり会ったってわけ」


「そうだったのか・・・・・」


拓也の言葉に愛莉は静かにうなずいた。


「だからね、あまり輝を責めないであげて。悪気があったわけじゃないから」


愛莉が一通り事実を説明すると、拓也は落ち着いた。


「ごめんな輝。心配で少し向きになってた」


「ううん、気にしなくてもいいよ。それに心配してくれて嬉しかったし」


その言葉を聞いた拓也は少し赤面した。


「相変わらず仲いいのね。また二人の愛を見せつけられちゃった」


愛莉は笑顔を浮かべてそう言った。


「篠田・・・・・」


なんと返事を返せばいいのか拓也と輝はわからず、ただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


「琴音ー。そろそろ日も暮れてきたから帰りましょ」


「はーい!」


愛莉はそう言って琴音の手を引いた。


そして迷子センターの入り口を出ようとしたそのときだった。


「拓也、輝」


突然彼女は振り向き、二人の名前を呼んだ。


そして優しい声でささやいた。








永久にお幸せに








それを聞いた拓也と輝は目を見開いた。


愛莉の言葉をありがたく思い、彼らはお礼をいう。


愛莉はそれを受け取り、笑顔を見せるとそのまま琴音と迷子センターを後にした。


自然に拓也と輝の表情は、とても優しい笑顔で満ち溢れていた。










*****










「今日はいろいろあったけど楽しかったな」


「うん」


時折カタコトとゆれる電車の中、拓也と輝は今日の出来事を振り返る。


電車でチアフルランドまで遊びに来ていた彼らは、帰りも電車であった。


夕日に照らされた車内はとても美しく、そしてはかなかった。


利用者は前の車両に数人いるだけで、彼らのいる後ろの車両には彼ら以外誰もいなかった。


そのため、二人は落ち着いて会話をする。


「次に遊園地行くときにはもう一回リベンジするよ」


「やめとけって。二度あることは三度ある」


「いや、次にのるときは三度目の正直。絶対大丈夫だよ」


輝がそう言うと、拓也はつい可笑しくなって笑ってしまった。


「お、俺なんか変なこと言ったか?」


なぜ自分が笑われてしまったのか疑問に思った輝は拓也に聞いた。


「そう言うわけじゃないよ。ただ、輝がなんかどこか向きになってて思わず笑っちゃったんだ」


拓也はそう言うともう一度笑い始めた。


そんな彼の様子を見て、輝は少しふてくされた。


「怒った?」


「ううん」


そう答え、輝はすぐに明るい笑顔に戻った。


「時間があるときはいっぱい遊ぼうな」


「あぁ、力尽きるまで遊ぼうぜ」


二人は目を合わせ、思い切り笑い合った。


(こうしてまた拓也と笑い合っていられるなんて、本当に幸せだなぁ)


輝は口には出さず、密かにそう思った。


自分の中で眠る病は消滅した。


しかし、それは一時的に過ぎない。


そんなこと、輝は百も承知である。


それでも輝は笑顔になれた。


どんなに短い間でもいい。


こうやって拓也と笑いながら過ごせることを、一番に幸せだと思った。


そして心のどこかで、もう病気は再発しないと決め付ける自分がいた。


不思議なくらいに何の異常もないから。


それも理由の一つであった。


しかしそれ以上にも大きな理由がる。


朝本拓也だ。


彼が自分のそばにいてくれるから、怖いものなんて何もない。


輝はそう思うのだ。


拓也がいてくれればどんなに辛いことがあっても立ち向かっていける。


拓也がいてくれればどんなに悲しいことがあっても笑顔になれる。


拓也がいてくれればたとえ不治の病だとしても、誇りをもって生きていける。


たくさん涙を流しても。


たくさん苦しんでも。


たくさん辛い思いをしても。


拓也さえいてくれればそれだけで―――







幸せだ








「拓也、いつもありがとう。本当に大好きだよ・・・・・?」


輝のその言葉に返事は返ってこなかった。


疑問に思った輝は拓也に視線を向ける。


「拓也・・・・・」


耳を澄ませると、拓也の寝息が聞こえてきた。


「寝ちゃったんだね」


疲れたのだろうか。


拓也は輝の気づかないうちに転寝していた。


しばらく輝が見つめていると、拓也の頭がコトンっと静かに輝の肩に乗った。


そんな彼に対し、輝も同じように拓也を起こさないように肩を寄せた。







拓也。


俺は拓也がそばにいてくれればそれだけで幸せだよ。


俺は拓也以外何もいらないよ。











――――拓也の笑顔をずっと守り続ける












輝は心の中でもう一度誓った。






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