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第17章  ~大切なこと~

言えない理由がある。守り抜きたいものがある。すべてそれはそこにあったんだ。


『愛してる』




何度繰り返し言っても、あなたに届けたい想いに足りない。




4文字だけじゃ伝えきれない想いがある。




君の存在が大きすぎて、余計につらくなる自分がいる。




消えないで、どうか消えないで。



僕を救ってくれる君の笑顔。


僕を励ましてくれる君のぬくもり。









どうか消えないで・・・・・・。
















-君の笑顔も泣き顔も- 第17章 ~大切なこと~


















「輝、ぐっすり寝てるな。」


「だね。いつもは大人っぽいのに寝顔はすごく可愛い。」


年頃の女と男の声が聞こえる。


「ん・・・・・・。」


二人の声に反応した輝は、ゆっくりと目を覚まし始める。


「あーもう!兄ちゃんのせいで輝先輩が起きちゃったじゃない!」


「なんで俺のせいなんだよ!それを言うならお前が!」


「ちょっちょっと、二人とも喧嘩しないでよ。」


輝がそういうと、二人の喧嘩はあっという間におさまった。


「輝、まだ寝ててよかったんだぜ?」


「ありがとう。でももうそんなに眠たくないし、起きてるよ。」


時計は6時30分を示していた。


まだ時間にはそこそこ余裕がある。


そのため、まだ寝るのは可能なことであったが、輝は拓也に断りを入れた。


そして昨晩の輝は実にぐっすりだった。


大切な人に囲まれて、とても安心できて寝やすかった。


今までで一番よく眠っていたかもしれない。


そう思い、起き上がろうとしたその時だった。


「いっ」


叩きつけられるような頭痛が走った。


痛くて思わず声が漏れてしまう。


「輝!?大丈夫か!?」


「大丈夫。心配することじゃない。ちょっと頭痛がしただけだから。」


輝は痛みに耐えかね、いつもの笑顔を見せた。


その痛みは思ったよりも長続きせず、すぐにおさまった。


目のかすみのほうは、あまり気にならない。


早く忘れてしまおう、輝はそう思った。


「そういえば今日は拓也のほうが起きるの早かったな。」


突如気になった彼は言った。


これはある意味一大事である。


拓也が輝より早く起きることなんてそうそうない。


「いやーそれがさ、ありさが輝の寝顔見たいって言うからさ。」


「何私になすりつけてるのよ。兄ちゃんもそれは同じことでしょ。」


「うっうるせぇっ。いいだろ別に。」


本当のことを簡単に暴露された拓也はふてくされた。


「なんで二人してそんなに俺の寝顔が見たいんだ?」


「なんでって・・・・なぁ?」


「なんでって・・・・・ねぇ。」


拓也とありさは顔を合わせるなり、直接その言葉を述べなくても理解しあえていた。


「可愛くてしょうがねぇんだよ。」


「可愛いです、輝先輩。」


「かっ可愛いって・・・・・。」


何度か拓也に言われてきた言葉だが、いまだになれない言葉の一つだった。


顔がたちまち赤くなってしまう。


「あ、赤くなった。可愛い。」


また言われてしまったと思い、輝は恥ずかしくなってこの場を逃げ出したくなった。


「輝、そろそろ時間が時間なんだけど、学校行けそうか?」


そういった拓也は、すでにもういつもの愛用の赤いTシャツと学ランを着ていた。


「あ、うん。準備さえすれば今すぐにでもいけるよ。」


「そっか、輝の制服は昨日母さんが洗ってくれてたからベランダのほうに干してると思う。大丈夫、もう乾いてるから。」


「そうだったんだ。後でお礼言わないといけないな。とりに行ってくるよ。」


「ちょっとまって。俺がとりにいってくるからそこでくつろいでろ。」


「え、でもそれくらい自分ででき――――」


「いいからいいから。体調悪いんだから安静にしてねーとな。」


そう言って拓也はひょいっとベランダのほうへ走って行った。


輝は心配させないようにと、いつものようにふるまっていたつもりだったが、やはりまだ拓也は輝が心配だった。


また心配掛けてるんだと思うと、輝は悲しくなった。


「兄ちゃんが家族以外の人をこんなにも心配しているの初めて見た。」


すぐそばにいたありさが突如一人でつぶやいた。


「そうかな。拓也はきっと誰にでも優しいと思うよ?」


「違いますよ。」


輝が言うと、ありさが即答で否定した。


「輝先輩は、本当に兄ちゃんにとって特別な存在なんですよ、きっと。」


「ありさちゃん・・・・・ありがとう。」


「兄ちゃん、輝先輩のこと考えてるとすぐに顔に出るんです。あまりにもその顔が幸せそうで、逆に気持ち悪いんですよ、まったく。」


ありさはそう吐き捨て、やれやれといった感じの表情を見せた。


「ははっ。ありさちゃんは拓也のことが大好きなんだね。」


「!?ちっ違いますよ!!」


急に言われてありさはテンパった。


「でも・・・・・・・。」


「でも?」


「嫌いじゃないです。・・・・・なんだかほおっておけなくて。」


「それ、俺もわかるなぁ。」


「輝ー!学ラン持ってきたぞ!!」


改まった話をしている最中に拓也が戻ってきた。


彼の右手にはいつもの学ランがあった。


話題となっている彼があまりにも突然現れたため、輝とありさは思わず笑いをこぼしてしまった。


「なっ、なんだよ二人して笑ってさ。俺の顔になんかついてんのか?」


なぜ二人が自分を見て笑っているのかわからない拓也。


「そんなんじゃないよ。ちょっとな。」


「うん、ちょっとね。」


直接理由を述べない笑顔のふたり。


「ちょっとってなんだよちょっとって。気になるじゃねーかよ。」


拓也はなかなか話さない二人にちょっかいをかけ始めた。


「悪いことじゃないんだ。」


「ほんとか?」


「輝先輩がいってるのよ?嘘なわけないでしょ。」


「ま、まぁ確かに輝は俺に嘘なんかつかねぇもんな。」


拓也は簡単に納得して笑顔になった。


「う、うん。」


輝も同じように笑顔を見せた。


でも心の中でそれは違った。


(拓也、ごめんね・・・・・俺、拓也に嘘ついてるんだ・・・・・・。)


そう、輝は一つだけ生まれて初めて拓也に嘘をついていた。


自分の体調は本当に大丈夫なんかじゃない。


今朝襲ってきた頭痛は本当に苦しかった。


笑顔を作ることさえ、やっとの思いだった。


悲しい。彼に嘘をつかなきゃいけないことに、輝は苦しんだ。


彼は心の中にあるそれを捨て、服を着替え始める。


そして3人そろって階段を下りた。


「あ、おはよう輝君。昨晩はぐっすり眠れたかしら?」


「おはようございます香さん。おかげさまでよく寝れました。それからわざわざ学ランをきれいにしていただいてありがとうございます。」


「ほんとに感心するほど礼儀正しい子ね。そんなに堅苦しくならなくてもいいのよ。いつも拓也がお世話になってるお礼。」


「お世話になってるのは俺のほうです。」


穏やかな表情をする二人に、拓也とありさはすこしムッとした。


他人の子には優しい親とはこのことだろうか。


しかし、相手が輝となれば無理もないことだった。


彼ら自身も、輝のよさを数え切れないほど知っているのだから。


「よしそろそろ行こうか。」


「あら、もう行っちゃうの?」


「母さん今何時だと思ってんだよ。もう7時30分だぜ?」


「いつもは余裕で爆睡の時間帯だけどね。」


いかにも正論を述べたかのような拓也に、後ろにいたありさが彼には聞こえないように皮肉を言った。


「昨日は本当にお世話になりました。」


「いいのよ。輝君なら大歓迎だから、またいつでも泊まりにいらっしゃい。」


「ありがとうございます。行ってきます。」


「じゃぁな母さん、行ってくるよ。」


「行ってきます。」


「気をつけていくのよ。」


香は手を振って、玄関をでる三人の背中を優しく見守った。


(よかったわね拓也、ありさ。こんなにも素敵な子に出会えて。)


















「さ、寒いね。」


家の外に出た瞬間、肌を刺すような寒さに襲われた。


「だね。」


輝も共感する。


「兄ちゃんと輝先輩はどこを通って行くの?右?左?」


「俺たちはこっちだ。」


そう言って拓也は右を指差した。


「そうなんだ。・・・・・じゃぁ一緒に行けないね。」


ありさの通っている中学校は左の道を通らなくてはいけないようになっていた。


「またすぐにでも会えるんだから、そんな暗い顔しないで。」


「ほんとですか?」


「本当だよ。」


それを聞いたありさの表情は一気に晴れた。


かと思うと、ありさはおもいきり輝にだきついた。


輝のやや長身な身長とありさの身長は見ての通り、すこしアンバランスだった。


「あっありさっ!」


「やった!」


隙をとられて悔しそうにする拓也に、ありさは意地悪そうに舌を出した。


「じゃぁ輝先輩、今日も元気に学校行ってきます!」


「うん、がんばってね。いってらっしゃい。」


元気よく走っていくありさに輝は手を振った。


「ったく、ありさのやつ油断も隙もねぇ。輝も輝であいつに優しすぎなんだよ。」


「そうかな?」


「そうだよ。でも・・・・・・そこが輝のいいところなんだけどな。」


拓也の怒った顔が幼い笑顔にもどった。


「俺たちもそろそろ学校行こうぜ。」


「うん。」


輝も元気な笑顔を見せた。


「あ、雪が久しぶりに降ってきたな。」


「ほんとだな。」


一つ、また一つ。白く柔らかい雪が淡々と降り積もる。


落ちては消えていく雪。


とてもはかなく空から舞い落ちる。











*****











「今から治療を始めるね。緊張しなくていいから、リラックスして。」


「はい・・・・。」


学校から帰ってきた輝は、治療室のベットの上に静かに体を倒した。


そして静かに目を閉じる。


まだ自分の両親がいて、看病をしてくれていたころのことを思い出した。


不安がる自分を優しく見守り、落ち着かせてくれた両親。


涙目で心配そうに見守る妹。


思い出されることの中に、つらいことは数多くあるけど、そればかりではない。


小さいころ何度も受けていた治療。


自分では慣れていたつもりだった。


しかしそれは甘い考えで、よみがえる不安と恐怖にこころ折れそうになる。


そんな時、いつも思い出すのは拓也のことばかり。


それだけで輝はこころを救われる。


瞳の奥が熱くなる。


閉じた瞼から一滴の涙がこぼれおちた。


「輝君・・・・・・。」


輝の姿を見た小池医師はつらい表情をした。


彼もまた、約四年間の輝との付き合いだった。


時間を重ねれば重ねるほど、輝に対する想いは強くなっていた。


「輝君、絶対助けてあげるからね。」


小池医師は強い想いで治療に専念した。



















一方拓也のほうは、輝と離れてからまだ下校の途中だった。


一人でてくてく歩いていると、見知らぬ本屋を見つけた。


(あれ?こんなところに本屋なんてあったっけ?)


拓也の記憶上、以前そこはなにもない空き地だった。


いつの間にできたのだろうかと不思議になった。


気がつかないのも無理ないのかもしれない。


拓也は一人であるいている時、いつもしたばかり向いている。


それは孤独だったころからで、いつの間にか『習慣』、いや『癖』になっていたのかもしれない。


気が向いたせいか、拓也はその新しくたった本屋に入ることにした。


「いらっしゃいませ。」


入った瞬間にレジのほうから定員の声が聞こえた。


見た感じなかなかの広さで、品ぞろえもよさそうだった。


ちなみに普段、拓也はあまり本を読まない。


しかしなぜかこの日は気が向いた。


どんな本があるのだろうかといろいろ本を見回った。


漫画を通り過ぎ、小説を通り過ぎ、いったい自分は何が読みたいのだろう。


自分自身もそれはわからなかった。


見回っているうちに専門分野の本棚へとたどり着いた。


本棚の上を見上げる。


そこには『医学』という見だしなみの字があった。


(医学か・・・・・・医学!?)


拓也はひらめいた。


(一冊ぐらいもってたら何か役に立つかもしれない。)


最近輝の体調がすぐれないことに、拓也は心配で心配で仕方がなかった。


それでこんなひらめきにたどり着いたのだ。


拓也は特別頭がいいわけでもなく、勉強が好きといえば嘘になる。


だけど、輝のことを思うといつだって嫌なことを乗り越えてこれた。


今の自分に何ができるか、そんなことはわからないけど、何か輝のためにしてやれるのなら、そう思った。


(何もしないより、何かしたほうが絶対マシだ。)


輝はそう決心して、自分の身長より少し上にあったその本を手に取った。


「兄ちゃん?」


「!?」


いるはずもない彼女の声が聞こえた。


あわてて拓也は手に取った本を後ろに隠す。


「なんでありさがここに?」


「なんでって普通に本が買いたくてここに来ただけだけど。」


相変わらずの拓也にありさはあきれた。


「でも、こっちは帰り道じゃないだろ。」


「いやーそれがさ、友達からこの辺に新しい本屋が建ったってきいたからどうなんだろうって思ってさ。」


「そ、そっか。何か買ったか?」


「えっとね、これを今からレジに持っていこうと思ってたところなの。」


そう言ってありさは手に持っていた本を拓也に差し出した。


「バレンタイン特集?」


「うん。見ての通りチョコ作りのために買うの。まさかとは思うけど明後日バレンタインなの知ってるわよね。」


「知ってるけど、忘れてた・・・・・・。」


「でしょうね。」


拓也の表情で、もうバレバレだった。


「兄ちゃんこそ何持ってるの?隠してるのわかってんのよ?」


「隠してなんかねーよ。」


「嘘ばっかり。」


今だかつて拓也の嘘やごまかしがありさに通用したことは、正直言って一度もない。


ありさのあまりにも優れたカン、分析力にかつて拓也はありさを『エスパーか?』と、問ったほどまでだった。


「私も見せたんだから、見せてくれてもいいでしょ?」


「それとこれとは別だろ。」


「医学ね・・・・・・・。」


「!?」


おかしいと拓也は思った。話がかみ合ってない。


第一に、まだ拓也は本を見せていない。


ではなぜ?


「おいありさ、なんでわかったんだよ。」


それを聞いたありさは真顔で上を指さした。


ありさが指さしたその先をみると、彼も先ほどみた見だしなみの『医学』の文字があった。


やられた。完全に拓也はそう思った。


どうやら場所が悪かったようだ。


「あの勉強大嫌いな兄ちゃんが医学・・・・。何の風の吹きまわし?」


「べっ別にいいだろ。俺のかってだ。」


ありさは輝が病持ちであることをまだ知らない。


「ま、がんばって。」


思ったよりもあっさりとありさは拓也を見逃した。


ありさはひょいひょいっと軽い足並みでレジのほうへ向かった。


あのありさだ、輝の病に気がつくのは時間の問題だろう。


拓也はそう思った。


(輝、もしも俺に何かできることがあるのなら・・・・・・。)


本を堅く握りしめた。


彼のためなら時間もお金も惜しまなかった。


お金じゃ買えない、大きな存在なのだから。


(ありさが言ってた通り、明後日ってバレンタインだったよな?)


突如思い出し、拓也はケータイのスケジュール帳を確認し始めた。


見てみると、運よく今年のバレンタインは日曜日だった。


拓也は輝とバレンタインを過ごすと決めたのだ。


彼は今までにバレンタインで誰かにチョコを渡したことなんて一度もない。


そもそもバレンタインは女から男にチョコを渡す日だ。


それ以前にバレンタインなんてどうでもいい、という考えであった。


(輝にチョコ、渡そうっと。)


そう思いながら拓也はレジのほうへと向かった。





















『輝、聞きたいことがあるんだけど、明後日あいてるか?』


拓也はメールをうち、送信した。


それから十五分ぐらい待って、メールの受信音が鳴った。


『あいてるよ。でもちょっと午後からじゃないと無理そうなんだ。ごめんな。』


とのことだった。


『全然いいよ。俺は別に何時でもあいてるからさ。俺んちおいよ、渡したいもんがあるから。』


『渡したいもの?なんだろ、楽しみにしてるね。なるべく早く行くね。』


『うん待ってるぜ。また明日。』


拓也は交渉成立にこころを弾ませた。


(うれしいなぁ。また一緒に俺んちにいられるんだ。)


そう考えるだけで拓也は幸せだった。


そしてこの時、拓也は気がつかなかった。


輝が体の痛みに耐えながらメールをしていたことに。


拓也からのメールはちょうど輝の治療がひと段落した後のことだったのだ。


まだ体が慣れておらず、痛みがあった。


どんなにつらい状態でも、輝は決して拓也のメールを無視することはできなかった。


そして輝には不安なことが一つあった。


彼の治療は毎日少しずつ行うものであるため、バレンタインの午前中は治療に専念しなければならない。


治療した後、遊びに行くという行為は体に大きな負担がかかる。


輝の症状は本当に急に現れる。


そのため、普段は異常なしでも突然痛みに襲われることが多々あった。


もしも突然、急な痛みが襲ってきたら、それを拓也に隠し通せるだろうか。


心配させないですむだろうか。


楽しみにしている反面、不安で不安で仕方がなかった。










*****









「輝先輩、家に呼んだんだ。」


「あぁ。かまわないだろ?」


「うん。全然かまわないよ。むしろ会いたいし。」




――――バレンタインデー午前中




輝が来るまでの時間を、拓也とありさは雑談で潰していた。


「兄ちゃんはもちろん輝先輩にチョコわたすんでしょ?」


「?あぁ。大事な恋人だしな。」


「恋人、かぁ・・・・・。なんだかあたし、兄ちゃんがうらやましい。」


「ありさがそんなこと俺に言うなんてめずらしな。」


何とも言えない表情をするありさに、拓也もすこし戸惑った。


いつも呆れ愚痴や皮肉をいうありさのその言葉は、至って聞き慣れない。


「彼氏とかいねーのか?」


「・・・・・兄ちゃん、もしかして忘れてないわよね?」


「何をだ?」


「・・・・・・はぁ。」


話の通じないありさはため息をついた。


「あたし、こう見えてまだ輝先輩のこと、すきなのよ。だから兄ちゃんがうらやましいっていってんの。」


「!?」


拓也の表情はその言葉を聞いて一転してしまった。


「・・・・・ごめん。」


「兄ちゃんこそあたしに謝るなんてらしくないわよ。」


ありさはおかしく笑った。


「あたし、確かにまだ輝先輩のこと大好きよ。だけど、輝先輩のパートナーは兄ちゃんが一番なんだって思うの。」


「ありさ・・・・・・・。」


「だからあたしは今の関係でいいの。輝先輩の中いるあたしは、兄ちゃんの妹。ただそれだけ。」


ありさの言うことはいろんな意味で残酷だった。


その半面、ありさの表情はとても穏やか。


「ははっ。突然こんな話して―――――!?」


『ごめんね』


そう言おうとした瞬間、ありさは言葉を詰まらせた。


突然拓也に頭をなでられたのだから。


その瞬間、ありさは昔を思い出した。


まだ拓也とありさが幼いころ、両親は今よりもより一層仕事が忙しく、あまり家に帰ってこれなかった。


帰ったとしても夜遅く、もう寝付いている時間帯であった。


寂しくて寂しくてたまらないありさは、よく泣いていた。


そんな彼女を拓也はいつも支えた。




『俺がずっとそばにいてあげるから、泣かないで』




優しく落ち着く拓也の言葉。


一つしか年が変わらないというのに、拓也のその言葉はありさの何倍も大人っぽかった。


そしてその言葉を、ありさはいまだかつて忘れたことがない。


拓也によく憎まれ口をたたくありさだったが、本当に拓也が嫌いなのではない。


ただ、拓也のまえでは素直になれないのだ。


「に、兄ちゃんっ。」


我に返ったかのように、ありさはとたんに拓也の手を振りはらった。


「痛って!何すんだよ!」


「何すんだよじゃないわよ!女の子を気やすく撫でるなんてデリカシーがないわね!・・・・・・あたしはもう・・・・・子供じゃないのよ・・・・。」


顔の引きつった拓也は、急に口ごもるありさに、怒る気を失った。


そっとしておいたほうがいい。


そう思った拓也がその場を離れようとしたその時。


「兄ちゃん!」


突然ありさに呼ばれた。


「ん?」


「・・・・・・・ありがとう!」


ずっとのどの奥でひかかっていた言葉。


ようやくそれを声に出して言えた。


実の兄である拓也に、そのようなことを言うのを恥ずかしく思ったありさは、顔を真っ赤に染める。


兄妹だからこそ一番言いそびれそうになる言葉。


その言葉に拓也は振り返り、静かに笑顔を見せた。


そんな彼の姿は、ありさの中で一番大人っぽく見えた。


しかし次の瞬間、そのイメージはいとも簡単に崩れる。


「ありさ、やっぱお前ってツンデレだな。」


「なっ!?」


少しだけ拓也を見直した自分が馬鹿であった。


言われたくなかったありさは、拓也に食らいつく。


ギャーギャー暴れる拓也とありさ。


一番二人に似合う画は、これなのかもしれない。


ありさが持ち前の蹴りを、拓也にお見舞いしようとしたその時だった。





ピンポーン♪





我が家の呼び鈴が鳴った。


その瞬間、拓也とありさは取っ組み合いをやめ、元気よく玄関まで走った。


そして先頭に立つ拓也がドアを開けた。


「おー輝!待ちくたびれたぜ!」


「こんにちは、輝先輩。」


ドアの外には、笑顔を浮かべる輝の姿があった。


「もしかして待った?」


「全然そんなことねーよ。外寒かっただろ?早く入れよ。風邪ひいちまうぞ。」


笑顔でそう言った拓也は、輝の手を優しくつかみ、自分の家に連れ込んだ。


「お邪魔します。」


治療を済ませてきた輝は、少し体が重かったが、思った以上に今日はあまり辛くない。


本当は安静に病院にいなくてはならない彼だったが、原田看護師や小池医師の反対を押し切って、今この場にいる。


そんな自分をわがままだと輝は思った。


原田看護師と小池医師は医者として外に出ることに対して反対するが、やはり輝の気持ちを分かっている身もあってか、迷ったあげく許可をだしたのだ。


学校だって、本当は休んで治療に専念するべきなのである。


しかし、拓也に少しでも会いたい輝は、それに強く反発した。


「輝先輩!」


「――――?ありさちゃん?」


すこし考えごとをしていた輝は、突然名前を呼ばれたため、返事が少し遅れてしまった。


「これ、あたしからのチョコレートです。もしよかったら食べてくださいね。」


ありさは、いつの間に持っていたのか謎であるチョコレートを、輝に手渡しした。


「そうか、そういえば今日バレンタインだったね。ほんとに俺がもらっちゃっていいのかな?」


「当然ですよ!輝先輩のために一生懸命作ったんですもん!」


ありさの表情は明るかった。


「ありがとうありさちゃん。」


輝の優しい笑顔と言葉に、ありさは思わず顔が穏やかになる。


輝はありさからチョコレートを優しく受け取った。


一方拓也はその姿を見るなり、すこし不機嫌になった。


ありさが誰にチョコを渡すのかと思いきや、やはり輝であった。


拓也はありさに先を越されたと思い、少し悔しくなる。


「俺の部屋、暖房きいてるから早く行こうよ。あったまるしさ。」


「そうだね。じゃぁお言葉に甘えて。」


「輝は先に俺の部屋に行ってて。俺は何か飲み物つでくるから。」


「ほんとにいつもごめんな。」


「いいっていいって。俺、輝の役に立ちたいからさ。」


そう言って拓也はナチュラルに輝を自分の部屋に向かわせた。


そんな彼はすぐそばにいるありさに目をやる。


簡単に二人の視線はぶつかり合った。


すると、拓也はありさに向かって少し舌をだす。


それを見たありさはすこしムッとしたが、すぐにいつもの拓也に見せる勝気な笑顔にもどった。


「うまく渡せるといいね。」


「あぁ。うまく渡してみせる。」


拓也とありさがすれ違う。


そんな二人の表情は、静かな笑顔であった。


















「あったかい・・・・・・。」


輝は拓也の温かい部屋の中でぬくもっていた。


先ほどあれだけ冷えていた体が簡単にあったまっていく。


そんな輝は部屋を見渡していた。


(ん?あれ?)


輝の視線の先には、いつも目にする拓也の部屋になかったものがあった。


それは拓也の机の上にある。


思わず気になって輝は立ち上がり、それが何か確かめた。


見たところ本である。


(!?)


輝はそれが何であるのかを確認した瞬間、目が見開いた。


そう、それは拓也があの時買った、医学に関する本。


あの日から拓也はずっと、真面目に医学と向き合っていたのだ。


「輝ー!お待たせ!」


不意にドアが開く音と拓也の声が聞こえたため、輝はすこし驚いてしまった。


「お帰り拓也。」


「ただいま。ミルクティー入れてきたんだけど、嫌いだったらごめんな。」


「全然嫌いじゃないよ。むしろ好きだなぁ。」


言葉の通り、輝は紅茶が大好きだった。


輝はそっと拓也からそれを受け取り、ゆっくりと飲み干す。


「おいしいか?」


「うん。すごくおいしい。」


二人はたちまち穏やかな笑顔になった。


「なぁ拓也・・・・・・。」


ひと段落ついた輝は問う。


「ん?どうした?」


「えっとその・・・・・・。」


輝は言いにくそうにしていた。


「もったいぶらずにで言ってみ?」


「う、うん。その机の上にある本、どうしたんだ?」


そう言われて拓也は机の上を見た。


「あぁこれか。この間本屋で買ってきたんだ。」


「どうして?」


「えっと・・・・・・。ほら、最近輝、体の調子悪いだろ?だからその・・・・・・何か輝の役に立ちたいと思って買ったんだ。ははっ。馬鹿な俺が理解できるようなレベルの本じゃないのにな。これ読んでもちんぷんかんぷんでさ。俺のこと、笑ってもいいんだぜ?」


拓也はおかしく笑いながらそう言った。


しかし、そんな彼を輝は笑わず、優しく抱きしめた。


「ひ、輝!?」


「ありがとう。本当にありがとう。そんな一生懸命な拓也が俺は大好きだよ。」


予想外の展開に、拓也は顔を赤くした。


そしてそのまま自分も腕をまわす。


「辛い時、いつでも俺のこと頼っていいんだからな。いっぱい輝が俺を助けてくれた分、俺が輝を助ける。今度は俺の番だ。」


拓也はそう言って誓った。


「ありがとう拓也。でも、心配しなくてもいいんだよ。俺は全然大丈夫だし、至って元気なんだから。ずっとずっと、拓也のそばにいるから。」


輝はこの時、たまらなく泣きだしそうになった。


拓也にまた嘘を一つ重ねなければならなかった。


そして、拓也に本当のことを言えない理由もまた一つ増えてしまった。


『病が再発した』などとそんなことを言ってしまったら、拓也の努力を壊してしまう。


拓也をひどく傷つけてしまう。


決してそのことを言えやしないのだ。






――――――言わないでいよう






輝は改めて堅く決意する。


「輝。」


彼の名を呼んだ拓也は、そっと手を離す。


「どうした?」


「俺も渡したいものがあるんだ。」


そう言って拓也は何かを輝に差し出した。


「ありさに先、越されちまったけど、俺からのバレンタインのチョコレート。初めて作ったからおいしいかわからないけど、よかったら受け取ってほしいんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、輝の気持ちはこみ上げていった。


嬉しさと幸せでいっぱいになる。


「ありがとう拓也。大切に食べるね。」


拓也は輝が受け取ってくれたことに安心し、穏やかな笑顔を見せた。


輝もそれを補うかのように、優しい笑顔をこぼす。


そして、拓也に本当のことを言えない一番の理由がそこにあった。


拓也の愛おしい笑顔だ。


拓也の愛おしい笑顔を絶対に壊したくない。


拓也が悲しむ顔を見たくない。


拓也を傷つけたくない。






――――――拓也の笑顔を守り続けたい





それが本当のことを言えない一番の理由であった。


「やっぱり俺、笑ってる拓也が一番好きだよ。」


「俺も、笑っている輝が一番好きだ。」


二人は顔を見合わせ、笑い合った。






――――――ずっと笑っていよう





輝は心の中でそう誓った。


もう二度と、拓也の前で涙を流さない。


どんなに辛いことがあっても、絶対に拓也に心配をかけない。


輝は強く決意したのであった。







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