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第18章  ~あの日の言葉~

100年を生きる桜並木。その桜並木には不思議な言い伝えがあった。





君のそばにずっといたい


だけど願ってもできないんだ





――――『ごめんなさい』







君はいつだって支えてくれた


君はいつだって優しくしてくれた





――――『ありがとう』







君は僕を抱きしめてくれた


君のたくさんの想いと温もりを感じた





――――『愛してる』







朽ちゆく体


そんな感情や言葉さえも奪われてしまう




大きくなる想い


抑えきれない君への愛はとどまることを知らない




もしも事実が嘘だったら


もしも事実が誰かのいたずらだったら


もしも事実が悪い悪夢だったら


早く僕をもとに戻してください





そうすれば、僕は永遠に君のそばにいれるのに―――――――













-君の笑顔も泣き顔も- 第18章 ~あの日の言葉~













現在4時限目。


教師が教卓の前で、耳が痛くなりそうな話を長々としていた。


そんな教師にうんざりしている生徒たちは、いまいち授業に力が入らない。


そのため、教室の空気は妙な感じだった。


そんな中、ありさはおよそ10分ごとに、教室の時計を見ていた。


早く授業が終わってほしいと思っているのだろうか。


彼女の表情は実につまらなそうである。


しばらくボーっとしていると、4時限目終了のチャイムがようやく鳴ってくれた。


(やっと給食か・・・・・・。)





















「ゼリーもーらった!」


「ちょっと待てよ!お前せこいぞ!」


「やっぱここはじゃんけんだろ!」


言い争う声に、教室中の生徒が注目していた。


実は今日、欠席した生徒が一人いる。


そのため、給食にでたゼリーは一人分、余ってしまっているのだ。


それをいいことに、たった一つのゼリーをめぐって、数人の男子生徒が燃えていた。


その場でたちまち彼らのじゃんけん大会が始まる。


たかがじゃんけんなのだが、妙に盛り上がっていた。


(・・・・・・ほんと子供ね。)


そんな彼らを横目で見ながら、ありさはそう思ってあきれていた。


ありさの机には、まだ給食のおかずが残っている。


(さっさと食べよっ。)


ありさはスープを飲み干した。











*****











「瑠奈ー。」


「おっ、ありさじゃん。」


ありさは、隣の教室で黒板を消していた瑠奈を呼んだ。


それに反応した瑠奈の手は、あっけなく作業を中断してしまう。


彼女の名は『谷川 瑠奈』


前髪をピンでとめ、やや長めのおろした後ろ髪は、癖毛ですこし巻いたような感じになっている。


ありさとは、小学生の頃からの付き合いで、中3になった現在でも、こうして常に仲良く一緒にいる。


そんな彼女たちはクラスが違うため、給食後の昼休みになると、ありさがよく瑠奈の教室に顔を出しているのだ。


今現在もそうである。


「もしかして今日、日直?」


「そうなんだよねー。正直めんどくさいなぁ・・・。」


そういいながら瑠奈は、きれいに黒板を消したのを確認し、制服についたチョークの粉を振りはらった。


「ありさ、今日はまだ時間もあるし、すこし歩きまわらない?」


「いいけど、どうして?」


「ちょっと息抜きがしたくて。」


瑠奈の言葉に納得したのか、ありさは笑顔を見せた。


そして二人は教室を出て、廊下を歩き始める。


しばらく歩いていると、気がつかないうちに、校庭がよく見える渡り廊下を歩いていた。


「もう春なんだね。」


瑠奈は改まって言った。


最近、あの寒かった冬が去り、春の足音が聞こえるようになっていた。


よくよく考えてみれば、もう3月上旬なのだ。


二人が通うこの中学校の校庭には、桜の木がたくさんある。


冬の間、葉は枯れて散ってしまい、花一つ咲いていなかったそれは、少し温かくなった今、数ヶ所の枝につぼみをつけていた。


その現象は、まだすこし時期的に早いのかもしれない。


今年は気温が少し、例年より高いのであろうか。


「もうすぐ、卒業だね。」


「そうだね。」


ありさと瑠奈の表情はどこか寂しそうだった。


そんな二人は、無事に推薦で志望高校に合格している。


進学する高校が決まって気が楽なのだが、やはり、それ以上に寂しい想いがあった。


お互いが、別々の高校に進学するからである。


ありさは、輝と同じ花咲高等学校。


一方瑠奈は、自分の夢に向かって県外の高等学校に進学するのだ。


いつも一緒にいた親友と、なかなか会えなくなるのは辛いことである。


しかし、お互いがちゃんとそれを理解していた。


「あたし正直、卒業したいのかしたくないのかよくわからない。」


憂鬱そうな表情をするありさは言う。


「ありさ・・・・・・。そんな顔しないで。」


「だって卒業したら会えなくなっちゃうんだよ?!あたし、瑠奈とまだ一緒にいたいよ。瑠奈は・・・・・寂しくないの?」


「そりゃー寂しいにきまってるよ。卒業したらしばらく会えなくなっちゃうけど、一生会えなくなるわけじゃないんだしさ。」


「・・・・そっか、そうだよね。ごめんね瑠奈。ちょっと感情的になっちゃった。」


さっきまでの苦しそうなありさの表情はすっかり消え、笑顔に戻っていった。


「あたし、時間があるときは電話とかメール送るから。」


「ありがとう。私もそうするね。それから遊びに行く。」


二人は小指を絡ませ、指きりをする。


そして顔を見合わせると、すぐに目が合ってしまい、思わず思いっきり笑いあった。





















――――4月8日


まだつぼみしかつけていなかった桜の木は、ついに満開の花を咲かせていた。


風で花弁が舞い散るその姿は、少しはかなかった。


「兄ちゃん早く!」


「ちょっと待てって!」


輝が来る前にありさに叩き起こされた拓也は、慌てて学ランに着替え、玄関を飛び出した。


そして香とありさが立っている家の庭に到着する。


「遅れて悪いな。」


呼吸を乱しながら拓也は謝る。


そう、今日は拓也の高2生活スタートとなる始業式でもあり、ありさの入学式なのだ。


祝うべき日ということで、家族で写真を撮ることになった。


「兄ちゃん遅い!せっかく余裕を持って早起きしたのに意味ないじゃん!」


そう言うありさの格好は、首元に赤いネクタイを巻き、白いブラウスの上からスカートと同じ少し暗めの紺色のブレザーを着こなしていた。


それは、現に輝が通っている花咲高等学校の女子生徒が着る制服である。


男子は学ランであるのにもかかわらず、女子はブレザーという、少し変わった組み合わせの制服を使用する高校である。


  




ジャリッ






節目そうそうに拓也とありさが言い争っていると、誰かがじゃりを踏む音がした。


「拓也にありさちゃん?それに香さんまで。何してるんですか?」


そこには皆がよく知っている輝の姿があった。


「おはよー輝。もうそんな時間か。」


「おはようございます輝先輩。」


朝のあいさつをしてくれる二人に輝もあいさつをする。


「実は今日からありさも立派な高校生になるのよ。それで記念に写真を撮ろうと思って。」


ここでは第三者となった香は、今の状況を輝に説明した。


「そうなんですか。・・・・・あっ!もしかしてその制服。」


「やっと気がついてくれたんですね。あたしも今日から輝先輩と同じ学校に行くんですよ。」


そう言われ、改めて自分の通う学校の制服を着たありさを見た輝は、驚いた表情を見せる。


「全然知らなかった。入学おめでとうありさちゃん。よく似合ってるよ。」


「ほんとですか!?嬉しいです!」


褒められたありさは嬉しさのあまり、満面の笑みを見せた。


実際にありさの制服姿は似合っている。


「ほんとだよ。拓也もそう思うよな?」


「!?・・・・・ま、まぁ輝がそう言うんだから似合ってんじゃねぇのか?」


拓也は少し照れて、顔をそむけた。


実の妹にそう言ったことを言うのが照れくさいのだろう。


そんな彼だったが、ちゃんと彼自身も似合っていると思っている。


というかまず、ありさが花咲高等学校に推薦で受かっていたことに驚いていた。


花咲高等学校の偏差値はそこそこ高い。


拓也は、まさかありさが頭がよかったなどと、知らなかったようだ。


「そろそろ時間ないから写真撮るわよ。」


香はそう言ってその場の空気を一転させた。


その言葉を聞いた輝は腕時計をみる。


時計はぎりぎりの時間を示していた。


「じゃぁ俺はここで写真が撮り終わるまで待ってるね。」


「何言ってんだよ。輝も一緒に撮るに決まってるだろ!」


「えっ、でもせっかくの家族でとる写真なのに俺がいたら―――――」


全部言い終える前に、拓也とありさに腕を引っ張られた。


そして無理やり家族の輪に連れ込まれる。


「よし、これで全員集まったわね。」


「・・・・すみません香さん。」


「いいのよ、気にしないで。私たちは輝君が大好きなんだから。ね、二人とも。」


「あぁ。」


「うん。」


3人の笑顔を見た瞬間、輝の顔がすこし赤く染まった。


「え、えっと・・・・・誰がシャッターを切るんですか?」


「それなら俺がやるよ。」


拓也はそう言って、いったんそばを離れる。


あらかじめ用意しておいたデジタルカメラを固定し、シャッターを切る時間を調節し始めた。


なるほど。


輝はそう思って納得した。


これなら誰かが移れないことはないだろう。


後は撮るタイミングである。


つまずいて面白い写真になってしまうという、よくありがちな展開は避けたいものだ。


「それじゃーいくぜー!」


拓也はそう合図し、焦らずかつ急いで3人のもとへ駆け寄る。


注意深く走ったおかげで、なんとか拓也は間に合った。


そしてそれぞれが思うようにポーズをとる。






カシャッ






デジタルカメラのシャッター音が聞こえた。


4人は上手く撮れているか気になって、いっせいにデジタルカメラをとりにいく。


一番に手をかけた拓也は、今とった写真を確認し始めた。


「お、結構上手く撮れてるぜ!」


「ほんとね。」


「やっぱり輝先輩かっこいいです!」


「そんなことないよ。」


上手く撮れてることを確認した一同には笑顔。


幸せそうな雰囲気で満たされた。


「―――――!?ちょっと皆!」


腕時計を見た輝は慌てた声で言った。


「?どうしたんだ輝。そんなに慌てて。」


「じ、時間やばいよ!」


テンパる輝に対し、妙に拓也たちは冷静だった。


「今日は私が連れてってあげるわ。それだった間に合うでしょ?」


「え、でもそれじゃぁ迷惑かけちゃいます。」


「迷惑だなんてそんなことこれっぽっちもないわよ。」


そう言って香は車のカギをポケットから出し、車を出しに行く。


「気にすることないって。」


拓也は、申し訳なさそうな表情をする輝にそう言った。


「あたし輝先輩と写真撮れて嬉しいです。写真が出来上がったら輝先輩にもあげますね。」


「ありがとう。その時は大切に写真立てに入れておくよ。」


「皆ー!」


少々雑談をしていると、香が車に乗ってこちらに来た。


「さ、乗って乗って。ちょっとひとっ走りするわよー。」


香は車を運転するのが好きなのだろうか。


妙に根気の入った香の言葉に合わせ、彼らも車にのる。


「ほんとにすみません香さん。お願いします。」


「いいのよいいのよ。それじゃぁ行くわよ。」


そう言って彼女がアクセルを踏むと、車はたちまち走りだした。













*****














無事、入学式を終えたありさは一人で歩いていた。


新入生は、一般生徒より早く学校が終わる。


そのため、まだ外が暗くないうちに帰れるというわけだ。


あの後結局、ありさたちは学校に間に合った。


そして香の方は仕事で、今の時間帯は働きにでている。


そのためありさの帰りは歩きであった。


学校から家に帰るのに、およそ1時間20分ぐらいかかる。


しかし、今のありさはそれに何の苦痛も感じない。


初めて通る学校の帰り道に、気分がはずんでいるのだ。


(よく瑠奈と一緒に歩いて帰ってたなぁ・・・・。)


ありさは一緒に瑠奈と帰っていたことをふと思い出した。


できることならば、また一緒に帰りたい。


こうやって道を彼女の隣で歩きたい。


そう思った。


(今頃何してるんだろう。)


そんなことをうつろに考えていると、突然桜並木が現れた。


突然といっても、それが急にワープしたわけではないのだが。


考え事をしていたため、気がつかなかったのだろう。


「・・・・・きれい。」


あまりに立派な桜並木に思わず声に出してしまった。


まるで辺り一面が淡いピンク色で染まっているようである。


しばらく見とれていると、向こうから一人の女性が歩いてきた。


ぱっと見、30代ぐらいである。


そんな女性に、ありさはようやく気がついた。


しかし、ありさの視界に入り込む彼女の様子はどうもおかしい。


ふらついて重心がしっかりとどまっていない。


見ていてありさは危なっかしいと思った。


気になってしばらく様子をみる。


すると、突然女性がふらっと倒れた。


「!?」


ありさは突然のことに驚き、慌ててそばに駆け寄る。


「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」


「・・・・・すみません。貧血でつい・・・・。」


そう言って女性は弱々しい笑顔を見せた。


そしてふらつきながらも、ゆっくり立ち上がる。


心配するありさは、今にも倒れそうな彼女を支えた。


「ほんとにすみません。もう大丈夫です。」


「ちょっと待ってください。」


一人で歩きだそうとした女性を、ありさは呼びとめた。


「あたし・・・・やっぱり心配です。何かあたしにできることはないですか?」


心配性のありさは、良心で彼女にそう言う。


「・・・・・・お願いしてもいいんですか?」


「構いません。」


「・・・・・荷物を持っていただければありがたいのですが。」


申し訳なさそうな顔をする彼女はお願いした。


「任せてください。」


ありさは胸を張り、倒れた時に落としてしまった荷物を手に取った。


「ありがとうございます。とても親切ですね。」


「当たり前のことをしたまでですよ。どこへ向かうところだったんですか?その場所までお付き合いしますよ。」


何の急ぎもないありさは、嫌がることなくにっこりと笑顔を見せた。


「この先の小池総合国立病院に行くところです。歩いて5分ぐらいなのですぐ近くです。」


ありさはそれを把握し、一緒にゆっくり女性とそこまで歩いて向かった。


すると、彼女の言った通り、およそ5分ぐらいで小池総合国立病院にたどりついた。


「お見舞いですか?」


「えぇ。母がここでお世話になってるんです。」


「そうですか。早く元気になるといいですね。」


ありさはそういうと、荷物を女性に返した。


「ほんとにありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません。」


「いいんですよ、これくらい。」


ありさは少し照れた表情を見せた。


「お礼に一つ、お話ししましょう。」


「お話し・・・・・ですか?」


話が好きなありさは少し、興味を持った。


「さっき立派な桜並木がありましたよね?あの桜並木の樹齢は100年以上で、実はある言い伝えがあるんです。」


「言い伝え?」


さらに興味をもったありさは聞く耳を立てる。


「えぇ。『満月の夜、強く愛し合った二人がその桜並木の下でもう一度告白しあうと、来世でもまた一緒になれる』という言い伝えがあるんです。」


「なんだかすごくロマンチックな言い伝えですね。」


味の深い話を聞いたありさは、不思議な気持ちにかられてしまった。


「これは母から聞いた話なので、本当のことかわかりませんが、私は本当だと信じてます。」


「あたしも、なんとなくですがそんな気がします。」


ありさは改まった態度で女性に接した。


「すみません。お礼がこんなつまらない話で。これしかお礼できることがなくって・・・・・。」


「言い伝えが聞けただけで満足してます。あたしこそ、いい話が聞けてよかったです。ありがとうございます。」


そう言ってありさは元気よく、病院に入ろうとする女性に手を振った。


(『来世でもまた一緒になれる』・・・・・か。)


たちまち一人になったありさは、もう一度女性がいっていたことを、繰り返し心の中で唱えた。


そこには、すこしもどかしくなってしまう自分がいた。





















―――――一方、その頃






「よっしゃっ!今日はバンバン歌うぜ~!」


「そうだね。」


輝以上にテンションが上がっている拓也は、嬉しそうに声をあげた。


今日は新入生の入学式ということもあって、お互いの高校はいつもより早めに終わった。


そのため、時間に余裕ができたおかげで、今こうして二人は遊んでいる。


そして今現在いる場所は、とあるカラオケルームだ。


何度か一緒に遊んだ彼らだったが、実は二人でカラオケに行くのは始めてだったりする。


「はい、輝。」


そういって拓也は、さっそくマイクを輝に渡した。


「ありがとう。」


輝も渡されたマイクを受け取る。


「ごめんね、いつもおごってもらってばかりで。」


「いいっていいって。俺、おごるの好きだし。逆におごられるのはあんまり好きじゃないけどな。」


笑い話をするような感覚で拓也は言う。


「ありがとう。拓也のおごりだし、拓也から歌っていいよ。」


「いいのか?じゃぁさっそく。」


ノリのイイ拓也は歌いたい曲を迷うことなく選択した。


すると、たちまち第一曲目のイントロが流れ始める。


そして拓也は思いっきり歌った。


歌に実力を持つ拓也は、かつて文化祭でライブをしただけに、やはり上手い。


そんな拓也の歌声に輝もまた、聴き惚れていた。


「ふぅー。久しぶりに歌ったー。」


歌い終えた拓也は、満足そうに笑顔を見せていた。


「拓也って歌、ほんとに上手いな。思わず聴き入ったよ。」


「ありがとう。でもそうでもないって。」


拓也は輝の言葉に少し照れた。


「輝も何か歌いなよ。時間無くなっちまうぞ?」


「う、うん。でも俺歌下手くそだし、聴いてるほうが好きだし、えっとその・・・・・。」


「ダーメ。輝も歌ってよ。俺、輝の歌声聴きたいし。どうせ輝のことだから、そんなこと言いつつほんとは上手いのくらいわかってんだからな。」


そう言って拓也はニッと笑顔を見せた。


「音外れても笑わないでくれよ?」


輝は恥ずかしがりながらも選曲した。


そして最初のフレーズを歌いだす。


それと同時に彼の持ち前である、優しく穏やかな伸びのある声が響き渡った。


(やっべぇ・・・・・・・超うめぇー。)


たちまち拓也は、輝の歌声に心を奪われてしまった。


「うぁー緊張したー。」


歌い終え、そう言って落ち着くと、とたんに拍手をする音が聞こえた。


思わず拓也は、輝の歌の上手さと美声に拍手をしたのだ。


「ほらな。やっぱり言った通りだ。輝、歌上手すぎだ。」


「そ、そんなことないって。お世辞なんていらないよ。」


「お世辞じゃないって。ほんとに上手い。いやマジで。」


「ははっ。」


どこか真剣な表情で言う拓也に、思わず輝は笑ってしまった。


「なっ、なんでそこで笑うんだよー。」


「だって、なんだか拓也が真剣だから。」


変な気持ちになった拓也は、軽く輝の頬をつねった。


そして今度は拓也が彼を見て笑った。


「い、痛いよ拓也。」


「ごめんごめん。」


ちょっとやりすぎたと思った拓也は謝る。


「最近俺、ちょっと安心してるんだ。」


「・・・・・拓也?」


急に真面目な会話になったため、輝は少しおどけてしまった。


「だってさ、最近の輝よく笑ってるからさ。だから安心してるんだ。」


そう言われた輝はもどかしくなった。


あの時輝は、二度と拓也の前で涙を流さないと誓った。


ずっと笑っていよう。笑顔でいよう。そう誓った。


前までたびたび体に急な痛みが走っていたが、最近はそんな症状が不思議なほどまでに起こらない。


笑顔でいるおかげなのだろうか。


輝はそう思いたかった。


「どうする?時間がせまってきてるんだけど、最後に一曲二人でデュエットでもするか?」


「いいね。そうする。」


輝の了解を得て、拓也は曲を入れた。



















「うわー雨降ってやがる。」


天気予報に嘘をつかれた拓也と輝。


今日の天気は一日中晴れのはずである。


しかし実際には、カラオケ店を出た瞬間にこのざまであった。


「どうする?通り雨だと信じて少しここで雨宿りでもしてるか?」


「うーん。そうしようかな。」


少し迷った輝だったが、結局雨宿りをすることにした。


「あ、そうそう拓也。」


淡々と降る雨を見ていた拓也は、突然名を呼ばれてすこし驚いた。


「どうした?」


「えっと、その・・・・・・。この間はありがとう。バレンタインデーのチョコ、すごくおいしかったよ。まだ感想言ってなかったなって思って・・・・・遅くなってごめんね。」


「全然遅くなっても構わないよ。俺こそ、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。」


冷静な態度をとった拓也だったが、心の中では嬉しさによって、乱れに乱れまくってい

た。


そして拓也は何も言わないまま、輝に腕をまわす。


「たっ拓也!?」


突然抱きつかれた輝は驚いた。


「なんでだろ。輝が可愛すぎていつも自然と輝を抱きしめたくなるんだ。」


輝はそう言われて命いっぱい赤面した。


たちまち幸せに満たされていくのが自分でもわかった。


そして次第に、『幸せ』『嬉しい』『愛おしい』そういった感情が涙へと変わってしまう。


涙は意図も簡単に溜まり始めた。


しかし輝は、泣かないと誓ったことを思い出し、必死に涙をこらえる。


そうしていると、拓也はそっと優しく輝にまわしていた腕をはなした。


「一向に止みそうにないな。輝、俺折りたたみ傘持ってるんだけど、とりあえずこれで帰ら―――――!?」


気がつけば、隣にいるはずの輝の姿がなかった。


拓也のセリフは、すべて独り言になってしまっていたのだ。


状況を把握した拓也は、慌てて辺りを見渡す。


しかし、探し回る必要はなかった。


輝はそこにいるのだから。


屋根のない、どしゃ降りの雨の中にいるのだから。


「輝!?何やってんだよ!そんなところにいたら濡れて風邪ひいちまうだろ!」


心配する拓也は、慌てて折りたたみ傘を開き、輝をその中に入れた。


青少年二人に対して、やはり折りたたみ傘は小さい。


それを悟った拓也は、輝だけを傘の中に入れた。


自分は濡れて風邪をひいても構わない。


輝さえ雨に打たれなければそれでいい。


拓也はそう思った。


しかし、輝はそれに反する行動をとった。


「拓也、風邪ひいちゃうよ。」


そう言うと、輝は傘を押し出して拓也の上に持っていく。


傘はたちまち輝の屋根から拓也の屋根に代わってしまった。


輝は笑顔だった。


しかし、雨に打たれながら見せる輝の笑顔は、いつもの笑顔とどこか違っていた。


「とにかくこんなところにいたら濡れちまうだろ。いったん濡れないところに行こう。」


そう言って拓也は輝の腕を引っ張り、先ほどいたカラオケ店の入り口付近に戻る。


そうすることによって、雨は二人を襲わなくなった。


「輝のバカ。なんで急に雨の中に飛び込んだんだ。俺、すげー心配してるんだぞ。」


そう言って拓也は、自分が持っていたタオルで輝をふき始めた。


「心配させてごめんね。なんでもないんだ。」


口ではそう言っても、実際にはなんでもないわけがなかった。


確かに雨の中、輝は笑顔だった。


しかし、そんな輝の目からはたくさんの涙があふれていた。


輝は涙をこらえきれなかったのだ。


絶対に拓也の前で泣かないと決めている輝は、抑えきれない涙を隠すために、どしゃぶりの雨の中に飛び込んだのだ。


そうすることによって、必死に涙をごまかした。


必死に泣いている姿を見せないようにした。


「輝、俺を心配させないでくれ。やっぱりこのまま雨が止むのをまとう。」


「・・・・・うん。わかったよ。」


そう言って寒くならないよう、二人は寄り添った。












*****











「ありさがパソコン使ってるだなんて珍しいこともあるのね。」


夕飯の支度をする香はありさを見て言った。


香の言うとおり、ありさがパソコンを使用することは珍しい。


そんな彼女はインターネットを立ち上げ、何かを調べていた。


「ただいまー。」


お互いがするべきことをしていると、玄関から拓也の声が聞こえてきた。


拓也が帰宅したのだ。


もうすっかり雨はやんでいる。


「今日の晩御飯何?」


空腹の拓也は靴を脱ぎ、二人のいるリビングへ入って問う。


「うーんとね、今のところロールキャベツよ。」


『ロールキャベツ』ときいて、拓也は思わず笑顔になる。


かるっていたカバンを床に置き、拓也はソファーに腰掛けた。


すると、隣でパソコンをいじっているありさに気がつく。


「何やってんだ?調べものか?」


「まぁそんなところ。」


「何調べてんだ?」


「桜並木。」


「・・・・・・・・はぃ?」


珍しい返答に拓也はおどけた。


「だーかーらー。桜並木。」


「いや、桜並木はわかってるって。俺が聞きたいのは、なんでまた桜並木なんかを調べてるんだってこと。」


同じ珍答が返ってきたので、拓也はわかりやすく訂正してもう一度聞いた。


「桜並木に言い伝えってあるのかなーと思って。それで今それを調べてるところ。」


「言い伝え・・・・・ねぇ。」


拓也はあまりそのことに関して深く考え込まない。


「ねぇ兄ちゃん。小池総合国立病院ってしってる?」


「!?知ってるけど、何でまたそんなこと聞くんだ?」


思わずありさの問いに、拓也は表情を変えてしまいそうになった。


知っているも何も、小池総合病院は輝の住む病院である。


拓也が知らないはずがない。


「今日、わけあって助けた大人の女の人が言ってたの。その病院の近くに桜並木があるんだけど、その桜並木にはある言い伝えがあるんだって。」


「へー。どんな言い伝えなんだ?」


拓也は試しに聞いてみることにした。


「『満月の夜、強く愛し合った二人がその桜並木の下でもう一度告白しあうと、来世でもまた一緒になれる』っていう言い伝え。」


「『来世でもまた一緒になれる』・・・・か。なんだかいいな、それ。」


「だよねー。兄ちゃんは輝先輩と来世もまた一緒になりたいでしょ?」


「あぁ、もちろんさ。来世どころじゃなくて、その次も、その次の次もずっと一緒だ。」


「なんだか兄ちゃん、幸せそうだね。」


「ま、まぁな。たまに幸せすぎて怖いけど。」


拓也はそう言って赤面しながら笑顔を見せた。


「ありさはこの言い伝え、信じてんのか?」


「もちろんよ。なんだかこの言い伝え、本当な気がするから。」


「俺も信じてる。」


「え?」


大抵のことに興味を持たない拓也の珍しい返答に、ありさは少し驚いた。


「俺も不思議とこの言い伝え、本当な気がするんだ。なんでだろうな。」


拓也は自分でも不思議とわからなかった。


「一番近い、満月の夜っていつだ?」


「それがさぁ、さっき調べたんだけど丁度今日なのよ。」


「今日!?」


拓也もそれを聞いて驚いた。これまた偶然である。


「もしかして兄ちゃん、今夜輝先輩に・・・・・。」


そう言うありさに、拓也は奥深しい頬笑みを見せた。


「もう一度改めて告白する。来世もまた、一緒になりたいから。」


「兄ちゃん・・・・・・。」


ありさもまた、そんな表情をする拓也に優しい頬笑みを見せた。



















「それじゃぁ行ってくる。」


「いってらっしゃい。母さんには上手くあたしが伝えとくわ。上手くやるのよ。Goot lack!」


そういうありさは、なぜか見送る母親の様であった。


そして拓也は、意を決して家をでた。


もちろん行き先は、小池総合病院。


そう、拓也はもう一度輝にあの桜並木の下で告白するつもりなのだ。


いくら二度目だとは言え、やはり緊張してしまうのが正直なところである。


頭の中で言いたいことをまとめているうちに、あっという間に拓也は目的地に到着していた。


右足を前に一歩出し、病院内に入る。


そして、輝の部屋に向かおうとしたその時だ。


「あら、拓也君じゃない。こんばんは。こんな時間帯にどうしたの?」


女の人の声がした。


拓也がその声に反応して振り向いたその先には、原田看護師がいた。


そういえば、以前にもこんな展開があったのをふと拓也は思い出す。


「こんばんは。輝は部屋にいますか?」


「・・・・・・輝君ならたぶん今、風呂に入ってると思うわ。あがってきたら伝えておいてあげるから、ちょっとここに座って待っててね。」


原田看護師が言い始めるまえには、ほんの少しだけ間があった。


しかしそんなささえなことに対して、拓也は気にもとめなかった。


「そうなんですか。じゃぁここで座って待ってます。」


拓也はそう言って、素直に彼女の言うことをきく。


それを確認した原田看護師は、急ぐかの様に廊下のほうへ消えてしまった。


(やっぱりこんな時間になっても忙しいんだろうな・・・・・。)


拓也はそう思い、静かに輝を待つ。


そんな彼に、原田看護師は嘘をついていた。


輝は今、風呂に入っているわけではない。


本当はいつものように、病に対する治療をしている最中なのだ。




『拓也にだけは言わないでほしい』




輝とかわした約束を守るために、原田看護師がついた、とっさの嘘だった。






















「小池先生!」


「どうしたんだい原田さん。」


突然のドアが開く音に、小池医師は驚いてしまった。


一方、慌てる原田看護師は辺りを見渡す。


思った通り、やはりまだ治療は終わっていないようだ。


「拓也君が輝君に会いに来てます。」


「!?・・・・・・・まずいなぁ。」


「まずいです・・・・・・。」


「拓也君には何て?」


「『今風呂に入ってるから待ってて』って・・・・。」


「うーん・・・・・なんとかバレずに済むかもしれないな。」


「もう少しで終われそうなんですか?」


「もう少しというわけではないけど、それなりには。」


その言葉を聞いた原田看護師は一安心した。


「まったく二人の仲よしっぷりには悩まされます。輝君も学校を休んで治療に専念しなさいって言ってるのになかなか言うこと聞いてくれないし。早く病を治したいと思わないのかしら。」


原田看護師は苦笑いをしながらそう言った。


「輝君は何よりも拓也君に会いたいんだよ。拓也君に会えないことのほうが輝君にとってよっぽど苦痛なんだろうね、きっと。」


こんなにも仲の良い二人を彼らは少し、うらやましく思った。


それと同時に、より一層輝を救いたいという気持ちが高まっていった。





















「――――や、拓也。」


「うぁっ!」


突然自分が呼ばれていることに気がつき、拓也は飛び上がった。


「えっ輝!?あ、あれ!?俺、輝に会いに来て・・・・っ!?もしかして俺、寝てたのか?」


「うん、気持ちよさそうに寝てたよ。」


混乱する拓也にそう言って、輝はおかしく笑った。


そんな彼は治療を無事に終え、パジャマ姿で拓也の目の前に立っている。


運よく副作用はあらわれていない。


輝は、拓也が自分に会いに来ていることを、原田看護師に知らされたのだ。


「突然こんな時間にどうしたんだ?」


「あ、えっと・・・・・・・!?桜並木!!」


「へっ?」


おかしなことを言う拓也に、思わず輝は気の抜けた声をだした。


寝ぼけているのだろうか。


そう思った。


「輝、ちょっといいか?」


「ん?どうしたんだ――――――?!」


いきなり自分の体が勢いよく持ち上がった。


何が起きたのかと輝は驚く。


そう、輝は拓也に抱きかかえられたのだ。


しかもお姫様だっこのような状態である。


そしてそのまま拓也は、輝を連れ去るかのように、病院を出てある場所に向かった。


「た、拓也!いったいどこに行くつもりなんだ?!」


「安心して。危ないところじゃないから。もう少し待ってろ。すぐに着く。」


「う、うん・・・・・・。」


病院から近いその場所は、軽く走って3,4分ほどで到着した。


「着いたよ。」


「え、ここっていつもの桜並木。」


そこには帰り道、輝が拓也と別れた後にいつも通っている桜並木があった。


そして例の言い伝えがある桜並木でもある。


空を見上げると、きれいな満月が淡い光を放っていた。


条件を確認した拓也は、そっと優しく輝を降ろす。


「輝はこの桜並木にまつわる言い伝えを知ってるか?」


「うーん。・・・・・俺は知らない・・・・かな?。」


急なことを言われた輝の返事は、ワンテンポ遅れてしまっていた。


「『満月の夜、強く愛し合った二人がその桜並木の下でもう一度告白しあうと、来世でもまた一緒になれる』そんな言い伝えがあるらしい。」


「!?」


すぐに理解した輝は、一瞬にして真っ赤になってしまっていた。


「まるでもうすぐ会えなくなっちゃうみたいな言い方だけど、俺は来世でも輝とまた一緒になりたい。来世でもまた、輝に恋をして、告白して、愛し合って、一緒に幸せになりたい。」


拓也の凛々しい瞳がこちらを見ている。


(ダメだ、ダメだよ拓也。これ以上そんな嬉しいこと言われたら俺、泣きだしちゃう・・・・。)


またあのときのように、輝はあふれ出そうとする涙をおさえる。


「輝は、来世もまた俺と一緒になりたいか?」


その問いを聞いた輝は、また一段と赤面した。


「俺は、俺は・・・・・・・・っ!」


高まる感情を必死で抑えて言う。


「来世もまた、拓也と一緒になりたい。来世だけじゃなくて、その次も、その次の次も。ずっとずっと、永久に拓也と一緒であり続けたい。」


拓也と輝は、桜並木の下で強く、強く愛し合った。


「その言葉聞けて、安心したよ。」


「拓也・・・・・。」


拓也の表情はすごく穏やかだった。


「改めて告白させてほしい。俺は輝を愛してる。どんな人よりも、この世で一番死ぬほど輝を愛してる。だからこれからもずっと俺のそばにいてくれ。そして一緒に、幸せになろう。」


「拓也・・・・・拓也ぁっ・・・・。」


あまりにも温かすぎる拓也の言葉に、涙があふれてしまいそうになる。


もう限界だった。


それでも輝は、拓也を想い、必死で涙を飲み干す。


「俺からも、もう一度改めて告白させてほしい。俺は拓也を愛してる。どうしようもないほどにまで深く愛してる。拓也以外に何もいらない。だから、俺を拓也のそばにいさせてほしい。俺も笑顔でいるから、拓也もずっと笑顔でいて。愛してる、拓也。」


輝の言葉に、拓也も思わず涙が出そうになった。


嬉しすぎて、愛おしすぎて、幸せすぎて。


それが逆に苦しかった。


「輝・・・・・・。」


拓也は優しく名を呼び、目を閉じて輝の唇に自分の唇を近づける。


輝もそれにこたえるように、静かに目を閉じた。











『満月の夜、強く愛し合った二人がその桜並木の下でもう一度告白しあうと、来世でもまた一緒になれる』











今宵、満月の夜。




桜並木の下で、お互いを強く愛し合った。




もう一度、お互いに言葉じゃ伝えきれない大きな想いを伝えあった。告白しあった。




そして。












―――――――優しいキスをした












来世も、その次も、その次の次も――――


また恋に落ちよう。


また告白をしよう。


また愛し合おう。










そして、誰よりも幸せになろう。









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